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結婚前夜

作者: サトル

時計の針が一時を指した

数時間後に結婚式を挙げ幸せな花嫁になるのだろうか

その前に私の人生を久しぶりに買った大学ノ-トに記そうと思う


1999年2月7日 曇り


自分の部屋で勉強をしているとあの男が寝室から出て来る音が聞こえ緊張感が走った

あの嘗め回すような視線を受けてからなるべく一緒の空間にいることを避け続け

今日などは特に母親がいないのだから当然である

少し早目の夕飯を外で摂る為に鍵の掛からないドアを開けると

あの男が目の前に立ち私を突き飛ばした

そして覆い被さられ近くに合ったリンゴの形をしたコップを右手に持ち

前頭部目掛けて振り下ろしゴンと云う鈍い音がして

頭を押さえのた打ち回る男の上に今度は私が覆い被さりもう一度強く叩くと

男は動かなくなった


私は放心しながらも目と鼻の先にあるタバコ屋の電話に駈け出した

考えたら家にも合ったのにと思うがそこから彼に繋がる恐れがあるので

結果的にあの時の私は正解だったと思う

二コ-ル目で電話に出たのが彼でなかったら今の私はいないだろう

とにかく何を喋ったのか憶えてないが彼から嫌だろうが家で待つように言われ指示に従った

何分かして現れた彼が私に千円札二枚を渡し

これで駅前のデパ-ト九階で催されてる旨い物店で何かを買いアリバイを作るように言われ

自転車の鍵だけを持って家を出た


食べる気もしない牛そぼろ弁当を購入して外に目をやると滝のように流れる雨が降っていて

残ったお金で傘を買いデパ-トを出てコンコ-スを歩いていると

駅前に中学の同級生の綾香と琴美が空を恨めしそうに見ていて私が近付き

そこまで大きくない傘に琴美と入りデパ-ト横にあるビルに入り

100円ショップで二本のビニ-ル傘を買い駅に戻り

自転車を押しながら三人で帰り途中の道で琴美と別れ

私の家の前に人がごった返す程いてそこに私の名前を呼ぶ人に気付き

そちらに視線を向けると隣に住む増山さんで

「一時間くらい前に火事を見つけて慌てて消防車を呼んだんだけど……」

家に視線は移り見ると原形は留めている程度で

「それから誰か亡くなったみたいだけど、もしかしたらお父さんかもしれないわ」

何も言えず家を見ていると警察官が目の前に現れ、ここじゃなんだからとパトカ-の後ろに乗せられた

助手席には女性警官が座っており

「お嬢さんは今までどちらにいらっしゃったのかな?」

「駅前のデパ-トに」

「どうして?」

「夕飯を買いに」

「他の家族は?」

「母は祖母の体調が悪いからと富山に行っています。父はどこにいるか分かりません」

「お父さんは誰かに恨まれていたような話は聞かない?」

「えっ、父のことはよく知りません」

「家があんな状態だけど今日はどうするの?」

「ここまで一緒に帰って来た友人の家に泊めてもらえるように頼んでみます」

「今度はお母さんと一緒に来てもらうことになりそうだけど、問題ないよね?」

有無を言わせない質問に頷きパトカ-を降りた


綾香の家に泊まることになったのだが一睡もすることは出来なかった

それはあの男を殺したことで罪の意識に苛まれたわけでもなく

彼の思い描いた通りに動けるかどうか心配だったからである


ビデオデッキの時計が八時五十分になっていたので下に降りていくと

「もう少し寝ていなくても大丈夫なの?」

「問題ないです」

「学校には忌引きで三日間休みでお母さんから昼過ぎには着くって連絡が合ったわよ」

洗面所を借り鏡に映る自分を見たのだが昨日とあまり変化は見られず

一人殺したくらいでは人相なんてと少し余裕が出て来た瞬間だった

