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鋼鉄令嬢アストレア  作者: 甘味亭太丸
三章 オブリージュ乱舞
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四十話 乙女の直情

「毎度、毎度! どうしてあの子は私を差し置いてさっさと出撃するのかしらね!」


 上空八〇〇メートル、高層ビル群ですら小さく見えるほどの空の上、しかし雲は未だ天高くたゆたい、流れていく。

 ≪ユースティア≫を飛行させる麗美はレーダーが捉えた≪ヴァーミリオン≫の反応を視界の端に置きながらも、頭の中は美李奈のことでいっぱいであった。

 頬を膨らませ、ぷりぷりと怒って見せる姿は愛らしいものではあるが、麗美としてはとても真剣であり、重要な案件なのである。


「マシーンの出撃は同時というのがお決まりでしょうに!」


 麗美はブツブツと文句を垂れながらも、もはや慣れた手つきでコクピット周囲のパネルを操作し、武器の管制システムを起動させる。こうすることで内蔵された高性能CPがほぼオートで敵機をロックオンし、麗美は引き金を引くだけでビームを放つことが出来る。

 もちろん、オートでは不可能な細かな調整を手動で行うことも可能だが、それらの作業は麗美の操縦を妨げるという理由で屋敷に住まうメイドたち(オペレーター)からの補助で賄われる。

 そんな≪ユースティア≫のレーダーが再び主に情報を送り込む。モニターに映し出される無数のウィンドゥには『相対距離二十キロメートル』という文章と共にそこを降下する≪ヴァーミリオン≫の映像が拡大されて映し出される。


「んん!」


 狙いを定めるように片目を閉じ、修正されたマーカーが目標を特定する。≪ユースティア≫のようなマシーンにとって二十キロメートルとは殆ど至近距離である。さらに言えば≪ヴァーミリオン≫は迎撃態勢ではない以上、麗美にとってもただ撃ち込めば命中する状況なのである。

 しかし、麗美が指先に力を入れようとした瞬間、無数の青白い閃光が≪ヴァーミリオン≫の下方より『雨』のように打ち上げられる。


「なんですの!?」


  驚愕の表情を浮かべた麗美は、機体を静止させ、再びレーダーを確認する。自機より下方三〇〇メートル、新たな反応が検出されているのが分かった。


「あれは……ウェヌスとか言う」


 拡大映像に捉えられたのは、女神像の如き清らかな姿を模した≪ウェヌス≫であった。壮美なる甲冑をまとい、ドレススカートのような下部ユニットから白銀の粒子を舞い散らせた≪ウェヌス≫はゆっくりと上昇を掛けながら、その全身を発光させ、無数の閃光を放つ。

 それらは鋭い針のように≪ヴァーミリオン≫を貫き、瞬く間のうちに穴を穿つ。

 ふわりふわりと風に舞うかのごとく、階段を駆け巡る姫のような軽やかさで≪ウェヌス≫は≪ユースティア≫と相対する。

 お互いの距離は未だ数十キロメートルを維持しており、静止したままの状態である。


「うっ! 見た目だけは美しい……多少は美を理解したものが作ったようですわね……」


 ≪ウェヌス≫の全体像をはっきりと目の当たりにするのはこれが初めての事なのだが、麗美の目から見ても精密に刻まれた彫刻のような≪ウェヌス≫は非常に美しいものであった。美しき淑女であると同時に剣を携えた戦乙女のようにも見える鎧姿、すべてを慈しむような優しげな女の顔。

 自身の≪ユースティア≫や≪アストレア≫のように女神の名を冠しながらも『男性然』とした機体とは違い、『女』であることを強調した姿は愛と美の女神の名に恥じないものである。


 ≪ウェヌス≫の蒼銀から織りなされる清廉な姿と赤と白で彩られ攻撃的な外見を持つ≪ユースティア≫は対照的な存在であるように見えた。


「志は違えど、同じくヴァーミリオンを駆逐する者。不作法であることを差し引いても、敵……ではないと思いたいのですが……」


 麗美は多少の警戒心を抱きながらも、≪ウェヌス≫に対してコンタクトを取ろうと考える。あれこれとパネルを操作しては通信の周波数などを合わせようとするが、やはり手っ取り早いのは外部スピーカーから呼びかけることだった。


