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鋼鉄令嬢アストレア  作者: 甘味亭太丸
三章 オブリージュ乱舞
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四十七話 乙女と王

 星の瞬きも月の優しい光も遮るように重くまとわりつくような暗雲が立ち込める。それは同時に場の空気にも重圧を押しかけるようであった。黒に近い灰色の雲は蠢く様に流れ、そのうねりはまるで巨大な龍のようであり、轟く雷鳴は咆哮のようであった。

 黒き王≪ユピテルカイザー≫はその巨大な龍を従えるように青き巨神と赤き悪魔とを見下ろし、堂々たる姿をそこに現わしていた。


 雷光に照らし出される漆黒のボディはただそこにあるだけですべてを圧倒し、睥睨するように双眸を赤く輝かせた。その顔は≪アストレア≫と瓜二つであったが、≪アストレア≫が見る者を安堵させる心強い笑顔だとすれば、≪ユピテルカイザー≫は見る者全てをひれ伏させる王の顔である。その威圧感は八十メートルを越える巨体にも現れ、空中であるにも関わらず、前進する度に地響きを引き起こすかのような幻想を与えた。


『なる程。間近で見ると確かに醜悪な存在だな、ヴァーミリオンというのは』


 玉座のようなシートに緩やかに背を預ける昌は≪ユピテルカイザー≫と同じく黒と金で彩られた礼装のようなパイロットスーツに身を包み、眼前の敵を見定めていた。

 醜悪。その一言で説明ができる存在であり、≪ヴァーミリオン≫という敵は昌にしてみれば侮蔑の感情を向けるに値するものであった。


(知的生命体ではないようだが……)


 余裕の表情を浮かべながらも昌の思考はそうではない。視界に映り込むすべての状況を見渡しながら、昌は今までに確認されてきた≪ヴァーミリオン≫の動きとを照らし合わせながら、思案する。


(しかし、本能的な何かを感じる。とはいえ破壊衝動のみで動くなんて、アニメだろ)


 そのような非生産的な思考のみで生きながらえる生物などは存在しない。であれば、この醜悪な赤い悪魔にも人の身では想像できない何かがあるのだろうか。そこまで考えが至った昌であったが、おもむろに鼻で笑うと、「どうでもよいことだな」と全てを放り投げた。

 所詮、敵は敵。倒してしまえばよいだけの話なのだ。敵についてあれこれと考えを巡らせるのは『時間の無駄』である。


『朱璃、サポートは任せたよ。心配することはない、君は力を抜いて』

『はい、昌様』


 昌は優しく、絡みつくような囁き声で己と同じく機体に乗り込む少女へと通信を送る。メインモニターの端には、天宮朱璃の姿が映り込む。

昌と同じ形状のパイロットスーツを着た朱璃は、わずかにこわばらせた表情を浮かべていたが、昌の言葉に包み込まれると、大きく深呼吸をし、全面を覆う無数の計器類をチェックし、ピアノのような操作パネルへと白い細指を重ねた。


『全武装使用可能、フォルトゥーナドライブ出力も安定しています』


 朱璃の眼前に映り込むモニターには≪ユピテルカイザー≫のシルエットが万全の状態を現すグリーンで表示されていた。両隣の小型モニターには各種武装及び内部出力の数値データが逐一更新されていた。


『ならば、行こうか。宮本隊長、聞こえていますか?』

『はい……』


 上空へと退避していた≪エイレーン≫小隊、浩介は短い返事を返した。


『もう下がってもらって結構ですよ。流石にエイレーンではあの巨体のデータ回収は無理でしょう』


 パイロットスーツのグローブの具合を確認するように右手を開閉させたり、裾を引っ張る昌の姿が浩介には映った。そのあまりにも無防備とも余裕ともいえる姿に浩介はわずかだが眉をひそめた。


『……御曹司は、あのようなものは出てくることをご存知で?』


 浩介の言葉には特別、昌を批難するようなものは含まれていないが納得はしかねるという具合である。

 昌は「まさか」と少し驚いて見せて、「変形するなんて、思っていませんでしたよ」と苦笑した。


『しかし、あなた方が時間を稼いでくれたおかげでカイザーは出撃することが出来ました』


 そんな長話を遮るように≪ヴァーミリオン・ソリクト≫が巨体を震わす。右の剛腕を振り上げ、掌へとどす黒い光を集める。その光は一瞬にして四十メートル程の光弾へと変化し、躊躇なく≪ユピテルカイザー≫へと放たれる。


『無礼な、王の御前だぞ!』


 激高する朱璃の声と共に≪ユピテルカイザー≫は鬱陶し気に右腕を翳す。同時にその手に金色に輝く両刃を上下に備えた剣が出現し、光弾を一閃する。斬り裂かれた光弾は小爆発を起こしながら霧散していく。


