4*女子会という名の意見会です
相変わらず早朝に起きて二度寝して、憂鬱な食生活を送っていたある日のこと。
「お茶会、ですか…?」
お父様から聞かされた内容は、毎年恒例である、お茶会という名の“懇親会”についてだった。
よりによって毎年堂々と不参加を決め込んできたお茶会だよ!
居ない人間の悪口は言いやすいもので。
毎年どこかの貴婦人方がルナリアの悪評広めてるのなんて目に見えた。とはいえ、今更私が参加したところで空気悪くなりそう。
「可愛いルナリア。どうか今年こそ参加してくれないだろうか」
「お父様…」
答えに詰まっていたところ、助け舟を出してくれたのは私の有能執事・シリルだった。
「お言葉ですが、陛下」
キリッと目尻を上げてシリルの瞳が光る。
意見する姿は、先日の……行き過ぎたデレ加減は幻かな?ってくらい、別人みたいで圧倒された。
「今年はルーセント王国も参加されるとの情報が入っております。…その、恐れ多くも、毎年参加されないルナリア様が参加されるとなると、今回はルナリア様への風当たりが強まるかと」
しかも筋が通ってる。
さっすがシリル、私が出したかった答えそのものっ!
……え?
えぇ、私が思っていた以上の答えでしたが……。
「ふむ、確かに。ルナリアに危険が及ぶ可能性があるな」
お父様は頷きつつ、眉間に皺を寄せて考え込むように溜め息を吐いた。
シリルが言うのは例の“婚約破棄”の件だろう。そうなんだよ。行けばヒソヒソ叩かれるし、行かなくても堂々と叩かれるのが予想できるし。
って……ぬぁああっ!
要するに、行っても行かなくても地獄じゃん!
「時期も時期だしな。ほとぼりが冷めるまでは控えた方が良いものか。しかし……あのふてぶてしい愚王共には、一度、ルナリアの前で謝罪を煽りたくも…」
「お父様!?」
や、やめてよ。謝罪どころか返り討ちにされちゃぅう!どうしてこうも私の周りは物騒なの!?
ダメだ!絞り出さなきゃ、なにか、何か手立てを……!
お茶会に参加しなくても間接的に自己表現できる方法を、何か、
「…………あーーッ!」
ピコーン!と閃いた私は思わずその場で立ち上がった。
ぅ、脇腹いてててっ。って、そうじゃなくて!
「な、なんだ?」
「ルナリア様?」
目を丸くする二人を満足気に見てから、私はペロッと上唇を舐めて言った。
「閃いちゃった。参加しなくても私をアピールする方法よ!」
***************
今日はお日様ぽっかぽかで、風も気持ちのいい春日和だ。
部屋で療養なんて、つまんなーい!
というわけで、こんな日はお庭に出て……洗濯物を干したいなぁ。
思い立ったが吉日。
が、実際にやろうとしたところを秒で侍女ちゃんたちに見つかった。そして案の定、止められてしまった。
うーん。よくよく考えたら人のお仕事を奪うのは良くなかった。とは言っても退屈だし、部屋には戻りたくないなぁ。
……。
お仕事を奪わず、退屈を凌げたらいいのよね?
ふふふ。
そんなこんなで、侍女のマリーと、それから一緒に居たミリアとルーシーにも声を掛けた。
三人には王女の相手という重要なお仕事に付き合ってもらいましょう。
―――さて、ガーデンテラスでティータイム女子会の始まりです!
四人で席に着くけれど、まだミリアとルーシーは緊張気味な様子。
一方で、マリーはというと「退屈だったならもっと早く呼んでくださいよ~」なんて。すっかり慣れてくれてて良かった!何にせよお茶会の参考になるし、自分から開いてみるものね。
綺麗に手入れされた花たちは陽の光をいっぱいに浴びて、元気に花開いている。
中でもコバルトブルーやヴァイオレットカラーの薔薇が多く咲いてるけど、こんなにも濃くてハッキリとした青みの品種なんて、ニホンでは遺伝子組み換えでも見られない。
他にはどんな種類があるんだろう?
でもこれはまた別の機会まで、楽しみにとっておくとして。
今日のメインはお茶の方だ。
シリルがセッティングしてくれたお菓子。
文化は違えど共通の、クッキーやケーキにチョコレート。それからシュークリームもある。
ん~、美味しそう!
でも紅茶の色は……透き通る青。
何となくそんな気がしてた。綺麗だからいいけどねっ!
「あぁ、ルナリア様!お噂は存じ上げております。今年の“懇親会”のこと」
パァッと目を輝かせてマリーが話題に出してくれたのは、つい昨日あった話なんだけどな。
侍女ちゃんたちの情報網ってスゴい。噂が回るスピード早すぎだよ!
