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鋼鉄令嬢アストレア  作者: 甘味亭太丸
四章 乙女の花道
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七十四話 乙女の炎

 ≪ヴァーミリオン・リブラ≫の腹から這い出る≪アストレア≫には損傷は見受けられなかった。各部には寄生型の≪ヴァーミリオン≫が伸ばしていた触手のようなものがまとわりついていたが、全エネルギーを放出するように動力を活性化させれば剥がれていく。


「あら、あなたも協力してくれたのね。龍常院昌」


 脱出を果たした美李奈は今なおも≪ヴァーミリオン・リブラ≫を足止めしている≪ユピテルカイザー≫へと視線を向けた。苦戦という程ではないが、≪ユピテルカイザー≫と≪ヴァーミリオン・リブラ≫のパワーは拮抗しているようで、ひとたびバランスが崩れればどちらかが劣勢に傾くかもしれない、そんな危うい状況であった。


『君の為に要らぬ苦労をしているところだ。死のぞこないめ。さっさとその旧式と共にこの区域から離脱しろ』


 昌は≪ヴァーミリオン・リブラ≫を殴り飛ばし、態勢を整える。

 対する≪ヴァーミリオン・リブラ≫も一端こちらと距離を離し、状況を見定めているようにも見えた。


「あら? それは心配してくださっているのかしら? でもごめんなさい、私はちょっとあなたとは」

『誰がそんなことを言った。目障りだといったんだ。こちらの言うことを聞けない狂犬を見逃してやるとな。それと、とっととそのうるさい奴も連れていってくれ』


 昌はディエスブレードの切っ先を≪ユースティア≫、麗美へと向ける。

 美李奈はそれとなく状況を理解した。


「あぁ、麗美さんに巻き込まれたのですね。あなたが自発的に私たちを助けるとも思えませんでしたし……」

『その通りだ』


 憮然と昌は言い放つ。いい迷惑だという様子だ。


「麗美さんはこの状況でも相変わらずなのね……それにしても酷いありさまですこと」


 美李奈は苦笑しながら、周囲の状況を確認した。

 右を見れば遥か先で半壊した≪マーウォルス≫が漂っている。どうやらパイロットは無事なようだが、あれでは機動もできないだろう。

 後方では≪ウェヌス≫が茫然と立ち尽くしている。何があったのかは知らないが、ずいぶんと大人しくなっていた。その近くには小型の船を守るように立つ≪ミネルヴァ≫の姿があったが、なぜか顔面が破損し、内部フレームが丸見えになっている。

 何より大きな変化は城の姿がないことだ。


「あら? お城はどうしたのですか?」

『撃沈されて塵になりましたわ。全く、デカイだけで何の役にも立たなかったですわね』


 機体をすぐ隣に移動させた麗美が答える。


「まぁ。お爺様ったら、つくづくご自身が作ったものが壊れてしまうのね。アストレア、私はお前に乗っていることが少し不安になってきましたわ。本当にテリオンを信じてよろしいのでしょうか?」


 コツコツとモニターを叩くが≪アストレア≫は何の反応も示さない。


『ちょっとさっきからテリオス、テリオスと。一体何をおっしゃっていますの?』

「ちょっと待っていて麗美さん。セバスチャン、どうか?」


 しばし返答がなかったが、モニターの向うの執事はにやりと笑みを浮かべていた。


『ハッ、只今最終セーフティーの解除が認められました。どうやらあの戦艦が撃沈されたことで解除されたようですね。その他にもアストレアの損傷で……』

「あぁ、そこはもういいですわ。概ねは理解しました。では、麗美さん。参りましょうか」


 美李奈は≪アストレア≫で≪ユースティア≫の肩を掴むと、モニターに映る麗美へと最大級の笑みを向けた。


『ウッ! その顔、意地の悪いことを考えていますわね?』

「まさか」

『いーえ、それはあなたがとんでもないことを考える時の顔ですわ』

「そんな顔、いつしたかしら」

『お忘れとは都合のよいことですこと。忘れたとは言わせませんわよ。小学校の頃、あなた大量の犬を……』

『おい、ふざけている場合なのか?』


 談笑の中で律儀に忠告をしてくる昌。それと同時に≪ヴァーミリオン・リブラ≫が各部を震わせて、しびれでも切らしたのかこちらに突撃しようと加速をかけてくる。

 当然、昌は既に回避行動に入っていた。

 美李奈と麗美は揃って、敵の方を見ると、示し合わせたように溜息をついた。


「全く……」

『無粋ですこと』


 二体のマシーンはパッと左右に分かれる。その中央の≪ヴァーミリオン・リブラ≫が通過していくのを確認しながら、二人は大きく弧を描いて再び合流を果たす。そしてそのまま上昇をかけながら、≪ヴァーミリオン・リブラ≫との距離を取った。


