六十八話 乙女と真の敵
「おぉぉぉ!?」
激震と目が潰れる程の光の中で蒼雲がこの衝撃が速く収まれと祈った。
驚異的に放たれた大出力のビームは間違いなく戦艦ユノを狙撃した。その他の相手には目もくれずに、確実に自分たちの脚となり城となる船を狙った行為に蒼雲はゾッとした。
「あ奴ら! こちらの戦法をまねてきたのか!」
しかしそれは偶然だ。脅威となる戦艦の排除は優先的である。それは別に戦略や戦術の話ではない。そうするべきという常識的な考えに基づいた行動であった。
それで相手が動揺したり困惑するのはこっちとしては知ったことではないし、愚かという判断なのだが、この時の蒼雲は≪ヴァーミリオン≫が癇癪を起して仕返しをしてきたのだと感じた。
それもわざわざ同じようなことをまねてくる。それはまるで子どもだ。子どもの喧嘩だ。殴られたから殴り返す、悪口を言われたから言い返す。
ただ問題なのはその仕返しの威力が尋常ではないということだろうか。
「マルスの盾が持たない!」
≪マーウォルス≫に搭載された電磁フィールドは例え戦艦タイプの主砲であっても十分に耐えられる性能を誇っているはずだった。それがレッドアラートを鳴らしながら、バチバチとほころびを産んでいた。
「戦艦ユノは早く避けるんだよ!」
前方方向に集中していた蒼雲は、自身の背後にいる戦艦ユノが未だに離脱行動をとっていないことを知らない。
全スラスターを吹かしながら、押し込まれる勢いに抗ってはいるものの、≪マーウォルス≫は徐々に後退させられていた。
そして、レッドアラートが壊れたように、最後だけ大きな音をかき鳴らした瞬間、≪マーウォルス≫は奔流に押し流されながら、弾かれていく。
そして、盾を薙ぎ払ったビームが戦艦ユノへと伸びる。
「お、お、おぉ!?」
電磁フィールドは全てが使用不可能になったわけではなかった。僅かに残った数基が≪マーウォルス≫を消滅から守ったのだ。だが、それでもダメージが大きい。ジェネレーター出力は上がらないし、スラスターも殆どが動かない。所謂オーバーヒートだ。冷却を待たなければならない。
≪マーウォルス≫は手足をもがれた状態になっていた。それでも自らの無事に安堵した蒼雲は、はっと戦艦ユノの事を思い出し、そちらへと視線を向けた。
「なんと!」
≪マーウォルス≫は堅実に盾の役割を果たしたといえる。大出力のビームはそのまま直撃していれば戦艦ユノは跡形もなかったであろう。
≪マーウォルス≫が遮ったことでわずかにだがビームの射線軸を反らすことが出来たようだった。
だとしても、戦艦ユノの損傷が甚大なのがわかる。
蒼雲の視界には右舷を抉られ、機能不全を起こした戦艦ユノの無残な姿があった。あの側に乗っていたスタッフは確実に消滅したのだろう。
『な、なんてこと!』
戦艦ユノの直上に陣取っていた≪ウェヌス≫には被害はなかったようだが、動きに動揺が見られた。
『これは、遺産だったんじゃないの? ヴァーミリオンを撃滅する、最強の武器じゃ……!』
真尋のいう言葉は、龍常院銀郎が語っていたものだ。蒼雲もそれは聞いたことがある。
それが、こうも容易く破壊されているのだ。
「俺だって……そんなのわかるかよ……」
ぼそりと呟いた言葉は、彼の本音だった。
***
その光景は最前線を行く昌も確認していた。
驚愕していた。
「な……!」
絶句するしかなかった。
要塞から放たれたビームはこちらに直撃することはなかったが、その膨大で狂ったようなエネルギー量には冷や汗をかかされる。もし無防備なまま、直撃を受ければこの≪ユピテルカイザー≫ですら無事では済まないだろう。
それは半壊した戦艦ユノを見れば一目でわかることだった。
『昌様! 前方に新たな反応が!』
「何!?」
状況はめぐるましく変わる。
切り札とされていた戦艦ユノの呆気ない破壊。それに続くように今度は新しい反応だ。昌としても身構えるのは当然であった。
(どういうことだ。これがヴァーミリオンの本気とでもいうのか?)
だとすればさっきまでの惰性のような戦闘はこちらを油断させるための罠だったとでもいうのか?
