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鋼鉄令嬢アストレア  作者: 甘味亭太丸
三章 オブリージュ乱舞
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四十五話 乙女と戦士たち

 夕刻の頃。

 於呂ヶ崎グループが所有する工業地帯の一角。かつては造船所であった巨大な区画はその一帯を大幅に改修し、≪アストレア≫、≪ユースティア≫の格納、整備用ハンガーもそれに合わせて巨大化し、青と赤で彩られた派手な姿をそびえさせていた。

 同時に≪ヴァーミリオン≫への対策を講じる手段としてレーダーや情報分析、回収された≪ヴァーミリオン≫の残骸の調査を行うなどのいくつか機能を併せ持つ施設も併設されていた。


 いわば研究施設ともいえるその建造物の内部では白衣の研究員とメイドという異色の組み合わせである所員たちが慌ただしく駆け巡っていた。

 電子機器は熱がこもる程に稼働しながら無数の計算を行い、所員たちはそこから導き出される情報を読み取り、方々へとつなげなければならなかったし、メインモニターともいえる研究施設中央に設置された画面には宇宙空間が映し出され、そこには巨大な穴が穿たれていた。


「状況はどうなっている」


 於呂ヶ崎亮二郎はモニターを見上げながら報告書の束を抱えてやってきた所員に状況の説明を求めた。

 彼自身、緊急事態との知らせを受け先ほど施設に飛び込んできたばかりであり、何が起こっているのかがさっぱりわからないのだ。


「データが不足していますので詳しいことは何も……ですが、全ての数値が異常値を検出しています」

「何が出てくるのかはわかるか?」

「それは何とも……八月に出現した大型ヴァーミリオンと同規模か、しかし検出されるエネルギー量はそれ以上と出ています」


 ≪アストレア≫を一撃のもとに大破せしめた強敵以上のものが出てくる。そんな可能性を提示された亮二郎はわずかに顔をしかめた。≪アストレア≫、≪ユースティア≫の強化プランなるものはかねてより提案されていたがそれを実行に移せる程の時間的余裕がなかった。

 そのように手を拱いていた矢先にこの状況なのである。


「ユノとかいう連中の動きはどうだ?」

「人工島に動きはありません。以前の戦闘でむこうのマシーンは二機とも損傷していますし、静観の構えなのでは?」

「龍常院銀郎がその程度のことで動きを止めるとは思えんがな……まぁいい。今は連中のことよりもヴァーミリオンだ。おい、孫娘たちはどうか!」


 亮二郎は目の前を横切ろうとしたメイドの一人を呼び止めた。

 メイドはこの緊急事態でも主に対する礼節をわきまえており、向き合う形で、


「麗美お嬢様は既に待機なさっています。美李奈様はご自宅におられるとか……」


 於呂ヶ崎の使用人は末端に至るまで情報統制がなされている。誰かに聞かなければわからないということは基本的にはないように努めており、いつ主人に呼びされても確実な受け答えができるように指導されていた。


「アストレアは勝手に飛んでいく。準備をさせておけ」

「かしこまりました」


 メイドは深々とお辞儀をするとその旨を他のメイドたちに知らせるように通信機を起動させていた。


「ご主人様、現状のアストレア、ユースティアでは大型クラスのヴァーミリオンに対抗など……」

「黙って見過ごすわけにもいかんだろう。敵が来るのだぞ」

「しかし……」


 研究員の言いたいことはわかるつもりだ。いかなる計算を行っても自分たちが保有するマシーンの性能では≪大型ヴァーミリオン≫に対抗するのは難しい。二人の少女は亮二郎の予想を超えてスペック以上の動きを見せてくれてはいるが、それでも危険であることに変わりはなかった。


「最大限のバックアップを行え。俺とて孫娘たちを殺したくはない」


 その言葉を吐いた瞬間、亮二郎はそれが口先だけのものと感じた。本当に死なせたくないのならそもそもマシーンになど乗らせなければいいのだから。

 だが、それは出来ない。二機のマシーンは彼女たちでなければ動かせないし、今更他の搭乗者を用意する暇もない。


「一矢め……奴はこのことを予測できなかったのか?」


 その独り言は所員たちの雑踏にかき消され周りに伝わることはなかった。


「何なのだ、まだ俺の知らない何かがあるというのか一矢」


 それは漠然とした予想でしかない。

 今にして思えば亮二郎はかつての親友の事を何も知らない。≪アストレア≫のことも≪ヴァーミリオン≫のことも、信じることができなかったし、その裏で行われていた何かも……故に何もわからずじまいでこの状況である。

 

