五十二話 乙女が吼える・前編
遥か前方を走る閃光は二度見えた。
相変わらず≪アストレア≫のコクピットではアラートが鳴りやまず、どうやらそれは並走して空を飛ぶ≪ユースティア≫の方も同じのようで、麗美の動きに合わせるように≪ユースティア≫が己の耳に当たる部分に手を当てていた。
『な、なんですのさっきのは!』
『とんでもない出力のエネルギー砲です。射程を計算するのもバカらしいぐらいですね。成層圏を突破していますよ』
キンキンと甲高い声で騒ぐ麗美に答えるように執事がパネルを操作する。コクピットモニターには閃光が昇った角度と距離などから算出された、いくつかのデータが表示され、それは浮上しているはずの『城』の方角を指示していた。
「あのお城がまた攻撃をしたということ?」
『着弾空域はⅮ34の上空です。間違いないでしょう』
前方に小さく瞬くのは撃破された≪ヴァーミリオン≫の爆光だろう。まるで星の光のように小さなそれは一瞬にして消え去っていくが、美李奈たちは機体を目標地点まで移動させていた。アラートはまだ響いているし、敵の反応は相変わらず増加していたからだ。
『ちょっと、またあの大きな!』
「……ヴァーミリオンの戦艦」
二人の少女が息をのむ。モニターで拡大されたⅮ34の上空には黒い影がゆっくりと下降していた。空を塗りつぶすように、月明りを受けたその影は、先日猛威を振るった戦艦タイプの≪ヴァーミリオン・ソリクト≫であるというのはすぐに分かった。≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の艦首は光の筋が昇ってきた方角を向いており、くちばしのような先端部分に禍々しい光が収束されていくのが見えた。
「撃つ!?」
一瞬にして美李奈は背筋が凍りつく。あの巨大な≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の砲撃の威力の凄まじさは知っている。たった一発で海が数キロは割れる。しかもそのターゲットは巨大な『城』であり、その周囲には『ユノ』のマシーン軍団はもちろん、そのスタッフやそれ以外のものもいる。マシーンたちは離脱が間に合うであろうが、艦船はそうはいかない。余波だけも、巻き込まれれば一溜まりもないのは容易に想像できる。
「厄介なことを!」
美李奈は半ば怒鳴りつけるようにオペレーターである於呂ヶ崎のメイドへと『城』の周囲に群がる面々に退避を呼びかけるように指示を送り付けた。
敵は未だに艦首にエネルギーを充填しているが、もしそれが放たれでもすれば、加速したところで間に合うはずもないことは美李奈も理解していた。しかし、美李奈は無意識のうちに≪アストレア≫のスラスター及びメインブースターを最大出力で吐き出させた。それは麗美も同じだったのか、≪ユースティア≫は≪アストレア≫の一歩前に出るように加速する。
『敵戦艦、艦載機を放出しています!』
執事が声を上げる。拡大されたモニターには≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の各部から這い出るようにして通常型と飛行型の≪ヴァーミリオン≫が出現していた。それらは真っすぐに≪アストレア≫たちの方向へと飛来しようとしている。
「ならば蹴散らしてみなさい!」
敵の群れは壁のようにして向かってきているように見える。美李奈はその壁の向う側、≪ヴァーミリオン・ソリクト≫へと照準を合わせると、≪アストレア≫の胸部を反らすようにして滞空する。
「エンブレムズフラッシュ!」
瞬間。放たれる閃光は≪ヴァーミリオン≫たちの壁をぶち抜き、連鎖爆発を誘発させながら、≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の左舷に命中する。だが、巨大な戦艦はその閃光を受けながらも悠然と浮かんでおり、充電を中断する様子も見られなかった。
「最大出力のエンブレムズフラッシュでも撃ち抜けない!?」
『ミーナさん、ぼさっとしている暇はありませんわよ!』
≪ユースティア≫が加速し、ぽっかりと空いた≪ヴァーミリオン≫の壁を潜り抜けていく。ウィングキャノンを掃射し、両腕のブレードを展開しながら眼前に殺到してくる≪ヴァーミリオン≫を斬り裂きながら、≪ユースティア≫は一直線に≪ヴァーミリオン・ソリクト≫を目指す。
『ただひたすら攻撃あるのみ!』
