見習い機関士
萩野機関士を指導機関士としての仕業はもうあと数か月でおしまいだ。そこからは独り立ちとなる。どうせしばらくは入れ換えばかりだろうが。今からの仕業は『だら貨物』だ。殆ど各駅停車の貨物列車だ。まれに通過するところもあるから要注意だ。各種点検を終えて、機関士席に着く。
本線を特急がシュゴーっと、おおよそ蒸気機関車が出すとは思えない音をたてて通過する。さて、発車だ。右手でブレーキを解きながら汽笛のペダルを踏む。野太い汽笛が響く。そしてドレーンとバイパスを閉塞して、逆転機を前進フルギヤにする。加減弁を僅かに引くゆっくりと列車が動き出す。ドレーンを開いてシリンダの水を捨てる。バイパスを閉じて、ゆっくりと逆転機を閉じて行く。そして加減弁を引くと、後ろから萩野機関士の手が、ボクの手に重ねられた。そして少し、加減弁を戻される。ボクの手よりも一回りか二回り大きな手が重なる。そして少し速度が上がると、満開にした。そして、あとは逆転機で速度を調節する。
本線と合流し、速度が乗ってきた。本線のホームを通過しようとしたとき、抱き合ったふたりが、線路に飛び込むのが見えた。とっさにブレーキを非常に入れ、短急汽笛を連呼する。目は反射的に見開いたまま、列車が止まることを祈る。祈る以外にない。ブレーキ性能を越えては止まれないのだ。