3*弟子なんてとってませんが
旅に出ると決めて、一週間ほど経った頃のこと。
茶会の準備をしていた頃とはうってかわり、朝でもポカポカ陽気が続く今日この頃のアズライト王国王宮。
ちなみに旅の目的はというと、
"万が一に備えた種まき"だ。
おさらいするが、タイムリミットはルナリアがルーセント王国に行かされる(物語が始まる)までの約一年。
……とはいえ、早いもので、季節はもうすぐ夏へ向かおうとしているので猶予がそんなない。なので、さっさと動かないと。
ちなみにこの世界に"梅雨"という時期はない。
雨は熟練の水魔法の使い手が"アメフラシ"で降らせるので、大丈夫なのです。
そう、この世界は剣と"魔法"の世界だからね。
……え?私?
私は覚醒したら『闇魔法』が使えるようになるはずだよ。
本来ならあの婚約破棄された後から覚醒していてもおかしくないのだけれど、イレギュラーが発生しちゃったからね……。
何を隠そう、魔法の使い方なんてわかりゃあしません。理論は知ってるけどできない人です。
でも、『エッグライト』に使われる食用インクも作る工程に魔法が使われていたりするようだし、魔法云々については、もう少し学びを深めておきたいところだ。
話は戻して、旅に出たいのですが。
長旅はあの国王陛下が許してくれるとは思えないので、今回は『茶会の準備で疲れたのでちょっと長めの休暇がほしい』でいくことにした。
廊下にシリルの靴音が近づき、恭しく扉がノックされる。
シリルからの報告を受けると、すんなりOKが出た。ただし!場所は限定とのこと。
(まあ……そうなるよね)
「ご滞在先は、南の別邸限定でございます。オーガスト陛下からは『警備体制を二倍にせよ』との厳命が下っております」
シリルは報告しつつ、書類を机に置いた。
「ルナリア様……正直申し上げまして、この時期に王都を離れるのは得策ではありません。ルーセントの王子方との関係が動き出したばかりですし、王都にいればこそ、こちらの優位性は保てるのではと」
「ふふ、でも私は体調不良で療養が必要なのよ、シリル。それ以上は言わないで。このまま王都にいたら、あなたが書類の山に埋もれてしまうわ」
「光栄なことに。それが私の使命です」
シリルは口ではそう言いながらも、私のために旅の準備を完璧に進めてくれている。
何はともあれ、侍女ちゃんたちと一緒に行けるのが楽しみだ。
別荘はここ王都からちょっと遠い南の地にある。
着く頃にはサマーバケーションだ!!!
……と、言いたいところなのだが、もちろん遊びに行くわけではない。
いや、そりゃ遊ぶのもルナリアの仕事なので仕事の一環でね?うん。色んなお誘いを断る名目もあるし……。
報告ついでにもう一つ、シリルから『エッグライト』の一週目の収益の報告も受ける。
「第一週目の売上ですが、想定の300%を超えました。特に貴族のご婦人方の間で『夜会のテーブルを彩る必須アイテム』として定着しつつあります。また、青い殻の神秘性が『幸せを呼ぶ』という新たな噂を生み、予約は三ヶ月先まで埋まっております」
シリルは淡々と、しかし満足げに数字の羅列された書類を指し示す。
「モーネ商会の対応も、今のところ迅速です。ルナリア様の取り分だけでも、このペースならば向こう数年は遊んで暮らせるかと」
飛ぶように売れている。
しかし、今は一時的なブームで、上流階級の流行りものとして売れてるから、長くは続かなさそう。それがひと波落ち着いた後の打ち出し方は、考えてはいるが。
うーん。軌道に乗ったら投資を始めたいな。
投資といえば、だ。
ロスとは対称的な人物がいるのよね……。
彼女の名前は、フォルトゥナ・ヴァンス。
この世界で最も『運』の良い女性だ。
『世界の富豪ランキング』でも上位にいる彼女だが、実はその正体はベールに隠されていた。
原作の作中でも、ゲームでも、ちょこっと登場するのだが顔は出ない。ミステリアスな実業家女性としてシルエットで描いている。
彼女と仕事ができた暁には巨万の富を生むとされているのだが……果たして、悪役王女やロスの不運と比べて、誰が一番強運なのかは、矛と盾の未知数だ。
