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第10章 Kaleidoscope ―あるいは惨劇の余波―

1.


「連絡が取れないだと?」

 ミシェルは苛立つ目をリシャールに向けた。

 レーヌから、『今からブラックを殺しに行く』とだけメールがあったのは、1時間ほど前のこと。飲食中であったミシェルたちは早々に切り上げて、援軍に向かうべく詳細を問うメールを送った。

 だが、返事が来ない。電話をかけてもでない。戦闘中ならば当たり前なのだが、手前勝手に立腹したミシェルは本国の家族からの電話が入ったのをいいことに、リシャールにリダイヤル役を押し付けたまま孫娘との会話に興じた。

 それがこの体たらく。リシャールはすっかり萎縮して、彼女の自宅を訪問するよう勧めてきた。だがそれは、努めて避けてきたことである。この黄色人種の国では、白人が住宅街をうろつくのは目立つのだ。

「役に立たぬ奴らよ……」

 歯噛みしていると、つけっ放しにしていたテレビから、緊急速報のメロディが流れた。眺めた下役の一人が、声を上げる。

「ミシェル殿、これを!」

 もったいぶってテレビの前に向かう。

「何も映っておらぬではないか」

「もう消えました」と言う下役の胸倉をつかむ。

「な、なにをされます?!」

「そんな声を出してもだめだ! 顔に『こののろまめ』と書いてあるわ!」

 もっと素早く呼べばいいものを、のろまめ。

 ミシェルは下役を解放すると、内容をかいつまんで説明させた。

 『浅間市内の元複合商業施設内で大規模な爆発が発生、付近にも被害』とのこと。

「センゲンシ……レーヌがやったのか?」

「あるいは、やられたのかもしれません。調査に向かいますか?」

 リシャールの問いを却下しようとして、閃いた。

「行くぞ」

「どちらへですか?」

 どうしてこいつは、こうも血の巡りが悪いのだろう?

「アンヌお嬢様のところだ」

 ミシェルは『お嬢様』のところを強調して、にやりと笑った。

 アンヌは就寝する時間だった。既に着替えたところだろう不機嫌な面と一緒に寝間着も拝みに行くか、と邪な笑みは広がるばかりであったが、

「遅かったな、ミシェル」

 既に変身まで終えたアンヌ――バルディオール・エペの姿に唖然としてしまった。どうやら爆発のニュースにピンと来るものがあったらしいのだが、

「どうした? ついにフランク語まで分からなくなったのか?」

「ど、どういう意味でしょうか?」

「お前が最近、日本語で盛んに電話をしているのを聞いているからな」

 とアンヌは面白がるふうも無く続ける。特段揶揄する気は無いようだ。あるじとは逆に、ソフィーからは刺すような視線を感じる。

「さ、お嬢様。参りましょう」

 ソフィーに促されて、エペは屋上へ上がるため、部屋を出て行った。翼を活かして、空から直行するつもりだろう。

 うやうやしく見送るミシェルの口の端に、邪悪な笑みがこぼれる。願ってもない好機だ。



 勇躍飛び出したエペとソフィーは結局、件の場所には近づけなかった。地上にひしめく野次馬や警察車両は飛び越えることができる。だが、報道のヘリが、それも複数無秩序に飛び回っていては、こちらがむしろ特ダネ扱いされかねない。

 それ以前に、ヘリに衝突されたりローターに巻き込まれるのは御免だ。そう判断したエペは回頭した。

 本部にいるミシェルに、顛末を連絡しながら飛ぶ。やけに丁寧な口調で応答してくるのが気に障るが、あえてそれを追求しない。

「お嬢様、やはり、レーヌはやられてしまったのでしょうか?」

「おそらくな」

 とエペは口を硬く引き結んだ。もう少しやりようがなかったのかとの思いが消えないのだ。

 レーヌはエペの配下ではなかった。ミシェルが直属の上司として、彼女にゲリラ的任務を与えていると聞いていたが、それがどんな効果をもたらしていたのか。エペに対して全く説明がないのだ。