「そ、そうなの。ただ単に参加しないのも、“婚約破棄されて、恥ずかしさのあまり表舞台に出られず逃げた”って思われるじゃない?だから今年は、何かしらしようかと…って―――」
半分はシリルのおかげで導き出されたんだけどね。
ふふっと得意気に笑って見せたが、そんな私の言葉に三人は何とも言えないような、バツの悪そうな表情を見せた。
(……あれ?)
ハッと我に返る。
し、しまった。婚約破棄って、その話まだデリケートワードだ。
今の私からすれば全ッ然気にしてないのにな!
それでも周りには、自虐に聞こえるものだよね。
「……ええと、それで決めたんだけどねっ!今回のお茶会、私が“お茶菓子の全面プロデュース”をしようと思うの」
すると、「え…ルナリア様が!?」と三人揃って驚いてくれた。
よかった~!何とか本題に軌道修正できたみたい。
―――そう。
私が「閃いた」と言ったのは、このことだった。
普通お茶会のお菓子といえば、主催者が用意したり、または小規模なら列席者が用いたりもする。
だが、この場は特殊で。
懇親会と言うほどだ、世界の注目度が高い。
主催者が誰という概念はなく、規模は大きいが、各国からお金を出しあって成り立っている場なのだ。
よって、そんな場のお茶菓子を全面プロデュースするというのは……何を意味するのか。
それは、今まで参加しなかった分を取り戻したいという自己表現。同時に、逃げも隠れもしませんよっ!というメッセージにもなるはずだ。
「国を代表するのだから……失敗は許されないわね。そこでなんだけど!是非とも、みんなの意見を聞きたいなって」
世界が注目する場で期待に添えなかったら水の泡だ。それに、単にみんなが知ってるお菓子じゃダメなのが難しいところ。流行の最先端をいく品でなくてはならない。
三人寄れば文殊の知恵って言うもんね。
え?私はカウントしなくていいのかって?
わ、私は今日はまとめ役ということで。最後、具体的には自分でアイデアを出す前提でね!
べ、別に知恵が浮かばなかったとかそういうのじゃ……ありました。何かヒントを貰う魂胆です。うぅ。
「……コホン。では、私から意見を申し上げますね。お一つは“定番”のお菓子を入れるのは、いかがでしょうか」
最初に意見を出してくれたのはミリア。
肩下までの髪は、アズライトの薔薇のように濃い紫色で、意志が強い、キリッとしたルビーの瞳を持つ女の子だ。
「やはり、基本がなってこその伝統ある懇親会ですから」
と、侍女ちゃんたちの中でもしっかり者の彼女の意見は的確だった。
「わ、私は……“流行”のお菓子を取り入れるのはいかがかと、お、思いますっ」
次に話してくれたのは、ふわふわとしたキャラメルブラウンの髪とコーラルピンクの瞳が可愛らしいルーシー。
彼女は引っ込み思案だけど、意見言ってくれて良かった。
「流行ってるお菓子があるのね。どんなもの?」
思わず真っ直ぐと目を見て質問するが、あれ?目が合わない。もしや、怯えられてる?あはっ……。
「ち、巷では貴族の間で“マカロン”が流行しているらしく…て、手も汚れにく、食べやすいと…の……です」
ふむふむ。この世界にもマカロンはあるんだね。
ここまでまとめると、定番と流行を兼ねてって感じだけど。私の中で、まだ具体的なイメージは浮かばない。
やっぱりマカロンをメインにするのがいい?うーん。
「ルナリア様、私は“ルナリア様らしい”お菓子にすればいいと思いますよ」
「……私らしい?」
「はい」
最後にマリーが言ってくれたのは、二人とは違う意見だった。どういうことかと聞けば、ふふっとマリーは笑って。
「二人の意見をまとめるようですが、定番も流行も決めるのはルナリア様です。しきたりとか、そういうことは二の次で大丈夫です。ルナリア様らしさが、祖国らしさになります。私は信じてますから」
「マリー…」
(ルナリアらしさ…そっか)
そうだ。型に囚われては前に進めない。
私が作るんだ。新しいものを。
「皆さん、ありがとう!参考になったわ」
だけど、ルナリアらしさって何だろう?次の課題はこれを見つけることみたい。
こうして、初めて開いた小さなお茶会は幕を閉じた。
よーし!
意見を集めたら、今度は自分の足を動かす番だ。早速明日から“聞きこみ調査”に入るとしましょう。
にまにま。楽しみね。
*
「ルナリア様が、お礼を……」
「ルナリア様が…わ、笑って……」
ニヤニヤと浮かれている私だったが、それをミリアとルーシーが唖然と見ていたとは、マリーしか知らない。
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