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第4章 御剣鬼の巫女

1.


「――そのあとのことは、知ってのとおり、沙耶様は裁きの場にて一言も発せず、諾々と罰を受け入れられたの。そして今日に至るということになるわ」

 話し終えた琴音は、雪見障子の向こうに人の気配を感じた。声を掛けると、先ほどの召使が畏まっている。どうやら寄合の場に来るよう、催促があったらしい。

 室内の巫女たちに別れを告げて部屋を出しな、琴音は振り返って皆を諭した。

「どんな結果か出ても、軽挙妄動はしないでくださいね。沙耶様の処遇に関わらず、妖魔討伐の家業は続くんですから」と。

 そのまま、召使のあとを付いていく。大広間への道のり半ばのところで、琴音は視界の端に異物を認めた。

(別室でモニター越しに傍聴……あるいは議論がもつれた時に何か仕掛けてくる気か……)

 沙耶の処遇に不満を持つ余所人の親族と袴田主任参謀。彼らこそ、離れに隔離すべきなのに。

 琴音は眼を怒らせて、覚悟を新たにした。

 ぐうの音も出なくしてやる。

 大広間に入ると、琴音は出席者に一礼して自席に着座した。見渡せば自分が最後の到着であったことに恐縮していると、総領が口を開いた。

「時間前ですけど、出席者も揃ったので始めましょう」

 ゆったりとした口調から一転、総領の声色が重く冷えたものになる。

罪人つみびとなる鷹取沙耶をこれへ」

 声に応じて襖が開き、女性2人に前後を挟まれた沙耶が入室してきた。2年前の裁きの時と同じ、白単色の着物を着せられている。前後の女性が退き、座の中央に端座した沙耶は平伏したあと面を上げた。2年前と同じ哀しげなまなざしを、ひたと正面の一段高いところに正座する総領の膝の辺りに向けている。いや――

(目に力がある……)

 先に総領に送った手紙では、一言謝罪の言葉を述べたいと書いてあった。だがこの表情では、哀しそうながらもまるで異議申し立てを始めそうに見える。

 琴音の密かな動揺に構わず、沙耶の犯した罪に至る経緯が、海原家当主である雪乃の手で読み上げられた。先ほど琴音が巫女たちに語って聞かせた内容である。沙耶の内心は羞恥と屈辱で身悶えせんばかりであろう。現に総領の左隣に座る鈴香はうつむき、必死に堪えているのが肩の震えで分かる。

 だが、罪人は身じろぎしなかった。唇を噛み締めることすらせず、その姿勢も表情も変わらない。

 雪乃の朗読は1分ほどで終わり、席に座り直す時にちらとだけ辛そうな中にひと仕事終えた表情を見せた。その母の顔を見て、琴音はわずかに頭を下げた。

「さて、今日はこの者の刑期である2年が経過する日に当たります。改めて、皆に問います。この者の処遇、いかに」

 総領の問いかけに、誰も反応せぬがゆえの沈黙が訪れた。

(沙耶様、ここで手を挙げてください。謝罪をする絶好機です!)

 琴音の思念に、沙耶は反応しなかった。まるで石像と化したかのように身動きしない。代わって、出席者の一人、仙台鷹取家の当主たる巫女から手が挙がった。

「正直、判断しかねています」

 と彼女は言う。老いていながらも潤いのある声には、確かに迷いが含まれているように聞こえる。

「罪の重さを考えれば、2年というのは短い。それは、2年前にもこの場にて申し上げました。ですが、琴音さんや鈴香様の上申書の内容もまた、十分に斟酌に値する内容です」

 そう、戦闘――あの一方的な被弾を戦闘と呼べるのなら、だが――で受けたダメージを押して、琴音は鈴香と連名で寄合宛の上申書をしたためたのだ。沙耶のこの暴挙に至る過程をつぶさに記し、先の戦闘に関する遺恨はまったく持っていないこと、沙耶に温情を賜りたいことを書いた書状を。

 それは書いている最中に姉の満瑠に見つかり、彼女からの密かな通報で、寄合に参加資格を持たない高校生以上の巫女たちの連署によって補強され、総領に提出されていた。これにより、『本来厳罰に処すべき行いながら、諸般の事情を鑑みて2年の蟄居。ただし2年後に寄合にて再考とす』と裁決されたのだった。