(あの強力なバルディオールと共闘できれば、戦術の幅が広がったのに……)

 あるいは、あの不遜な態度に自分の怒りが爆発して、空中分解か。アンヌの思考は回らない。

 そこへ、ソフィーが増速して横に並んできた。常にアンヌの斜め後ろに引いて飛ぶ彼女にしては、珍しい行動だ。その手にはスマホが握られている。

「お嬢様、これを!」

 見せられたスマホの画面を凝視する。そこに映しだされていたのは1本の動画だった。

「!! ばかな……」

 画面の大勢を占めていた黒色は、突如として白色へと変化した。その白が盛大に揺れる。カメラが爆発の衝撃で揺れているのだと気付くためには、飛行中の風切音を排してなお余りある爆発音が必要だった。

 立ち上る火柱とキノコ雲が、陳腐な表現ながら映画のワンシーンにしか思えない。スマホから眼を逸らすと、アンヌは厳しい顔のまま、視界に広がり始めたアジトに向かって羽ばたきを強くした。

 そのアジトも、ハチの巣を突いたような騒ぎになっていた。本国に通報しているのだろう、受話器に向かってまくし立てる者がいる。別の者は日本語で電話をかけているが、うまく伝わらないのか苛つきながらぐるぐると歩き回っている。

 変身を解除しながら、リビングの奥で腕を組み仏頂面をしているミシェルに近づく。

「……何か?」

 ぞんざいな物言いにソフィーの眼が吊り上がった。

「ミシェル殿、わきまえられよ」

 ここで赦しを与えるのも貴人の嗜み。だが正直なところ、ここのところのミシェルの態度は、寛大な心で赦してやることができぬほどひどかった。

 少し、思い知らせてやらねばならない。アンヌはミシェルを見下ろしたまま屹立した。

 それぞれの仕事をこなしながら、気配を伺うミシェルの下役たち。彼らの背中から滲み出る気配にも押されたのか、ミシェルはのろのろと立ち上がると、お詫びを述べながら深く一礼した。

「うむ、それでよい。で、爆発の動画は見たのだな?」

「はい……あれはあの黒いエンデュミオールの仕業でしょうか?」

「レーヌと連絡が取れぬとなれば、そういうことだな」

 と言いながら、アンヌは複雑な心境でいる自分に気付く。

 あれほどの爆発が起こせるだけの大量の爆発物を、『あおぞら』が用意できるとは思えない。

 であれば、あれはエンデュミオール・ブラックの新スキルなのだろう。レーヌが知らなかった――彼女からは、知りうる限りのエンデュミオールたちのスキルとその効果、欠点についてレポートが提出されていた――スキルがまだまだあるということなのか。頭が痛い事態だ。

 しかし、楽しい。

 あのスキルは危険だ。ゆえに今度対峙した時は、何をもってもまずブラックを葬り去らねばならない。だが奴は先日、望外のしぶとさを見せた。あれをどう崩すか。頭の中で様々なパターンがぐるぐる回っているのだ。

 そのことを含めて、目の前にいる男と相談せねばなるまい。アンヌは剣をソフィーに預けると、ソファに腰を下ろした。


2.


『――付近で窓ガラスなどが割れた建物の件数はいまだ把握しきれておりません。なお、現場での測定の結果、放射線量の数値は近隣と変わらないと――』

 自分たちの席近くで、ゼミ仲間がスマホでTVニュースを視ている。そのアナウンスを小耳に挟みながら、真紀と美紀は押し黙っていた。

 自分たちがきっかけではあったが、組織の裏切り者を始末できたことに悔いはない。問題は、それが組織の古株スタッフであったこと。私生活で交流がなかったとはいえ、支部で会えば世間話をしたし、酒も飲んだ間柄である。

