7*退屈王女のお料理コーナー『国交を円滑に進める兵器』【ルナリア→俯瞰side】
ここは王宮内の図書館。
"世界の卵について"。
そう書かれた資料やら本やらを広げて見ると、それはそれは興味深い内容の数々だった。
あまり使われず扱いづらそうなのとか、マイナーな種類もあるみたいね。
ふむふむ、と、読みふけっていると。
中でも特に印象深い──ある種類に目が留まった。
「これ…」
うん。いいかもっ!
また別の本にも、気になる種類を発見する。そして、あることを思い立った私はハッと息を呑んだ。
(…〜〜〜これだぁ!!)
バンッ!と音を立てる勢いで図書館を飛び出して、そのまま自室へ向かった。
っ、脇腹いてててっ。
横っ腹を押さえながらちょこまかと歩く姿はさぞ滑稽だろうな。
でも、この時間に廊下には誰もいないしっ!
が、そんな私の後ろ姿は、実は騎士団の人や出勤して来た使用人たちにも目撃されていた。
お陰様で後の王宮内では、
「ルナリア様が怪我の一件から奇行ばかり目につく」「倒れられて頭を打ったのでは?」
……なんて噂が出始めるのだが、そんなことを知るのは後回しだった。
自室に戻るや否や、早速「ヘイ!シリル!」と私の有能執事を呼びつけては、先程図書館で見た珍しい卵の種類について、来たる茶会のために取り寄せ出来ないかと相談した。
シリルの顔に一瞬、驚きの色が浮かんだものの、すぐにいつもの冷静な表情に戻り、手配を約束してくれた。
今度は厨房を借りて、実験の日々だ。
この世界の調理器具や熱源は、前世とは全く勝手が違う。
火力の調整、水や氷の扱いなどもこの世界特有なので、限られた時間の中で、まずはその特性に慣れておく必要がある。
「ほんとは自分で取りに行きたかったけど、時間ないし……今回は仕方ないか」
取り寄せてもらった卵を実際に見ながら、傍から見たら怪しいが、ブツブツ……と呟く。
*
──誰にも届いてないであろうはずのルナリアの独り言。まさかそんな姿を見ている人影があったとは、本人が気づくことは無かった。
その人影は、厨房の扉の隙間から、ただじっとルナリアの作業を見つめていた。
***
お菓子作りの実験に入って数日。
ルナリアは、とある重要な演出の実現に苦戦していた。
それは、不気味な青い殻の卵──通称『ブルーアイ』を用いること。
これを壊さずに中身を綺麗に取り出し、殻の中にルーセント王国の王子たちを象徴する色とりどりのマカロンを詰める、という構想だ。
殻はアズライトの象徴色、中のマカロンはルーセントの象徴色。
そうすることで、"アズライトはルーセント王国を守り、包み込む"というメッセージを込める『外交的な兵器』となるはずだった。
完成図は頭に完璧に浮かんでいる。
しかし、青い卵の殻を壊さずに上手く割る技術が、なかなか身につかない。
グチャッ!
「あっ…」
殻は砕けて、中身が飛び散る。
グチャッ!
「あぁっ…!」
またも失敗。
パキッ!
「もう少しだったのに……!」
虚しい失敗作の音と、ルナリアの独り言が、がらんとした厨房に響いていた。
そんなことを続けていると、何やら足元から不穏な音が…………した。
──カサカサ
ルナリア「……ん?」
──カサカサカサカサ……
ルナリア「……。」
ま、ま、まさか。
この世界に来て、一番会いたくなかった"ヤツ"か。
──カサ……
ルナリアが恐る恐る視線を落としたその時、"ヤツ"と目が合ってしまった。
「ぎゃああああああァ"ァ"ァ"ァ"ァ"」
刹那、
バシンッ!と勢いのある音とともに、目の前にヒーロー……じゃなくて、とある人物の背中が現れた。
副料理長・ガイだった。
ルナリアはその姿に一瞬驚愕する。
それは以前とまるで違う、乱れた髪も服装もピシッと正した料理人の姿だったからだ。
「や、闇の使い魔は…」
「ここに」
ガイはさも当然とばかりに"ヤツ"を掴み、ルナリアに手の中を見せようとする。
すると、ルナリアはすごい速度で後ずさりした。
「ギャー!やめて」
ルナリアの悲鳴のような反応に、ガイは悪戯を成功させた子供のようにニヤリと笑う。
相変わらず、嫌われてるのは変わらないだろうけど。
しかし……どういうシチュエーション?