「――あれから2年、罪人は身を慎み、特別に許可された大学講師の職務以外はまったく世間に関わることなくこの屋敷の自室にて蟄居しておりました。そのことは認めるにやぶさかではありません。ただ――」

 仙台鷹取家の当主は、美貌を曇らせた。

「あれから2年。これでよかったのか、本当に2年という比較的軽い年限でよかったのか、という思いは消えませんでした。わたし以外にも、迷っていらっしゃる方がいっぱいいると思いますわ」

 言いながら、彼女が周囲を見回す。うなずく者、考え込むそぶりに変わる者、沙耶に注いだ目線を外さない者。当の沙耶には、まだ動きが見えない。

「もう何年か、蟄居を継続すべきかとも思いますし、でも、罪人のお歳を考えると、これ以上は酷でもあるし……」

 仙台鷹取家の当主は、そこまでで黙ってしまった。

(おば様らしい発言だわ……)

 会議を主導するでもなく、一方的な意見を言うでもなく、かといって黙ってもいられず。孫の優羽と同じふわふわと掴みどころのない性格で、なればこそ先ほどの優羽のお願いは意外であったのだが。

 そうだ。優羽の、みんなの願いを実現するために、わたしはここにいる。

 琴音は挙手した。さあっと場に波が立つ音がする。総領の許可を得て、琴音はその波に向かって話し出した。

「おば様、わたしの上申書のことを憶えていてくださって、ありがとうございます」

 とまず礼を言って持ち上げておく。次は、出席者だ。

「ほかの皆様もご記憶かと思います。わたしと鈴香様は、あの事件の間接的な当事者です」

 ごめんね、鈴香。琴音はちらりと鈴香を見やって、親友の顔をうかがう。その眼に琴音を非難する色が無いことに安堵して、琴音は続けた。

「間接的とはすなわち、あの事件を傍らから見続けたということです。そのわたしの意見を述べさせていただきます」

 琴音は背を立てて、考え込んでいるそぶりの人々を順に見ながら話し始めた。

「あの当時、わたしはこの寄合に出席する資格を持ちませんでした。ゆえに議論の概略を母から聞くこととなりました。それは、厳罰と寛容、双方を求めて揺れるものであったと記憶しております。そして、裁決は皆様ご存じのとおりとなりました」

 出席者の記憶を、くどいようだが改めて揺り起こした琴音は、半身をわずかながら前に乗り出した。

「2年。それが短いとお思いの方もいらっしゃることは、重々承知しています。ですが、それは厳罰と寛容の折り合いをつけた結果だったのではないでしょうか。ならば、この件はもうこれきりということにするべきであると、わたしは思います。先ほど仙台のおば様もおっしゃられたように、罪人のお歳のこともありますし」

 本来、罪人の年齢など考慮すべきではない。罪は罪であるのだから。だが、琴音は仙台鷹取家の当主が口をすべらせたことを奇貨として、だめを押すことを選択した。当主がわずかに困った顔をしたのに目礼したのち、これで自分の意見を述べ終わった印に深く一礼して、元に直った。


2.


 屋敷の離れでは、若年の巫女たちが裁決を待っていた。

 といってもモニターがあるわけではないので、議論の様子が伝わってこない。ゆえに張り詰めていた気持ちも次第にほどけ、年頃の女の子同士で世間話をしていた。もちろん声を抑えてではあるが、そんな中――