「みんな……辛いやろうね……」

 美紀の声が小さいのは、周りを警戒してだけではない。

「問題は、この時期に敵の攻勢が始まる可能性やね。うちならそうする」

 真紀の、これも低めた声に美紀が反応した。

「うち、ねーやんのそういうところが嫌い」

「……うん、うちもそう思う」

「自己批判してれば世話無いわ」

 双子のぼそぼそとした会話は、講義室に入ってきた委員長の声で中断された。

「ミキマキちゃん? お友達が呼んでるよ?」

 委員長の背後に、ドアから顔だけ出している優菜の姿を見とめる。なんだか泣きそうな顔で、講義室の中をきょろきょろと見回している。

「悪いな、講義の前に」

 と謝る優菜に手招きされて付いていった休憩スペースには、るいもいた。

「今日、隼人は? 講義室に見当たらなかったけど」

 優菜のキョロキョロの原因はそれか。美紀は少し笑うと、

「今日はお休み。寝不足で頭が痛いって」

「んで、午後のゼミから参加するってメールが来てたで」

 真紀が横から補足してくれた。

「よかった、生きてたんだね」

 るいの発言の意味が分からない。

「長谷川さんころ――」

 優菜に素早く脇腹を突かれて、るいは身をよじった。

「――えーと、あんなふうにしちゃったから、てっきり」

「「てっきり、って?」」

 真紀と声を揃えてにらむ。るいがそんなことで怯むタマではないことは分かっているが、彼女には長谷川死亡のダメージは無いようだ。

「理佐がね――」

 今度は優菜が横から話し始めた。隼人にメールや電話をしても全く反応が無くて、泣き崩れているのだという。

「「いやまあ、あんなことしといてやね」」

 ユニゾンしながら美紀は思う。昨夜はかばったが、ケンカの末の不始末で隼人の"スイッチ"を押しておいて、反応が無いと泣くのは自分勝手に過ぎないだろうか。

(うちも篠木君とけんか別れしたら、そうなるんやろうか?)

「まあ、そうなんだけどさ」

 と優菜も苦笑いはしたが、やはり親友のこと、心配な様子だ。

 ここで講義開始の時間が来たので、お昼ご飯はニショクで食べることを約束して、優菜たちと一旦別れた。

 講義を受けながら、こっそり隼人にニショクでご飯を提案するメールを送る。理佐には優菜から連絡が行くだろう。

(優菜ちゃんも世話好きやね。ほっときゃいいのに)

 真紀のつぶやきは、真情なのだろうか。

(ええ子やがな。なんであかんの?)

(そんなところで引っかかってんじゃないよ、ってこと)

 真紀は美紀を横目で見たまま続ける。

(さっさと寂しくなった隼人君とこ行って、慰めてくればいいのに)

(ねーやん、高校生の時それやって、揉めてなかったっけ?)

