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鋼鉄令嬢アストレア  作者: 甘味亭太丸
四章 乙女の花道
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五十八話 乙女の就任

 如月乃学園の上空を何機ものヘリが行き来していれば騒ぎにもなる。学園の生徒の中には自家用のヘリを持つ者も少なくはないが、機銃とミサイルを積んだ完全装備の攻撃ヘリを動かせるのは限られたものだ。

 そして多くの生徒、教職員がその疑いの眼差しを向けたのは、やはり騒ぎの中心にいつもいる於呂ヶ崎麗美である。

 が、件の麗美は涼しい顔でカフェテラス内にて綾子たちのお茶を楽しんでいた。


「相変わらず騒がしい……いくら私とて攻撃ヘリを学園に飛ばすわけがないでしょう?」

「えぇ、けどいつだったか専用の派手なヘリが飛んできてたような」

「お黙り。あのヘリに武装なぞついていませんわ。まぁ、そんな特殊ヘリがないわけじゃありませんが」


 各方向から様々な視線を向けられる中、綾子は縮こまりながらそれとなく意見してみるが、麗美はいつもの調子で言い放った。

 とはいえそろそろ鬱陶しいのか、パチンと指を鳴らすと学園内での世話をするお付の使用人や取り巻きたちが壁のように並んで視線を防ぐ。


「お前たちもお茶をなさい。立っていては辛いでしょう?」


 その王の一言で使用人と取り巻きたちは一糸乱れぬ仕草でカフェテラスの席を占領する。


「ほへー相変わらず於呂ヶ崎軍団は律儀というか忠実というか」

「学園の一大勢力ですものねぇ」


 朋子と静香もその光景を見ながら思わず関心した。自分たちもそれなりに地位のあるセレブだが、やはり学園長の孫であり世界有数の財閥のお嬢様ともなると格が違うことがはっきりとわかる。

 しかし、そんな有数なお嬢様であってもどうにもできないらしいのが、上空を飛び回るヘリであろう。


「忌々しい。龍常院はなりふり構わないようね」


 砂糖をたっぷりと入れた紅茶を啜りながら、麗美はジロリとヘリを睨みつける。優雅な午後のティータイムを邪魔する攻撃ヘリを退けるべく実家、及び防衛相等各位にプライベート電話をかけたが、実家は連絡が付かず各組織に至っては歯切れが悪く、断られてしまった。

 麗美の常識ではそんなことはまず起こりえないことであったが、それに一枚かんでいるであろう存在を考えれば合点の行く話でもあるのだ。


「フン、まぁいいですわ。強硬手段は於呂ヶ崎の十八番。むこうがその気ならこちらにも考えがあるというもの……」


 ふと周囲が騒がしくなるのが聞こえる。何事だと思い三人が視線を向けると、そこには人だかりを割って、取り巻きたちの壁をすり抜けながら黒スーツの男たちがやってくるのが見えた。

 全員がサングラスをかけ、通信用機器を耳につけているのがわかる。少なくとも会社員でないのは確実であった。


「於呂ヶ崎麗美お嬢様ですね?」


 男の一人が麗美に立ち寄り、見下ろす。肩幅が大きく、スーツ越しでも鍛えた肉体であるのがわかる。サングラス越しの視線は異様なプレッシャーもあり、常人であれば思わず後ろへと下がってしまうほどだった。

 だが、麗美は依然、変わりない態度で用意されていたクッキーをかじる。


「左様ですが、何か? レディのお茶を邪魔する殿方は例え総理大臣でも大統領でも許しませんわよ」

「あなたを保護せよとの命を受けています。どうか、ご同行を」

「断りますわ。私の護衛は既にいますもの」


 偉丈夫な男を前にしても麗美は涼やかな表情を続けている。ちらりと周囲を見渡せば、先ほど席に座っていた使用人たちが次々と立ち上がり、男たちを睨んでいた。

 対する男たちも無表情を務め、低い声を作りながら、再び麗美に問う。


「もう一度言います。あなたを保護せよとの命を受けています。不可能な場合、兵器の不法所持ということでも連行は可能だと仰せつかっています」

「おほほ、何が何でも私を連れだしたいと? それでも断った場合はいかがするおつもりで? その懐に隠した物騒なものでも突きつければ、怖がっていうことを聞くとでもお思いなのかしら?」