「優羽?」

「なぁに? 瞳魅?」

「あんた、ちょっと姿勢を正しなさいよ」

 畳に片肘で寝そべってスマホをいじる優羽に、瞳魅は呆れた。

「ん~なんでぇ?」

「寄合がまだ終わってないって! 沙耶様がどうなるか、まだ決まってないんだよ?」

「え~だってぇ、琴音様にお願いしたじゃん?」

 優羽はスマホをいじる手を休めない。

「もうあたしらにできることってないんだからさぁ、リラックスして待てばいいんじゃない?」

「そりゃそうだけどくつろぎ過ぎ!」

 瞳魅の呆れは増し、それを聞いた優羽はごろ~んと仰向けになると、ビシッと腕を伸ばしてスマホをいじり始めた。

「これでいい?」「いいわけないでしょ!」

 瞳魅はがら空きの優羽のこめかみにアイアンクローを極めて持ち上げ始めた。

「このまま直立不動にしてあげようか?」

「いやぁん瞳魅怖ぁいていうか痛ぁい!」

 隣で話し込んでいた同族の巫女が、含み笑いを始めた。

「瞳魅ねえさま、お守り大変ですね」

「保護者みたいに言わないでよ、まったく……」

 産まれてこの方、同い年の優羽とは姉妹同然の付き合いをしてきたが、中学生になったあたりからその保護者扱いされている気がする。

「入りまーす」

 一声あって、北海道在住の巫女が入室してきた。

「どうでした?」と皆でその巫女に群がる。

 彼女は寄合が行われている大広間のすぐそばで、内部での議論に聞き耳を立ててきたのだ。召使や執事はその行為を咎められたときに弱い立場であるため使わないのが暗黙の了解となっていることもあるし、『必要な情報は可能な限り自分で収集すること』という一族の掟もある。

「あまり良くない風向きだわ」

 優羽の祖母がどっちつかずな発言をしたあと琴音が沙耶を赦免するよう一同に働きかけたが、積極的に賛同を示すような声があまり聞こえなかったという。

「そんなぁ……もぉ、おばあ様ったら」

 優羽がぷんすかむくれ始めた。他の巫女たちは思いもかけない苦戦の状況にざわつき始める。

「やっぱり連署した上申書で、正式に意思表示しといたほうがよかったのかな?」

「でもそれはいらぬ刺激になるからやめとけって……」

「そもそもなんでまだ揉めてるの? もういいじゃん」

「今休憩中だから、再開したら裁決かもね」

 と偵察に行っていた巫女が言ったが、優羽が瞳魅にシメられていたこめかみを揉みながら混ぜ返した。

「さらにグダると思いま~す」

「なんでよ?」

「だぁってぇ――」

 優羽はにこにこしながら言った。

「チョビヒゲの一党が大広間の近くの部屋に潜んでるしぃ。休憩になったら、そこのだんなさま方がおば様方にくっだらない知恵を付けに行くんじゃないかなぁ」

「あんたそれ、笑いながらいうことじゃないよ……」

 瞳魅は頭が痛くなってきた。

 琴音はどう対処するのだろうか。次の偵察役が部屋を出るのを見送りながら、瞳魅の心は晴れなかった。


3.


 鷹取家参謀部の主任参謀・袴田は、同志たちが部屋の戻ってくるのを見て、召使にお茶を替えるよう依頼すると、努めて笑顔で出迎えた。

「いかがでしたか?」

「……うーん、迷ってるね」「うちもだ」

(役に立たぬ奴らめ!)

 内心の歯噛みを必死で押し隠す。

 相手は鷹取や海原の女性たち。いずれも漏れなく資産家であるため、買収は効かない。脅しの類など論外だ。よって情理に訴えるために、志を同じくする彼女たちの夫や婿を動員して説得させたというのに。

「まあ、このままだと賛成の数が足りなくて、蟄居は継続になりそうだから、いいんじゃないかね?」

「それではだめなんです!」

 袴田は語気を強めた。何度言っても分からぬ連中に腹が立つ。

「もはや家督継承を諦めるまで追い込まねば、鷹取家に未来はありません! 皆さんもご存じでしょう? あの事件のあとの諸国の反応を。このままでは舐められたままですぞ! まして、御剣鬼みつるぎの巫女の銘を持つ者が犯した過ちに対してあんな軽い罰で復帰したとあれば、当家の名折れです!」

「そんなに大事かな? 銘なんて所詮飾りじゃないか?」

 どうにも危機感を共有できない男性を難詰しようとして、袴田はどうにか思いとどまった。海原家に婿入りしていながら、この意識の低さはいったいなんなのだろうか。

 噛んで含めるようにゆっくりと、しかしその目を見すえて説明する。

「"御剣鬼の巫女"とは、開祖の孫娘であるカナデ様が妖魔討伐の功により、時の主上から剣を賜ったことを誉れとして名乗った由緒ある銘です。それを、あんな痴情沙汰で穢したのです」

 すぐにもう一度念押しをと言いかけて、袴田はモニターに映る大広間に寄合の出席者たちが大方揃ってしまっているのを見てしまった。

 まあいい。袴田は改めてモニターを見つめながら、総領と海原家当主に取り入る算段を考え始めた。もう2年蟄居となれば、あの女、"服屋の女店長"の後ろ盾は海原本家の小娘と、なんの影響力も無い蔵之浦家の当主のみ。俺の勝ちに、ぐっと近づくのだ。

 

4.


