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鋼鉄令嬢アストレア  作者: 甘味亭太丸
二章 可憐! ダンシング・オブ・マシーン!
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三十七話 乙女の撃鉄

 暑い夏が終わったとしても残暑というものは強いらしく日差しもあり風は相変わらず生ぬるい。これが夜にもなれば多少は楽になるのだが、それでもクーラーやエアコンを稼働し続ける場所も多い。

 それほどまでに最近の気温は暑苦しく過ごしにくい環境であった。


だが、蒼天が広がる大都会は大勢の人間で賑わう場所であり、巨大な高層ビルや高級マンションの真下を多くに人々が強い日差しの下で汗を流しながら走り回り、快適なオフィスの中では涼しい風に当たりながら作業を続けるものたちもいる。

周辺に立ち並ぶ飲食店も上流階級を相手にするような敷居の高い店が多く、単なる飲食店であれ、カフェであれ少々お高く留まったような雰囲気が広がっている。


だが、今は違う。


乱雑に埋め込まれた木々のごとく立ち並ぶビル群のいくつかは脆くも崩れ去り、巨大な残骸が煙と炎を上げ、轟音と共に地面へと落ちてゆく。

直後、その崩れたビルに巨大な影が弾き飛ばされていく。

鳥のような兜をかぶり、二対の翼を持つ機体≪ユースティア≫であった。


「な、ぬ!?」


 ≪ユースティア≫のコクピットの中で於呂ヶ崎麗美は素っ頓狂な声を上げながら、崩れた機体の態勢を整え、空へと上昇する。

 瞬間、無数の青白い閃光が飛来し、≪ユースティア≫はそれを回避しなければならなかった。


「問答無用とは一体どういう了見かしらね!」


 怒鳴り声をあげながらも麗美はせわしなく視界を動かし、モニターに映りこむレーザー反応を注視した。同時にアームレバーはしっちゃかめっちゃかに稼働させられ、本来であれば精悍な顔つきである≪ユースティア≫はどこか慌てた表情を浮かべているような仕草で青い閃光を回避していく。


 一見すれば間抜けな姿で、それでもレーザーを回避できているのだが、それが≪ユースティア≫の持つスペックなのか麗美の操縦センスが覚醒したのかはわからない。


 一方そんな≪ユースティア≫めがけて無数のレーザーを放つのは蒼銀の女神像である≪ウェヌス≫であった。

 甲冑を身にまとった女神像が如き≪ウェヌス≫は同時にドレスを着た淑女のようにもみえ、下半身を構成するスカートのように広がった推進機関からは銀色の粒子がまき散らされ、軽やかなダンスのようにふわり、ゆらりと空中を飛ぶ。

 両の掌や各部から放たれるレーザーは網目のように展開し、空中を縦横無尽に飛び回る≪ユースティア≫を捉えようとする。


「ちょこちょこと! そーいうのって嫌いだよ!」


 ≪ウェヌス≫に乗りこむ村瀬真尋は幼さの残る美しい顔を歪めながら澱んだ視線を≪ユースティア≫へと向けていた。

 大都会の上空八〇〇メートルの位置で二体の巨人が壮大な空中戦が繰り広げられる。


 レーザーを回避し、上空で逆さまの状態になった≪ユースティア≫は、その態勢のまま背部のビームキャノンを放つ。ビリビリと大気を焼き轟音と共に放たれる二条に閃光は間違いなく≪ウェヌス≫へと命中する。

空中を『浮遊』する≪ウェヌス≫は空中機動に置いては≪ユ―スティア≫には遠く及ばない。故に回避行動を取ることができずにビームの直撃を受けるのだが、≪ウェヌス≫のボディには一切の傷が見受けられない。


「あぁもう!」


 相変わらず執拗に放たれるレーザーを、機体を上昇させて回避した麗美は再びビームキャノンを撃ちだす。やはりビームは≪ウェヌス≫へと直撃するが、その瞬間に≪ウェヌス≫の蒼銀の鎧の各部が発光し、ビームが破裂するように霧散する。


