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鋼鉄令嬢アストレア  作者: 甘味亭太丸
四章 乙女の花道
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六十三話 乙女飛翔・前編

 於呂ヶ崎亮二郎は準備よい男であったことは間違いない。親友である一矢の言葉を信じることが出来ずに十数年の間を無駄に使ってしまったという悔いは彼の中で深く、大きな傷として残っていたようである。

 だから≪ユースティア≫を作り上げたのだ。親友に託された思いを実現する為に、彼は持ちうる最高の力でマシーンを作り上げた。

 それは亡き親友に対するせめてもの償いであったのだ。


 同時に、亮二郎は世界に名だたる於呂ヶ崎のトップに立つ男だ。彼は常に世界に対して目を光らせた。何が求められ、何が必要であるかを理解していた。

 それは経済、政治の話だけではない。この世全ての事柄に対して、亮二郎は鼻の利く男であったのだ。

 だから、マシーンを宇宙に打ち上げる準備の一つや二つは整えていたのだ。

 だが、まさかそれを、自分がではなく、己の孫娘、そしてその友人たちからの催促で執り行うことになるとは、思いもよらなかった。


「我が孫娘ながら、あいつの考えることはたまにわからなくなる」


 於呂ヶ崎重工宇宙開発局に併設されたオフィスビル内で着々と進められる打ち上げ準備を眺めながら亮二郎は軽くこめかみを抑えた。彼の視線の先には二つの巨大なロケットとそれに固定される二体のマシーンが映っていた。

 元は有人飛行に使われるスペースシャトルであった代物を亮二郎がわざわざ外国から買いたたき、改良を進めていたものである。

 四十メートル級のマシーンを『収める』ことは出来ないが、マシーンが背負う形で装備すれば『飛べなくはない』という具合だ。


「飛行テストもしておらん……このようなことになるなら、さっさとしておけばよかった……」


 呟きながら、亮二郎は同じオフィスにいる来客へと振り返った。

 そこにいたのはガチガチに緊張した木村綾子であった。如月乃学園の制服はそのまま礼服として通用する。綾子は形や経緯はどうあれ一つの組織の代表として於呂ヶ崎亮二郎との交渉を行ったのである。


「君も大変だな?」

「あ、はい! いえ、友達の為ですし!」


 綾子は少し声が上ずっていた。

 綾子はつい先ほどまでこの国の『総理』とも電話会談を終えたばかりなのだ。つい数時間程前まではセレブはいえただの女子高生だった少女が、いきなり総理との会談である。その時の緊張がまだ残っているのだ。


「いや、大したものだ。友の為の一言で、一国の総理に直談判だ。おいそれとできることではない。君には才覚があるかもしれんな」

「そんなことは……けど、美李奈さんや麗美さんは、今までずっと私たちを守ってきてくれたわけですし、守られてばかりだった私が何かのお役に立てるなら……まさかこんなことさせられるとは思いませんでしたけど」

「確かにな」


 亮二郎は苦笑しながら、綾子をねぎらった。

 事実、綾子はよくやっている。孫の麗美に押し付けられたとは言え、それを全てやり遂げているのだ。美少女防衛隊ヴァルゴの結成、それを容認させるべく総理への交渉、そしてマシーンを宇宙へ上げる為にこのように自分にも頭を下げに来た。

 並でできることではない。


「そうだな。君のような者がいれば、麗美も安心だ。美李奈ちゃんだけではなかったか。あいつの、友人は……」


 亮二郎は部屋に控えていた使用人に紅茶のセットを持ってくるように頼むと再び、ガラスの向うに映る二体のマシーンを眺めた。


「君も見るかね?」

「あ、はい、ぜひ!」


 綾子もおずおずと立ち上がると、亮二郎の隣に立ち、同じ光景を目にする。青と赤の巨大なマシーン。アレに、友人が乗っている。自分たちを救う為に。そう思うと、綾子は胸が締め付けられる思いになった。


(戻ってきてほしい……宇宙なんて所で怪我なんてしたら……)


 それは切実な願いであった。


「できるならば……君たちのような少女に重荷を背負わせることはしたくなかった」

「え?」


 亮二郎の呟きに綾子は思わず聞き返してしまった。亮二郎はじっとマシーンを見つめたまま言葉を続ける。


「私が、一矢、真道美李奈の祖父の言葉を信じ、共に立ち上がっていればこのような事にはならなかったかもしれん。真道の息子と娘も、死なずに済んだのかもしれん……美李奈ちゃんの人生を狂わせたのは、他ならぬ私だ」


 亮二郎はなぜそのことを綾子に語っているのかはわからなかった。別に秘密にしていたことでもない。かといって言い聞かせる相手がいたわけでもない。


「私は愚か者だった。結局、私があいつにしたのは唯一残った孫娘を戦場に送ることだけだ。鬼だよ、私は」

「……」

「生きて帰ってきてほしい。身勝手だが、私はそう願うしかない。生きて帰ってきてほしい、でなければ私は、死んでも死に切れん」


 その言葉を言い終えると同時にロケット発射のカウントダウンが始まった。


「あの、小娘の私が言うのもなんですけど……」


 エンジンの轟音と共に窓ガラスがビリビリと響く。

 その中でも綾子の声はしっかりと亮二郎の耳に届いていた。


「お爺さんが今までやってきたことって、無駄じゃないと思いますよ? だって、ロボットも作ったし、こうしてロケットも打ち上げれる。わけのわかんない組織からのお願いだって聞いてくれましたし、こうして二人の無事を願ってるじゃないですか。だから、それでいいんじゃないですか?」


 ロケットがゆっくりと上昇していくのが見える。


「後悔するにしたって、何にしたって、まずは二人が帰ってきてから、その時に改めてやればいいんですよ。ここで、その、ぐちぐちしてても仕方ないじゃないですか。もうやっちゃったことですし、ね?」


 えらそうなことを言っているなという自覚は綾子にもある。

 だけど、綾子は、亮二郎という人物が真に二人のことを案じているのだということがわかって嬉しかった。顔が怖いという意味では、いつか見た龍常院のお爺さんと同じ人かと思ったけど、そうじゃなかった。

 だって、この人は、こんなにも優しい人なんだから。


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