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鋼鉄令嬢アストレア  作者: 甘味亭太丸
二章 可憐! ダンシング・オブ・マシーン!
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二十九話 乙女の天上

 立ち込める暗雲の更に上、青く広がる空と輝く太陽という絶好の光景の中をユースティアは悠然と飛んでいた。

 そしてレーダーが敵を捉える。距離は一〇キロメートル程、ユースティアの速度なら一瞬で辿り着く距離である。


「あれか……」


 麗美はコクピット内のモニターに拡大された画像に目を通す。

 送られてきた画像に写るヴァーミリオンは何とも奇怪な形をしていた。例えるならばコマというべきか、下向きの巨大な三角錐のてっぺんにいつも見る通常型のヴァーミリオンの上半身がぽつんとつけられているそんな気の抜けるような姿なのだ。

 しかし、問題はその大きさなのである。上半身を構成するヴァーミリオンは今までに麗美たちが倒してきた通常型となんら変わらないのだが、下半身を構成する三角錐の部分はかなり巨大であり、それだけでゆうに一〇〇メートルは超えていた。


「あのヴァーミリオンが嵐を起こしている?」


 麗美を困惑させたのはその巨体だけではない。

 ヴァーミリオンはただその場で留まっているが、三角錐の下半身がゆっくりと回転していたのだ。さらに、その回転と同時に三角錐からは青白い電流が走っており、それは下で立ち込める暗雲へと流れているように見えた。

 原理は不明だがどうやら予想は間違ってはいないようであった。


「フッ……なるほど。つまり私のバカンスを台無しにした張本人ということですわね!」


 ふつふつとした怒りはなぜか麗美の表情に笑みをもたらしていた。

 だが、その目は笑って等おらず、ゆがませた口元は怒りで震えていた。


「絶対に許しませんわ!」


 麗美は怒鳴りながらアームレバーを押しだす。

 瞬間、ユースティアの翼型のスラスターから粒子が巻き上がり、機体を加速させる。

 同時にヴァーミリオンの方にも動きがあった。三角錐の側面から次々とレーザーが放たれる。その数は膨大であり一瞬にして三十もの数がユースティアへと殺到した。


「遅い、遅いですわ!」


 だが、いくら数で圧倒しようにもユースティアを捉えることなど不可能であった。ユースティアは軽々とレーザーの合間を潜り抜け、速度を緩めることもなく一瞬にしてヴァーミリオンとの距離を詰める。

 逆三角錐という形であるヴァーミリオンの下半身部分は一〇〇メートルと言う巨体のせいか、赤く広がる大地のように見え、その中央にぽつんと通常型の上半身があった。

 ユースティアはヴァーミリオンの下半身に「上陸」する形となり、両肩のビームキャノンを起動させると、一直線に上半身へと狙いを定める。


「ホホホ! 砕けなさい!」


 放たれたビームは難なくヴァーミリオンの上半身を貫き、一瞬の後に爆発を起こす。


「……ッ! まだ動く!」


 確かにヴァーミリオンの上半身は破壊出来たが、「本体」である三角錐の部分は依然として健在であり、回転を続けていた。

 さらに赤い平面の大地が青白く輝く。それは側面から放たれるレーザーと同じ現象であった。


「こんのぉ!」


 突き上げられるように放たれる無数のレーザーすらもユースティアは回避してみせるが、はりねずみの如く全身からレーザーを放つこのヴァーミリオンは厄介な敵であると認識するしかない。

 ユースティアは回避行動を取りながらも両肩のビームキャノンを斉射していた。二条のビームは無数に放たれるレーザーの影響を受け、威力を減衰させながらもヴァーミリオンの赤い装甲を穿つ。ダメージは通るようであった。


「この大きさが厄介と見るべきですわね……」


 直撃コースに乗ったレーザーを両腕の剣で切り払いながらひとまず後退をかける。

 ゴウゴウと異音を立てながら回転を続けるヴァーミリオンには形容しがたい不気味さがあった。今までのヴァーミリオンは異形とは言えその形状のどこかに人型の存在があった。

 だがこのヴァーミリオンにはそれがない。先ほどまで存在していた上半身ですら、この巨体にとってみれば取るに足らない末端部分のよう見えてしまい、むしろこの逆向きの三角錐のみという形こそがこのヴァーミリオンの本来の状態なのではないかと思う程である。


「どちらにせよ、倒すべき相手であることは間違いないということですわね!」


 敵が巨体であり、不気味であっても麗美はひるまなかった。なぜなら敵には攻撃が通用するのだから。

 麗美はトリガーを引きながらユースティアの機体を上下左右に振った。レーザーを巧みによけながらの反撃である。麗美はこのような事が出来るようになっていたのだ。

 放たれたビームは間違いなくヴァーミリオンに直撃し、効果を認めるのだが、いかんせんその巨体ゆえにダメージがダメージとなっているのかは分からなかった。

 それに、レーザーによる反撃も鋭さを増しているようにも感じられる。


「思った以上に厄介ですわね!」


 切り込もうにも雨のように降り注ぐレーザーがあっては接近する事もままならない。このように距離を取れば回避するのも容易な緩慢な攻撃であるのだが、無尽蔵とも思えるレーザー攻撃は一向に止む気配は見られないし、近づきすぎてはレーザーの直撃を受けてしまう。

 ユースティアの射撃武装はビームキャノンのみと少ない。それだけでも必殺の威力がある武装なのだが、光学兵器同士の干渉の影響をもろに受けてしまい本来の威力が出せないでいる。