新聞ではどう報じられているのか気になり近くのコンビニへ行こうと

外に出て自転車に寄るとティッシュで包まれた物がカゴに入っており

中を覗くと自宅の鍵があり、どう言うことだろうとその場に立っていたら

おばさんが家から出て来られすぐにポケットにしまい家へ戻った


数時間後に家のチャイムが鳴りおばさんが出ると玄関先で申し訳ありませんでしたと謝る母の声が聞こえ

玄関に行き私もお礼を述べ乗って来たタクシ-で近くの警察署に向かった

車中、母から何かを尋ねられることもなく挙動不審な所も見られず

どんな心境なのか窺い知ることは出来なかった


警察署内に入るとすぐに制服を着た男性に声を掛け

昨日の老獪なおじさんが階段を降りて来られ

申し訳ありません、さっそくですがお話を伺っても宜しいですかと母に尋ね

それに応じ二人でそのおじさんの後を付いて行くことになった

取り調べ室には別々に入り私にはおじさんが付き、母には若い男性が担当するみたいだ

「眠れた?」

「いえ、あまり」

「実は昨日話さなかったんだけど、あの家で亡くなった人がいてね。

それがお嬢さんのお父さんだって判明したんだけど」

「……そうですか」

「あまり驚かないんだね?」

「何となく昨日お父さんのことを聞かれたので、もしかしたらって」

「昨日と同じ質問をするけど、誰かに恨まれていたってことはしらないかな?」

「……家ではあまり話しませんから」

「反抗期かな?」

「まぁ、そうかもしれません」

私はここで一旦、頭を下げ机の端を見た

ここまでは想定の範囲で推移してこれからどんな展開が訪れるのか神経を集中していると

「実はお父さん、頭を三回殴られた後に……」

今のは聞き間違いだろうか、確か三回と言った気がする

それとも無我夢中で私が叩いたのだろうか

あの時のことを思い出したがやはり二回であの男は動かなくなったはずでそうすると

「聞いてるかな? ショックなことだろうけど」

「すいません、もう一度お願いします」

頭も上げず蚊の鳴く声を発すると

「お父さんは頭を三回叩かれ最後の一発が致命傷で亡くなり

その後、ガソリンを掛けられ焼かれたんだ

ここまでするということはかなり恨みを持つ犯人だと思わないか?」

「私にはよく分かりません」

う-んと少しだけ会話が途切れ多分私の表情を伺っている気がした

「自宅の鍵はちゃんと持っている?」

興味をそそられつい顔を上げとにかくポケットに入れた合った鍵を取り出すと

「合鍵とかはある?」

「いえ、ありません」

「本当に?」

「三人いますから。みんながいっぺんに無くすことはあり得ないだろうからって母が」

おじさんは書記をしている男性に視線を送るとその人は出て行き

どういうことなんだと頭で必死に考えようとしたが思い浮かばず

その後は確信に突いた質問が飛んでくることなく終わりを迎えた

母を待っていようという気は起きず一人で焼けたあの家に戻る道中

彼は殺人、建造物放火、死体損壊、犯人隠避と捕まったら人生が終わる

そして何よりあの男が目を覚まし彼の手を煩わせたことに腹が立ち

業火の炎に焼け死んでしまえば良かったのにと沸々とした怒りが込み上げて来た


家に行き付く途中で増山さんに会った

今日、良かったら家に泊まりなさいと聞かれたが母がなんて言うのか分かりませんのでと保留にした

家にお邪魔してリンゴでも食べると聞かれ頷くと皮を剥き始め

あの日の経緯を教えてくれませんかとお願いすると話してくれた

しかしそこに目新しいものは存在することは無かった

一時間くらい経った頃に洗濯物を取り込む増山さんがこちらに向かって来た母を呼び泊まることに

結局の所、三日間も迷惑を掛けやっとウィ-クリ-マンションを決め出て行くことになった


