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鋼鉄令嬢アストレア  作者: 甘味亭太丸
四章 乙女の花道
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七十話 乙女が不在の戦

『もう戦わなくてもいいわ、美李奈。あなたは頑張ったもの』


 その暖かな声に美李奈は安らぎを感じていた。


『おかえりなさい美李奈……私の可愛い子……』


 だけどこの声は誰の声だっただろうか。

 美李奈は人を忘れることはない。どんなに些細な人物であっても彼女はしっかりと記憶するように努めてきた。そんな自分が思い出せない声?

 一体誰だろうか……


『美李奈……美李奈……』


 そんなことはどうでもいいか。

 この暖かな声に包まれていると、なぜだかとても安心する。

 そう、まるで、この声は……


『だから、もうやめてしまいなさい』


***


 その時、執事はおぞましい金切り声を聞いていた。それが何かしらの言語であることはわかるのだが、意味の一切を理解することができないでいた。

 取り込まれてまだそう時間は経っていないが、明らかに≪アストレア≫のコントロールが奪われていた。生命維持装置は最低限しか稼働しておらず、出力の低下、通信およびセンサー、レーダーの遮断、それどころか全兵装のロックに加えて、操縦権のまで奪われている。

 

「美李奈様との連絡が取れない……一体何が……」


 主の身を案じながらも執事は、己にできることを考えていた。≪アストレア≫に搭載されたコンピューターでこれらのバグを取り除くことができるかどうかを試していたのだが、あらゆる操作が弾かれていた。


「外部からの強制的な乗っ取り? まさかアストレアを包む肉塊がそれを行っているというのか?」


 唯一確認できる機体コンディションモニターには≪アストレア≫の破損を示す表示はなかった。敵は何らかの手段でこちらに侵入してきているのは確かだが、彼にはどうすることもできなかった。

 ゾッとした。つまり、こちらの命を握っているのは≪ヴァーミリオン≫だということだ。


「内部からはでは無理か……マニュアル操縦で切り抜けるわけにもいかない……機体を拘束されている以上、アナログな手法も通じないということ……」


 この状況を打破するためには機会をうかがうしかないのだ。

 外部からのアクションに期待するなど、真道に仕える使用人としては恥ずべき行為ではあるが、この際仕方がない。

 まさか生身のまま機体の外に飛び出るわけにもいかないのだ。それに出来たとして、彼には武器がない。


「美李奈様! 聞こえていますか、美李奈様!」


 それでも彼は己の職務を全うするだけだった。


***


「このぉ!」


 態勢を立て直した麗美は頭に血が上ったことを理解しつつも、やたらめったらに≪ユースティア≫のビームキャノンを乱射した。

 だが、通常の≪ヴァーミリオン≫であれば一撃のもとで破壊するそのビームも

≪ヴァーミリオン・リブラ≫には全く通用することはなく、霧散し、無力化されていくばかりであった。

 対して≪ヴァーミリオン・リブラ≫の一撃は重く、鋭い。四つあつ腕の一つ。剣を持つ右腕が無造作に振るわれるだけで、凄まじい衝撃波が繰り出されるのだ。

 麗美はその一撃を難なく交わして見せたものの、その衝撃波に機体を振り回され、錐もみ状に吹き飛ばされてしまった。


「ミーナさん! 聞こえて!? あなた今、とんでもないことになってるのよ!」


 吹き飛ばされても麗美は無理やり機体を立て直した。急激な方向転換によるGの衝撃はすさまじいが、機体性能とパイロットスーツで無理やり耐える。今は気絶してもいい場合ではないとわかっているから。

 麗美は機体を立て直すと同時に全出力を放出し、機体を高速回転させる。ジャッジメントクロストルネードを繰り出しながら、美李奈の≪アストレア≫が取り込まれた箇所めがけて突撃を行う。

 だが、そんな馬鹿正直な攻撃は≪ヴァーミリオン・リブラ≫には通用しなかった。≪ヴァーミリオン・リブラ≫の胸部が蠢くと、そこには合体前に確認できた赤い≪アストレア≫のいびつなAマークが浮かび上がる。

 そこから大出力のビームが吐き出されたのだ。


「あぁぁぁ!」


 ビームの直撃を受ける≪ユースティア≫。それによって回転は止められ、≪ユースティア≫の表面装甲にわずかながらの損傷を与えた。そしてコクピットを襲う衝撃はすさまじく、麗美は一瞬だけ思考能力を奪われてしまったのだ。

 操縦を奪われた≪ユースティア≫は動きを止めてその場に浮遊する形となってしまう。

 ≪ヴァーミリオン・リブラ≫はそれめがけて斧を振るう。


『させるかぁ!』


 間一髪のところで、麗美を助けに入ったのは≪ミネルヴァ≫である。

 ≪ヴァーミリオン・リブラ≫の斧が≪ユースティア≫を粉砕しようとした瞬間、≪ミネルヴァ≫が引き寄せることで、破壊から免れたのだ。

 だが、衝撃波は容赦なく襲い掛かってきて、二体のマシーンを諸共吹き飛ばして行く。


『なんなんだこの化け物は!』


 接触回線で聞こえてくる蓮司の言葉に麗美は全く同じ感想を抱いた。

 これまで、同じように巨大な化け物と戦ってきたが、目の前のそれは明らかに異常であった。今までとは違う、怨念めいた何かを感じた。

 それは一見するとこちら側のマシーンにそっくりだから、そういう風に思えるのかもしれなかったが、麗美には確実な判断を下せる材料はなかった。

 それ以上に、取り込まれた美李奈が心配だったのだ。無事を祈りつつも、あんなわけのわからないものの体内に取り込まれて気分が良いはずがない。

 さっさと引きずり出してやらないといけないという思いが、麗美を焦らせていた。


『全マシーンはカイザーに集結しろ。この大物を破壊しない限り、こちらに勝機はないと見た』


 ふと広域通信を行う≪ユピテルカイザー≫、そのパイロットである昌の声が聞こえる。


『遺憾ながら戦艦ユノはその場に放棄、生き残ったスタッフは脱出艇にて外へ出ろ。マ―ウォルス、ウェヌス、何をしている。さっさとこちらに来て援護をしろ。ミネルヴァ、その邪魔ものをどこかへ置いて来い。地球に叩きつけてもいい。目障りだ』

「な、なんですってぇ!」


 その昌の言い方に麗美はまた頭に血が上った。


『……了解です』

「お兄様! ちょっと、放してくださいまし!」


 蓮司は昌の指示通りに≪ユースティア≫を羽交い絞めにすると、その場から後退していく。入れ替わるようにのそのそと≪マーウォルス≫、≪ウェヌス≫が到着する。≪マーウォルス≫は電磁フィールドの展開が不可能であることを除けば大した問題もないが、スラスターは不調であった。≪ウェヌス≫に至っては損傷はないにしても、戦艦ユノを一撃の下に破壊した敵の攻撃に怯えているのが傍からみてもわかった。


「ミーナさん! 聞こえてるならさっさと返事をしなさぁぁぁい!」



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