「んん! そこのあなた! ユノとか申す組織のマシーンであることは承知していますが、操る者、名を名乗りなさいな!」


 咳払いの後にビシッと右の人差し指で指す≪ユースティア≫、だが≪ウェヌス≫からの反応は皆無であった。

 ほんのわずかな沈黙が流れると、麗美は再度その声を張り上げ、同じ言葉を紡いだ。しかし、やはりというか反応は帰ってこない。


『お嬢様、周辺に新たな反応です』


 その無意味な時間の中、単調なメイドの通信が入ると、麗美は少し不機嫌な表情を浮かべ、「わかっていますわ!」と短く答える。

 同時に≪ユースティア≫のレーダーが新たな≪ヴァーミリオン≫の反応を捉え、同時に≪ウェヌス≫にも動きがみられる。

 ≪ウェヌス≫は彫刻の如く、各部の稼働率が少ないらしく頭部を上部へと向けることができないようであり、わずかに機体全体が揺れるような仕草を行っていた。

 

 腰に携えたレイピアを抜き、機体各部を発光させるとさらなる上昇をかける。


「あ、お待ちなさい! 私の見せ場を奪おうなどと!」


 先手を取られた麗美は慌てて≪ユースティア≫の背部の翼を大きく広げるのだが、その瞬間、≪ユースティア≫の頭上を一機の戦闘機が通り過ぎてゆく。


「あれは……エイレーンとかいう……まさか!」


 麗美の記憶の中に、自衛隊に配備された新型戦闘機が残っていた。その戦闘機の名前が自分たちの操るマシーンと同じく女神の名を冠されたものであることを思いだす。

 そして同時にその機体を駈る者の名前もまた麗美ははっきりと覚えていた。否、忘れるはずがなかった。


「蓮司さん……お兄様!」


 麗美の叫びに答えるかの如く、≪エイレーン≫は大きく旋回し、その機首を≪ユースティア≫へと向ける。


「……っ!」


 だが、≪エイレーン≫の加速は止まらない。その鋭利な機首を≪ユースティア≫へと突き刺すかのように突っ込んでくる≪エイレーン≫に麗美は思わず身をかがめるようにして、防御の姿勢を取った。

 ≪エイレーン≫は≪ユースティア≫の傍、そのぎりぎりの距離を高速で駆け抜けていく。


「お、お兄様! 何を!」


 麗美はもはや混乱していた。

 蓮司がつれない態度は今に始まったことでもなく、≪ユースティア≫に乗ってからというもの、冷たくあしらわれることが多いのも麗美自身は自覚していた。

 だが、少なくとも今の行動は明らかな敵対行為のようにも感じられる。まるでこちらの動きをけん制するかのような機動は、麗美に少なからずのショックを与えていた。


『聞こえているか、麗美』


 そして久しく聞いていない、婚約者の事務的な声音は麗美の不安をさらに搔き立てるものであった。


「お兄様!」

『今すぐに戦線を退け。君たちは兵器の不法所持並びに器物損壊……いや数えるだけでも馬鹿らしくなる程の罪状をつきたてられてもおかしくない立場にいる』

「な、なにを……!」

『たとえ於呂ヶ崎の令嬢であろうと、法は法、我々ユノは国家より正式な許可をもらい活動をしている。だが、そうではない。善意であるのは認める所だが、その行為を国家が正式に容認しているものではない』

「我々って……お兄様! 先ほどから何を……私たちは犯罪者とでもいうような言葉を!」


 例え、そう例え愛すべき婚約者の言葉でもあってもそれは麗美には認めることなどできないものだ。

 ≪ヴァーミリオン≫に対抗し、人々を守る為には誰かが立たねばならなかった。故に立ったのが自身、於呂ヶ崎麗美であり、真道美李奈なのだ。

 だが、蓮司の口ぶりはそれらの信念すら真っ向から叩き潰す、非情な現実という言葉であった。それに、蓮司の口から漏れだした別の言葉にも麗美は愕然としていた。


「お兄様は自衛隊の人間でございましょう! であるならば、私たちと何度も協力しあってきたではありませんか!」

『俺は今はユノの人間だ! 対ヴァーミリオン迎撃組織、ユノの隊員なのだ!』


 ≪エイレーン≫が再び≪ユースティア≫の頭上を越えていく。


『だがお前は、お前たちはなんだ! 俺から見れば、金持ちの道楽でしかない! 麗美、ここは戦場で、命を落としかねない場所なのだぞ! お前のようなお調子者が、お気楽な気分で出てきていい場所ではない!』