≪ヴァーミリオン・ソリクト≫へと肉薄した≪ユースティア≫は狙いも定めないままウィングキャノンを連射する。無数の閃光が赤黒い装甲に着弾、一瞬の赤熱を見せるがほどなくして吸い込まれるようにして消えていく。
『まだまだぁ!』
ビームによる射撃は効果がないと判断した麗美はそのままブレードを突き立てる。しかし、それも鈍い音が響くばかりで、≪ユースティア≫の腕から伝わる振動がコクピットを無作為に揺らすだけであった。攻撃を受ける≪ヴァーミリオン・ソリクト≫は反応すら返さず、充電を続けている。
そうこうしているうちに留まる形となっている≪ユースティア≫の下に無数の≪ヴァーミリオン≫が接近してくる。センサーとアラートでそれを察知した麗美は舌打ちをしながら、その場を離脱するしかなかった。
「ミサイルで援護を!」
両腕のヴィブロナックルで自機に迫る≪ヴァーミリオン≫を握りつぶしながら、≪ユースティア≫の離脱を確認した美李奈はその背後を狙う敵影を確認していた。
『既に!』
執事は手早くロックオンを完了していた。
≪ユースティア≫の離脱を阻むように殺到する≪ヴァーミリオン≫たちめがけ≪アストレア≫の両膝から放たれたミサイルがその背後を取る。直後、爆炎が巻き起こり、それを突き抜けるようにして≪ユースティア≫が飛翔する。
『んまぁ! びくともしないとはどういうことですの!』
麗美は前方に不用意に躍り出た敵の一体を切り捨てながら、≪アストレア≫と背中を合わせる。包囲網を形成する≪ヴァーミリオン≫達はどうとでもなるが、それを吐き出し続ける巨影を麗美は苦々しく睨みつける。
「絶対的に火力が足りないのはどうしようもできませんわ。ですが……」
美李奈の表情がわずかに険しくなる。
力がない。そんなことはわかっているが、それを言い訳にすることは彼女には出来ない。なぜならば、これはやらねばならないことであるし、やらなければ大勢が死ぬ。それを理解しているからだ。
焦りが美李奈を支配する。知らぬ間に額には汗が流れていた。
『こうなればユースティアのトルネードアタックでチャージ中の主砲を……』
≪ユースティア≫が両腕を構え、二対の翼を大きく展開し加速の態勢を取る。
「おやめになって麗美さん。それは自爆と同じですわ」
が、それを≪アストレア≫が制止する。
確かにその方法であればダメージはあるだろうが、≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の主砲の威力を考えれば突撃した≪ユースティア≫が無事で済むとは思わないし、その余波が市街地に及ばないとも限らない。
『だったらどうしますの! 下から突き上げて上でも向かせますか!』
「ある意味、それが一番簡単な方法かもしれませんわ……ね!」
滞空状態の二機目がけて≪ヴァーミリオン≫が殺到する。美李奈はかっと目を見開き、両肩のスパークスライサーを連射し、斧を投げつける。光の矢じりで細切れにされ、斧で頭部や胴体を真っ二つにされた≪ヴァーミリオン≫が眼前で爆光が瞬く。だが、雑魚をいくら倒した所で、状況は好転しない。
その瞬間、再びアラートがコクピットを包む。モニターの前部分に『退避』の文字が大きく映し出されると、≪アストレア≫が美李奈の操縦から離れ、自動的に下降するのが分かった。
「な、なに!」
『あぁ! ユースティア勝手に動かないで!』
その異変は≪ユースティア≫側にも現れたようで、あちらは加速にものを言わせて上昇していくようだった。
ただ、その上昇、下降が直線的なものである為に隙を生み出す事になる。今も残る≪ヴァーミリオン≫の群れはそれを好機と捉えたのかレーザーや光球を放つ。
「くぅぅぅぅ! アストレア、勝手に動くとは何事ですか!」
無数の閃光が機体を揺らす。何十という攻撃を受けたところでこの程度であれば、≪アストレア≫の装甲は揺れるだけだ。だが、堅牢な装甲も無敵ではない。早く操縦を取り戻さなくては良い的であった。美李奈は何度もアームレバーを動かすが、≪アストレア≫は言うことを聞かずに下降を続けていた。
『美李奈様! あれを!』
衝撃と閃光が襲いくる中、執事は新たな反応を捉え、それを美李奈へと報告していた。それは大出力のエネルギーの接近であった。
咄嗟的に美李奈が上を見上げた瞬間、真っ白な閃光が頭上をかすめていくのが見えた。その光は一直線に≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の左舷部分を貫通し、その勢いのまま遥かな空の彼方まで伸びていく。その衝撃波は振動となり≪アストレア≫を揺らす。見れば、≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の周辺に展開していた敵機が巻き込まれて爆光を散らしていた。