 寄合再開から30分が間もなく経過する。総領が指名しても皆明確な答えをしようとしない、まさに行き詰まり感が強くなっていた。

 その間、沙耶は大広間の中央に座り続けている。休憩中に、瞑想しているかのように目を閉じていただけで、その姿勢は引き据えられた時のと全く変わらない。そのことが、琴音の胸を詰まらせた。

(沙耶様……申しわけありません……)

 再開直後にもう一度行った出席者への投げかけも不調に終わっていた。

 続けて鈴香が沙耶への罰を終わらせてくれるよう訴えかけたが、これも反応は薄かった。分家の当主とはいえ、就任して2年足らず。影響力が無いことは分かっていたが、唇を噛み締めてうつむいたままの鈴香を見ると、さらに琴音の胸は痛む。

 このままでは、沙耶の蟄居期間は延長されてしまう。沙耶の貴重な時間が、結婚適齢期の女性の何物にも変えがたい年月が空費されてしまう。

 琴音がちらりと見た総領の顔色も青い。

「沙耶ちゃん――」

 その声は、意外なところから聞こえてきた。

「なにか、みんなにお話ししたいことがあるんじゃないの?」

 仙台鷹取家の当主が、穏やかそうながら眼に面白がっているような光をたたえて、沙耶に語りかけたではないか。

「佐江様、その呼びかけ方は、ちょっと……」

 隣に座る酒田海原家の当主が慌てて袖を引いたが、ころころと笑って気にも留めない。それに釣られて場の雰囲気もほぐれた。

「ごめんなさいね、つい。――総領様」

 仙台鷹取家の当主は、明らかに顔を明るくした総領に向かって軽く頭を下げた。

「2年前も一言も聞いていないし、この際、裁決を図る前に、えぇと罪人に発言を許されてはいかが?」

 皆の表情は、今さらながらに思い出したようだった。『沙耶が寄合の場で一言お詫びをしたい』という手紙を総領宛に出していたことを。それは口頭で周知されていた。

 琴音は思わず総領の顔を振り仰いだ。その顔に一瞬だけ迷いがよぎったあと、総領は言葉を発した。できる限り抑えた声音になるように苦労しているように聞こえる。

「では、罪人よ。発言を許します」

 次は沙耶のほう。琴音は、いや一同は忙しく首を振った。

 沙耶の表情には、迷いが無かった。姿勢はそのままに、母親同様抑えた声で話し始める。

「わたしの行いによって皆様にご心痛をおかけしたこと、深くお詫びいたします。本日はわたしの処分について、更なる判断を下されるためお集まりいただき、議論をしていただいております。いかなる裁決も受け入れる所存ですので、よろしくお願いいたします。

 ただ――」

 沙耶は少しだけ、顔を上げた。

「皆様に、殊に、総領様にお願いがございます」

 先ほどの不規則発言に和んだ場が、その言葉に引き締まる。身じろぎすらせず、一旦言葉を切った沙耶の発言を皆が待つ。計算しているのだろうか、十分注目を引き付けた上での罪人の懇願は、出席者の意表を突いた。

「この2年間、鷹取の巫女として妖魔の討伐に赴けなかったことは、私の不徳のいたすところとはいえ、常に忸怩たる思いでおりました。

 このうえは、もしお許しいただけるのならば、御剣鬼の巫女、その銘を返上したうえで鷹取家の一員として、また一介の巫女として、妖魔への対処に心を砕きたく思っております。私の衷心よりのお願いを、お聞き届けいただきますよう願い奉ります」

 驚愕から来るざわめきが場をさざ波のように覆う中、琴音は絶句していた。

 鷹取家1200年の歴史の中で沙耶より前には7人しかいない、強大な血力を持つ巫女が襲う銘。それが御剣鬼の巫女。その、鷹取一族の巫女全てが襲銘を夢見る――そして叶わぬ――銘を返上するというのだ。

