六十一話 乙女の真上で
宇宙空間は暗く、寒い……という言葉を聞いたのは古い映画だったかもしれない。龍常院昌はくだらないことを考えているなという自覚はありつつも、それがどんな映画だったのかを思い出そうとしていた。
コクピットモニターで随時流れてくる外部の映像情報や地球上のメディアの確認はしているが、それ自体は部下どもに任せればいい話だった。
レーダー、センサーの確認もサブコクピットに座る朱璃が行うだろうし、先制攻撃を受けたとて、自分たちに被害が生じることはない。
映画のタイトルが未だ思い浮かばないもどかしさを感じつつ、昌はそれとなくモニターの正面へと視線を移した。
「マーウォルス……」
自身が駆る≪ユピテルカイザー≫の前方、約百メートルの位置に赤褐色の闘士である≪マーウォルス≫が両手に剣を構え、威風堂々という姿で移動していた。宙間戦闘用に多少、各部にスラスターを増設した≪マーウォルス≫だが、それで劇的に機動性が増したというわけではなく、単に宇宙空間での姿勢制御を容易にしたぐらいで、それ以外の手は加えていない。
≪マーウォルス≫は部隊の切り込みである前に盾である。その為、常に矢面に立たなければならない。
『敵ヴァーミリオン、先発部隊との接触、間もなくです』
右隣りのモニターに朱璃の映像が映し出されると同時に拡大された映像が現れる。距離は十キロメートル、数はざっと二百は超えるであろう≪ヴァーミリオン≫の群れが見えた。どれもが通常型である。それらの背後にはまだうようよと別機種の≪ヴァーミリオン≫が確認できた。重装甲型、高機動型、そして大型ですら三十体は確認できる。
その他に見なれない機体はないよう思えたが、二百もいるとなるとどこかには、そういうのが紛れ込んでいるかもしれないなとも思う。
昌がその映像を確認したと同時にもう一つの太陽でも出現したのかと思うような閃光が走った。閃光処理が常に行われているモニター画面故に眩しいと感じても目を傷めることはないが、それでも眩しいと感じる光芒である。
『五体の大型から大出力ビームです!』
すかさず朱璃の報告が飛ぶ。≪ヴァーミリオン≫のビームが粒子兵器の類だというのは解析済であった。光学兵器ではありつつも、物質を超高温で吐き出しているようなものだ。ビームとはいえ、その弾速は遅い。それでも通常の兵器の数倍はあるのだが。
だが、それでも彼らには一言、二言会話をする余裕がある。
五つの巨大な閃光は一直線に『ユノ』部隊、否、その先頭に立つ≪マーウォルス≫へと殺到する。
しかし、≪マーウォルス≫へと直撃する瞬間、五つのビームは障壁に阻まれるように拡散し、細かな粒子となって霧散していった。
『マルスの盾、起動を確認。展開率九八パーセント、流石だな、マーウォルスの機能は! これぞ人類の盾、防人の機体だ! このまま先陣を切るべきかな?』
豪勢な笑い声と共に≪マーウォルス≫のパイロットである天宮蒼雲はお気に入りのパイロットスーツである全身鉄甲冑に包まれた姿を見せた。
「すまないが、今回マーウォルスには盾に専念してもらう。前にも言っただろう? そろそろ本気で人類を守ってやらないといけないって。君は殿、戦艦ユノとその背後にある地球を守るんだ」
『殿か! それは武士の誉れだな。承知した、妹を頼むぞ、弟よ』
「まだ弟になるつもりはないよ。戦艦ユノは砲撃を開始。真尋、君は戦艦ユノ及びマーウォルスの援護だ」
『かっこいい所を持って行くつもり? それはちょっとつまらないなぁ』
あくびをかみ殺しながら後方に着く女神像≪ウェヌス≫のパイロット、村瀬真尋が気の抜けた返事を返してきた。
朱璃がそのことで何か文句があるように顔をしかめているが、それよりも前に昌は真尋に微笑みを向けた。
「許してくれ、ユピテルカイザーがなまってしまうからね」
『ちぇっ。わかったよ。それでもいくらかこっちに回してよ?』
