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鋼鉄令嬢アストレア  作者: 甘味亭太丸
二章 可憐! ダンシング・オブ・マシーン!
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二十六話 乙女の波打ち際

 相変わらずの曇天であっても海水浴場は避暑地を求める人々で賑わうもので、美李奈たちは各々のグループを作りながらもそれなりに楽しんでいた。

 特に運動好きな朋子は和宏と弘を連れて遠泳で競争などとはしゃぎながら少年二人を引っ張っていた。


「それー! 泳げ泳げ! 溺れても助けてやるから安心しろー!」

「きゃははは!」


 朋子はそう言いながら少年二人のペースに合わせて、彼らの後ろを泳いでいた。

 弘はきゃっきゃと喜んで見事な泳ぎを見せるのだが、問題は和宏の方であり、あっぷあっぷとどうみても溺れかけている。

 それでも何とか息継ぎは出来ているようで、泳ぎ方もまるでなってはいないがなんとか浮かんで、ゆっくりとだが前には進めているようであった。


「うっ! くはっ!」

「ほれどうした? おねーさんがおぶって上げようか?」


 それでも海水を飲み込んでしまいわずかに体が沈みかけた和宏を朋子は背後からスッと近寄って、脇を抱えてやる。


「い、いい! 泳ぐよ!」


 むせて咳込むのを無理矢理押さえていたのか嗚咽混じりの声を出しながら和宏は強がって見せた。

 朋子はそんな和宏の態度に、ニヤッとイタズラっぽい笑みを浮かべてパッと抱えていた脇を放す。


「よーく言った! 男なら最後まで泳いでみせなさい!」


 そしてバシッと背中を叩くのだが、そのせいでまた和宏が溺れかけてしまう。


「あー! カズが沈んでくー!」


 一連の光景をけたけたと笑いながら見ていた弘が叫ぶ。

ぶくぶくと泡を残して和宏の細い体は海の中へと落ちていく。


「あ、やべ!」


 朋子は慌てて海の中へと潜り込み、沈んでいく和宏を回収する。

 海面に出ると和宏はパッと目を覚まして、今度はむせかえった息を止めることが出来ずに咳込んでいた。


「だ、大丈夫だから!」


 そしてまた、強がりを言った。


***


 そんな光景をハラハラとしながら眺めているのは綾子であった。運動神経の良い朋子がいるので安心は安心なのだが、弟がなにか粗相をしていないかと不安になる。


「ちょっとー! 弘ー! 迷惑かけてんじゃないでしょうねー!」


 そう叫んだところでかなり遠くまで泳いで行ってしまった弟の耳には届きはしない。帰ってくるのはがやがやとした他の客たちの音である。


「まぁまぁ、男の子ですしあれぐらい元気なのが良いですわ」


 立てる必要のなかったパラソルの下、シートを引いてシャクシャクとかき氷をかき混ぜながら静香はのんびりとしている。

 足首がわずかに塗れており、その周りにだけ砂が付いているのは、彼女が海水に足を浸からせて数メートル程歩いただけで「暑いので氷を食べましょう」などと言っていたからだ。


「そりゃそうなんだけどさぁ……あ、もう! こら弘! 胸触ろうとするなー!」


 その声だけは届いたのか小さな点のようにしか見えないはずの弘らしき影がびくっと動く。

 そして朋子らしき影に頭を押さえられ海の中に沈められているのが見えた。


「まったく色気づいて……」


 ぷりぷりと頬を膨らませて不承の弟の愚行とその末路を眺める。

 その後ろでは相変わらず静香が一足早いスィーツを堪能していた。


「そんで我らが真道さんはと……」


 乱雑な人の群れの中、いくら目立つ格好をしているとは言え、見つけるのはなかなかに難しい。


「あー……」


 はずなのだが、綾子はすぐに美李奈とその執事を発見する。

 二人は波打ち際周辺にしゃがんでおり何やら騒がしくしていた。


「ワカメ! ワカメよ!」

「美李奈様! それは食用ではないかと!」

「いいえ、どこかの地方では茹でて食べているのを聞いたことがありますわ! 今夜の食事に使ってもらいなさい!」


 そのはしゃぎ様は潮干狩りで貝殻がたくさん取れたと喜ぶ子どものようであった。ただ問題なのは、それが潮干狩りではなく海辺でよく見られる流れ着いた海藻の残骸をかき集めていて、それをスクール水着を着た女子高生のお嬢様がやっているということなのだ。