しかし、昌はどこかぬぐえない違和感があった。
(いや、違う……本気を出したという風には見えない……)
その疑問が晴れぬまま、昌は要塞を凝視した。
きらりと小さな光が見えた。赤い生物の塊のような要塞の中央から『それ』は姿を現した。
「赤い……アストレアだと?」
モニターに拡大された映像には赤い人の形をした肉塊が映し出された。それは全長だけを見れば自身の乗る≪ユピテルカイザー≫と同じ八十メートル級であったが、昌はその姿を≪アストレア≫であると認識した。
それは胸に刻まれたAのマークを認識したから。ドロドロに溶け、ひび割れたように見えるそれは、しかし間違いなく≪アストレア≫のマークだ。
その赤い≪アストレア≫はぎこちない動きで両腕を突き出してくる。
「ナックルのつもりか!」
昌は迎え撃つように≪ユピテルカイザー≫のスパニッシュナックルを繰り出す。ほぼ同時に打ち出されたお互いの拳は数秒後に衝突する。
拮抗するかと思えた両者の攻撃は、≪ユピテルカイザー≫の圧勝で終わった。ドリルのように回転するスパニッシュナックルは赤い≪アストレア≫のナックルをぐちゃぐちゃにかきまわし、肉片へと変えていった。
「チッ……」
昌はそれを見ても勝ったとは思っていなかった。
スパニッシュナックルはそのまま、赤い≪アストレア≫の胴体へと直進していったが、貫くことができなかった。
昌はナックルを戻すように操作すると、ゾンビのようにゆらゆらと動く赤い≪アストレア≫を睨みつける。
「あのナックルは陽動か」
昌はエンブレムズブレイザーの発射態勢を整えていた。腕が戻ってくると同時に黒い閃光を放つ。それは、赤い≪アストレア≫も同じである。胸のAマークから赤々とした血のような閃光を放つ。
両者の攻撃は再び衝突し、その余波が無数の残骸を吹き飛ばしていく。
そして同時に攻撃が止むと、示し合わせたように、各々の武器を構えて接近した。
だが、その瞬間、≪ユピテルカイザー≫の背部に衝撃が走る。
「なんだ!」
『あ、新たな敵の出現! 速い……!』
損傷はないが、勢いを殺された≪ユピテルカイザー≫は敵の攻撃を受け止めるだけで精いっぱいになってしまった。赤い≪アストレア≫の突撃は彼の予想以上のもので、≪ユピテルカイザー≫のスラスターを全開にしなければ防げない程であった。
それに、先ほどの背部への攻撃にも注意を向ける必要がある。
昌は目の前の敵に対応しながら、いまだ捕捉出来ない敵にも注意しなければならなかった。
「きた!」
だが、昌もまた天才の一人なのだろう。
赤い≪アストレア≫を蹴り飛ばし、その勢いのまま離れる。同時に先ほどまで自分たちがいた空間に赤い影が走った。それは一見すると高機動型の≪ヴァーミリオン≫に似ていたが、違う。
しかし素早く姿がよく見えない。赤い軌道を描きながらその影はこちらへと向かってくる。
『この、偽物がぁ!』
刹那、その赤い影に相対するように真紅の≪ユースティア≫が立ちふさがった。
≪ユースティア≫は高速回転しながらその影と衝突する。が、容易く弾かれてしまった。
『ノーブルミサイル!』
吹き飛ばされる≪ユースティア≫の傍を本物の≪アストレア≫が通過し、ミサイルをばらまく。しかし無数のミサイルは赤い影に追いつくことが出来ずに翻弄されていた。
だが、ミサイルは追尾を早々にやめると自爆を始める。それはちょうど、赤い影がミサイルを迎撃しようと接近した瞬間であった。
その行動で、なんとか赤い影の勢いを止めることには成功した様子だった。
その影はゆっくりと赤い≪アストレア≫の傍らに立った。同じく八十メートルの巨体である。
猛禽類の鳥を思わせる鋭角的な兜、背部に装備された二対の翼、そして両腕から伸びる血濡れの剣……≪ユースティア≫に似ていた。
「コピー品か? いや、何かが違う……なんだこの違和感は」
***
新たな敵を確認した美李奈は自分でもわからないまま、酷い嫌悪感に苛まれた。それは≪アストレア≫と似た姿をした≪ユピテルカイザー≫を見たときですら思い浮かばなかった感情だ。
しかし、なぜか目の前の二体の赤い≪アストレア≫と≪ユースティア≫を見ると、美李奈は自分でもわかるぐらいに気持ちが抑えられなかった。
「アストレア……お前も何かわかるのか?」
ここにきて、≪アストレア≫のコクピットに表示される『脅威度レベル』の表示がほぼ出ずっぱりであった。
だが、それとは別のシグナルもまた発せられていた。
『ミーナさん、一つお聞きしますが……なぜあちらの偽物から私たちの機体と同じ反応が検出されているのでしょうね?』
そういう麗美には明らかな警戒の色があった。
敵をただのコピーとは認識していないという現れであった。
『美李奈様……動力のエネルギー、その波長が完全にこちらと一致しています』
「アストレアがもう一体あるとは聞いていないわよ? 麗美さん、亮二郎様はこのことで何か知っていることはありまして?」
『知らないわよ。お爺様が嘘をつくとは思えないけど……』
「だとすれば、これは亮二郎様ですら知らないこと……一矢お爺様だけが知ってることとでも?」
未だに祖父の残した謎は、美李奈も全容を知っているわけではなかった。
むしろわからないことの方が多い。その一瞬の間に美李奈は様々な憶測をしてみたが、どれも何かが違った。
「……?」
ふと、美李奈は違和感に気が付いた。
目の前にいる偽物のマシーン。一つは≪アストレア≫、こちらは自分たちと同じく堂々と構えているようにも見える。ゆらり、ゆらりとしていてもそう感じさせる威圧感があったのだが、一方の≪ユースティア≫からはどことなく女性のような立ち振る舞いがあった。
それは赤い≪アストレア≫に寄り添うようにして立つ姿から唐突に連想したものだ。
あえて言えば、麗美とは違う優雅さがあった。
「……お父様とお母様?」
その時の美李奈は、なぜ、そんなことを呟いたのか、わからなかった。