そしてこの日まで優しかった増山さんは一週間後にあの男の葬式に顔には出さなかったが

素っ気ない態度を取られるまでに私達の信頼度は地に落ちてしまった

それは週刊誌の記事がそうさせてしまったのだが

記事によれば母は職場で不倫をしてたらしく私と共にその男が連日取り調べを受けていると書かれ

それに対してあの男の両親・兄弟は母に詰め寄り事実だと告げると罵詈雑言で溢れた

私にとってはまたとないチャンスが訪れたのである


不倫相手の三木静男(46)が警察の拷問のような取り調べで疲れ果て

罪を認めれば私はそれに乗っかり彼を救えるからである

だから来る日も待ち続けたのだが認めることは無かった


二年前、私のお店にやって来たおじさん

(この時点で70を超えていた)が現れある事件のことを聞きに来た

そのついでに当時の捜査状況を尋ねると

ちょっと喉が渇いたんだがと言われ事務所に行きお茶のペットボトルを出すと話し始めた


第一回の捜査会議が合った日、問題になったのが強盗か怨恨の線だった

玄関を曲がった先のクレセント錠の上の方が半円を描くように割られ

そこから侵入して在宅中だった玉木英次(45)に出くわし鈍器のような物で殺害

入って来た窓から逃げ出したと考えられたが疑問が生じた

強盗をやらかした人間が逃げることをせずに燃やすだろうか

そうすると計画的な犯行になるのだが家の鍵はどうやって手に入れたか

君は当時の供述で三個しかないと答えている

二個とも君達母子が持ち、ひとつは焼かれた家から出て来た

仮にだ、家の鍵を閉めわざわざ外から強盗に侵入され

鉢合わせて殺害したことを描いていたのなら燃やす必要があったのか

もしかしたら死体に不都合が生じたのではないかと話が盛り上がった

三木静男が捜査線上に浮かび犯行の一時間前までパチンコ屋にいて

その後は自宅にいたと証言したのだが目撃者が見つからず話を聞くことになった

しかし一貫して無罪を主張し、君も黙りこくっていた

今度は君を崇拝している、または年上の恋人がやったのではないかと調査を始めたが

仲の良かったのは中学校の同級生の三島綾香、前野琴美、学習塾ではそんな人間は存在しなかった

もうひとつの仮説は殺してしまったと君がXを呼び出しデパ-トに向かったということだ

そこで気を失っていたことに過ぎず生きていた場合

Xが殺害して殴打箇所の隠蔽を図るために燃やしたと想定したわけだが

となってきた場合、なぜ家の鍵を閉めて出たのかということだ

鍵を閉めた証言を見越してのことだろうが返って君を苦しめることになる

証言なんて曖昧で一日で変わったとしても

気が動転して憶えていませんでしたと中学生の女の子が答えたら済むことでここまで来ると袋小路だ

おじさんは途中、詰まりながらもそこまで話すと

君は光が差す方にちゃんと歩んできたのかいと聞かれ私が頷くとおじさんは立ち上がり店を後にした


母は職場でいづらくなり辞め、その後も何とか粘ったが働けず

結局、富山の祖母の所に身を寄せることになりそれを機に母親の旧姓の桐谷を名乗ることになった

今回の事件で一段とふせってる祖母にヘルパ-さんを雇い三駅先の旅館で母は働き

転校した先の学校で傍観者と事件のことをいじってくる者に分かれ

その中の一人の女性があまりにもうるさいので階段から突き落とすと

すぐに学校中で話題になり、母とその女の家族の元に謝りに行ったのだが

あれやこれやとネチネチと言われ面倒くさいなと思っていると

空気が伝わったのか火に油を注ぎ延々と怒鳴られ続けた


帰り道、母からアンタなんて生まなきゃ良かったと面と向かって言われ

保険金とか下りなかったのはアンタが不倫して心証を悪くしたせいで