『ということですので、下がってください。避難誘導を行いたいのならどうぞ、許可しますよ』

『了解です』


 機体を翻し、下がっていく≪エイレーン≫。

最後の浩介の言葉は吐き捨てるようなものだったと思う。昌は「嫌われてるなぁ」と鼻の頭を小さくかき、微笑を浮かべる。そして、すぐさまこちらに無貌の視線を向ける≪ヴァーミリオン・ソリクト≫へと意識を向けた。

 視界の端には唖然と見上げる≪アストレア≫も確認している。が、それはどうでもよいことであった。邪魔をしなければそれでよし、そうでなければしつけるまで……その程度の問題である。


『お返しといこうか』


 フッと小さく笑みを浮かべた昌はアームレバーを押し出す。同時に≪ユピテルカイザー≫のJの文字が禍々しく光を集め、空気を振動させ、暗雲をもざわつかせる。漆黒の稲妻へと変化していく光、そして……


『エンブレムズ! ブレイザー!』


 赤と黒の光の奔流が≪ユピテルカイザー≫の胸部から濁流のように吐き出される。轟音と共に凄まじい衝撃波が周囲に広がる。

空間を叩き割るとでも表現すべき衝撃が一直線に≪ヴァーミリオン・ソリクト≫へと迫る。巨体ゆえに咄嗟の回避行動をとることができない≪ヴァーミリオン・ソリクト≫は緩慢な動きで先ほど翳していた右腕で閃光を防御するが、直撃と同時に鈍い音を立て表面装甲が砕け、二の腕をぐずぐずに溶かされながら、大爆発を引き起こす。


 その一撃はまさに神罰。大いなる神の名を冠した黒き王の逆鱗であった。




***




 巨大な金属の軋む音がまるで獣の悲鳴のように轟き、巨大な悪魔がいともたやすく砕かれていく。しかし、≪ヴァーミリオン・ソリクト≫は機体をわずかによろめかせながらも本能的な行動を行っていた。

 それはくちばし型の艦載機発進口を広げることであった。弾切れだと思われていた艦載機にはまだ余分があったらしく、吐き出されたのは十機の高機動型の≪ヴァーミリオン≫であった。


「まだ隠し種を!」


 美李奈は唖然としていた思考を振り払うように頭を振って、周囲へと散開していく≪ヴァーミリオン≫の迎撃を行わなければならなかった。巨大な≪ヴァーミリオン・ソリクト≫のことはもちろん気にはなるが、今の≪アストレア≫では悔しいが、どうすることもできない。今は≪ユピテルカイザー≫に状況を任せるしかなかった。


「セバスチャン、ミサイル!」

『お待ちください、新たな反応が!』


 機体を加速させ、高機動型の≪ヴァーミリオン≫を追いかけようとした矢先であった。執事の叫び声と共に美李奈の前方を白銀の影が通過していく。その影がギュンッと風を切り裂き、その突風が≪アストレア≫を煽る。

 そのわずかな瞬間の間、既に遠方へと飛来した≪ヴァーミリオン≫の群れが爆光を起こし消えてゆく。


「この機動力……麗美さん!?」


 咄嗟に地表に寝かしたはずの≪ユースティア≫を見下ろす美李奈であったが、そこには今も伸びている≪ユースティア≫の姿があった。

 では誰が? そんな疑問を思い浮かべながら、美李奈は白銀の影を探した。それは既に≪ユピテルカイザー≫の傍らに仕えるようにして、飛翔していた。


「今度はユースティアとでもいうのかしら……」


 美李奈が捉えたのは、美しくきらめく白銀の装甲を持ち、四枚の翼型のスラスターを背負った≪ユースティア≫に似た機体であった。その機体は両腕の甲からすらりと伸ばした白銀の剣を収納すると、憮然と腕を組み、ゴーグルに覆われた黄金の眼を灯らせる。


『聞こえるか、アストレアのパイロット』

「この声……」


 コクピットのモニターを占領するようにして映し出されたのは、機体と同じく白銀のパイロットスーツを身に着けた蓮司の姿であった。


『君は……まさか、君が!』


 とうの蓮司は通信をつなげた先に映る人物が予想外だったのか、動揺の表情を浮かべていた。


『とにかく、君たちは下がれ。ここよりは我々の仕事だ』

「お言葉ですわね。この戦い、取り合うような仕事ではないでしょうに」

『我儘を言うんじゃない! 子どもの遊びじゃないんだぞ!』

『貴様、ほざくな!』


 蓮司の言葉は少女である美李奈たちを心配しての言葉であることに嘘はない。だが、その聞こえ方は美李奈たちを見下し、今までの戦いの全てを否定するかのようなものであると執事には聞こえた。そのことを蓮司が意識しているわけではない。だが、執事にはそう聞こえるのだ。