 一矢という男が何を知って、何を作ったのか。亮二郎に与えられたのはマシーンと敵という存在だけである。


「十六年前に何があったというのだ。一矢、お前は一体何をしたんだ」


 その疑問に答えてくれる男はもう死んでいるのだから。




***




 美李奈は屋敷の庭で薄暗くなった空を見上げていた。薄紫に変化していく空にはぽつぽつと星の瞬きが現れ、雲に半身を隠した月が太陽と入れ替わるようにして登り始めていた。

 しかしそのような美しい夕暮れの光景も今の美李奈には感傷に浸るものにはなりえなかった。


 美李奈が望むのは空を越えた先、目視などできるわけもない宇宙である。学園で昌が発した言葉、再び敵が来るというもの、そして昌が動くというもの。それはどうしようもなく美李奈を内側から焦燥させいた。


 今まで以上に巨大な敵が来る。それは美李奈に対する忠告であったのだろうが、それを発する昌に危機感は感じられなかった。彼にとってはまだ見ぬ巨大な敵すらも恐怖する存在ではないということなのだろうか。

 それは美李奈も同じであり、彼女に恐怖はない。かつて、大型の≪ヴァーミリオン≫に不覚を取ったが、それで戦意が折れるということはなかった。だが、≪アストレア≫を一撃のもとに大破させた存在には多少の不安も残り、さらにはそれ以上の敵が来るというのだ。

 警戒をするのはある意味当然である。


「美李奈様、お体が冷えます」


 九月の夜は時々冷え込む。執事は薄手のちゃんちゃんこを持って現れた。季吉の編んだものである。


「大丈夫よ、セバスチャン。ありがとう」


 美李奈はちゃんちゃんこを受け取り袖を通すが、その場からは動かなかった。

 執事は一歩引いたところで美李奈と同じく空を見上げた。彼の視力をもってしても宇宙の彼方を見通すことは当然できない。それでも執事は主が感じている不安というものを理解していた。

 彼とて≪アストレア≫を駆るパイロットである。共に死線を潜り抜けてきたのもあるが、長年仕えてきた主の考えを読み取れないようでは使用人としては失格だ。


「それにしてもヴァーミリオンとは厄介でございますな。このセバスチャン、買い物を早々に引き上げることになりました」

「えぇ本当に。こちらの都合を考えてやってきてほしいものですわ」


 使用人は常に主を支えなければならない。だからこそ努めて平静を装うのだ。

今更慌てたところで事態が急転するわけでもないし、口にしたところで解決するようなことでもない。


「近頃は野菜も高くなりました。私も夜間の仕事をしなければならないと腹をくくっています」

「それならば私、おでんの屋台というものをしてみたいですわ。栽培した野菜を使うのです」

「それは名案でございます」


 その穏やかな談笑は迫る脅威を前にして語る内容ではない。しかし、美李奈も執事も不安を和らげる為にこのようなことを口にするのではない。本当にやりたいからこそ口に出すのだ。そしてその為にやらなければならないことも二人は理解している。


「お出汁はどうしましょう? それにあのおでん用の囲いも準備しないと……」


 美李奈は手で四角形を作りながら困ったような顔を浮かべる。田の字に囲まれて一つひとつに具材が入れられているおでん屋特有のものであるのだがあいにく美李奈はそれの名前を知らない。


「それならば私めにお任せを。必ずやご期待に沿えるものを用意いたします」

「フフフ。頼りになりますわセバスチャン」

「はっ!」


 そうして新しい生活の糧を考え付いたところで、頭上から重々しい轟音が鳴り響いた。

 二人は同時に空を見上げると、そこには巨大な影が月を覆うようにして浮かび上がっていた。


「来たようですね」


 執事はくしゃくしゃになるまで使い古したネクタイを締め直す。そのたびに弱くなった繊維がぶちぶちと千切れていった。


「えぇ。お出汁についてはあれを倒してから考えましょう」


 美李奈も横髪を整えながらその影を睨んだ。

 同時に屋敷の背後から突風が巻き上がり、屋根の瓦を数枚吹き飛ばし、立て付けの悪い扉をガタガタと揺らしながら、衝撃と共に≪アストレア≫の巨体が降り立つ。

 緑色の光が二人を包みこみ、各々のコクピットへと転送する。アームレバーを握りしめ、起動OSが立ち上がるのを確認しながら美李奈はふと重要なことを思いだしていた。


「困ったわセバスチャン!」

『は!』

「私たち未成年だからお酒が用意できませんわ!」

『なんと……それは不覚でございます! 至急に対策を講じなければなりません!』


 空を舞う巨体の中、その主従は相変わらずであった。




***




 宮本浩介は自身の≪エイレーン≫の背後を飛ぶ新たな僚機たちの統率の取れた動きに舌を巻いた。彼の背後に着くのはロールアウトされたばかりの新たな≪エイレーン≫が四機、それに乗り込むのは『ユノ』が新たに呼び寄せたパイロットたちである。