「んんー!」


 攻めあぐねて、小さな唸り声を挙げてしまうのも無理はなかった。

 

『お嬢様、ご報告したいことが』

「手短にお願いしますわ!」


 さらにここで麗美を焦らせる報告が届いてしまう。

 麗美は突然の通信に驚いてしまい危うくレーザーの直撃を受けてしまうところであった。


『アストレアと美李奈様が戦闘に入りました』


 この時のメイドの報告はいつもの淡々とした口調ではなくどこか焦りがあった。それは珍しいことであり、麗美ですら気が付いてしまう程に声音と表情が違った。

 そのような時ですらしっかりとした口調で手短に報告が出来るのが於呂ヶ崎のメイドのよいところである。


『ですが、アストレアは大破、現在では通信も繋がりません』

「なっ!」


 一瞬、麗美は自分の耳を疑った。

 しかし、レーザーの一つがユースティアの右肩に被弾した音が響くと耳は正常であることがすぐに分かる。


「えぇい!」


 麗美は揺れる機体を制御しながら、降り注ぐレーザーを回避、お返しのビームを二発放ちながら、メイドへと怒鳴り返していた。


「どういうことですの!」

『わ、わかりません! アストレアが巨大ヴァーミリオンと戦闘に入ったところまではモニターできていたのですが……!』

「くっ……手をこまねいている場合ではないということですわね!」


 於呂ヶ崎のスタッフは優秀である。そんなスタッフが「わからない」と答える以上それは想定外の事態が起きたという事であろう。

 ともすれば、美李奈が不覚を取ったなどという状況は麗美ですら予想出来なかったことだ。今でも何かの間違いではないかと思ってすらいる。

 だが、メイドの報告のありようは嘘ではない。

 で、あれば事実なのだろう。それが麗美に焦りを生じさせる。


「こんな奴を相手にしている暇は……!」


 麗美は両腕を広げ、機体を駒のように回転させる。黄金の竜巻と化したユースティアは暴風音を上げ、弾丸の如くヴァーミリオンへと突撃を敢行する。麗美は一気に勝負に出たのだ。

 だが、そんな予備動作の大きい技は、緩慢なヴァーミリオンであっても対応できるようなものである。ヴァーミリオンはダメージを負っているとはいえ、その機能はいまだ十全に使えるのだから。

 マッハを容易に超えたユースティアは周囲に衝撃波と真空波を巻き起こしながら、黄金の刀身で切りかかろうとするのだが、ヴァーミリオンは全てのレーザーをユースティアに集中砲火を行う。

 その数は三十所ではない。五十、八十、もはや百は超えていよう。膨大な量のレーザーが黄金の竜巻へと撃ちこまれていく。

 最初の数秒間、レーザーは巻き起こる衝撃波と真空波によって弾かれていくが、無数の連続照射と回避行動を取ることができないユースティアという状況はヴァーミリオンに味方をした。

 ユースティアがヴァーミリオンとの距離を半分にまで縮めた瞬間、ユースティアはレーザー照射の前に吹き飛ばされてしまう。


「きゃあぁぁぁ!」


 激しく揺れるコクピットの中で麗美が悲鳴を上げる。機体は無事なようだが、吹き飛ばされた衝撃はすさまじく姿勢制御に数秒をかけてしまった。

 光学兵器の前に数秒という隙は大きなものとなる。

 わっとレーザーが浴びせられる。巨体の割には威力が低いレーザーは直撃を受けてもユースティアの装甲を貫くことができずにわずかに表面を焦がすだけだ。

 しかしその程度であっても数百のレーザーを何十秒も照射されればそれは大きなダメージとなる。


「うぅぅぅ!」


 麗美は奥歯をかみしめ、アームレバーを引く。瞬間、ユースティアの機体が一気に下降し、レーザー照射から逃れる。

 急激な加速により、ドッと体がシートから飛び出しそうになるのをシートベルトが防ぐ。腹と肋骨にベルトが食い込み、骨が折れるのを特注のパイロットスーツが防ぐが、それでも締め付けられる痛みは緩和出来ない。それほどまでに強烈な加速なのだ。

 半ば落下する形でレーザーを脱したユースティアはここにきてやっと姿勢を制御できた。

 だいぶ下に降りてきてしまったらしく、前方にはヴァーミリオンの最下部、三角錐の先が見える。いまだに青白い電流が暗雲を操作するように走っていた。


「手をこまねいている場合ではないというのに!」


 唇をかみしめる麗美。

 だが、彼女は再び迫りくるレーザーの雨を回避するべく動かなければならなかった。


「前々から思っていたことですが!」


 粘着質とでもいうのか、ヴァーミリオンのレーザーは高機動で飛び回るユースティアを捕捉出来ないながらも広範囲に照射することで確実にその動きを制限していた。


「意地の悪い相手だこと!」


 対するユースティアは大技を決めることができずに、回避と細々とした反撃を仕掛けることしかできない。通常通りに動いていればまず当たることのないレーザー攻撃であるが、いかんせん数が多く、そしてパイロットである麗美の疲労、美李奈への不安が焦りと隙を生み出す。


「道を開けなさい! 無礼者めが!」


 その勇ましい言葉であっても、目の前の巨大な物体を揺るがすことは敵わなかった。

 そして、麗美はコクピット内のアラートがけたたましく警報音をかき鳴らす瞬間、目の前に光を感じた。

 その光は、視界全てを包み込むものであり、全てを覆いつくすものであり、それは……全てを砕く光であった。

 ガガッと機体が振動する中、麗美は悲鳴を上げたのだろうが、それは光の奔流と轟音によってかき消されていた。


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