 瞬間、≪エイレーン≫の機首及び上部に搭載されたビームキャノンの砲身へと淡い光が灯る。

空気を振動させる衝撃を伴いながら、二条のビームが≪エイレーン≫から放たれる。


「あぁ!」


 咄嗟に≪ユースティア≫の右腕で機体をかばう麗美だったが、ビームは機体の側面を走り抜け、遥か後方を降下する新たな≪ヴァーミリオン≫を捉えていた。


「敵性反応! まだこんなにも!?」


 気が付かなかったというよりは意識が向かなかったというべきか、麗美は今になって≪ユースティア≫のレーダーが周囲に点在する無数のヴァーミリオンの存在を感知していることに気が付く。

 そんな麗美の状況を察していたかのように、蓮司の怒声が通信越しに少女へと突き刺さる。


『わかっているのなら下がれ、麗美。お前のうかつさではいずれ命を落とすぞ!』

「そ、そのようなことは……!」


 戸惑いと狼狽の中で麗美は愛すべき青年からの言葉が間違っているものには聞こえなかった。動揺する状況の中で麗美は敵の反応に気が付くことすらなかった。

それは、突然蓮司が自分に対して敵意のような感情を向けてきたからという言い訳もあるのだが、それを口にすることは麗美にはできなかったし、蓮司の指摘がそのまま当てはまる状況であったことも、麗美が反論を行うことのできない理由の一つでもあった。


蓮司が操る≪エイレーン≫はそのまま、≪ユースティア≫を振り切るように再びの加速、音速を容易に超え、衝撃波を発生させながら新たに降下する≪ヴァーミリオン≫へと向かってゆく。


「わ、私は……私は道楽などでは……!」


 揺れる心情を抑え込むように、麗美はアームレバーを握り直す。僅かに掌に汗の感触が伝わる。それに妙に肩へと力が入っているようにも感じられたが、それを違和感と捉えることに麗美は少々の時間を要した。

 レーダーに感知される≪ヴァーミリオン≫の反応は大量である。同時にそれらは広域に展開しているようにも見て取れた。


「くっ……オペレーター! 状況のデータ更新を急ぎなさい! 手短な敵を片付けます!」


 そんな迷いを振り払うように、麗美は己に発破をかけるようにモニターを注視する。

 新たに捉えた機影は翼を持った≪高機動タイプ≫であった。で、あるならばこの≪ユースティア≫の獲物である。


「お兄様のわからずや! 私は、於呂ヶ崎の女なのですよ! 上に立つ者が下々を見捨てるなどということ、できるわけがないでしょうに!」


 それは、初めて口にする、蓮司に対する怒りだったのかもしれない。

 於呂ヶ崎麗美という少女は、そういう意味においては芯の強い少女である。故に、へこたれたままでいられる程、お淑やかではないのだ。


「こうなったら見せつけてあげますわ! オペレーター! フルサポート、フォルトゥーナドライブ最大出力でいきますわよ!」

『了解いたしました』


 地のない空中で地団駄を踏むような動作を繰り返したのち、≪ユースティア≫の翼は大きく広がり、その身を一瞬にしてマッハの世界へといざなう。

 紅き閃光と化した≪ユースティア≫は両腕の刀身を伸ばし、同じく真紅の姿をした悪魔たちへと狙いを定めた鷲の如く迫る。


「ジャッジメントクロスソード! トルネード!」


 真紅の閃光は一瞬にして竜巻と化し、≪ヴァーミリオン≫の群れへと突撃していく。

 それは麗美という少女の信念を現すかのように愚直なまでに真っすぐな一撃であった。




***





 甘ったるい香水の匂いが漂うコクピットの中で村瀬真尋は香水を少し多めに振りすぎたことを後悔していた。

≪ウェヌス≫のコクピットは比較的快適な環境を用意されているのだが、長時間の搭乗ともなれば熱はこもるし、戦いという場の緊張感は嫌でも汗を流し、臭いが気になる。


 真尋としてはそれが嫌なので時折香水を振りまくのだが、やはりなれない新品を使うのは考えようだった。


「この香水はダメだね。売りもんにはならないかも」


 確認するように手首に振りつけた香水の香りをもう一度かいでみるがやはり真尋の趣味には合わない香りだった。


「老舗たって名前だけじゃねぇ……にしても」


 空中を浮遊するように悠々と進む≪ウェヌス≫はレイピアを手にしたまま、各部からのレーザーを照射、範囲内の≪ヴァーミリオン≫の迎撃に専念していたが、当のパイロットである真尋は足を組み、先ほどのように次の香水の値踏みをしている状態であった。