 再びティーカップを優雅に持ち上げ、横目で男たちを睨みつける麗美。綾子たちはそんな麗美の言葉にギョッとして、男たちを見ると、数人が既にスーツの懐に手を伸ばしているのが見えた。


「こんな所で、拳銃……!」


 綾子が思わず声をあげるが、すぐさま自分の口を押える。男たちの一睨みもあったが、騒ぎなるのではないかと思ったからだ。

 それは朋子の静香も同様で、若干青ざめた表情を作りながら、ことの状況の静観していた。


「龍常院のエージェントは女子供相手にそのようなものを使うのですね。力づくも良いですが、それでは敵を作る一方……フフフ、それでもお金の力で全てを制圧できるとお思いなのかしら?」


 紅茶を飲み干した麗美は、不敵な笑みを浮かべたまま席を立ち、男たちと対峙する。まるで子どものように小さな麗美と男とでは体格差がありすぎて、男が腕の一本でも振るえば麗美はそのまま弾かれてしまいそうだ。なのに、麗美は恐れることなく、真っ向から対峙し、男たちを睨みつける。


「控えなさい下郎。ここは神聖な学び舎、そのような無粋なものを持ちこむ場所ではなくってよ」


 麗美はきっぱりと言い放つ。それが当然であるように、大柄の男であっても恐れず、詰め寄る。

 男たちは一歩も下がらず、相変わらず視線を隠したサングラス越しに麗美を眺めていた。そして無言のまま、懐にしまい込んでいた腕を引き抜こうとする。


「私、言ったはずですわ。既に護衛はいると」


 そのような脅しには屈しないとでもいうように麗美は皮肉交じりにたっぷりの笑みを男たちに振りまき、踵を返して綾子たちの下へと戻る。

 当然、その間にも男たちの動きは続いているのだが、その瞬間、空気を切り裂く甲高い音が上空から響き渡る。

 その音は一秒と経たぬうちにエンジンの轟音となり、機械の駆動音を混ぜながら、巨大な影でカフェテラスを覆った。


「なっ……!」


 男たちが見上げるその先には、巨大な『掌』が自分たちを押しつぶそうとしている光景があった。思わず身を屈め、腕で顔を覆った男たちだったが、当然の如く、質量に抗えるはずもなく、そのまま『掌』に押し込まれ、体の自由が奪われる。どうやら潰されていないようだが、身動きも取れなかった。まるで強固な檻に閉じ込められた獣の如く、彼らは一瞬にして自由を奪われたのだ。

 そんな哀れな姿の男たちを見て、麗美は歩みを止めて、再び男たちへと振り返る。その顔には満面の笑みが浮かび上がり、そして、左手を腰に当て、右手は頬に沿えて、高らかな声で笑った。


「おーっほっほっほ! 私の忠告を聞かないからそのようなことになるですわ!」

「うわー……やっちゃったよこの人」


 高笑いを続ける麗美と突如として降下、男たちを拘束した巨大な掌の持ち主、≪ユースティア≫を眺めながら、綾子は呟いた。

 周囲は騒然としていた。

 それはそうだろう。いきなり空から巨大ロボットが降ってくれば混乱もする。これで慣れたような対応ができるのは、綾子が既に同じような展開を目の当たりにしているからだ。


「ねぇ麗美さん。まさかと思うけど潰してないよね?」

「失礼な。学園を血に染めるようなことをするわけがないでしょう? ほらこの通り、のびてるだけですわ」


 綾子の質問に麗美は顎で≪ユースティア≫の掌部分をしゃくって見せる。男たちは≪ユースティア≫の掌の檻の中で気を失っているようで、時々ぴくぴくと痙攣をしていた。


「けど、麗美さん。学園に武器なんて無粋なものを持ってくるなって言ってたけどさ」

「はぁ……わかっていませんわねぇ……そこいらの兵器とユースティアを同じにしないでくださいまし。ユースティアの美しさはもはや芸術の領域、学園に飾っても問題ない。つまり、無粋ではないのよ」