「おーい、えーと……真紀君、おしゃべりはほどほどに」

 講師ににらまれてしまった。

「すみません。あと、うち美紀ですけど」

「ま、また間違えた……」

 講師のあいだで『真紀と美紀をいかに間違えないか』という賭けが行われているらしい。大げさに頭を抱えた講師の姿にどっと沸いて、注意はそれきりになってしまった。



 隼人がニショクのハンバーグ定食を買って店内を探すと、女の子たちは揃って一つのテーブルに座っていた。

 荷物で席を確保しておいてくれた美紀に感謝して、さっそく昼食に取り掛かる。

「いきなり食うなよ」

「別にいいだろ。朝飯食ってないんだよ」

 実際、昨晩の戦闘で興奮して寝付かれなかった結果の頭痛がひどくて、朝飯どころじゃなかった。そう説明すると、みんな納得してくれたようだ。

 隼人は理佐にも顔を向けた。

「ごめんな、返事できなくて。ほんとずっと寝っ転がってうなってたからさ」

「あ! う、うん、いいの……」

 メイクの下に、泣き腫らした跡が微かに透けて見える。だが明らかにほっとした表情の理佐を見て、隼人の心は痛む。

 本当は、会いたくなかった。昨日の今日だから。コンビニ飯を学生控室で済ませようと思っていたのだ。

 このままでは、決定的な事態がすぐに来るだろう。そう思うと、また胸が痛む。

 その痛みを味覚で上書きしたくて、隼人はハンバーグ定食を貪った。しばらくトレイ上に視線を固定し続けて、ふと気付く。

「? なに?」

「結局お前にはダメージ無かったのか? その、会長のあれ(・・)で」

 フォークの先をカルボナーラのクリームソースに浸したまま、優菜が心配に不審を混ぜた表情で隼人を見つめていたのだ。

「うん、無かったよ。なんでなのかは分かんないけどな」

 下宿に帰ってつけたテレビで見た爆発の動画。それの爆心に自分がいたことを思い出して、大いに震えたものだ。なぜ隼人にはあの高熱も爆風も押し寄せてこなかったのかは分からない。

「あれ、会長のス……お仕事なんやろ?」

 周りをはばかる言い換えをして、真紀が尋ねてきた。会長が乱入してきてからの経過を説明する。

「エナジー・バーストって言ってたな、発動する時」

「このあいだは、サンダー・ストームやったね。てことはあれは――」

 低めた声での美紀の推測に、野菜ジュースを飲む手を休めて、るいがうなずく。

「可奈さんが放ったやつを反射したってことだよね」

 そう、支部長の可奈は電撃系のエンデュミオールである。会長の『サンダー・ストーム』発動の少し前に、可奈が急に指揮を委任してどこかへ中座したことを横田が話していたのだ。それを皆思い出して、るいの推測に相づちを打った。

「増幅して、か。すごいな」

 理佐が腕を組み考え込んだ横で、るいは虚空をにらんだ。

「じゃ、なんで出てこないんだろうね? 会長って」

「いやそれは、捕まると一大事だからだろ?」

 隼人の指摘に、るいは鼻で笑うことで答えた。

「あんな強大な力を持ってるのに? 敵なんてあっという間にまとめてぶっとばせるのに? なんで?」

「るい、もうちょっと声を抑えろ」

 会話が弾んで、皆自然と声が大きくなっていた。真紀がうなる。

「素手で殴り飛ばして一発K.O.やしな。ほんま、なんでやろね?」

 オーガを殴打して致命傷を与えたことだろう。あの時は登場の衝撃で吹き飛んでしまったが、今思い返すととんでもない腕力だ。筋肉ムキムキにも見えなかったし……

「支部に行って、可奈さんに聞けば分かるよね? きっと」

 るいの言葉を締めとして、その後は雑談に流れた。

「そーいえばさ――」

 とるいが隼人に話題を振る。スマホを見せながら。

「会長って、この姿で来たよね?」

 画面に映るは『会長 あいさつ』。そこには、会長の上半身の写真が掲載されていた。大振りなダークグリーンのストールを羽織っているため見逃していたが、胸元や腰の当たりにみえる模様と色は、確かに昨夜の“この姿”である。

「うん。てっきり素で来たと思って気を回したら、もう変身しているからって」

「でも――」と美紀がスマホをのぞき込んだ。

「なんか違和感が……」

 みんなで考えることしばし、隼人はようやく気付いた。

「眼だ。昨日は髪の毛の色と同じ、ブラッディ・オレンジだった」

「てことは――」「この黒目――」「「カラコン?」」

「ややこしいな、おい!」

 やはり、伯爵から逃げ続けるためには必要な措置なのだろうか。

「てことは、この『狭野さの あかり』って名前も偽名かな?」

「だろうね」 

「「さ、ゼミゼミ」」

 隼人が食べ終わって立ち上がるのを待ちかねたように、双子が両腕に引っ付いてくる。

「あ! あの、は、隼人君……」

 理佐が弾かれたように立ち上がった。イスが倒れてしまい、周囲の注目を集めてしまったこともお構いなしに早口でしゃべり始める。

「ちょ、ちょっと話があるんだけど……あ、その、大した話じゃなくって、ああいや、その、大した話じゃなくてもその、……」

 来た。

「うん。じゃ、ミキマキちゃん、あとでね」

 なぜ、2人とも隼人を凝視するのだろう。双子だけではない。優菜も、るいも。

 理佐に誘導されて、隼人はニショクを出た。背後で優菜が声を上げようとして、るいと真紀に止められている気配を感じながら。

 ニショクの玄関から出てすぐ理佐が振り返ったのは、大学構内の様々な学部棟へ向かう、あるいは学外へと出て行く学生がよく利用している舗装路であった。現に人が行き交う中、明らかに緊張しているのが分かる表情で、ためらっている。

