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鋼鉄令嬢アストレア  作者: 甘味亭太丸
三章 オブリージュ乱舞
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四十三話 乙女の知らぬ間に

 『ユノ』が所有する人工島は、名を『ソスピタ』という。単独での移動が可能なこの巨大人工島は要塞であり、『ユノ』の本拠地でもある。その内部は所属するマシーンの整備機能及び数種の迎撃機構を兼ね備え、同時に住居空間の充実が図られている。

 その内の一室、赤い絨毯が敷かれ、薪の暖炉という凝りよう、多様な銘酒が並べられた部屋に少年と老人がいた。


「失態だな」


 龍常院銀郎はグラスの中のバーボンを揺らしながら、マホガニー材、手彫りの椅子を軋ませた。黒く艶出しされたウールガウンにくるまれた銀郎は、その名の如く銀色に光る頭髪をかきあげながら、深々と頭を下げる青年に呆れた言葉を吐き捨てた。


「天宮には若い頃に世話になった。故にその名を汚さぬように手は回した」


 銀郎の言葉が紡がれる度に少年は体を震わせ、「誠に!」といやに響く声で返事を返す。その声があまりにも大きい為か、銀郎はその度に顔をしかめるのだが、頭を下げる少年がそれに気が付くことはない。


 その愚直ともとれる態度は場合によっては好ましいことかもしれないが、現状で見せるべき姿勢ではなく、銀郎は溜息をつきながら、少年に顔を上げるように促す。

 それに応じてキビキビと一々の動作に筋が入っているような少年は、まとめ上げられた長い黒髪を揺らし、宝石のように輝く大きな瞳を目いっぱいに広げて銀郎に面を向ける。


「蒼雲」

「ハッ!」


 腹の底から引き揚げられたような蒼雲の返事はバーボンに波紋を作った。銀郎はやれやれと言った具合に鼻先をかきながら、「マーウォルスの修理は二週間だ」と短く言い放つ。


「ハッ!」


 踵を揃えるしぐさは軍隊的であったが、彼はそういう所属ではない。彼の家がそうさせているのだ。


「……二週間の無駄、それを取り返す働きを期待する。下がれ。貴様の父上には良きよう報告する」


 僅かに耳鳴りがするような気がした。この少年の声が響き過ぎるのだ。

 銀郎はあえて憮然な表情を作り、それとなく不快であると訴えかけているつもりだが、蒼雲という少年は愚直故にそれに気が付くことはない。


「ハッ! いえ、全ては私の失態。叱責、折檻、全て甘んじて受ける所存です」

「私がそのような前時代的な無駄を好まないことは知っていると思うが?」

「ハッ! しかしそれでは我が不徳が晴れません」

「では、二週間のシミュレーションを言い渡す」

「ハッ!」


 そういうやり取りを経てやっと蒼雲は部屋を後にする。


「武士の子か。随分なものだよ」


 やっと静かになった自室で、銀郎はバーボンを飲み干す。

 天宮蒼雲。ユノに所属し、≪マーウォルス≫の専属パイロットとして銀郎が見出した少年である。歳は孫の昌と同じであり、学友でもあった。


 蒼雲の実家である天宮家は古くは武士として名を馳せた家であり、時代が流れれば軍人として多くの若者を輩出してきた名家である。軍事顧問であるとか自衛隊官僚であるとか、防衛省官僚であるとか、大体が軍、武に携わる家柄である。


 が、些か前時代的な武家社会を家に残す為か次期当主の蒼雲であれ、その下の妹であれ、その佇まいは日本男児、大和撫子と聞こえはいいが、銀郎にしてみれば凝り固まった旧体制に支配された哀れな子どもでしかない。