「無茶苦茶な理屈だなぁ……」

 

 言った後で、綾子はそういえばこの子はこういう子だったと思いだす。

 完全に無力化出来たことを確認できたのか、≪ユースティア≫は男たちから手を放し、主たる麗美へと手を差し伸べる。


「と、言うわけで、私はこれから寝坊助の美李奈さんを迎えに行ってきます。ですので、綾子さん、まことに、本当に、口惜しいですが、あとを頼みましたよ。あなたのお父上は私たちの初めてのスポンサー故に、それに敬意を評して、任せるのですからね」


 そういって麗美は≪ユースティア≫の手に駆け登り、びしっと綾子を指さす。


「任せるったって……そりゃ美李奈さんを助ける為なら協力はしますけど……そんなこと……」


 口ごもる綾子に対して、麗美は問答無用であった。


「えぇい、ぐちぐちと面倒臭い! 世の中、歌ってるだけの者が一日警察署長だの消防署長などのやってるご時世ですわ! 一介のセレブが『地球防衛軍の司令』ぐらいやったって許されるに決まってるでしょう! あぁ、本当なら私は盛大に表舞台に立って宣言するつもりだったのに、美李奈さんのせいで……と・に・か・く! じき、連絡が来るのであなたは「はい」とだけこたえていればいいのですわ! では、急ぎますので!」


 早口にまくしたてた麗美はそのまま≪ユースティア≫の胸部コクピットへと吸い込まれていった。それと同時に翼型の大型スラスターから金色の粒子を撒き散らしながら、上昇、加速を行い、一瞬にして学園から離れていく。

 上空を旋回していたヘリが慌てたように軌道を変更していたが、≪ユースティア≫には追いつけるはずもなく、意味もなく慌てふためいているだけだった。


「……えぇ……」


 その場に残された綾子は茫然とそれを見送っていたが、次の瞬間、スマホに着信がかかる。確認すると知らない番号からだった。

 恐るおそると受け取ってみると、どこかで聞いたことはあるが、名前が中々思い浮かばない声が聞こえてくる。


『失礼、こちらの番号は木村綾子様のお電話でよろしいですか?』

「あ、はい。そうです」

『突然のお電話まことに申し訳ございません。私、防衛大臣の……』


 その言葉を聞いて綾子はやっと声の持ち主がわかった。本当にたまにだがテレビで出てくる人だ。そう確信した。そして、これが麗美の言っていた後を任せるということなのだと。


『……ということですので、この度於呂ヶ崎麗美様が発起人となり、えぇー様々な超法規的処置の結果ですね、地球防衛組織『ヴァルゴ』の臨時総司令官として……』

「あ、はい。えぇと、わかりました……」

『……えぇ、では、後のことはそちらに一任しますので、私はこれで……えぇと、お互い、苦労しますな』


 それだけ言うと防衛大臣と名乗った男はぷつりと電話を切った。

 綾子は暫くは耳にスマホをかたむけたままの姿勢でいたが、次に瞬間には盛大な溜息をつき、やれやれと首を振りながら、苦笑した顔を朋子と静香に向けた。


「と、いうことで……私、なんか知らないけど、司令官になっちゃった……どうしよう」

「いや、どうしようたって……」

「ねぇ……」


 当然、友人たちも答える術はない。

 綾子はカラッと晴れた青空を仰いだ。


「所で、何すりゃいいのよー!」


 少女の叫び声が木霊する。

 木村綾子、十七歳。地球防衛組織『ヴァルゴ』の司令官として就任。


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