序章2
『Lucent Kingdom~王子様に恋して~』。
その名の通り、中世ヨーロッパのような世界観の中で、王子様たちと恋する乙女向け作品。
舞台はルーセント王国。
ヒロインのアンジュ・ラピスラズリは平民出身の女の子(実は母が元貴族令嬢で、家を出て駆け落ちした)。
テンプレのようなヒロインらしい容姿のアンジュ。腰までの髪はツヤツヤと美しい母親譲りの亜麻色で、くりんと丸くて愛らしい瞳は、父親譲りで海のように透き通る青。ルナリアより明るめのブルーカラーだ。
父親は他界しており、体の弱い母と二人暮らしたをしていた彼女。昼間は花を売って生計を立てていた。
そんな彼女だったが、ある日街中で(本人は気づいてなかったけれど)彼女の様子を見た王様──サミュエル・ヴァン・ルーセント国王陛下──に見初められる。
そのおかげでアンジュが16歳を迎えた年、王子様たちのお妃候補が集められるというパーティーに招待されるのだ。
参加はしたものの、身分を気にしてサミュエル陛下に直接断ろうとしたアンジュ。だが、思いに反して「直接国王に断りに来るとは度胸がある」と更に気に入られてしまう。
そのうえ、
──「使用人として住み込みで働いてみなさい。息子に気に入られたら妃になればいい」
と、ぶっ飛んだ独断を提案されてしまうのだ。
アンジュは悩むが、その後母が病気になり床に伏してしまい…花屋だけじゃ稼ぎが足りなくなり、イチかバチかでサミュエル陛下の提案を飲んだ。
──そして、王宮での生活が始まる。
ほどなくしてアンジュは、王子様たちの世話係に任命された。
しかし噂では、世話係になった人たちはみんな王子様を好きになってしまいクビになったという。
それでなくても気難しい王子様たちに手を焼く日々で、ついにアンジュはストレスと過労で倒れてしまう。
それでも健気に世話係を続けるアンジュを見て、王子様たちの心は動き出す、という……。
剣と魔法の世界で、平民出身のヒロインが王子様たちと恋に落ちる甘くてちょっぴりほろ苦いシンデレラストーリーとなっていた。
……で、だ。
話は戻して、芽瑠とその作品に何の関係があるのかというとだ。
察しの良い方は既にわかってしまったかもしれないが、その『Lucent Kingdom~王子様に恋して~』の世界と、
……今まさに私が居るこの世界があまりにも酷似していたことに気づいた。
きっと芽瑠はトラックに轢かれてから、意識不明か死んだか何かで、長い長い夢の入口に入ったのか……あるいは今の私が生まれ変わりと考えて妥当だろう。
前者であってほしいが、夢にしてはリアル過ぎる。てか脇腹が痛い上にルナリアの記憶が鮮明にあるので、後者の説が捨て切れない。
とりあえず今は"芽瑠=私の前世"と仮定しておく。それがさっき、頭を抱えた理由だ。
じゃあ発狂したくなった理由は何なのかと言うと、これは本当に信じたくなかった。
だって……
まさか私、ルナリア・メル・アズライトが『Lucent Kingdom~王子様に恋して~』に出てくる、あの!ヒロイン・アンジュと王子様たちの恋路を邪魔する挙句の果てに、悲劇を味わうという……"悪役王女"だなんて誰が大人しく納得するものかっ!!
気づいたのは目尻を吊り上げた時だった。それが"彼女"──えぇと、私のチャームポイントだからだ。
全くチャーミングじゃないポイントの、むしろ意地悪キャラ丸出しのツリ目。
寝込んでいたから素っぴんでツリ目じゃないのか。
…えっ!あのツリ目ってメイクのせいだったの!?初めて知ったんだけど!どうでもいい豆知識を得た今の気分は、ひっそりと泣きたい。
普段はグルングルンに巻いて高い位置でツインテールにしてた髪も結いてない。
だから"知識"として知っていたルナリアとは程遠く、すぐには気づけなかった。
それにしても、私が彼女になったのが現実なら絶望しかなかった。
ルナリア。
あいつは目的の為なら手段を選ばない女だ。(それが私なんだけれどっ!)
オホホ一つでこの世界はワタクシのものと思っているし、高飛車で傲慢で常識知らず。全く考えなしに行動しちゃうから、ある意味危なっかしくて見ていられなかったよ。(考えなしは前世と同じだけれどっ!)
……うっ…しかも、もう一つ嫌なこと思い出した。
それは、ルナリアの婚約者のこと。
約一年前──14歳の時──私には婚約者ができた。国王同士が決めた、国と国を繋ぐ為の政略結婚だ。
ルヴィウス・ヴァン・ルーセント。
彼こそがルナリアの婚約者にして『Lucent Kingdom~王子様に恋して~』で舞台となるルーセント王国第一王子。
ヒロインの一人目の攻略対象となるメインキャラクターだ。
母親譲りの白い肌と深い漆黒のストレートな髪、そして父親譲りのシャープで切れ長な瞳は、エキゾチックなアメジスト色で、妖艶な印象を与える。
スラッとした長身で堂々とした佇まいは風格もあった。
その男らしさと美しさを兼ねた容貌から、ゲーム内でも外でも女性からの人気は留まるところを知らない。ゲームのパッケージでド真ん中を飾る彼は、ルーキンファンの中でも一番人気だった。
というか何を隠そう、私も理想的なキャラクターを作っていたらできたのがルヴィウスなので、ルヴィウス推しで美麗スチルにはキャーキャーと萌え悶えていた。
ルヴィウスは現在18歳だが、中身さて置き現在まだ15歳の私はあと一年……16歳になるまで婚姻は結べない。男性は18歳になっている。
推しが婚約者なんて、さっきとは別の意味で発狂したいほど喜ばしいのに……残念ながら喜べなかった。何せ、この婚約が成立しないのは私が一番よく知っているからだ。
彼は恐らく、私が16歳になる前に手紙で婚約破棄を告げるだろう。
──「ルナリアとの婚姻は祖国の繁栄に相応しいとは思えない。…理由としては充分だろ?」
という、ルヴィウスの台詞が鮮明に過ぎる。
そしてサミュエル陛下オススメのアンジュを婚約者候補として迎えるのだ。
私はというと…
「……超っ絶考えたくない」
知らない知らない知らない。
ルナリアパパの余計なお世話で悪役王女が爆誕することとか、今は考えるのダルい。
アンジュが誰を攻略しても、軽くて国外追放重くて死亡エンドを迎えるなんて、ただでさえ絶望しかない。
おとなしくしてますから…くわばらくわばら。
私がもう一度ベッドに潜り込んでいる間にルヴィウスがお見舞いに来たことを告げられたが、もう一度言う。ビビリな私は面会を拒否した。逃げるが勝ちだと思った。
あの冷徹ドSツンドラ人間のことだから、逆に好都合と思ってるだろう。
推しキャラなのに恋愛対象に見れるかと言ったら話は別だ。だって私ルナリアの末路知ってるんだもん。そもそもルヴィウスは彼女を婚約者として認めていない。
嫌われていると自覚したのは、ルナリアを外側から見れる今になってからだし……今更為す術はない。手紙だけは覚悟しておこうと思う。
私であるルナリア。ルナリアである私は──部屋から窓の外を覗いた。
ルヴィウスが乗っているであろう馬車が去っていく光景をカーテンの隙間から見下ろし、人知れず深い深い溜め息を吐いたのだった。
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