(どうしてこんな人通りの多いところで……)

 隼人は絶望した。この、どうにも空気の読めない女の子に。それは、盲目と美化するにはあまりにも、あまりにも……

「あのね、満瑠様と千夏様のコンサートなんだけど、仙台公演のチケットが取れたの。再来週の水曜日なんだけど――」

 隼人は手のひらを前に突き出して、理佐の早口を止めた。

「ごめん、島崎さん(・・・・)。誘ってくれて悪いけど、お友達と一緒に行きなよ」

 その言葉を理解するために、理佐には5秒が必要だった。それを待たず、彼女の横を通って行き来する学生たちの流れに乗って、隼人は人文棟へと向かった。

 おそらく崩れ折れたのだろう、理佐に驚く学生たちの声に、振り向かず。


3.


 北東京支部の祖父江祐希は、楓の墓参りに来ていた。

 真紀と美紀に叱咤されて以来、レーヌに殺された仲間の墓参は時間が空いた時の行事としていた。大学が始まって、バイトも再開したため、自由な時間が少なくなったのが一番の理由だったが。

 レーヌが隼人と会長に成敗されたこと、その正体が西東京支部の長谷川であったことは、昨夜遅くに真紀からのメールで知った。

 すぐに北東京支部の面々に転送して、そのまま勢い込んで西東京支部へ駆けつけた。どうしてか、理由は分からない。ただ、話が聞きたかったのだ。レーヌが何を言って、どうやって死んでいったのか。

 残念ながら、当の隼人は帰ってしまっていたし、西東京支部はお通夜のように沈んでいた。

 その時の情景を思い出して、祐希は赤面する。仲間に裏切り者がいて、それを仲間の一人が殺した。それを知って沸き返るはずがない。そのことに思い至らなかった自分の情けなさに。

 真紀の言葉も思い出す。

『ごめんな、うちと美紀はちゃんと証拠固めまでして、北東京支部の人たちと一緒にレーヌと戦おうと思ってたんやけど。隼人君の推理と行動のほうが早かったわ』

『ほんま、間ぁが悪いわ、うちらのおとんも』

 優菜ちゃんたちと一緒に聞いてたら、絶対に引き止めたのに。美紀はそう言っていた。

 だが、優菜によると、とても引き止められるような雰囲気ではなかったらしい。

 隼人がレーヌと戦う気満々だったのかと問うと、歯に物が挟まったような回答が帰ってきた。

『いや、その、……理佐が隼人にケンカ売っちゃって、それで……』

 そう言われてスタッフ控室の中を見回すと、理佐がいない。

『理佐はね、やらかしちゃって帰ったよ。すっごい落ち込んで』

 けらけら笑うるい。この人だけが、唯一いつものどおりの朗らかさだった。どうも理佐は隼人の怒りを買って、喧嘩別れ状態らしい。

 楓の墓前に、昨夜の結果を報告する。

「ごめんなさい、楓さん。わたしは、間に合いませんでした」

 その言葉がすらすらと、そしてなんの屈託もなく出たことに驚いている自分がいる。そしてそのことが、祐希の覚悟のほどがどれだけであったかを自覚させた。

 しょせん自分には、レーヌを殺したいほど憎んではいても、実行するだけの勇気は無かったのだ。

 そして、その勇気――いや、殺意を持てる隼人が恐ろしい。

「楓さん、残念でしたね。隼人さん、理佐さんと別れたそうですよ」

 でも、と祐希は自己否定する。楓が首尾よく隼人と付き合ったとしても、あんな程度の仕打ちをされただけで怒って破局する男とは、あっという間ではないだろうか。

(やっぱり、わたしは隼人さんは好きになれないな……)

 味方としては頼もしいといえるのだが、その力がこちらに向いたときのことを思うと、やはり怖い。その力で、3人殺しているのだ。

 『あおぞら』への所属を続けるか否か。祐希は心を揺らしながら、いつまでも答えの返ってこない墓標を見つめ続けた。


4.