田舎に越して来なきゃいけなかったんでしょと言い返すと

これ以降二十年以上に渡り私達の会話は無くなり今回の結婚式の招待状も送るはずがない

祖母は一年後に亡くなり口さがない人達は自分の亭主殺すのに飽きたらず母親までと言い続けたが

今回は明らかな老衰の為に保険金が下り人並み程度の生活を送れるようになった

高校三年の進路で私は東京行きを希望した

彼に会う為に安いコンビニのバイトで金を貯め夢に満ち溢れていたが

今思えばこの時が一番、楽しかったのかもしれない


十八歳で東京に戻って来た

最初のうちは日雇いバイトをやっていたがその中で仲良くなった女性と

ル-ムシェア-するようになり、三ヶ月後には小さな物流会社の事務で働き始めた

主な仕事はドライバーさんの荷受けのサイン・雑務で給料は出来るだけ使わず

社員さんとは壁を作りあっという間に二年という月日が流れた


成人式に彼が出席してるのならラッキ-だがそんな上手く行く訳ないので

彼の中学の同級生の女性から卒業アルバムを見せてもらうことに焦点を挙げた

何故なら一枚も彼との写真を持っていない為に調査会社に提示する時に必要だからで

あの時はカメラ付きの携帯も普及しておらず、プリクラも撮るのを嫌がっていた

そして何とか優しい女性に見せてもらいスマホに写真を保存して

どんな人だったのか尋ねたが記憶に無かった

十二月で辞めたかったが年末は忙しいと言う理由で断られようやく退職の日を迎え

就業時間を終え帰ろうとする私に社長から

近くの居酒屋さんで送別会をやるから来てくれるかなと聞かれ

好意を受けようと思いますと答え会はそれなりに盛り上がり

最後に大きな花束を貰い良い人達だったなと感謝深げに帰路に着いた


銀座にあるお店で働き始め最初のうちは当然であるが指名も取れず

ヘルプの日々を送っていたが松山という四十代のベンチャー企業の社長に気に入られ

そこからは安定した給料を貰いながらも

飲めないお酒・つまらない話に愛想笑いの日々

お店内の不毛な勢力争いの日々とつまらなかったが全て彼に会う為だと自分に言い聞かせ

目標金額が貯まり六本木ヒルズ内にある調査会社へ行き居場所さえ分かれば良いと伝え

結果が出るまでの一週間は良いことしか想像せず

楽しみにしていたのだが提示された調査報告書を見て愕然とした

書かれていたのは両親の名前・兄が二人いること、高校三年の二月に失踪したことくらいで

その後は何ひとつ書かれておらず、そのことを尋ねると

普通の人間なら戸籍が動いたりするものだけど綺麗でねと言われ

誰かに買われたわけでも死亡届が出てるわけでもないし

これ以上はどこに行っても無理だと思うよと言われ

あの頃に住んでいた線路近くのアパ-トまでどう帰ったのか憶えておらず

仕事も無断欠勤し翌日マネジャーに凄く怒られた

今でいう所の握手券欲しさに聞きもしないCDを何枚も買うのと一緒で

私もお金をつぎ込んだが彼等と違うのは出した分だけ話なり、イベントに参加できるが

一切の見返りを得ることなくお金をドブに捨て続け

この頃は仕事も手に付かず失敗ばかり起こし

謝る訳でもないのでマネージャーの堪忍袋の緒が切れ解雇され

そうすると行く所もないので部屋に閉じこもり生きた屍になると神はようやく私の味方した

住んでいた部屋が漏電して火事を起こし

自殺する勇気のなかった私は先に地獄で彼を待てるとそっと目を閉じた


耳障りな音が聞こえ私は生きてるんだと絶望が心を支配した

目を開け呆然としていると起きたなら唯ちゃんを呼ぼうと隣のおばさんが声をあげナ-スコ-ルを鳴らし

私より二、三個上の女性が現れ

「桐谷さん体調はどうですか?」

「…………」

「救急隊の方にお礼を言った方が良いですよ、危うく命を落とすところだったらしいですから」