 突然、蓮司がバディから外されたかと思えば、新たな部下が用意され、有無を言わさないまま浩介は新たな部下たちとの調整を行わなければならなかった。

 集められたパイロットはみな年若いが腕は確かであり、付け加えるなら皆が皆、国籍の違う面々であったことだ。


 浩介は詳しく聞くことはなかったが、これも『ユノ』の、龍常院の力によるものだということは簡単に推測できる。中には同じ日本人の者もいたが所属する基地が違う為に知らなない顔であった。


「各機、敵の情報は未確定だ。我々の仕事はデータを持ち帰ることだ。戦闘は御曹司に任せろとのお達しだ」


 しかも隊を組んでまだ数度の訓練しか実施していないのに実戦投入である。『ユノ』には軍事アドバイザーなるものがいるとは聞くが、果たしてそれがきちんと機能しているかどうかは疑わしいものだった。

 彼らに下された任務は露払いと出現が予測される新型の≪ヴァーミリオン≫のデータの回収である。


「レスター、ハンは俺について来い。東、マーシィはバックアップだ。当てるなよ」

『了解です。しかし、キャップはこのエイレーンでヴァーミリオンを撃墜したと聞きますが?』


 そういうのはアメリカ空軍から引き抜かれたというレスターである。金髪をオールバックにまとめあげ、普段はサングラス姿といういかにもな姿をしているが上下の関係はきっちりとわきまえている男であった。


『通常型であればの話でしょう? そうではないからデータを持って来いと言われているのですから』


 付け加えるように割り込んできたのはハンであった。年齢としては最年少だが目の良い筋のあるパイロットである。


「ハンの言う通りだ。だがまぁ、状況次第では戦闘に入る。いいな?」

『民間区画に侵入の恐れがあれば……ですね? 初めから防衛命令を出せばいいのに』

『ユノはそこらへん疎かとは聞きますからなぁ』


 浩介たちの後方につくように編隊を組み直しながら、東とマーシィのコンビは軽口を叩き合う。


「見えてきたぞ。全機、気を引き締めろ!」

『了解』


 ともあれ僥倖なのはこの四人の部下が優秀な事であろう。いまだコンビネーションに若干の不安はあるだろうがそこをどうまとめ上げるのかは隊長を任された浩介の手腕次第である。


 レーダーが敵の反応を捉えたと同時に僚機のレスターとハンが機体上部に設置されたビーム砲を放つ。それに時間差をつけてバックアップに回っていた東とマーシィの機体もビームを放ち、射線上の先に爆発の光を生み出す。


「しかし、蓮司の野郎は一体何をさせられているんだ」


 前方二十キロに展開する無数の≪ヴァーミリオン≫を拡大映像で捉えながら、浩介はこの場にはいない部下の事を思い出していた。

 しかし、機体の警報が響いた瞬間にはすぐさま戦闘に集中を戻した。機体をわずかに揺らしながら≪ヴァーミリオン≫の放つか細いレーザーを回避していく。


『ヒューッ! キャップ、あの紅いのは味方でしたよね!』


 口笛と共にレスターがはしゃぎ声で通信を送ってくる。一喝してやろうとも思ったが、浩介はレスターが発見した存在を同時に見ていた。

 彼らの視線の先には金色の粒子を煌かせながら翼を広げ飛翔する≪ユースティア≫の姿があった。


「よもや撃墜命令は出さんだろな」


 どういうわけか『ユノ』は於呂ヶ崎側と共闘するよりも敵対する姿勢でいた。理由はわからないし、聞いたところで納得のいく答えが返ってくることはなかった。こちらは正式な認可を受けた組織であるがあちらは無許可で兵器を所有している無法者……理屈は通っているかもしれないが、そもそも『ユノ』自体が権力を盾にして作った秘密組織である。


 それに主力である≪マーウォルス≫も≪ウェヌス≫も前回の戦闘では無意味に攻撃を仕掛け結果的に被害を拡大させていた。


「金持ちの考えることはわからんな。於呂ヶ崎とかいう連中も龍常院も……」


 『ユノ』への出向がひいては国民を守ることに繋がるのであればと思い自分はこの組織に参加したはずなのに、彼らはそれを行おうとはしていない。

 いな、行っているつもりなのかもしれない。だが、浩介からしてみれば、『ユノ』のマシーンを操る子どもたちからはそんな熱意も信念も感じることは出来なかった。


「だったら、せめて俺たちがそれをやらにゃならんだろうが」


 浩介は引き金に指をかけビームを放つ。一機の≪ヴァーミリオン≫へと直撃し、その身を四散させていくのを眺めながら、機体を加速させ、『任務』へと意識を戻した。


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