 はっきりと言えばかなりシュールである。


「ハッ! あ、アサオです美李奈様!」


 そして真面目そうな執事もまた一緒になって海藻集めにいそしんでいた。いつの間にか用意していたバケツには名前もよく分からない海藻類がぎっしりと詰め込まれていたのだが、あまり見たいものではなかった。


「茹でても食べられるのかしら」


 執事の拾い上げた薄緑の海藻を受取り、それを空にかざすように眺める美李奈。

 しばらく考えた後に「まぁ何とかなるでしょう」と言いながらそのまま執事の持つバケツへとその海藻を投げ入れる。


「いやいや、あなたの茹でるって行為に対する信頼感はなんなのさ」


 たまらず突っ込んでしまった綾子だが、思えばこの美李奈という少女と始めてであった時も大根を茹でることを妙に熱く語っていたことをもう一度思い出していた。

 もちろんこのツッコミが美李奈に届くことはない。距離もあったし、美李奈は既に薄紫色の海藻を拾い上げてはキャッキャと笑顔を振りまいていたのだから。


「乾燥すれば日持ちするのかしら」

「はて……試してみないとわかりませんね……」


 しかし放っておくとこの主従は本気で海藻を静香の別荘まで持って行きそうだったので、綾子は小さくため息をつきながら二人の方まで駆け寄る。


「はいはーい、海藻狩りやめー! ほら、真道さん手かぶれちゃうでしょ」

「あら? 綾子さん」


 美李奈は新たにすくいあげた海藻をかざしながら綾子の方へと視線を移す。


「大丈夫ですわ。かぶれるのは植物で慣れてますもの」

「もーほら! 女の子なんだからそこらへんは過敏にしなくちゃ!」


 どうにもこの美李奈という少女は変なところで的が外れている。普段のたたずまいは完全にお嬢様であり、仕草一つとっても可憐な少女なのだが、時折こういった奇行に走るのは極貧生活故なのか。

 綾子は海藻を握っていた美李奈の手を握って海水をかけてやる。


(……貧乏なのよね?)


 海藻のぬめりはあまりなかったようで海水で洗うほどのものではなかったようだった。


(……畑仕事してるのよね?)


 美李奈の肌は日焼けしているとはいえ瑞々しい艶とハリがあった。これが晴天であれば弾かれた海水が輝いて見えたであろう。


(なのになんでこんなにも肌がすべすべなのよ!)


 気が付くと綾子は美李奈の手を何度もこねくりまわすように触っていた。

 むにむに、ぷるぷるといわゆる「赤ちゃんの肌」というべき感触が、綾子のがさついた指先から感じられるのだ。

 これはこれで気に食わない。


「綾子さん?」


 かくいう美李奈も綾子の形相がちょっと危ない感じになっていることを悟って、綾子に声を掛けるのだが彼女は聞く耳を持たずに美李奈の手をずっといじっているのだ。


「綾子さんってば!」

「はい……!?」

 

 美李奈が耳元で叫んだところでやっと綾子も我に返る。そして、自分が無心で美李奈の柔肌をいじくっていたことを理解すると、「ご、ごめん!」と慌てて彼女の手を放す。


「もう、どうしたのです?」


 美李奈は嫌がるそぶりもなく微笑していた。


「え? いやぁ……」


 あなたの肌が美しすぎて嫉妬していました等とは口には出せまい。

 綾子は苦笑で誤魔化し続けながら、「海藻なんてほっといて泳ぎましょ」と誘う。


「美李奈様、不祥この私めが食材確保を!」


 きっちりとしたお辞儀をする執事。

 美李奈は腕を組み、少し考えたのちに小さく頷いた」


「フフ、海に来て泳がないというのもそれは罰当たりなのは確かね」


 女神のような笑みを浮かべながら美李奈は水着の肩の食い込みを直す。

 パチンとゴムが弾ける音ともに美李奈は離れていた綾子の手を掴んで一気に駆け出す。


「あわわ!」


 突然のことに綾子は転がりそうになるが何とかバランスを取ることに成功して一緒になって走りだす。


「そら! 朋子さんたちを追いかけますわよ!」


 走るたびに揺れる美李奈の栗色の髪はキラキラと光るような錯覚を見せていた。それはわずかな光を反射する海水のせいではないかと思ったが、それでもその光は美李奈から発せられているようにも見えた。