「それは承認しかねるな」
昌は苦笑を浮かべながら、「さて」と呟く。
「蓮司さん、僕についてきてもらうよ? ユピテルカイザーの援護を頼みたい」
漆黒の装甲に稲妻が彩られた八十メートルの巨体≪ユピテルカイザー≫の真横、白銀の≪ミネルヴァ≫へと通信を送る。
『はい……』
≪ミネルヴァ≫のパイロットである蓮司は他に面々とは違い、呼吸が荒い。乱れているというわけではないが、肩で息をしているようだった。
真面目だな。昌は口には出さなかったが、蓮司のことをそう評価した。この中では唯一、軍人なのだ。地球防衛という点においては誰よりも使命感を持って動いているのは間違いなくこの男、蓮司であろう。
「蓮司さん、僕はね、この戦いが一つのターニングポイントだと思っているんですよ」
まるで子供に話かけるような口調で昌は蓮司へと言葉を紡ぐ。
その間にも≪ヴァーミリオン≫からの攻撃は続いていた。それも全て≪マーウォルス≫に弾かれる。
お互いの距離は五キロメートルまで縮まっていた。
部隊の最後尾に着く戦艦ユノの砲台が稼働する。
「正直な所、僕はヴァーミリオンの正体とか目的はどうでもいいんです。どう見たって、奴らは敵、放っておけば人類に甚大な被害をもたらす。それがわかれば十分ですし、それ以外の答えを求める人類もいません。先に手を出してきたのは連中ですしね」
『いえ、自分は命令とあらば……』
「はっはっはっ! 真面目ですね。僕が言いたいのはそういうことじゃないんですよ。もっと自由に、己の思うまま戦えばいいと言っているんです。少なくとも、連中にかける情けを、僕は見いだせませんよ」
昌はなおも言葉を続けながら前方を確認する。
それと同時に戦艦ユノの砲台からビームが照射される。その火力は≪ヴァーミリオン≫側の攻撃とはくらべものにならない規模を誇り、先発部隊に大穴を開け、その後方に展開していた他の≪ヴァーミリオン≫をも消滅させた。
この攻撃で厄介な大型を何体か破壊出来たようだが、うじゃうじゃと沸いて来る通常型の≪ヴァーミリオン≫はむしろ数が増えたようにも見える。
「存分に戦いましょうよ。僕たちのこの戦いは誰に批難されるわけでもない! 力を振るえば振るうだけ、人々から賞賛されるものです。別に、それを求めるわけじゃないですよ? 名誉なんて龍常院という家を維持する栄養素、僕自身に何かが下りてくるわけじゃない。とはいえ、僕も上に立つ人間である以上、下のものを食わせる義務がある。まぁ難しい話はおいといて、winwinな関係って奴ですよ、僕たちとヴァーミリオンって」
言いながら昌は≪ユピテルカイザー≫を前進させる。それに随伴するように≪ミネルヴァ≫も。
≪マーウォルス≫が王の道を開けるように横へと逸れる。敵、≪ヴァーミリオン≫は陣形の再構築に手間取っているようだ。
「朱璃、出力は?」
『安定しています。どうぞ』
「ならいこうか……エンブレムズ・ブレイザー!」
刹那、≪ユピテルカイザー≫の胸部、Jの文字が禍々しく光輝き、赤と黒の濁流を放つ。空気など存在しない宇宙空間であるにも関わらずまるで巨大な激震を発生させるかのような、いや、実際に凄まじい衝撃と振動が≪ユピテルカイザー≫からは放たれている。
王の怒りを体現したその黒い光は瞬く間に真紅の悪魔たちを崩壊させていく。薙ぎ払うように、右から左へと体の支点を移動させるだけで、続々と≪ヴァーミリオン≫たちが消滅していく。
「流石はカイザーと言ったところか……ふむ、各部異常なし。整備班は良い仕事をしている」
『あの、昌様……』
機嫌のよい昌とは違い、朱璃は先ほどからずっと浮かない顔をしていた。さらには言葉を詰まらせて、何をどういえばいいのか……という具合で、彼女らしくもなかった。
「うん?」
『いえ、その……本部からの緊急通信が……』