『それで、テリオスとは何ですの?』

「私もよくはわからないのですが、お爺様が残した本物の遺産だということよ」

『遺産? あの大きなお城ではないのですか?』

「あれはいわば遺言状のようなものよ。それが開示された時、そして破壊された時、その封印は解かれるのですわ」

『何を言ってるのかさっぱり。それにしても回りくどい』

「本当にね。そんな手間をかけてくださらない方が私たち、もっと楽が出来たのに……さぁ、とにかく準備はよろしいですわね?」


 美李奈の勢いに答えるように今までだんまりを決め込んでいた≪アストレア≫のモニターに新たな表示が浮かび上がる。それは様々なセーフティーが解除されたということを示す長い文章であった。


『出力上昇! これは……えぇい、よくわかりませんが、ユースティアとの同調波動を確認しました。内部構造に変化あり……『変形』します!』


 じっとモニターとにらめっこしていた執事はもはやどうにでもなれという感じに大雑把な説明をしていた。もう彼も深く考えることは止めたようだ。


『な、な、な! ユースティアが壊れていきますわよ!』


 一方の麗美は困惑していた。なぜなら自慢の≪ユースティア≫が『分解』していくのだから。

 ≪ユースティア≫は四肢と背部ウィングスラスター、そして胴体へと分離してゆく。


「これは……まさか!」


 驚愕する美李奈。対する≪アストレア≫には大きな変化はないが、両手の拳が内部へと格納され、脚部は爪先立ちのような態勢を取ってしまうことだろうか。そして両肩は胴体から少し広がるように展開し、両足も股座から引き延ばされるようにフレームが展開する。


『合体ですわ!』


 自由の利かなくなった≪ユースティア≫のコクピットの中で、麗美はこの状況を現すにふさわしい言葉を言い放った。

 分離していった≪ユースティア≫の各々のパーツ。両腕は二の腕と肩に細分化され、二の腕はまるで鎧の手甲のように変形し、≪アストレア≫の両腕を覆う。肩は≪アストレア≫の両肩に覆いかぶさるように装着され、そのボリュームをアップさせた。


『美李奈様、無粋な敵が妨害しに来たようです』


 合体の状況を淡々とモニターしていた執事はレーザーに反応を感知した。試しに迎撃用のミサイルを撃ってやろうと思ったが一切の操作を受け付けないのでお手上げというポーズを取った。

 ≪アストレア≫たちめがけて≪ヴァーミリオン・リブラ≫が四つの得物を構え、突撃してくる。操縦は効かないし、内部フレームはむき出しであるし、この状況で攻撃を受ければお終いであるのは明白であった。


「ふむ、困りましたわね。ちょっと、生徒会長さん。助けてくださらない?」

『お前まで俺を顎で使うのか!』

「ケチな方。殿方は乙女のお願いは素直に聞くものよ?」

『我儘め!』

「あらご存知ないの? お嬢様は我儘をする生き物なのよ。覚えておきなさい」

『朱璃のようにおとなしく出来ないのか、貴様らは!』


 最後にそんな言葉を吐き捨てた昌は嫌々ながらも≪ユピテルカイザー≫を前面に押し出した。ディエスブレードで攻撃を受け止め、放電を行い、迎撃する。言葉はさておき、昌は確かな仕事をしてくれていた。


『さっさと合体を終わらせろ。それで勝率が少しでも上がるならとことん利用してやる!』


 昌には彼女たちを助けてやろうだとか手を組もうだとかいう気はさらさらない。自分の目的が果たせるならそれで構わないという考えだ。


「そんなこと、アストレアとユースティアに聞いてくださいな」


 美李奈は美李奈で、この自分勝手なマシーンたちの合体を待つしかなかった。

 ≪ユースティア≫の両足は、膝部分が二股に分かれ、≪アストレア≫の両足に覆いかぶさり、爪先がせせり出る。ウィングスラスターはそのまま≪アストレア≫の背部に装着されてゆく。


「時間がかかりますわね」

『ロマンですからね』


 そっけない感想を述べる主に反して執事はどこか興奮気味であった。


『いぃぃやぁぁぁ! 私のユースティアがぁぁぁ!』


 麗美は麗美で、自慢の機体がまるでパーツのように分解し、合体していくことに悲鳴を上げていた。

 そんな麗美のことなどお構いなしに、≪ユースティア≫の頭部は胴体内部に挿入され、そして変形が始まる。鳥の頭部の意匠を持った鎧に変形した胴体は≪アストレア≫にできた両肩の隙間を埋めるように装着され、胸部を覆う。

 しかし、金色に輝くAマークだけは外に露出したままであった。

 そして最後。≪アストレア≫の王冠のような頭部に新たな王冠がかぶせられる。それは紅蓮の炎のように燃えさかるものであった。その王冠をかぶるのを最後に、二体の合体は完了する。


「これが……お爺様の……本当の遺産……アストレアの真の力……」


 美李奈はメインモニターに新たな文章が浮かび上がるのが見えた。


≪アストレア・テリオス≫


 それこそが、真道一矢の遺した、最大にして最強のマシーン。

 亡き息子夫婦の為、愛する孫娘の為、そして≪ヴァーミリオン≫に対する復讐の為。己の全てを賭して作り上げた命の結晶。

 美李奈は、今、それを目覚めさせたのだ。


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