「……私だ」


 銀郎はデスクに備え付けられたアンティーク調の呼び鈴を押し、「昌を呼んでくれ」と、外に控えている部下へと指示を送る。

 「かしこまりました」と呼び鈴に内蔵されたスピーカーから部下の事務的な声を聞き届けた銀郎は再びバーボンをグラスに注ぐ。

 呼び出しを受けた昌は、銀郎が三杯目を飲み干す頃にやってきた。


「遅れてしまい申し訳ありませんお爺様」


 昌は純白のスーツ姿であった。それは龍常院グループの会長としてのいでたちである。


「役員会議であったか?」

「いえ、既に終了しています。私の方からお伺いしようと思っていましたので」

「そうか」


 銀郎は顎で向かいの座席を指し示し、孫を座らせる。


「何か飲むかね?」


 四杯目となるバーボンを注ぎながら、銀郎はフッと小さく笑みを浮かべて瓶を昌へと向けた。


「未成年ですよ」


 昌もまた笑みを返しながら、首を横に振る。


「誰も見てはいない。お前もそろそろ酒を覚えても良い頃だ」


 そこまで言って銀郎は先ほどまでバカにしていた前時代的な言葉を自分も無意識のうちに使っていることに気が付いていた。

喉を鳴らし、小さく自嘲すると、昌が首をかしげる。


「なにか?」

「いや、なに。八十ともなれば染みついた古き慣習は中々離れないものだと思ってな」


 銀郎は再び呼び鈴を鳴らして「紅茶を」と短く指示すると、椅子を軋ませながら背もたれに体を預け、顔だけを昌に向けた。


「雷帝の方はどうだ。マッチングも行っているのだろう?」

「はい。問題なく……あとは実機の完成を待つばかりですが……」


 一瞬だけ昌の表情が渋り、「マーウォルスとウェヌスの修理に手間を取られました」と答える。


「それは聞いている。少し、遊びが過ぎたな昌」

「申し訳ございません。はねっかえりを沈めるには叩かねばならぬと焦りを出しました」

「ハハハ!」


 銀郎は突然笑い声をあげる。嘲笑の類ではない。


「はねっかえりか。確かに真道と於呂ヶ崎の孫はお転婆どもだ。だがそれは天宮の女もそうであろう? 先ほど兄貴の方の相手をしていたが、あの家は手間がかかる」

「いえ、朱璃は大人しいですよ。少なくとも私の前では」

「猫かぶりだよ。あるいは本気でお前を慕っているやもしれぬが……いつ何時、苛烈さを見せるかわからぬぞ」

「それはわかっていますが……」


 昌は戸惑いの表情のままだった。突然の呼び出し、今回の件でお叱りでも受けるのではないかと思い、そのつもりで伺ったのだが、祖父は唐突に女の扱いに関して話し出したのだ。

 自身の祖父は老人故に気まぐれが多い人だが、今回はさらに輪をかけているように思えた。それは酒のせいだとも思ったが、この人は早々酒におぼれる人ではないことを自分がよく知っている。