「……誰が助けて欲しいって頼んだの?」

「えっ?」

「私は死にたかったのよ、夢も希望もないんだから」

怒鳴りつけると部屋はしんとなり私は目を閉じた


次の日に同僚だった虹華さんが花を持ってお見舞いに訪れ

ガラスの花瓶を目の前で割ってしまいちり取りを借りてくる間に

その中の破片を取り手首を切ると隣のおばさんが

何やってんのと頬を叩かれアンタに私の苦しみがと文句を言っている間に

看護師まで現れすぐに治療室に連れて行かれた


身体は問題がないが精神が病んでいると退院を許可されず

三日が経った頃に六十過ぎの大家さんが見舞いに来て

「元気そうで何よりだよ。それでいつ退院で来そうなの?」

「仕事も辞めて貯金も無いので修繕費を払うことが……」

「お金ならちゃんと貰ったし、アンタさえ良ければ住んでも構わないさ」

「……誰が?」

「火事の三日後に百八十を超えた男が突然家に来て札束をテーブルの上に乗せ迷惑料だって

お見舞いに行く際は黄色いガ-ベラを持ってくるように言われ

大田市場寄って来たのよ、花瓶借りて来るからちょっと持っていて」

手に黄色のガ-ベラを渡され涙が頬を伝った

その涙は嬉しくて流れてるのか

顔を見せず済まそうとする態度に腹を立てたの物か分からず泣き腫らした


入院費に家に戻ると生活に必要な一式が揃っており

そのことを大家さんに尋ねると立会いの下、入れてもらったとのことである

就職活動の傍ら運転免許を取る為に通い始め半年が過ぎた頃

ようやく彼が何をやっとぃるのか知ることになった

瀬戸さんのコーナーですと朝のニュース番組の司会者から振られた男性が大きなフリップボードと登場し

「今日はこちらの事件を調査来ました」

一番上の紙をめくり、そこに書かれていたのが未公開株詐欺被害数十億

「こういう物は突然電話が掛かって来て言葉巧みに話が進み

お金を渡すケースがあると思いますが、どうでしょ?」

話を振られた女性コメンテータが

「一人暮らしで蓄えに心配してる方なら乗るかもしれませんね」

瀬戸さんにカメラが戻り

「お金を失うだけならまだしもこんな人の心を弄ぶ事件を調査をして来ました」

VTRが流れ老婆が何かの間違いですと一言発し仰々しいタイトルが映り

瀬戸さんが歩きながら一年半前、田中フミさんの元に男性が現れました

再現VTRが流れ男は飛び込みの営業マンで商品の説明を受けたが興味が無く断りました

それからもたまに世間話をする関係で一ヶ月後に街で偶然男を見かけ声を掛けると

顔に殴られた跡があり、そのことを尋ねると契約を取れなくてと告白

田中さんは男を想い十万もするスチーマーを購入

VTRが田中さんになりお礼がしたいって

医薬品メーカーが三ヶ月後に上場するから買った方が良いと

インサイダー取引で捕まることないから安心してと言われたけど断ったんです

どうしてと瀬戸さんが聞くとさっぱり分からないからと返答

その株が上場してるのか取材班が確認した所

これじゃないですかとモザイクがあるが取引はされてるらしい

半年が経ちまたその男が現れ

今度は口座も作ったからと薦められたが今回も断り話はここまでのはずだったのに

三ヶ月後に近くの住人が田中さんの家を訪れました


そこでCMが入りこの流れから行くと

この営業マンは金を騙し取ったんだなと予想し見ていると思った通りの展開で

最後にオープニングの何かの間違いですとVTRが終わりスタジオの瀬戸さんが映り

「ある意味被害者の田中さんは未だに男のことを信じているんです」

「この田中さんっていう方は資産家なんですか?」

男性司会者が疑問を投げ掛けると

「普通の方です」

今度は男性コメンテーターの方が

「この詐欺師は何がしたかったの?