でも、行動は早い方がいい。
「シリル、ちょっとお願いしたいのだけど」
「はい。何なりと」
「この『エッグライト』の流行がきてるうちに、富豪ランキング上位のヴァンス氏に何とかお近付きになりたいの。アポイントメントを取ってもらえるかしら?」
シリルの琥珀色の瞳が、一瞬で冷たくなった。
「……かの有名な素性の知れない実業家でございますね。危険です。まず私が直接、接触を試みましょう」
「ダメよ。私が会うの。シリルの顔では警戒されてしまうわ」
「し、しかし!」
シリルは不満そうにしながらも、いつものように恭しく一礼した。
彼の口から出る言葉が、「不審者なら即座に排除します」といった物騒な忠誠心に満ちている気がしたが、私は気のせいにすることにした。
*
部屋で荷造りをしつつ、私は久しぶりに厨房に訪れた。
マリーが持ってきてくれると言っていたが、はやる気持ちで待てなくて、自ら取りに訪れた次第だ。
──すると。
何やら、ドタドタと慌ただしい足音が近づいてくるのが聞こえた。
普段は静粛な王宮の廊下には似つかわしくない足音だ。
それも、つかの間。
「ッ、はぁ、はぁ……ルナリア王女!」
廊下の角を曲がって飛び出してきたのは、金髪を揺らした副料理長・ガイだった。
今日も身だしなみはしっかり整えられているが、額には玉のような汗が浮かんでいる。
そういえば茶会の準備以来、久しぶりに見た。
「あら、ガイ」
ガイは息を整えながら、近づいてくる。
「やっと会えた……なかなか現れてくれないから、苦労したのですが?」
ガイの問いに、私はハッとする。
王女である私がこうして厨房に来るわけでもなければ、ガイの方から私に会いに来るのは難しかったはずだ。
……いや?とはいえ、シリルを通してくれれば、すんなり会えるのでは?
まさか……シリルか。
「悪かったわね。改めてあの時のお礼はしないと、と思っていたのだけど」
「いや、そんなことはいい!それより、」
「ガイ!?」
ガイは私の手をガシッと握った。
熱い手が冷たい指先を包み込む。
「単刀直入に言う。ルナリア様の閃きはすごい!そのアイデア力をそばで見ていたいんだ。なぁ、弟子にしてくれ……!」
熱を持った瞳をキラキラさせて懇願され、私は「大げさな…」と答えた。
むしろ、この世界の食材や調理道具などの知識をたくさん持つガイに、弟子にしてほしいのは私の方だと。
……つい、そう言ってしまったのだ。
そしたら「そうか、わかった」と、ガイ。
「ルナリア様には、俺のありったけの知識を捧げる。その代わりに弟子にしてくれないか!?」
いや、弟子なんて、とってませんが!?
まずい。この流れ。デジャヴを感じる。
先日の、ロスの捨てられた子犬のような眼と重なる。
今回こそはNO!と突きつける、そのはずだったのだが。
……私は熱量に負けて、じゃなかった。ちゃんと熟考した結果・私の利益になると感じて!渋々返事を返した。
「わかったわよ…これからよ──」
「うぉっしゃ!!」
「わぶっ!!」
「よろしく」と言葉を言い終わる前に、ガイの力強い腕に抱き締められてしまう。
彼の逞しい腕の中で、ふわりと香るスパイスと調理場の熱気が混じったような男らしい匂いに、私の頭は真っ白になった。
(め、免疫が、心臓がぁぁ…………!!)
ドキドキと速く脈打つ心臓が煩い。
「わ、悪いっ」
パッ!と離れたガイは、どうせ、からかうように笑ってるんでしょ?
と、見てみたら、慌てて私から視線を外して表情を隠していて、拍子抜けした。心なしか耳が赤い。その顔には、からかうような笑いなど一切なく。
こやつ、意外とピュアなところもあるのか……!
予想外の純情な反応に、じんわり頬が熱くなるのを感じた。
嫌われてるわけじゃない……どころか、私に遠慮してくれてたのね。
悪役の自分でも、また味方が増えたようでちょっと安心した。
「そうと決まったら準備しなさい、ガイ」
「……は、準備?」
気を取り直して、ケロッと言い放つ。
もちろん弟子であり師は旅先に必要だからね!
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