『美李奈様は遊んでなど……』

「よい、セバスチャン」

『しかし……!』

「よい、と言いました。今は問答をしている暇ではないようです」


 美李奈の声音は静かであったが氷のように冷たく、刃のように鋭い。執事は『かしこまりました』と下がり、蓮司は無言で美李奈の威圧を受け止めていた。


「今は敵を倒すことが先決ではなくて?」

『その通り!』


 割り込むようにして昌の心底愉快な声が届く。蓮司の画面と入れ替わるように昌の不遜な笑みがモニターいっぱいに映り込む。


『まったく素晴らしい精神だ。やはり真道美李奈という女性は強い』


 その言葉の節々には純粋な評価と同時に値踏みをするような何かが混ざっていた。


『ならば、僕もそれに答えようじゃないか……!』




***




 黒き王が動く。右手に携えた上下の刃を突き刺すようにして構え、全身を駆け巡る稲妻の如き金色のラインが神々しく輝く。


『ディエスブレード!』


 王の雄叫びは雷鳴となって轟く。暗雲からほとばしる雷は一直線に≪ユピテルカイザー≫の持つディエスブレードへと落ちて行き、その刀身に電光を纏わせる。

 それと同時に金色のラインは更に輝きを増し、機体内部のエンジンをけたたましく稼働させ、その駆動音は≪ユピテルカイザー≫の咆哮となる。


 雷鳴はしきりに王の姿を照らし、威光を称える。対峙する≪ヴァーミリオン・ソリクト≫は二百メートルという巨体であるにも関わらず、≪ユピテルカイザー≫の前では矮小な存在のように見えた。王にひれ伏すように、神におののく様に、二百メートルの巨体はズズッと後ろに下がった。体の各所に生えるように出現する小型のレーザー砲台を一斉射する反撃に出るが、今更その程度のものでどうにかできる状況ではない。で、あるならばと、残った左腕のかざし、右腕で放ったと同じく特大の光弾を準備する。


 ≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の左腕に紫電が駆け巡る。

 だからどうしたと言わんばかりに≪ユピテルカイザー≫は機体を前進させた。瞬間、≪ユピテルカイザー≫の背中の装甲板がめくれるように展開する。それは一枚の黒い板がそそり立つように見えたが、すぐさま二又に分かれ巨大なウィングへと変形する。同時にウィング中央部分に出現した大型のブースターが点火し、≪ユピテルカイザー≫に驚異的な加速度をもたらす。


『はあぁぁぁぁ!』


 ≪ユピテルカイザー≫と昌の雄叫びが重なり合う。その爆発的な加速をもってして一瞬にして≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の懐へと入りこみ、帯電するディエスブレードを一閃、ブレードからは雷光が伸び、光の刃と化したそれは一刀の下に≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の左腕をも切断させた。


 エネルギーをチャージしていた左腕はその攻撃によりエネルギーが逆流でも起こしたのか、内側から破裂するようにして、紫電を漏らし、装甲をぶくぶくと膨らませながら自壊し、破裂していく。

 降り注ぐ残骸を払いのけるようにブレードを振るった≪ユピテルカイザー≫はそのまま≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の頭上へと飛翔する。


『ユピテル・フェレトリウス!』


 振り下ろされる一撃は光の刃となり、≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の頭頂部へと吸い込まれる。ディエスブレードが斬りこまれていく度に落雷のような轟音が鳴りき、≪ヴァーミリオン・ソリクト≫は頭上から真っ二つに切断された。

 ディエスブレードから発せられていた雷撃は斬り裂かれた断面から内部へと侵入し、巨大な悪魔の全身へと駆け巡る。

 ≪ヴァーミリオン・ソリクト≫内部はその雷によりあらゆる部分を破壊され、糸の絡まった人形にようにギクシャクと真っ二つになった体を蠢かせながら、閃光に包まれていく。


 巨大な爆発が巻き起こり、それはまるで小さな太陽に一瞬だけ暗雲が覆う闇を照らした。その光の中、≪ユピテルカイザー≫はディエスブレードを携えたまま、立っていた。ゆっくりと機体を降下させ、八十メートルの巨体が地上に降り立つ。

 それはまるで神の降臨であった。その隣に蓮司の駆る白銀の機体≪ミネルヴァ≫がつき添う。


『どうかな真道美李奈。君のご期待には答えられたかな?』


 さわやかな笑みを浮かべた昌はわずかに乱れた頭髪を整えるようにかきあげる。それは純粋な少年のような姿であり、返答を求める表情は愛らしいものであった。

 それこそが龍常院昌という少年なのだ。


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