「バリアー!?」


 驚愕する麗美に返すように真尋が無邪気な笑い声が通信越しに響く。


「アハハハハハ! ウェヌスはあんたらみたいなでくの坊じゃないんだよ。攻守は完璧なんだからね!」


 再び≪ウェヌス≫から無数のレーザーが放たれる。

 ≪ユースティア≫はそれを難なく回避して見せるが、そのうちのいくつかが眼下に広がる街へと流れていく。

レーザーは建物を貫通し、アスファルトの地面を穿つ。それは一つだけではなく無数に発生し、新たな廃墟を作りだしていた。


「なんてことを……あぅっ!」


 黒煙を上げる街へと意識を向けていた麗美は直後に衝撃を感じる。モニターにはレーザーの直撃を警告する文章が並べられていた。

 一度直撃を受ければそれだけで態勢が崩され、無数に降り注ぐレーザーが殺到する。

群がるレーザー群の中に消えてゆく≪ユースティア≫を眺めながら、真尋は高らかに笑いをあげた。


「あっはっはっは! そっちが避けるからでしょ! 大人しく言うことを聞いてればさ!」


 ≪ウェヌス≫は下方で崩れる建物など気にした様子もなくいまだにレーザーを放っていた。

 そしてレーザーの照射が終了すると、黒煙のただなかから各部にわずかな損傷が見られる≪ユースティア≫が空中で静止していた。

 機体の瞳は光を失い、四肢は力なくうなだれていた。それでも背中の翼は稼働している為に落下することはない。


「ふぅん、器用なこともできるんだね。まぁけど……それならそれでこっちもやりやすいんだけどね!」


 コクピットの中、真尋は軽く唇を舐める。それでも乾いた唇は潤わず、嫌な感触が残っていた。それでも、真尋は口角を捻じ曲げるように笑みを浮かべ、ゆっくりと≪ウェヌス≫を降下させていく。

 腰に携えたレイピアを引き抜き、その切っ先を制止する≪ユースティア≫へと向ける。


「物騒な腕と背中は切り取らせてもらうよ。暴れられたら面倒だからね」


 ≪ウェヌス≫はレイピアを逆さに持ち直し、振り上げる、そして……



***



 大都会の上空で≪ユースティア≫と≪ウェヌス≫による空戦が行われている頃、時を同じくしてビル群のど真ん中では鋼鉄の巨人同士の激突が大地を震わせていた。

 巨人の名は青きオブリージュ≪アストレア≫と赤銅の剣闘士≪マーウォルス≫だ。

 二体の巨人は己の得物を構え、何十回と続けられた斬り合いの最中であった。

 ≪アストレア≫は二つの黄金の斧を構え、≪マーウォルス≫は赤熱化した二振りの剣を構える。


 巨人たちの周囲にはものいわぬ骸と化した≪ヴァーミリオン≫の残骸が転がっており、戦闘の余波に巻き込まれたものは踏み潰されたり、衝撃波を受けてさらに周囲へと散乱していく。

 それほどまでに二体の巨人の戦闘は苛烈を極めていたのだ。


「太刀筋に迷いがないのは恐ろしいことね、セバスチャン」

『はい、猪武者の恐ろしい所でしょう』


 流れ出る言葉には余裕が感じられているが、アームレバーを握りしめる美李奈の顔には汗が浮き出ており、パネルを操作する執事の両腕は激しい伴奏を繰り広げるピアニストのように止まることがなかった。

 一方の≪マーウォルス≫でもパイロットである鎧武者は仮面の下にあふれる汗が口の中に入ってしまい、舌打ちをしていた。


「えぇい、不潔な!」


 吐き出すわけにもいかず、かといってためおくわけにもいかずに飲み込むしかないのだが、鎧武者はそれが一番嫌いである。

 それにいらだちの種はそれだけではない。自分の剣を受けてこう粘る相手に対しての苛立ちが加速度的に増加していくのだ。


「私の剣を受けて倒れぬなどとはぁ!」


狭いコクピットの中で身を乗り出すように勢いをつけた鎧武者に呼応するように≪マーウォルス≫も各部から轟音を響かせながらその強靭な脚を踏み込む。

 一歩進むたびに地面が陥没し、周囲へとその衝撃が伝わるとビル群のガラスまでもが粉砕される。

その砲弾のような勢いはそのまま剣にも乗り、大気を斬り裂く。


「勢いに任せた速さだけでは!」


対する≪アストレア≫は二つの斧を斜めに反らしながら振り下ろされる剣を受け止める。

ドンッ! と轟音と共に≪アストレア≫の巨脚がわずかに地面へと沈む。その衝撃は堅く守られているはずのコクピットにまで響き渡り、美李奈と執事は襲い来る衝撃に歯を食いしばる状態で耐えなければならなかった。


「うぅぅぅ!」

『パワー負けしています!』

「力任せの剣など!」


押し込まれようとする≪アストレア≫であったが、その巨体は決して膝をつこうとはしなかった。

一方の≪マーウオォルス≫は好機だと感じたのか、勢いはそのままさらに深く剣を振り降ろそうと握りしめる刀身に体を乗せるようにパワーを上げていく。

斧と剣、その刃同士から火花が散る。同時に乱暴なパワーに押しつぶされそうになる≪アストレア≫の中で、美李奈はわずかに口角を上げる。


「言ったはずですわ。力任せの剣などと!」


 二本の大剣を受け止めていた≪アストレア≫は、己が握る斧をさらに斜めに構える。その瞬間、力任せに押し込もうとしていた≪マーウォルス≫の剣はその力のまま『斧から滑り落ちる』のであった。