「さっきのはちょっと冷たいんじゃないですかぁ?」


 二機の≪ヴァーミリオン≫が火球となって爆発したことをモニターの端でとらえながら、真尋は自身の僚機を務める≪エイレーン≫のパイロット、蓮司へと嫌味をこめた通信を送っていた。

 蓮司の駆る≪エイレーン≫はもくもくと降下を続ける≪ヴァーミリオン≫の迎撃に専念しており、せわしなく機動を続ける様は猛禽類の如きであったが、真尋はそんな生真面目な姿をつまらなそうに眺めては、レーザー照射の手順を繰り返すだけであった。


『レーザー照射が疎かです。ウェヌスの性能であれば瞬く間の殲滅が可能だと思われますが』


 一方で蓮司の返答がどこまでも真面目なもので、必要以上のことを語ることはなかった。


「余力を残すのも戦法、戦術って奴ですよ。今回のヴァーミリオンの襲来は過去に比べて大量ですよ? それまでは主力は温存するのが筋でしょ?」


 真尋は座席横に備え付けられたボトルホルダーからミネラルウォーターを取り出してそれをあおる。


「何事も全力でってのはそりゃかっこいいですけど、時には余裕を持った行動じゃないと倒れちゃいますよ。それに、そんなに早く倒すのなら可愛い婚約者さんと共同すればいいじゃないですか」

『それは出来ません。あの子は……彼女は正規に戦いを担うものではありませんから』

「それ言うと、私はあの人より年下なんですけどねぇ」


 真尋の言葉に蓮司は遂に返答を返すことはなかった。

 通信回線は開いたままだが、任務に集中するというように、≪エイレーン≫の攻撃は苛烈さを増して行く。

 真尋はそれを含み笑いの表情で眺めては「凄い、凄い」と小さな拍手をして観戦していた。


「ま、けど正直麗美って人、うるさいからいてもらっちゃ邪魔なんだよねぇ。ちょこまかと動かれたらウェヌスのレーザーに引っ掛かるだろうし……」


 また一機の≪ヴァーミリオン≫を撃破したことを確認した真尋は、くつろぐように座席を軽く倒し、地上にいるであろう友軍の様子を探った。


「あー、派手にやってるなぁあの侍バカも」


 ユノの所有する衛星からのデータリンク映像がモニター右に映し出されると、そこには赤銅の戦士、≪マーウォルス≫が闘牛の如き勢いで既に降り立っていた≪ヴァーミリオン≫を切り結んでいる姿が映し出された。


「あまり壊して欲しくないんだよねぇ、復興費用出すの大変なんだからさぁ」


 周囲を気にせずに戦闘をつづける≪マーウォルス≫の映像をスライドするように指でなぞった真尋の前に今度は≪アストレア≫の姿も映し出される。距離としては≪マーウォルス≫の近くで戦っているようだが、こちらは≪マーウォルス≫と違い、多少周囲に気を配った戦いをしているようだった。


「それに比べてこっちは真面目だなぁ。ま、どうでもいいけど」


 一瞬にして興味が失せた真尋はさっさと映像を切り、退屈そうにモニターを眺めていた。レーダーは新たな敵機の反応を捉えていたが、真尋はあくびをかみ殺しながら、アームレバーを握りしめる。


「さてと、そろそろお小遣い分は働かないとねぇ」


 アームレバーを押し込むと同時に≪ウェヌス≫の両目に光が宿る。同時に駆動音は女流オペラ歌手のようにビブラートを利かせた甲高い音を響かせ、銀色の粒子が周知にまき散らされていく。

 そして、そのコクピットの中で真尋はニッと口角を歪ませて、ペロッと上唇を湿らせた。


「地球防衛は我らがユノにお任せってね!」




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