朱璃がそれを受け取ったのはついさっきだった。出力調整と同時に緊急通信の内容を確認していた朱璃はこれは急ぎ伝えねばならない事だとは思ったのだが、内容が内容だった。
「どうかしたかい?」
『あの……本部が……美少女防衛隊なる組織に襲われたとのことで……えと……』
「美少女……防衛隊?」
なんだそれは? という返答をする前に昌の脳裏には能天気な顔を浮かべる麗美の顔がよぎった。
「お爺様は?」
『無事です。ですが、状況がうまく飲み込めないのです……アストレア、ユースティアが本部を襲う理由が……それになぜかヴァーミリオンの存在まで確認されていますし……なにやら状況が……』
「そうか……構わないよ。放っておきなさい」
『しかし!』
ぶつんと、昌は通信を切った。
とはいえ、その間に朱璃が送ってきた情報には目を通している。速読、一秒にも満たない。
「少し、頭痛がする……美少女防衛隊? なんだそれ……ふざけすぎだろ……」
本部強襲の知らせとは別に、いつも自分たち龍常院や於呂ヶ崎にへこへこと頭を下げている頼りない総理からの妙に強気な文章まで添えられていた。
国会にて『美少女防衛隊の設立を認める。貴組織との共同戦線を求む』とかいう一文だ。これが紙媒体なら破り捨ててやるところだ。
「於呂ヶ崎……麗美……えぇい、かき回すのだけは得意な女だな。蓮司さんも苦労してるだろう……早々に潰すべきだったんだ。於呂ヶ崎なんて家は……多少強引な手を使っても……お爺様は慎重になりすぎなんだよ」
昌は≪ユピテルカイザー≫の剣であるディエスブレードを展開する。上下に両刃が付いた剣だ。それを構えながら、ちらりと≪ミネルヴァ≫を見やる。そちらも両腕のブレードを展開している。
「蓮司さん、美少女防衛隊って知ってます?」
『は?』
蓮司から返ってきたのは素の返事だった。
「いえ、何でもないです。忘れてください」
『はぁ』
蓮司は何だという顔を浮かべていた。
(まさか、気が付いてないわけじゃないだろうな? 知らないにしても、このふざけた名前を聞けばわかるものだと思うが……)
いや、ありえなくもない。
この人は、どうにも鈍い所がある。真面目一直線なのはさておき、それだけが先行しすぎてて他に考えが回っていない。それが御しやすい部分もあるし、乗せやすいからこそ、こうやって戦力に加えているのだが……今回ばかりはこの察しの悪さにイライラしてくる。
それに、さっきから通用しない攻撃をちまちまとぶつけてくる≪ヴァーミリオン≫にもだ。≪ユピテルカイザー≫には先ほどから無数の攻撃が直撃しているが、そのどれもが王の鎧を貫くことはできていなかった。
昌は煩わしいものを払うようにディエスブレードを横なぎに払う。
その瞬間、ブレードから放たれる稲妻の斬撃がレーザーやビームを切り裂きながら邪魔な敵を粉砕していった。
「まぁいい。所詮、旧式の集まりだ。アストレアもユースティアも十数年前の設計思想……それをさらに洗練させたユノのマシーンに比べればどうということはない。彼女たちがこの戦いに参戦したとして、なんの役に立つ」
随伴する≪ミネルヴァ≫を放置するように、≪ユピテルカイザー≫が駆ける。
群がる雑魚など無視して、目指すは敵中枢。大陸のように見える巨大な敵要塞。その道を閉ざすのは、大型の≪ヴァーミリオン≫……が、これも敵ではない。
「スパニッシュナックル!」
叫び、≪ユピテルカイザー≫の左腕をかざす。初めに左の拳が右回転を始める。次に腕部が左回転を始めた。ガクガクと高速回転する勢いに左腕がわずかに揺れる。直後、盛大な炎を吐き出しながら、≪ユピテルカイザー≫の左腕が射出される。
二重回転を行う左腕はそのまま前方を漂う大型の≪ヴァーミリオン≫の頭部を抉り、そのまま胴体を貫通していく。それだけにとどまらずに、その隣にる同型の脇腹を掴んだ左腕は肉を抉り取るように引き裂き、力尽くで両断した。
「こっちは片手で処理できる。これが王のマシーンだ」