ルナリアの思考はまわらない。
ガイは"ヤツ"をきれいに片付けると、改めてルナリアに向き直って、一言発した。
「ところで、その様子じゃブルーアイも初めて見たんだろ?」
ブルーアイ。
不気味な見た目のこの青い卵は、アズライト王国の料理には使われることが多々あるが、他国では馴染みがなく、グロテスクな見た目から避けられている。
この国の人間なら、知っていて当然だ。
「悪いが、見てらんねぇからこっちへ寄越せ」
「は…はぁ……?」
ルナリアは、なぜガイがやる気になったのか、あれほど嫌悪していたルナリアを手助けしてくれるのか理解できなかった。
以前の彼なら嘲笑して去っていたはずだ。
……一瞬、ほんとに一瞬だけ頭をひねって考えるが、まあいっか。ガイが料理人として生き生きとしてるのだから!
今はこっちが先だと、ルナリアは素直に副料理長の言うことを聞くことにしたのだった。
ガイの言葉に、ルナリアは素直に『ブルーアイ』の入った籠を差し出した。
先程までの失敗の数々が嘘のように、その後のガイの作業は淀みがなかった。
「この卵はな、アズライトでも特殊な育ち方をするから、殻が厚くて内膜が柔らかい。だから、一般的な卵と同じ割り方じゃダメだ。こういう風に内側から圧をかけるように、指先で……」
彼の解説はわかりやすく、指導は的確だった。
ルナリアは目を輝かせながら頷き、彼の動作を瞬きもせずに見つめる。
(何これ、すごい……!)
自分だって、前世では料理が得意だったはずなのに、この世界の食材をここまで理解していて使いこなすなんて。
ガイは本来なら、優秀な料理人だったのだ……と。
ガイは、指導の間も手を止めなかった。
乱れていた制服は白いシャツまで含めて完璧に整えられ、髪もきっちりと纏められている。
その姿は、まるでかつての修行時代に戻ったかのような真剣さを纏っていた。
「おい、ボーッとするな。次はマカロンなんだろ。……つーかこの殻と中身は何に使うんだ?割っては、わざわざくっつけて……」
ガイは手を動かしながら尋ねた。
「これは……"外交兵器"よ」
ルナリアは少し声を落として答えた。
「は?茶会の菓子じゃないのか?馬鹿馬鹿しい」
「馬鹿馬鹿しくないわ!この青い殻はアズライト王国。その中に詰めるマカロンは、ルーセント王国の王子たちと国を象徴する色にするのっ!」
ルナリアは、焼き上げた色とりどりのマカロンを指差した。
「眩いゴールド、鮮やかなペリドットグリーン、透き通るアクアブルー、深いアメジストの紫。そして……。まずこの殻を器にして、色鮮やかなマカロンを詰めることで、アズライトがルーセントの宝である王子たちを守り、包み込むというメッセージを伝えるのよ」
ルナリアは夢中で説明した。
その瞳は、厨房の汚さや"闇の使い魔"に怯える以前の、作品の構想を語る時の熱を帯びていた。
ガイは作業の手を止め、初めてルナリアの顔をじっと見つめた。
その真剣な眼差しは、かつて皿を投げつけてきた時の傲慢な王女のものではなく、彼が追い求めていた料理への情熱、そして創造性を宿していた。
「……変わった王女~…」
吐き捨てるような言葉だったが、その声には以前のような嫌悪感よりも、興味と僅かな興奮が滲んでいた。
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