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鋼鉄令嬢アストレア  作者: 甘味亭太丸
四章 乙女の花道
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五十九話 乙女の奪還・前編

 於呂ヶ崎亮二郎は自室を占拠しようと押し入ってきた自衛隊員が、その直後に右往左往する様を見て、訝しみ、目を細めた。押し入ってきた隊員の数は六人。いずれも実弾装備のライフルに防弾装備、ガスマスク着用であり、抵抗するなら催涙ガスなどの類を使用するつもりだったのがわかる。

 突入後の位置取りも洗練されたもので、同士討ちをさけ、お互いの狙いが邪魔にならぬように展開された。突入後も決して周囲の警戒を怠らない慎重さも見せていた。

 それが、突然新兵のように狼狽えるのはただ事ではない。しかも先ほどまではぴたりとこちらに狙いを定めていた銃口がいつの間にか降ろされ、隊員同士が顔を見合わせている。

 亮二郎は軍事の知識はないが、それでも作戦行動中によそ見をして隣のものと会話などありえないことを理解している。

 とにかく、一つ確実なのは彼が自分たちに対して害をなそうという気が削がれていることだ。


「中止……ですか?」


 先頭に立つ隊員が呟くのが聞こえた。すると、彼は他の隊員たちと顔を見合わせ、突如としてガスマスクを外し、素顔をさらけ出す。それにならうように他の隊員たちも武器を降ろし、マスクを外した。


「これより我々はお屋敷から撤退致します。お騒がせしたこと、誠申し訳ございません」


 隊員の素顔は三十代と言ったところだった。彼は深々と頭を下げ、謝罪の意を述べる。

 が、当然それだけで亮二郎の疑問が晴れるわけでもない。


「一体何のつもりだ?」


 尋ねながら、亮二郎は窓の外を見る。うるさかったヘリの音が遠ざかっていくのが聞こえた。騒がしかった屋敷内も徐々にだが落ち着きを取り戻しつつあり、事態の収束を感じさせる。

 だが、一体何が起きているのかは亮二郎にはさっぱりだった。

 しかし、どうやらそれは目の前にいる隊員も同じなようで、亮二郎の質問にどう答えていいのか、わからないという風に言葉を詰まらせていた。


「いえ、どう説明したものか……その、あなた方を拘束する権限がなくなったと申しますか……命令が変更になったと言いますか……とにかく、我々はここを撤収しなければならないことに」

「誰がその命令をだした。防衛大臣か?」

「通達ではそのように……」

「ではその防衛大臣に命を下したのは誰だ」

「……それは……」

「ここを占拠しろと言い出したのは龍常院であろう? ではその龍常院の指示すら跳ね除ける力を持つのは誰だ?」

「……その、このようなことを問うのは私もどうかと思ったのですが……それは、あなたではないのですか? あなたが何かしらの手段で大臣に指示を置くり、命令を撤回させたのでは……」


 その隊員の返答に亮二郎は眉を顰める。一体何を言っているのだこの男は。そう言いたげな視線を隊員たちに向けながら、次いで老執事を見る。老執事も「全くなんのことだか」と首を横に振った。当然、亮二郎もわからない。確かに自分の鶴の一声でもあれば各種大臣など顎で使えるぐらいは可能だが、今回はそんな暇などなかった。


「知らんな。俺は今朝、いきなり貴様らに叩き起こされてこの状態だ。まぁいい。貴様らに降りてきた指令を聞かせろ。目覚まし代わりだ。機密事項などと言うなよ。拒否すれば貴様らの預金をマイナスにするぐらいはできるのだからな」

「……」


 むろん脅しだ。しかし、実行可能な脅しである。ブラフではない。

 隊員たちも目の前の老人がそれぐらいは容易にできることを知っている。この男は総理大臣ですらおいそれと意見することのできない男の一人であることを知っていたから。

 彼らは再びお互いの顔を見合わせ、互いに確認を取り合う。そして、先頭に立つ男がそれに応じた。


「我々に占拠不要の命令を出したのは防衛大臣です。防衛大臣に命を下したのは、総理です。そして……総理にその命を与えたのは……び、美少女地球防衛隊ヴァルゴの創設者である於呂ヶ崎麗美嬢……その代理に当たる、総司令官代理の……き、木村綾子様だと……」

「……は?」


 寝耳に水……とはまさにこの事なのかもしれない。

 一瞬、自分が寝ぼけているのではないかという錯覚に陥った亮二郎だったが、直後に老執事から「ユースティアが緊急出動したようです」との報告を受け、苦笑とため息を漏らした。