本当に上場していてインサイダーをどこまで調べるか分からないけど

仮にだよ、言う通りに買っていたら儲けられた訳でしょ」

「先程はモザイクを掛けましたがマザーズに上場し取引は行われております

ですからその金も掠め取ろうとしていたのではと元警視庁の知能犯係の亀谷さんは仰っています」

女性コメンテーターが

「田中さんは近所の方と暮らすのは大変でしょうから娘さんとかいらっしゃらないのかしら」

「秋田の方に嫁いで無理みたいで」

司会者から特徴とか分かっているんですか

そこで神を一枚めくり名前が井坂豊、身長は170前後

私はえっと声が出た

中学の頃に彼が堺って名前は井坂にもなるし葛西にもなるから

結婚詐欺で名前を使い分けようかなと冗談ぽく語ったのでもしかしたらと考えてしまった


就職先は大手百貨店でひとつ年上の多恵ちゃんと仲良くするようになった

学生時代やホステスで周りは敵と捕らえていたので

どこまで話すべきなのか考えながら付き合いが続いた


多恵ちゃんはデパ地下に出店している惣菜店の従業員さんが好きで

話によると少女コミックに出てきそうなキラキラとした男性で

週に三回も買ってる甲斐が合ったのか食事に誘われたが

私も参加して合コン形式を取らないと懇願されるも断った

翌日に多恵ちゃんからキャンプに行くことが決まり

今度はどうかとまた誘われたのだがアウトドアとか無理だからと強めに断った

あくまでも職場の付き合いであり、プライベ-トまではという意味も込めて


社員食堂でここ良いですかと170越す格好良い男性が横に立たれ軽く頷き

オムライスを食べ続けていると

「新内さんと仲良いんですよね?」

「……多恵ちゃんですか? そうですね、歳も近いので」

「キャンプ行くことになりまして雄大な景色の中で食事するのも良いですし

バンガロ-を借りて夜は星空を見たりきっと仲間内で行けば楽しいと思いますよ」

この時点でようやくこの人が多恵ちゃんの言っていた少女コミックに出てきそうな男性だと気付き

程よく焼けた顔に白い歯に短髪で二の腕も鍛えてるように見えるし

「すいません、色々と忙しいし彼に誤解されたくないので」

「付き合っている方がいるんですか?」

「そうですね」

「何されてる方ですか?」

「経営コンサルタント」

その後は明らかにテンションが下がり声もかけて来ず

多恵ちゃんとその後どうなったのか知ることもなくまた月日が流れた頃にあの男に再会した


その日もデパートからの帰り道でいつまでこの職場で働くことが出来るのだろう

どうせ会うことが叶わないなら海外留学もありかなと歩いていると

肩をぐっと捕まれ後ろを振り向くと見た目六十過ぎの男が睨んでおり

「ちょっと話があるからついて来てもらおうか」

腕を引っ張られ人気のない路地に連れ込まれた

「デパートで愛想振りまくってずいぶん楽しい日々を送っているんだろうな」

ここに来てもクレーマーの類だと深く考えずにいると

「何だその態度は。もしかして俺のことを忘れたとは言わせねぇぞ

お前の母親のせいで連日の取り調べで解放されたと思ったら職場に居ずらくなり

家にまで報道陣が訪れたことで大家に追い出され

ホームレスまで成り下がったんだぞ、どうしてくれるんだよ」

「過去なんて誰にも取り戻すことなんて出来ないのよ」

「慰謝料払え。あのまま勤めていたら何千万って金が懐に入って来たんだ

期限は一週間だ、それ以上は待てないからな」

それだけ言うと三木静男は去って行き、

ずいぶん子供染みたことを言い残したなと呆れたが逆にこれはチャンスではないかと感じた

私が困り果て何か行動に移そうとすれば必ず彼は手を差し伸べてくれるのだからと


手に入れたのがスタンガンである

お金が工面出来たと車の中に誘いタイミングを見計らってやれば良いのだ

上手くいかなくても彼がじっと戦況を伺っているはずで窮地にきっと助けに来てくれるはずだ

もし成功した場合は昔暮らしていたアパートの近くの線路に放置すれば良い

ホームレスの人間だ、誰もいなくなった所で困りやしないだろう

三木静男が現れるのをずっと待ったが一週間が過ぎ十日が経った所で彼が処理したのかとガッカリした

どうせならあの日に何かしらの手を打っておけばと後悔の日々が続いた


部屋に入ると検察官が話を終えようやく被告人の藁谷医師が口を開いた

出会ったのは2011年6月20日夜勤明けのことでした

その男は百七十くらいで引き締まった身体でブランド物のスーツが良く似合い

ちょっと見てもらいたい物があると私を車に乗せある施設に連れて行きました

そこに一人の医師が手術をして多分患者の家族が上から覗き込む感じで

術後は部屋でコーヒーを飲みながら待っているとその医師が現れ

こちらが井坂さんが次に招く医者ですかと話され、まずは働いている匠先生から話をして頂き

共感していただいたら一緒にと考えていますと笑みを浮かべていました


話の内容は単純な物でした

亡くなった方の身体から臓器を取り出し必要としている患者に提供しようという話で