 昌は呼び出しの理由を図りかねていた。無駄を嫌う祖父が、こんな無駄な話をする為に呼び出したのかと。


「どうした昌?」

「いえ……私はてっきりお叱りを受けるものと」


 銀郎は孫の言葉を聞いてまた小さく喉を鳴らして笑った。


「フッ、天宮のせがれと同じ事いうな。最近の若いものというのは常にそういうのを気にするのかね」


 呼び鈴がなり、メイドが銀の押し台に紅茶のセットを用意して現れる。メイドは小さく二人に頭を下げると、一通りの準備をして下がっていく。

 銀郎がグラスを軽くあげると、昌は紅茶の注がれたカップを手に取り、一口だけ啜った。

 カチャッとカップが置かれる音が部屋に響く。


「まぁどの道、今回の遅れを取り戻す必要はある。雷帝の完成を繰り上げろ。人員が必要ならば手配する」


 銀郎が唸るような声で言い放つのは、それが重要な案件であるからだ。例え孫であっても、線引きができるのがこの男なのである。


「申し訳ありません」

「そこは『ありがとうございます』だ」


 が、言い伝えるべきことが終われば、口元に微笑を浮かべ、バーボンを飲み干す。


「つがいはやはり天宮の娘か?」

「そうなります」

「適正は兄の方が上ではないのか?」

「猪突猛進を制御できる自身がありませんので。それに彼はマーウォルスの方が性に合うでしょう」


 昌は苦笑しながら答えた。


「だろうな。それとだ、あの出向している……なんといったか、あの若造だが」

「蓮司……さんですか?」

「あぁそいつだ。確かにパイロットとしての腕は立つが、些か非情になり切れん青臭い男だ。考えのない猪も手がかかるが、考えが過ぎるのも無駄になる」

「表に出すヒーローとしては十分かと。それに外部の意見は貴重ですよ。浩介隊長からも意見が出ましたから」


 先の戦いについての意見であった。要件をまとめれば『周辺被害を抑えるべく戦闘するべし』とのこと。


「世間の評価は厳しいですからね。今でこそなんとでも操作は出来ますが、やはり『街を守るヒーロー』の存在は重要です」

「ほぅ、真道の孫娘にあてられたか?」

「多少は、とだけ言っておきましょう。我々はユノ、地球防衛のための組織ですからね。敵を撃滅し、人々を救う。で、あるならば蓮司さんにはユノの正義を司るヒーローになってもらいます。それに、蓮司さんは案外乗せやすいですから」


 昌は屈託なく笑って見せた。


「ミネルヴァを与えます」

「好きにせよ」


 それは祖父としての言葉ではなく、上に立つものとしての言葉であった。


「いかなる手段をもってしても我々はあの紅き悪魔の勝手を許してはならん。雷帝の完成を急がせろ。そして遺産の発見もな」

「はい」


 そして昌も孫としての返答では返さなかった。


「お任せください。我が龍常院の手でこの星をお守り致します」

「そうだこの母なる星は我らの手で守るのだ。そうでなければならぬ。そうでなければ……な」




***




「みんな聞け! 父さんはな、アストレアとユースティアのスポンサーになるぞ!」

「は?」


 木村綾子は間の抜けた返事を返していた。

 それは朝食の席の事であった。父は席に着くなりいきなりそんなことを言い出したのだ。


「驚いたか綾子! いやぁ無理もない。父さんはね、感動しているんだよ。うん」


 綾子の父は最近になって通い始めた高級美容室できっちりと整えられた七三わけの髪を整髪料で光らせながら熱弁を振るっていた。以前はカジュアルな髪型だったが、どうやら七三わけが落ち着くらしい。

 その隣で綾子の母は自身のスープの中に夫の吐き出す唾が入らないようにと距離をあけていた。


「すげぇ! 父ちゃんすげぇ!」


 一方、弟の弘は目を輝かせて身を乗り出すようにして、父の言葉に感動していた。


「はっはっは! そうだろそうだろ弘! どうだ、綾子、お前も凄いと思わんか?」

「あ、いや……凄い、凄くないの前に話が見えないんだけど……」


 綾子にしてみれば「突然何を言いだすんだこの親父は」という感じである。

 母親は白い視線を夫に向けて「また勝手なことを」とぷりぷり怒ってパンをかじっていた。


「いやぁ父さんはな、前に助けられてから常々考えていたんだ。街を守るスーパーロボットの為に何かできないかとな。そして前の戦いで身を挺して人々を守り、街の復興を手伝った彼らをみて決心したのだ!」

「それでスポンサー?」

「そう! 少なくともユースティアは於呂ヶ崎財閥が所有するロボットだ。私はね、いてもたってもいられなくて直接交渉しにいったよ」

「は?」


 本当にこの親父は何を考えているんだ。そんな言葉を口に出しかけて、パンで飲み込んだ綾子はかるくむせながら少年のように語り続ける父親を困惑の表情で眺め続けた。


「いやぁ於呂ヶ崎公は話の分かる人だったよ。父さんが思いの丈をぶつけたら豪快に笑ってくれてね! あられをもらったんだ!」

「意味わかんない」

 