「お城からの砲撃……!」
ふと操縦が元に戻ったことを理解した美李奈は目の前で立ちすくむように浮遊する一体を殴り飛ばし、機体を上昇させる。
状況は一変していた。撃ち抜かれた≪ヴァーミリオン・ソリクト≫は左舷部分から炎と煙を吐き出し、その影響は全体にまで回っているのか、節々からは出血のように赤黒いオイルのような液体が噴き出していた。それと同時に艦首に集めていた禍々しい光を徐々に弱弱しいものとなり、≪ヴァーミリオン・ソリクト≫はその態勢を大きく崩しながら墜落していく。
木々をなぎ倒し、山肌を削り、押しつぶしながら不時着した≪ヴァーミリオン・ソリクト≫はそのまま動きを見せずに機能を停止したように見えた。
「……あれは」
だが、美李奈は落ちた戦艦の内部から何かが蠢いているように感じた。事実、それは≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の上部装甲をこじ開け、ずるずると這い出るようにして、二本の触手を伸ばしていた。まるで生物の体内から別に生物が出てくるような錯覚を感じ、美李奈は顔をしかめた。
それはその醜悪な出現の仕方もあったが、現れでた存在に対してでもあった。
『海水浴場で対峙した巨大ヴァーミリオンの同型……でございますね』
「嫌な思い出ね」
鳥の骨のような頭部は空洞のような両目を怪しく輝かせ、蛇のように長い首は脈動を続ける。二本の触手を蠢かせ、鋭い切っ先を振り回しながら何度も戦艦の装甲を叩きつけ、自身の肉体を引きずりだす。生理的な嫌悪感を催すその動きは生物的であり、この世ならざる何かを感じさせるものであった。
その姿を美李奈と執事は忘れることなどできるはずもない。それはかつて≪アストレア≫を完膚なきまでに破壊した因縁の相手であった。
無意識にアームレバーを握りしめる美李奈の掌がぐっしょりと汗で濡れていた。
しかし、巨大な≪ヴァーミリオン≫は空洞のような暗い瞳で≪アストレア≫を一瞥しただけで、興味をなくしたのか、その巨体をもぞもぞと蠢かせながら、移動を始める。進行方向は真っ白な閃光が飛来した方角であるのはすぐに分かった。
「お城を目指すつもりか!」
ここから『城』までの距離はざっと数百キロメートル。目の前の≪ヴァーミリオン≫の進行速度は精々時速二十キロ程だが、この巨体であれば速度以上の距離を進みかねない。さらに言えば直線状には市街地が広がっている。≪ヴァーミリオン≫が迂回をするなどという選択を取るわけがなかった。
『市街地まで五十キロ! 奴の光弾の射程距離の範囲内です!』
執事の呻きにも似た声が飛ぶ。それと同時に再び上空に閃光が走った。先ほどよりも上部に射角を取っているようで、空中に漂う他の≪ヴァーミリオン≫たちを狙撃しているようにも見える。
「援護をしている……? 龍常院がそこまで気をまわすとは思わないけれど……!」
あの砲撃が龍常院が行ったものは考えにくかったが、こちらに迷惑をかけないのであればそれでいい。美李奈はひとまず『城』の優先順位を下げ、目の前の脅威に専念した。
ありったけのミサイルを巨大な≪ヴァーミリオン≫の足下に放つ。敵はまだ戦艦の上部を移動していた。ほんのわずかな足止めであった。
『効果なし、頭が痛くなりますね』
「ですがそうも言ってられないわ!」
続いてショルダーアックスを自動追尾で射出する。高速回転しながら飛来する金色の斧は巨大な≪ヴァーミリオン≫の両肩にあたる部分へと直撃するが渇いた音が響いただけで弾かれてしまう。≪ヴァーミリオン≫はそんな斧を煩わしい虫でも払うかのように触手を振り回し、ただひたすらに歩みを続けていた。
地上に降り立った≪アストレア≫は弾かれ、自機に戻ってくるショルダーアックスを受け取ると、すぐさま剣へと変形させ、切っ先を≪ヴァーミリオン≫へと向ける。
敵の動きは止まらない。
「麗美さんは……上空の敵で手一杯か」
モニターに拡大された上空の映像には≪ユースティア≫が孤軍奮闘しながら、撃ち漏らされた敵を相手取っていた。≪ユースティア≫の速度と機動性であれば無傷で敵を殲滅することも容易いだろうが、数に囲まれるというプレッシャーに果たして麗美が長く耐えられるのかは気になる所である。
