第一話「再起動ー1」
──────3年前
深い闇の底から意識が戻りつつあった。
僕は寝ていたのか、或いは意識が飛んでいたのか。
「んっ……ここ…は‥?」
目を何とか開けるも、自分が本当に目を開けたか分からない程の闇がまたそこにあった。
ただ分かるのはここが狭いということ位だ。
取り敢えず何か出来ないかと仰向けの状態から、玩具を欲しがる赤子のように手を動かしてみた。
ごつん、と鈍い音を立てて手が何かと衝突した。
…そこそこ痛かった。
手探りでそのぶつかった物を推測すると、取っ手の様な形をしている。
とりあえず引いてみる。開かない。
ならば、と力を込めて押してみた。
取っ手付きの天井的な何かが動く。その空いた隙間からは思わず目を瞑る位の光が差し込んできた。
「よっこら…しょっと。」
這いずるようにいた場所を出てみる。
振り返り先ほどの“取っ手付きの天井のある闇”はなんだったのかと確認してみると、
そこにはゴミ箱が構えていた。
「何で僕はゴミ箱に…?」
はっ、と気づき、自分の着ている服装を確認する。
サイズがふた回り程大きいだぼだぼのシャツしか着ていない。あとちょっと臭う。
今自分が置かれている状況を整理しよう。
記憶は無い。だが知識はあった。
生きる為の知識、一般的な知識、人体の知識、そして
────殺しの知識。
それ以外は何も分からなかった。自分の名前さえも、だ。
「とりあえず悩んでも仕方ない…よね。」
石畳の路地を出るために裸足でとことこと歩き始めた。
暫く歩いていても変わり映えのしない路地にいい加減うんざりしてきた所で僕の歩きを妨げるかの様に男三人が立ち塞がった。
一人だけ体格が良く、それ以外はまあよくいる人間だ。
「お~?おい坊主、家出か?」
答えようがないので黙っていると、
「こいつどうします?売っちまいますか?まだ十歳位ですかね?」
「奴隷か臓器か、どっちにする?」
「うるせえぞ!とりあえずそういうこった。悪く思うなよ。どっちかこいつ連れてけ!」
威勢の良い返事で答え、ぱっとしない二人の内の一人が僕に手を伸ばしてきた。その瞬間、僕に何かのスイッチが入った。
その手を握り返し、逆に自分の腰辺りまで引っ張った。
「へっ?」
虚を突かれたのか、相手は間の抜けた声を出した。
そして間髪入れずに────
膝を思い切り腕の関節にぶち込んだ。
「うあああああああっ!!」
骨の割れる音が悲鳴と共に鼓膜へと伝わってくる。
体勢が崩れ落ち、膝をついた所を逃さずにこめかみへと回し蹴りを入れる。
下っ端は眼を白く剥き倒れた。恐らく脳震盪を起こさせる事は出来た筈だ。
「なっ…テメッ、よくも!!」
仲間がやられて怒り心頭なのか、もう一人が目の色を変えて襲い掛かってきた。その手にはバタフライナイフが握られている。
さすがに少し慎重になりつつ、半歩脚を下げて体の向きを変え、自分の後ろ側へと受け流す。
すぐ様背中に飛びつき押し倒した後、髪の毛を乱暴に引っ張り上げ、片方の手の人差し指と中指で左眼を潰した。
ふいに、身体が浮く感覚がした。気が付けば首を壁に押さえつけられている。リーダー格の男が怒り混じりの笑いをあげながら睨みつける。
「ちょっと遊び過ぎだぞ糞餓鬼…!」
不覚だった。先程の二人に気を取られていて、この筋肉質な硬い腕からはどうも逃れそうにない。徐々に視界が薄れて、手にも力が入らなくなってきた。
だが、薄れゆく視界の中で突然目の前の男の首が捻れた。
手が緩み、固いコンクリートに尻餅をついて座り込む。
ゆっくりと前を見ると、倒れている男の向こう側に無精髭のスーツ姿の男が立っていた。背が高く、目まで届いている位の長い髪と深く被ったハットがどこか不吉な感じを漂わせていた。
その男はしゃがんで僕を覗き込む様に見つめると口を開いた。
「お前、うちに来ないか?」