 少女たちのバカンスはまだ続く。


***


 世間が夏休みなどと言う長期休暇に浮かれていようとも大人たちの世界は容赦なく仕事仕事の連続である。

 それは大富豪の家であっても同じ事だ。むしろ下手な企業よりも暇を持て余すセレブの相手をしなければいけないという意味では金持ちは忙しいのだ。

そしてこのうだるような暑さの中で仕事をしなければいけないものがいた。

於呂ヶ崎亮二郎である。

亮二郎はクーラーを好まない。それでも熱波というものは容赦なく押し寄せてくるものであり、実際額にうっすらと汗もにじんでいる。それでも頑なにクーラーを付けないのは彼の意地だ。

窓を開け、うちわでも使えばよいだろうと口にはしてみるものの、大抵夏の中頃になれば扇風機を出してきたり水で濡らしたタオルを使うあたりやせ我慢であることは知られている。息子からは「自由なのはいいですが、体には気を使ってください」と心配されているがこの程度で根を上げるような老い方はしていないと自負しているのが亮二郎という老人だ。

そんな亮二郎であるが、いつものデスクに腰をかけながらスーツを着た数人の男と対面している。男たちは手に書類を持ち、スーツを汗で濡らしながらハンカチで額や頬をぬぐっていた。


「それで? 結果はどうなのだ?」


 パタパタと扇で仰ぎながら生ぬるい風を受けながら立ち並ぶ男たちに問いかける。すると中央に位置する男は「はい」と短く返事を返して書類を読み上げた。


「調査の結果ですが、ヴァーミリオンを構成する金属はやはり地球の物質とは異なるものでした」

「ふむ、その部分は予想通りか……宇宙人の襲来、それを認めなければならんか」


 パチンと扇を畳み、裾の奥にしまうと亮二郎は腕を組んで背もたれに体を預ける。深く息を吐き、顎をなぞると「続けろ」とだけ付け加える。


「ハッ、そのヴァーミリオンですが、いくつか生態的とも見れるパーツも存在しておりまして、研究員たちからはサイボーグの一種ではないかという声もあります」

「元は生命体とでもいうのか?」

「そこまでは何とも判断しかねます……ヴァーミリオンを原型を留めたまま鹵獲などすれば調査も可能でしょうが……」

「危険の方が大きいか……」


 結局の所はヴァーミリオンという存在についてはまだ不明な事の方が多いということだった。今までに撃破されたヴァーミリオンの残骸は於呂ヶ崎も含めれば各種機関が回収して独自に調査を続けていると聞く。

 だが、今の結果を聞けば恐らくどこも同じような答えにたどり着いている頃だろう。


「せめて連中がどのようにして地球へと降り立っているのかがわかればよいのだが……それはどうなのだ?」

「申し訳ございません、宇宙となると我々では……種子島かNASAに協力を要請するというのも可能ではございますが」

「むこうで何かがわかれば公式に発表もあるだろう。ひた隠しにする理由など見つからん。既にヴァーミリオンという脅威は世間に知れ渡っているのだからな」


 すべての情報が民間に降りるとは限らないのは亮二郎とて理解はしているが、実際の脅威が差し迫る中で原因ともなる存在の所在がわからない、知らないというのはさらなる恐怖でしかない。

 今までの戦闘においてヴァーミリオンはどこからともなく現れてはいとも簡単に地球へと侵入してくる。ワープでもしているのではないかという意見も聞いたが、実際の所はわからない。全てが「わからない」尽くしなのだ。