「あのお転婆め……わしに内緒で何をしておる」

「ついでに、緊急出動故に格納庫が半壊、何人かの隊員が巻き込まれたそうです。いかがします?」

「放っておけ。人様の敷地に勝手に入り着込んできた報いだ。あとで病院にでも放り込んでおけ……ん? 貴様ら、いつまでそこにいるつもりだ。ようがないならさっさと帰ったらどうだ。今すぐにでも去らぬというのなら、抗議の電話を隊に送ることになるが」


 亮二郎の言葉に、隊員たちはぴしっと背筋を伸ばし、敬礼をするとキビキビと部屋から出ていく。同時に通信でも行ったのだろうか、屋敷の外から続々と隊員たちが出ていくのが見えた。


「可愛い孫だと思っていたが、ずいぶんな事をしてくれる。独り立ちするにはいささか早いだろうに」


 ***


 ≪ユースティア≫は上空一万メートルをマッハ二十にて飛行していたが、各種衛星とのリンク及び通信機能の強化がなされており、そのような状態であっても鮮明な通話が可能となっていた。コクピットモニターの側面にはスマホを設置する窪みがあり、麗美は自身のスマホをそこにはめ込んで、通信機とは別に使用することが可能であった。

 もちろん、そんな機能が初めから搭載されているわけではなく、我儘を言って作らせたものだ。そのスマホには今、綾子からの通話が入っていた。


『あの……私、総理大臣と電話しちゃったんですけど……しかも、一介の女子高生が総理に命令とうかお願いしちゃったんですけど……これ、大丈夫なんですか?』

「あなたもずいぶんと疑り深い子ですわねぇ……我が組織ヴァルゴは超法規的処置の下で結成された政府公認の防衛隊。この日本をひいては地球を守る使命を持った崇高なる組織。そんな組織の構成員を不当な「兵器所持」などという理由で拘束する理由はないでしょう? ゆえに、今回の処理は何かの間違い。通達のミスがあり、行われた迷惑な誤解ということになりましたわ」

『いやけどさ……』

「だーかーらー! 心配はいらないと言っているでしょう! 於呂ヶ崎を舐めないでくださいまし! 今の総理が総理でいられるのも元は総理がお爺様の後輩であった為、後ろ盾も土台も権力もついで黒い話、支持者、サクラ、政治資金のあれこれ……あぁこのことはオフレコで……とにかく、ちょっと色々とお願いを聞いてもらう為の布石はばっちりなのですわ」

『うわーい、聞きたくないドロドロ話だぁ……てか、何でもいいけどそれって犯罪……』

「お黙り! 人様に迷惑をかけていないのならいいのですわ! 別に我が於呂ヶ崎は邪魔ものを抹殺するような家ではないですからね! とにかく、綾子さんは引き続き各大臣にあれこれ根回しをお願いしますわ。そうでわねぇ……ついでに各メディアにも於呂ヶ崎の名前で働きかけなさい。どうせ龍常院の力が及んでいるでしょうが、運営資金の話の一つでもちらつかせればどうとでもなりますわ。マネー・イズ・パワー。正義の為ならじゃぶじゃぶ使ってあげますとも……私のポケットマネーをね!」


 ひとしきり説明を終えた麗美は高笑いをあげた。それにつられるようにしてか不敵な笑みを浮かべているいように作られた≪ユースティア≫の顔もまた同じように高笑いを浮かべているように見える。


「そろそろ、私は私の仕事に専念しますので、電話は切りますわよ」


 麗美は綾子の返事も待たずにスマホの通話を切ると、髪を払い、アームレバーを握り直す。

 彼女が目指すべきは龍常院が保有する人工島、今は防衛組織ユノの本拠地となっている場所、そして、美李奈が捕らわれていると思しき場所である。

 既にレーダーにはその反応が検出されており、≪ユースティア≫の速度であれば、数秒後には到着する距離であった。


「フン、前々から胡散臭いとは思っていましたが……」


 麗美の視界にちらっと影が映った。その瞬間、光弾が≪ユースティア≫の横をかすめていく。が、その光弾は明らかに初めから狙いを外しているようにも感じられた。

 その後、四発の光弾が機体の傍をかすめていくがやはりどれも狙いは的外れであった。麗美はやる気のない弾幕に構わず直進、すると五つの戦闘機、≪エイレーン≫の編隊とすれ違うのを確認した。

 五機編隊の≪エイレーン≫はそのまま通り過ぎ、ゆったりとした機動でたっぷりと時間をかけて旋回行動をとっている。

 素人の麗美から見ても、彼らにこちらを迎撃する気がないように見えた。


「味方からも信用はされていないようですわね」


 通信を返すこともなく、麗美は機体を加速させる。ぐんぐんと迫る人工島。どうやら迎撃機構は作動していないようだった。難なく島にたどり着いた麗美はそのまま中央にそびえる施設を確認する。