ディスカッションをしていくうちにやってみようと考えたのでした

まずは金が良かったのです

二人の息子・娘を持つ親として可能性を広げる為にはいくらでも必要で

月に二度くらいという話だったのでさすがに一回目の手術は緊張しましたがそれ以降はそんなこともなく

勿論、適合せず失敗することもありましたが誰からも責められることなく

逆にあのまま時間だけ無駄に過ごすよりはと遺族からお礼を述べられる始末で

半年くらい過ぎた頃に担当者が出島というどうも感覚的に合わない男に変わったのです

井坂さんは私の仕事に合わせスケジュールを組み、労わってくれましたが

出島という男は私を物として扱い

金も従来よりも搾取される形で辞めようとした時に今回のことが発覚しました


この事件を知ったのは美容院で週刊誌に目を通した時だった

遺族が成功すると勝手に勘違いして金を払ったのに失敗して怒りに任せ

警察に話したことがキッカケで事件が発覚し

藁谷医師が逮捕され斡旋した出島という男は見つかっていないらしい

何より最初に出て来た名前が井坂だったのが私の心に残り傍聴しようと家を出たのだが

交通渋滞に巻き込まれ一時はどうなるかと思ったが彼がまだ生きてると知れて嬉しかった


デパートを辞めて半年ほど経った頃から働き始めた大手チェーンのお弁当屋は一年続き

そろそろ何処か違う所でと考え始めてた時に

三ヶ月前まで一緒に働いていた守屋さんと再会した


別に仲良かった訳では無いが私の仕事ぶりを見て一緒にお弁当屋さんをやらないかと誘われた

取引先も見つけ苦労はさせないというので良いかなと思い軽い気持ちで受けた

調理は私・橋口さんという管理栄養士の資格を持つ二人、経理が守屋さん

営業に最上さんという大手商社で働いていた男性で構成され2013年秋にお店をオープンした


これといった劇的な展開がある訳でもなく零細ながら生きていくには困らないくらいの給料を貰い

調理場を一人増やす為にアルバイトで入って来たのが真壁晶子ちゃんだった

彼女はスレンダーで二十歳と若く他に就職口ならあるだろうと

お金に困っているなら昔働いていた夜のお店を紹介してあげようとかと話すと

軽い気持ちで言ったのだがお願いしますと頭を下げられ

唯一連絡先を知っていた虹華さんに話をすると

面接して雰囲気が良ければと応じてもらい晶子ちゃんを送り出した

話はトントン拍子で進んだらしく週三回入ることが決まり

それ以降は晶子ちゃんに慕われ現状を包み隠さず語られた


「付き合っている彼氏がいるんですけど仕事が続かず文句ばかりを言い辞めての繰り返しで

両親はその幸助のことを快く思っていないくて会えばケンカばかりで

だから援助なんて受けられず生活はカツカツなんです」

「好きなら仕方ないよね」

「楓さんみたいに分かって初めて会いました

幸せなのといくら告げてもそんな男止めておけって頭ごなしに反対されて嫌になっていたんです」

照れた表情を見せる晶子ちゃんに好感を持つ出来事だった

それから三ヶ月ほど経った頃に守屋さんのスマホに

インフルエンザに罹ったのでお休みさせてもらいますとメールが届き

勿論、夜の仕事も同じ文面で

その時はグループLINEに投稿して来なかったのか不思議で仕方無かった


晶子ちゃんの葬儀は十日後に執り行われた

警察も一度だけ私達の元を訪れ軽い事情聴取をされた


犯人は真田正樹(30)


夜のバイトの晶子ちゃんのお客さんでしつこく迫り

ついには自宅まで尾行されピアノ線の用な物で首を絞められ殺害

三日後に自首したと報道された

あのバイトを紹介した私からすればバツの悪い話でご両親が涙を流す中

呆けた顔をしている彼氏に疑問を持ち気になりつやぶるまいの席で横に座った

「晶子ちゃんとは同じ職場で働いていた桐谷です」

「話は聞いてます。綺麗な方で夜のバイトも紹介してもらったみたいで」

「それがこんな悲劇を生むなんて、申し訳ないと思っています」

「いいえ、働かない僕がすべて悪いんです」

「晶子ちゃんにインフルエンザで休むとメールを貰ってから

何度掛けても繋がらなかったんですが、理由はお分かりになりますか?」

「壊れたからでは」

「……水没か何かで?」

「えっ?」

みるみるうちに顔色が悪くなり何かやったなと疑惑の目を向け

「その日は何をされてたんですか?」

「日雇いのバイトに」

「何時まで」

「八時~十七時です」

「ああいう物ってぴったしに終わって現地解散ですか?」

「僕の所は作業着から私服に、それから来たメンバーで事務所に寄り給料を貰う感じです」

「犯行がなされた頃は最寄り駅にいたんですか?」

「……多分」

「もう少し早ければ助けられたか、犯行後に出くわしていた可能性もあるんですね」

「思い出しました。あの日は友達の家に泊まる予定で」

「晶子ちゃんを最後に見たのは?」

「……朝です」

「スマホは誰に壊れたと聞いたんですか?」

「……覚えてません」

「誰に指示されてスマホを壊したんですか?