「ともかく各種機関との連携も視野に入れるべきかもしれんな……癪ではあるが……お前たちは下がれ、また新しい情報がわかり次第こちらに入れろ」


 亮二郎の言葉に従い、男たちは深く頭を下げると部屋を後にする。亮二郎は再び扇を取り出し広げると胸元を大きくあけて強く煽った。生ぬるい風でも汗で湿った体には涼しいと感じさせる。


「私の言った通りとなったでしょう?」


 亮二郎の背後、部屋の隅でパソコンを弄っている老執事がちらっと主の方へと視線を向けてわずかに微笑を浮かべていた。

 亮二郎は「フン」と鼻を鳴らして気に食わないのか、扇を仰ぐ速さを上げていた。


「時間がないのは、どこも同じだ」

「でしょうね」


 老執事は汗をぬぐう。正直クーラーの一つでも導入してくれてもいいだろうにと思うのだが、この頑固な主が言葉一つで聞くはずもない。

 例え熱中症、脱水症状に陥ったとしても恐らく冷房機を入れることはないだろう。


「暖房器具だけは早いのですがねぇ」

「なにか言ったか!?」

「いいえ、何も」


 老執事は素知らぬ振りをしながらまた事務作業に戻った。今月分の決算、下部企業の報告書、各界との調整、やるべきことはまだたくさんあるのだから。


「所で、麗美お嬢様ですが、最近婚約者の方とうまくいっていないようですが?」

「フン、お互い尻の青い子どもだ。まだ自分のことで精いっぱいなのだろうよ。焦ることはない。わしの見立ては間違いないのだから」


 ふふんと得意げに笑みを浮かべながら亮二郎はデスクの小脇に置いてある氷の入ったお茶を一気に飲み干す。


「だがまぁ、気に入らんのは蓮司に奇妙な玩具を与えた連中よ」


 残った氷をほおばりがりがりとかみ砕く。細かく砕けた氷が口中を存分に冷やしていき、そして喉に流れる清涼感はこの夏に味わう中で最高のものである。

 亮二郎は氷が程よく体の中に溶けていく感覚を楽しみながら、長い鼻息を吐く。


「ふー……龍常院とか言ったな? 学園の生徒会長だったはずだが?」

「えぇ、成績優秀、特待生です」


 老執事はカタカタとPCを操作して件の少年をすぐさまリストアップする。


「工業で成功していたとは聞いていたが、あのようなものを開発するのか……いくら大国の支援があるとはいえ……」

「まぁそれを言うなら我々も同じですけどね」


 於呂ヶ崎のユースティア然り、真道のアストレア然り、一資産家が持つには不釣り合いな兵器である。


「バカを言え、わしらが何十年かけたと思っている!」


 とはいえこの二つもその開発には多大なる資金がかかっていたし、年月も同様である。むろん、於呂ヶ崎の財力であればユースティア一体の建造など大した損失でもないのだが。

 亮二郎はそこまで言って空になったグラスを逆さにして残った水滴を口の中へと放り込む。


「わしらですら歳月をかけた。それを若造が数か月単位で新型の戦闘機を作るだと?」


 このように文句を言う亮二郎であっても、その新型戦闘機がヴァーミリオンの脅威に対する矛になってくれること自体には文句はなかった。

 だが、殆どどこの組織もまっとうな対策が取れない中、このように迅速に対応できることはある意味で恐ろしいのであった。

 於呂ヶ崎は、美李奈の祖父、アストレアの開発者である真道一矢が残した情報を元に活動出来ているが、龍常院が同じくヴァーミリオンの情報を握っているなどという話は聞かない。


「……まさかな」


 亮二郎は顎を撫でながら、考えにふける。


「おい、没落する前の真道の金の行方、調べさせろ」

「はい」


 亮二郎はギロッとした瞳だけを動かし、老執事に指示を送る。老執事もまた主の意図を読み取ったように、すぐに行動に移していた。

 老執事がPCや携帯で部下たちに指示を送る声を聞きながら亮二郎は腕を組んでさらに深い思案にふける。


(アストレア一体の建造で家が傾く程、真道の家は落ちぶれておらん……つまり、一矢は……)


 亮二郎はその予感が殆ど確信をついていると直感した。


(奴は、他にも何かを残している!?)


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