 ≪アストレア≫は受け止めていた斧を反らすことで≪マーウォルス≫の刃先をずらしたのである。


 一瞬でも躊躇すれば機体は真っ二つに斬り裂かれていたかもしれない。だが、美李奈は恐れることなく、≪アストレア≫を前進させた。

 滑り落ちていく≪マーウォルス≫の剣を斧で押しのけながら、青い巨体はただただ真っすぐに突き進み、その頭部を赤銅の機体の頭部へとぶつける。いわゆる頭突きであった。


 態勢が崩れていたこともあってか、頭突きをまともに受けてしまった≪マーウォルス≫はそのままもんどりをうつようにして倒れていく。

 巨体が地に伏し、地響きがビル群を揺らす。


「おのれぇ!」


 鎧武者はくぐもった怒声を叫びながら、≪マーウォルス≫の背部スラスターを点火、緊急離脱を図ろうとするが、遅い。

 既に≪アストレア≫の両腕が自身の両腕を掴んでいたのだから。だが、≪マーウォルス≫は構わずに、そのままの状態でスラスターを点火、もろとも≪アストレア≫を引きずるようにして飛ぶ。


「大人しく、なさい!」


 美李奈もまた引きずられていくことなど構わずに≪アストレア≫の両拳を振動させる。金属同士が削れあうような耳障りな害音が響く。

 同時に火花が散り、拳の振動と無理な態勢で点火されたスラスターの勢いとが混ざり合い、二体の巨人にすさまじい衝撃は降りかかる。


『美李奈様! このままではこちらにもダメージがぁ!』

「承知の上です! ですが、こうでもしないとこの子は止まらないでしょう!」


ガクガクと強大な振動がコクピットにまで伝わり、既に衝撃吸収の機能のキャパを超えた衝撃が二人を襲う。

それは鎧武者の方も同じであり、無骨な仮面の下で、冷や汗を流していた。必死に操縦を行うも操縦桿は言うことを聞かず、振動の中では他の操作もままならない。


「ふざけるな! この私が不覚を取るなどと!」


 それは意地だったかもしれない。体を砕かんとする衝撃の中で、鎧武者は仮面の下の表情を歪ませる。それは獰猛な獣のようにもみえ、それに呼応するように≪マーウォルス≫の双眸も赤く光りを灯す。

 瞬間、≪マーウォルス≫の膝蹴りが≪アストレア≫の胸部へと突き刺さる。金属同士のぶつかり合う轟音と共に衝撃波が巻き起こる。


「あぁぁ!」

『ぐおぉぉぉ!』


 二度、三度と≪マーウォルス≫の大砲のような膝蹴りが≪アストレア≫の機体を揺るがす。大質量の攻撃はそれだけですさまじい衝撃を起こし、コクピットの中の美李奈たちへのダメージとなる。

 そして四度目の膝蹴りが放たれた時、≪アストレア≫はついに両手を離してしまい、今度は自身が蹴り飛ばされる形となってしまった。


「そう簡単に、倒れてなるものですか!」


 僅かに宙に浮く≪アストレア≫の巨体は、その瞬間にも全身のスラスターを点火、一瞬だけ糸がもつれた操り人形のような不格好な態勢に崩れてしまうものの、二十メートル程後退をかけた≪アストレア≫は仰向けに倒れることもなく、なんとか姿勢を正すことができた。


 それは≪マーウォルス≫の方も同じであり、仰向けの態勢からゆらりと立ち上がる。その両腕には超振動によって生じた破損が見受けられるがしっかりと握られた剣を見るに、大した損傷ではないようである。

 だが、コクピットの鎧武者はそうはいかない。鎧武者はモニターに表示される機体の損傷を確認すると、鎧に包まれた体を震わせた。


「よくも……よくもあの人から頂いた私の剣を! よくも!」


 両の剣を大きく振り回しながら、≪マーウォルス≫が吠える。それは、動力炉が最大稼働している証拠でもあれば、パイロットである鎧武者の雄叫びでもあり、それらは気迫となって現れていた。

 ≪アストレア≫の堅牢な装甲に包まれている美李奈たちにもその暴力的な気迫はびりびりと伝わる程であった。


『敵、出力の増加を確認。ケタ違いのパワーです』

「そのようね、ですがそれだけです」


 執事の言葉に美李奈は乱れた髪をかき揚げながら答える。


「アストレアのあの機体、差はそこまでないと見た。パワーはあちらが上であろうと、ただ一方の性能差だけで勝敗が決まる程、戦いは単純ではなくてよ」

『フッ……左様で』


 執事もまた主のその意見に同意していた。

 今までの≪ヴァーミリオン≫たちとの戦いも常にそうであった。彼らの中には≪アストレア≫よりもパワーもスピードも上回るものたちがいた。

 唯一の不覚を取った≪巨大ヴァーミリオン≫という汚点はあれど、≪アストレア≫は様々な敵と戦ってきた。

 その経験があるからこそ、美李奈も執事も断言できるのだ。


「大した相手ではありませんわ!」

『いつぞやのローラー型の方がもっと強敵でございましたな!』


 ≪アストレア≫は一気に加速をかけて斧を振るう。

 そして、対する≪マーウォルス≫もまた、剣を構えてそれに応じる。すさまじい怒りをまき散らしながら。


「私を見下すかぁ! 地に落ちたものの分際でぇ!」


 そして、青と赤の巨人が衝突する。

 


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