知り合いの刑事に話さなければいけないと思うのでじっくり考え答えて欲しいのですが」

彼氏の挙動がおかしくなりバックからスマホを取り出そうと手を伸ばした時に肩を叩かれた


彼氏はその男から耳打ちされ部屋から出て行き

ここではなんですからと男に問いかけられ駐車場まで付いて行き

後ろ座席を開け私は乗り込み男は車のエンジンを掛け走り出した


何処へ向かっているのか分からずルームミラーに映る男を睨みつけると

「あいつは悪くないんですよ

いつも第一発見者は警察に疑われるからあまり関わるなって言ってたので

多分、気が動転してまずはオレの所に電話を掛けて来て勿論彼女さんは亡くなってましたよ」

「貴方がその後の指示出したの?」

「えぇ」

「咄嗟に思い付くような男性に見えないんだけど」

「そうですか?」

「もしこの胸に付けている真珠のネックレスを引きちぎって

紐を運転している貴方の首に巻き付けたらどうなると思う?

電信柱やガードレールにぶつかるのを見て対向車のドライバーが警察を呼び

後部座席の女が男性を何かで首を絞めてるように見えたと証言するかも知れないわ

私は黙秘を貫き、貴方とあの彼氏はどうなると思う?」

「……あの頃は死ぬことばかり考えてた女性とは思えませんね」

「どう言うこと?」

「初めてアナタのことを耳にしたのは2005年の夏から秋に掛けて

近くのバーである男のことを興信所を使い調べてる女がいると


名前は桐谷楓 二十歳


身長は百六十弱 体重は四十キロ

ハムスターのような顔付きにセミロングの茶髪

銀座でNO.1ホステス

接客態度は控えめで心を開いた人間にだけ見せる笑顔に客は歓喜する


何が目的かハッキリさせる為に当時下っ端だったオレがアナタの監視をすることになった

あの火事が起こる前に精神がおかしくなり遮断機の音に吸い寄せられるように

線路に入って行くのを見てそのまま自殺してくれないかと願っていましたが

事態が変わったのはアナタのレポートが届き99年に起きた日比谷の未解決事件の容疑者で

探している男も警察の事情聴取を受けてると書かれ

もし死なれたらまずいことになるかもとヒヤヒヤしてたんですよ

そして火事が起きオレはアナタを助ける為に部屋の中を飛び込み

病院で一命を取り留めるも手首を切る有様で

もしあの方にこんな失態がばれよう物ならオレは生きていけなかったと思います

箝口令が引かれていたのについにバレ殺されると怯えるオレに

キャッシュカードと黄色いガーベラを送るように指示されまして

でも暗証番号を言わずに渡されこれは試されてると

早く解かなければアナタは病院の屋上から飛び降りる可能性があり

もしキャッシュ番号を入れ間違えばロックが掛かれば、それはオレの命も同じことが言える訳で

考えればアナタの生年月日を入れたら済む話なのに

あの頃のオレは頭が回らずありとあらゆる数字を集めて

自分を納得させるのにバカみたいに時間を掛けました


三木静男も調査対象に入っており、監視は他の者がやっていましたがプレッシャーは掛けてました

もしアナタに危害が加えられよう物なら自分の命はないと思えと

だから会っている間にオレの所に電話が入り、そういう業者に頼み三木静男を処分して貰ったんです


今回の事件は電話を貰ったすぐ後に連絡すると

あの方の知り合いの所に幸助のことを頼んでおくから向かわせ

職場にインフルで休むようにメールを打つと壊すよう指示がなされ

三日後、幸助の所へ連れて行き真田正樹をどうするのか尋ねました

そういうことを平気で出来るんですよね

勿論、自首を選択し幸助は弁護士を連れ添い事情聴取を受け今に至る訳です」

「彼との連絡は取れないの?」

「伝言を預かっています。僕のことを忘れて幸せになって欲しいと」

見慣れたマンションの前で車が止まり後部座席の扉が開いた



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