六十二話 乙女が駆ける
≪ヴァーミリオン≫の殲滅を確認した美李奈は一息つこうと思って、執事についついいつもの口調で「お茶を」と言ってしまった。
『美李奈様、それよりも宇宙へと昇らなければ……』
主のポカを咎めるわけでもなく、淡々と事実を述べていく執事にちょっと眉をひそめながら、美李奈は「そうね」と短く答える。
敵は、その本隊とも呼ぶべき軍勢は宇宙にいる。形はどうあれ今もユノが戦っているわけだが、ならば、今すぐにでも自分たちも駆けつけなければならない。
確かに、ユノの組織力、そして保有するマシーンたちは強い。それは今までの戦いの中で美李奈が感じ取った事実だ。それに比べればアストレアのなんと脆弱なことか。
巨大な≪ヴァーミリオン≫には完膚なきまでに叩きのめされ、特別秀でた機能があるわけでもなく、明らかに他のマシーンたちに比べて旧式と言うような状態だ。
だが、それでも、美李奈は戦いに赴く必要があった。
この戦いは、性能であるとか、なんだとかそんなもので降りるわけにもいかないからだ。
一度、始めてしまったことなのだ。確かに半ば巻き込まれたような形でも、自分は≪ヴァーミリオン≫との戦いを始めてしまった。
だったら、やるしかない。
「アストレアとユースティアの出力で、宇宙へ上がることは可能かしら?」
『推力などの算出を行っていますが、微妙に足りませんね。離脱を図るにしても、それだけでエネルギーが尽きる勢いです』
「ふぅむ……お爺様が残した艦は取られてしまいましたし……どうしたものかしら……」
「おーっほっほっほ! 何を心配することがあるのですか!」
麗美の高笑いが響く。
「麗美さん、前々から言おうと思っていたのですが、通信に割り込みをかけてまで高笑いはやめて欲しいの。響くので」
「マッ! そんなことを言ってよろしいのかしら?」
麗美は構わず、フフンとどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
美李奈は知っている。こういう時の麗美は何かを自慢しようとする時だ。幼い頃からの彼女の癖なのだ。
「人類の英知、宇宙を目指した人々の熱意は今なお脈々と受け継がれていることをお忘れかしら? 何もあなたのお爺様だけが宇宙進出の夢をもっていたわけじゃないのよ?」
くるくると自慢の金髪を指に絡めながら、薄い胸を張る麗美。さっきからちらちらとこちらの様子を伺おうと視線を向けてくるのは彼女らしいが、今は一刻を争う事態なのだ。
「もったいぶらずに早くおっしゃりなさいな」
「なんだか、ちょっと冷めてませんこと?」
「今更あなたのやることに驚いてもいられませんもの。一体どういうおつもり、美少女防衛隊って? それに綾子さんまで巻き込んで」
「フン、ユノとかいう後出しじゃんけんみたいな連中が大きな顔をして私たちの手柄を横取りしようとするのが悪いのですわ。この聖なる戦いは私たちが始めたものだというのに……だから、私も後出ししてやったのです。第一、あなたが言い出したことじゃない。今後もよろしくって」
『えぇ、確かに美李奈様がおっしゃりましたね。ローラーのようなヴァーミリオンを倒した時に、私もはっきりと覚えていますよ』
意外なことに執事が麗美のフォローへと回った。
もちろん美李奈もそのことは覚えている。しかし、あれだって一緒に戦おうという以上の言葉はなく、まさか組織を立ち上げろとは言っていないはずだ。麗美の中で一体どんな変遷があったのか、色々と気になる所でもある。
「とにかく、万事この於呂ヶ崎麗美に任せなさい。宇宙旅行など、私の手にかかればお茶の子さいさいというものよ」
と腕を組む麗美。その直後に≪ユースティア≫のコクピットに通話が入る。麗美は満面の笑みで通話ボタンを押した。