 と、呟く綾子。そういえば珍しく見ていたニュースでは件の於呂ヶ崎公があられをマスコミに投げつけている様子が映し出されていたこと思い出す。

 よもやこの父親はそれを受けたのではあるまいかと困惑などしていると、いつになく気持ち悪いにこやかな笑顔の父が、


「そういえば綾子、お前於呂ヶ崎家のご令嬢と仲がいいみたいじゃないか」

「えー! 姉ちゃん、パイロットと友達なのかよ! なんで黙ってたんだよぉ!」


 隣に座る弘がぶーぶーと文句を言ってくるがそれを「うるさい!」の一言で一喝して、綾子はもう一度父親の方へと視線を向けた。


「仲がいいというか、麗美さんと仲がいい人と仲がいいというか……」

「あぁ、あのミーナとかいう子か。まぁそれはいいんだ。とにかく綾子、麗美さんとはくれぐれも仲違いしないでくれよ! 私たちはスポンサーであり協力者、つまりは私たちも地球を守る一員なのだからな!」

「まぁお上手。龍常院グループにも出資しておけばよろしいのに」


 ツンとした態度のままの母親はそんな嫌味を言った。彼女はどっちにしてもマシーン同士の戦いというものが好きではないらしい。特に最近、お気に入りの宝石店が巻き込まれたとか何とかでさらにマシーンを毛嫌いしていた。


「はっはっは! それも考えたんだがね? 龍常院グループの方はあれだ、国が付いてるだろ? それに世界に轟く龍常院、各国の大企業からもかなりの融資を受けているみたいだし、今更私がでしゃばってもねぇ。それに比べて於呂ヶ崎公はほぼ実費でしかも自社グループのみ! ユノとやらの方は放っておいてもお金には困らないだろうけど、こっちはどうかねと思ったんだよ父さんは」

「見返りは少ないんでしょう?」


 綾子の母は目ざとく、細かい。


「ん? まぁそうだな。慈善事業のようなものだが、なぁに。家族の安心の投資だと考えればやすいもんじゃないか! あっはっは!」


 妻の冷めた視線を気づいてか気づいてないのか、綾子の父は得意げに語っては笑っていた。

 綾子も綾子で「この呑気なおやじは……」と呆れ果ててはいたが、同時に父親のことを少しだけ見直してやろうとも思った。


 昔に比べて確かに金遣いは荒いし成金で調子に乗っているのも確かなのだが、父は家族の安心の為と口にした。少なくともこの父親は嘘は言わない。そうであればこの言葉も本心なのだろう。


「それでだな、近々アストレアとユースティアのグッズを売ろうかなと考えてるんだが……」

「好きにしたら? 私は興味ないし」


 しかし、変わったこととすれば妙に商売っ気が出てきたという所だろう。今の所何をやっても成功続きの父は確実に調子に乗っている。それでも増長ではなく、サラリーマン時代の矮小さが何かしらの歯止めとなって、成金趣味を趣味の範囲に押しとどめていた。


「それに、そういう交渉は私じゃなくて自分で直接やってよね」

「いやぁそのことを於呂ヶ崎公にも話したのだが首を縦には振ってくれなくてねぇ……」

「やったの……」


 この父親は変な所で肝が据わっている。

 だがまぁそれもいいだろうとすら綾子は思いはじめた。


「まぁ頑張ってよ」


 綾子はそろそろ板についてきたお嬢様らしくナプキンで口を拭いながら、学園への登校の支度をした。

 玄関前には既に使用人が鞄を用意して待っている。綾子はそれを受け取り、使用人が開けた扉をくぐって、四月の頃よりは妙にアンティークな置物が増えた庭先を抜けていく。


 相変わらず遠くでは復旧作業の工事の音が聞こえてくる。それでもこの高級住宅街はそんなものなど関係がないように如月乃学園の制服を着た生徒が送りの車に乗っていたり、使用人だの取り巻きだのを連れて歩いていた。


 そんな集団の中、一人だけ異彩を放つ少女を見つけた。赤いドレスのようなに制服を雑なパッチワークで修復を施しただけのボロを着た、栗色の髪の少女の下へと綾子は駆け寄り、


「ごきげんよう」

「あら、ごきげんよう」


 その中の誰よりも真に品のある佇まいで、ボロを着た少女、真道美李奈は返事をした。


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