 拡大映像、画像処理が行われると、その画面にはポカンと口を開けたままこちらを見つめる美李奈の姿があった。


「まぁ、あんな顔を見るのは初めてね。暫くはこれでからかってあげましょうかしら……」


 小さく微笑みながら、麗美は≪ユースティア≫を前進させる。


「ちっ……お邪魔虫めっ!」


 麗美は舌打ちと共に≪ユースティア≫を跳躍させる。直後、先ほどまで立っていた場所へと真っ赤な拳が突き刺さる。異様なまでに肥大化した右腕を麗美は映像資料で見たことがあった。というより忌々しい腕だ。忘れるはずもない。


「私の土地に突き刺さった汚らわしい腕……!」


 振り向き、レーダー及びセンサーを連動させ、敵を探るとそれは海面からゆらりと血濡れの巨体を浮かび上がらせていた。その胴体には右腕がなく、先ほどの腕の持ち主であることがすぐにわかる。突き刺さった腕はひとりでに引き抜かれ、指先の逆噴射で本体へと戻っていく。


「ヴァーミリオンの重装甲タイプ……まだいますの?」


 レーダーが捉えた反応はその一体だけではなかった。島を取り囲むように無数の≪ヴァーミリオン≫の反応が検出され、続々と集結してくるのがわかる。反応はほぼ一斉に、そして突然に現れた。麗美が油断をしていたわけではなかった。

 それは同時に空に展開する≪エイレーン≫たちも同様で、突如として出現した敵に対して慌てて編隊を組み直しているようにも見えた。


「それにしても……いささか都合が良すぎるような気もするのだけれど……」


 ≪ヴァーミリオン≫たちはゆったりとした動きで、≪ユースティア≫目がけて進んできている様子だった。

 麗美はちらっと背後を確認する。施設には美李奈の姿がある。さらに言えばこの施設には防衛機構らしきものが働いていない。≪ヴァーミリオン≫を放置すれば施設が危機にさらされるのは目に見えている。


「迎えに行くだけの楽な仕事だと思ったのに! あぁもう、本当に、美李奈さんは厄介なことばかり引き連れてくるお方ですこと!」


 文句を言いながらも、麗美は≪ユースティア≫の両腕のブレードを展開させ、背部のビームキャノンを稼働させる。手始めに真正面を進む重装甲タイプの≪ヴァーミリオン≫目がけてビームを発射。呆気ない程に≪ヴァーミリオン≫は装甲を貫通させられ、爆散する。

 しかし、敵はその一体だけではなかった。麗美はもう一度レーダーを確認する。敵反応の数はざっと十八。それらが多方向から迫ってくるのだ。


「一体、一体を相手にするのもよろしいですが……急がねばなりませんわね……何が防衛組織ユノなのかしら。自分たちの本拠地が襲われているというのに……」

『あー美少女地球防衛隊……で良いんだな? こちらエイレーン部隊は今より援護に入る。戦ってくれるな?』


 その通信は宮本からのものだった。

 麗美は「よろしくってよ」と短く返事を返しながら、手短な≪ヴァーミリオン≫へと向かう。

 ≪エイレーン≫各機も散開しながら、島の方々に迫る≪ヴァーミリオン≫に攻撃を仕掛けていた。その動きに演技のようなものは見られない。真剣に敵を迎撃しているようだ。


(考えすぎ……かしら。このヴァーミリオンたちは、まるで……この島から這い出てきているように見えるのだけれど……)


 ビームキャノンの射程距離内に新たな≪ヴァーミリオン≫を捉えた瞬間、発射。ひどく緩慢な動きを続ける≪ヴァーミリオン≫はやはり簡単に爆散し、崩れ落ちていく。

 ≪ユースティア≫の戦闘能力は、確かに高い。それは麗美にとって当然のことなのだが、違和感がある。あまりにも敵が弱すぎるのだ。検出された敵情報はほぼ同じで、殆どが重装甲型の≪ヴァーミリオン≫である。

 データ上の理屈を信じるなら、この敵はビームキャノンを数発は弾く堅牢な装甲を持っていたはずである。それがほぼ一撃で倒せているのだ。


「一体なんのつもりなのかは知りませんが……いいですわ。とことん相手になってあげますとも。ミーナさん! 少々お待ちなさい! 今より華麗にこの邪魔ものを片付けて、私直々にお助けしてあげますわ!」


 ≪ユースティア≫を加速させ、すれ違いざまに≪ヴァーミリオン≫を一閃。

 この事は後でたっぷりと龍常院を追及すればいい。今は踊らされようとも、敵を駆逐し、友人を救うだけだ。

 麗美は、そんな潔さと思い切りのある少女なのだ。


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