『あ、あの……麗美さん?』
聞こえてきたのは、綾子の声だった。とんでもないことに巻き込まれたせいか、かなり困惑している様子だった。
『一応、言われた通りに準備は進めたんですけど……』
「よろしい! 流石は美少女防衛隊ヴァルゴの司令代理ですわ!」
『押し付けられただけだけど……』
綾子の盛大な溜息が聞こえてくる。
「大変ね、綾子さん」
友人の気苦労をねぎらうように美李奈は言葉をかける。
麗美の無茶苦茶な行動に振り回されると本当に疲れるのだ。思えば綾子はそんな麗美の無茶の、その最大級に巻き込まれているのだ。ねぎらいの言葉だけでは足りないような気もする。
『あ、美李奈さん! よかった、無事だったんですね? 心配したんですからね!』
「えぇごきげんよう、綾子さん。私はこの通り元気ですわ。セバスチャンも、爺やも無事です」
『よかった……あ、さっきの話ですけど、麗美さんに言われてシャトルの準備をしていたんです。えぇと、今から麗美さんのメイドさんに頼んで情報を送ってもらいますね。ていうか、なんでシャトルなんてあるんですか?』
「フン! セレブたるものシャトルの一つや二つは完備しておくものですわ」
『そんな無茶苦茶なぁ……』
本当に無茶苦茶だ。
だけど、そんな無茶苦茶の更に上を行くようなことをしていたのが、自分の祖父だということを美李奈は知っている。この≪アストレア≫にしたって、そして戦艦≪ユノ≫にしたってそうだ。
祖父は、一矢お爺様はこれらを人知れず作り上げた。それは≪ヴァーミリオン≫と戦う為だというのは亮二郎から聞かされた話だ。
事実、そのおかげで自分は生きているし、こうして戦っている。
「えぇ、本当に、無茶苦茶ですこと」
その呟きは誰にいうわけでもなかった。それに、言い合いをしている麗美や綾子にも聞こえていなかったようだ。
美李奈は一人、苦笑して、≪アストレア≫の腕を≪ユースティア≫に乗せる。
「さぁ、それぐらいにして、案内してくださいまし。喧嘩は後でたくさんできますわ」
「わかってますわ! とにかく綾子さん、あなたは後々のデビューについて文章を考えておいてくださいな。ヴァルゴの鮮烈なデビューを飾る、その大舞台の主役……まことに心苦しいですが、あなたに譲るのですからね」
『わかってますよぅ……あぁもう……なんで引き受けちゃったかなぁ……』
通話越しの綾子のやれやれといった顔が目に浮かぶような声だった。
『まぁいいや。美李奈さん、無事に帰ってきてくださいね。私たち、みんな待ってますから。終ったらまたみんなで遊びにいきましょう?』
「えぇ、それがいいわ。私たちの休日、いつもヴァーミリオンに邪魔されてますものね。そろそろゆっくりと羽を伸ばしたいですもの」
『はい、それじゃ!』
綾子との通話が切れると、美李奈と麗美はお互いのモニターで顔を見合わせた。
そして、二体の巨人はゆっくりと上昇していく。綾子から送られてきた位置情報は於呂ヶ崎が所有する工場区画の一つであった。
その途中、美李奈は全壊した建物に未だに残る正行の姿を確認した。あの戦闘の最中、彼はずっとそこでこちらを睨んでいたようだ。
「大伯父様」
美李奈の問いかけに正行は険しい視線を向けてくるだけだった。
「お爺様があなたを頼った理由……それはきっと、あなたと、血のつながりがあるからとか、そんなことではないと思います。単独で、龍常院を盛り上げたあなたの才能を、評価した上で、あなたを頼ったのだと。私はそう信じていますわ」
祖父がお人よしだったということは間違いはないだろう。
「では、ごきげんよう大伯父様。私はこれから、地球を救わないといけないので」
もう、この大叔父と直に会うことはないだろう。
そんな確信めいた何かを感じながら、美李奈は、≪アストレア≫と共に島を去った。