しかしながら、美李奈も彼女の心配ばかりをしている暇はなかった。眼前の巨大な敵をどう対処するべきか、それを考えなければいけないのだから。
「真正面からぶつかっては前回の二の舞。セバスチャン、解析を進めなさい! パワー勝負がダメならば技で対応します!」
『ハッ!』
全身のスラスターを展開、地面を舐めるようにして進む≪アストレア≫目がけ、巨大な≪ヴァーミリオン≫は二本の触手を槍のように射出する。直線的で緩慢な動きは避けるに容易い、難なくその間を潜り抜けた≪アストレア≫は右に飛び側面を捉える。
「エンブレムズフラッシュ!」
右肩、触手の付け根にあたる部分へとエネルギー波が叩き込まれる。極端に大きな爆発と煙幕が浮かび上がり、付け根からはわずかばかりの紫電が走る。
『ダメージを確認!』
衝撃は凄まじかったのか、赤い巨体はそのまま戦艦の上部から転げ落ち、木々をなぎ倒し、自重によって地面を穿って行く。せわしなく触手と首を動かし、もがく様にして態勢を立て直そうとするが、美李奈はその隙を逃さない。
『表面装甲は堅牢です! 隙間を狙ってください!』
解析データが送りこまれる。簡易的なものだが、巨大≪ヴァーミリオン≫の装甲と装甲のつなぎ目は比較的脆弱であるという判断であった。巨体ゆえによくよく観察すれば確かに装甲同士が重なり合う多い。だが、暴れまわる動きと一撃で≪アストレア≫の装甲を粉砕して見せるパワーを持つ相手に細かな部位を狙っての攻撃は至難の業である。
ミサイルやスパーススライサーによる狙撃は可能だろうが、それでは不十分であり、エンブレムズフラッシュでは拡散する。
で、あれば残るはアストライアーブレードによる一撃だが、至近距離への肉薄とならまだしも、同時に隙間を寸分たがわずに狙い、切りつけるのは美李奈をもってしても難しい。敵も動いているのだから。
「承知ですわ!」
だからと言って手を拱いている暇はなかった。≪アストレア≫は剣を突き立てるように構え、突進する。狙いは右腕の付け根である。エンブレムズフラッシュによるダメージが確認できている。少なくともその部分は脆弱であると判断した。
だが、≪ヴァーミリオン≫とて、でくの坊ではない。じたばたと不規則な動きを見せていた矢先、ぐるりと首と頭部だけは真っすぐに≪アストレア≫へと向けられていた。そしてくちばしが開かれると十数メートルの光弾が吐き出される。
「くっ!」
大気を焼き、ビリビリと振動を発生させながら黄色い光弾が≪アストレア≫へと迫る。直撃コース、避けても体のどこかが直撃する。ならばと、≪アストレア≫は接近を取りやめ、光弾に向かって剣を振り下ろす。
剣と光弾が接触すると同時に眩い光が夜を照らす。中間地点では無数のスパークが発生し、ガタガタと≪アストレア≫の剛腕が震える。各部のスラスターは目いっぱいに吹かされ、押し出そうとする勢いを留めるも、四十メートルの巨体は徐々に後ろへと下がっていた。
「はあぁぁぁぁ!」
『メイン出力をブレードへ! 一部機能不全を起こしますが問題ありません!』
美李奈は吼える。アームレバーは最大まで押し出し、無意識のうちに体を前方へと乗り出していた。主の気迫に応えるように執事もまた出力の調整を行う。≪アストレア≫もまたエンジンを最大稼働させ、その轟きは咆哮となる。アストライアーブレードの黄金の刀身がさらに煌き、白熱化が最大にまで至ると、暴力的な破壊の光弾ははじけるようにして霧散する。
その衝撃は凄まじく、≪アストレア≫は数百メートルも後方へと吹き飛ばされ、乱暴な着地を行わなければならなかった。踵で大地を踏みしめ、二十メートルを引きずった後にやっと停止した≪アストレア≫は、一時的な機能不全の為かオートで剣を地に突き刺し、寄りかかるように立った。
執事は瞬時にレストアを図り、二秒で≪アストレア≫の機能は元に戻る。
「うっくっ……やはり一筋縄ではいかないようね」
『ですが、敵の動きは身を守るようでした。勝機はあります』
「その通りよ、セバスチャン。アストレア、お前もただ打ちのめされてばかりではないでしょう?」
≪アストレア≫の双眸が力強く輝く。突き立てた剣を引き抜き、土埃を払いのけるようにして振り上げ、構える。
態勢を立て直した巨大な≪ヴァーミリオン≫はグネグネと頭部を揺らしながら、≪アストレア≫を睥睨する。
お互いの距離は数百メートル。どちらともに至近距離である。
「悪いのですけれど、今夜のうちにおでんの仕込みだけはしておきたいの。あなたの相手ばかりをしている暇はありませんわ!」
美李奈は再び、≪アストレア≫を前進させた。