 仙台鷹取家の当主が総領に語りかけた。相変わらず穏やかな笑みを浮かべて。

「それでいいんじゃないですか? 最近何かと騒がしいから、巫女として働いていただくのは歓迎ですわ」

 やはり最年長の風格か、琴音や鈴香の発言には反応が鈍かった出席者たちが、彼女の言葉にうなずきをかわし始めた。

 次に総領に水を向けたのは、海原本家当主の雪乃。こちらは短く、

「総領様、裁決をお諮りください」

「では――」

 あくまで厳粛な表情で、総領は声を張った。

「罪人たる鷹取沙耶の蟄居を今この限りとし、御剣鬼の巫女の銘は剥奪したうえで、復帰とす。これに賛成の者は、起立されよ」

 皆が、ほぼ一斉に起立した。そのことに感極まって、危うく起立し忘れそうになる琴音。その赤面を、総領の宣言が覆ってくれた。

「寄合の総意と認めます。よって、左様決しました」

 これにて寄合を散会します。そう告げる総領の声は潤んでいる。いや、潤んでいるのは琴音の瞳も同じだ。大広間の中央にまだ端座したままの沙耶に走り寄ると、ひしと抱き締めた。

「琴音ちゃん、ありがとうね」

「いえ……いえ、よかった……」

 労いと励ましの言葉を沙耶にかけて退出してゆく出席者に笑顔で応える沙耶に、琴音と、すぐに追いついてきた鈴香はいつまでも取りすがって泣き続けたのだった。


5.


「くそっ、やられた……!」

 袴田は、唇を破らんばかりの勢いで噛み締めた。まさかあの銘を放棄してくるとは。全ての計画が練り直しになってしまう。

 今にして思えば、2年前になぜ剥奪せずにおいたのか。怪しい。この日の"取引"、つまり自主返上を申し出させながら剥奪するという“重い処断”を演出するために、わざと残しておいたのではないか。

「まあこれからこれから。沙耶ちゃんも改心して働くって言ってるんだし」

 同志という名のうつけどもの反応に、立腹しかできない。

「お戯れを……あの小娘――いや失礼、沙耶様は、もともと妖魔討伐に出動したことなどありません!」

 彼女が小学生時に行われた初陣を除けば、妖魔との偶発的な接触か疫病神顕現の折にしかその鬼の血力を振るったことは無いはずだ。

 呑みに行きますか、などと既に終わったことのようにしゃべり出す同志たちに迎合せねばならない不合理と悲哀を感じながら、袴田は作り笑いをもって顔面を鎧い続けた。

 まずは総領のところへ行って、お祝いを述べねば。



「沙耶ねえさまぁ~!!」

 沙耶が離れに向かう途中で、まさにヒトガタのゴム鞠と形容するにふさわしい弾力の襲撃を受けた。もちろん沙耶も望むところ。ぎゅっと抱き締め返す。

 もう涙でぐしゃぐしゃの優羽を押し退けるように、旧知の巫女たちが次々と抱擁してくれる。そのことに改めて涙して、沙耶は声を張った。

「みんな、今までごめんなさい。御迷惑をおかけしました」

 深々と一礼すると、ゴム鞠 is back.

「よかった。沙耶ねえさま。本当によかった……」

「はいはい、優羽。もう離れなさい」

 と瞳魅が引き剥がす。相変わらず引き締まった体つきだが、最後に会った時よりずっと大人っぽく見える。それを素直に口にしてみた。

「瞳魅ちゃんもみんなも、見違えるわ。きれいになっちゃって……」

「いやぁん沙耶ねえさまったら」

「あなたは変わらないわね」

 えぇぇぇひどぉい、と泣き笑いのまま拗ね始めた優羽の向こうに、自分と変わらないくらい涙を眼に溜めた姪を見つけた。

「沙耶叔母様……」

「美玖ちゃん……おっきくなって……」

 なおも空気を読まず沙耶に抱きつこうとする優羽を瞳魅がアームロックで制圧して下がる。優羽の悲鳴と巫女たちのさざめき笑う声の中、沙耶は美玖を抱き締めた。

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