 琴音はレーヌ討伐完了の連絡を受けたことを鈴香に伝えると、ため息をついた。

「まさか、身内だったなんて……ひどい話だわ……」

「何が目的だったんだろうね? その人」

 琴音は首を振る。メールにはそこまで踏み込んだ記述は無かったのだ。

「裏切りかぁ……お金かな……?」

「鈴香はお金のために裏切るの? わたしを」

 ちょっと意地悪を言ってみる。

「鷹取と海原から逃げ切れる保証があるなら、それでもいいかな」

 面白げな目で見られて、意地悪を返された。

「あんたは実感が湧かないかもしれないけど、お金ってすごい魅力なんだよ?」

「知ってるわよ、そんなこと」

 小学校卒業まで、毎月のお小遣いは学年数掛ける300円だったのだ。未だに高額な買い物をする時には、資金残を欠かさずチェックしてしまう。

「クレジットカードは高校卒業まで持たせてもらえなかったし」

「でもそこからいきなりブラックカードじゃん!」

 あたしなんか大学生協のクレジットカードなのに。鈴香はそうぼやくと昼食代わりのポテチを口に放り込んでいる。

「またそんな油物をがっついて……太るわよ」

「貧乏学生にとっては貴重なエネルギーです」

 今日はやけにツンケンしてる。そのむくれ顔が、急に難しいものに変わった。

「裏切って、その先に何を見てたんだろ……」

「それこそお金じゃないの?」

 と切り返してみる。琴音はお茶を一口飲むと続けた。

「伯爵家に付いて日本侵略を手伝ったほうが得だ。そう思って裏切ったんだろうし」

 問題は、とさらに続ける。鈴香は黙ったままだ。

「これで伯爵家がどう出てくるか、ね。ますます先鋭化、過激化する可能性が高いけど」

「もういっそ――」

 鈴香がぼそりとつぶやく。

「沙耶様をあっちに送り込んで、全部叩き潰してもらえばいいのに」

「あなたって、時々突拍子もないこと言うよね」

 琴音は呆れた。

「伯爵家は、最近流行りのテロ組織じゃないのよ? あの国でディアーブルの侵攻を食い止めている――」

「じゃあ、なんで攻めて来るのよ!」

「説明受けたでしょ? 伯爵が不老不死の身体を得るため、日本を支配下に置くため、って」

「やっぱり、誰かがそそのかしてるんだわ。じゃなきゃこんな無理筋、絶対おかしいもん」

 その可能性については現在調査が進められており、伯爵家の屋敷に頻繁に出入りする日系と思しき中年男性の存在が確認されている。そしてその男が、まったく正体をつかめない、敵ながら天晴れな人物であることも。

 そのことを鈴香に伝えようとして、琴音は思いとどまった。彼女に諜報・謀略系の話はなるべく聞かせたくない。また、聞かせないように鷹取の総領からも指示を受けている。

 彼女には、鷹取家の手の内を知られては困るのだ。後々のために。

 物問いたげな鈴香の顔に笑ってごまかして、琴音は無難な話題に切り替えようと頭をフル回転させた。


5.


 『あおぞら』西東京支部の支部長室では、支部長の可奈が会長からの電話を受けていた。

『今回の不祥事に対する処分を伝えます』

 会長の声は平板なもの。

『可奈さん、あなたは30パーセントの減給を3ヵ月よ。サポートスタッフリーダーの横田君は譴責処分。私は50パーセントの減給を1年と、賞与カットを1年。以上です』

「分かりました。申しわけありませんでした」

 電話の向こうに向かって、素直に頭を下げる。その耳に、会長の声が飛び込んできた。平板さから打って変わった、悔悟の念のこもった声が。

『正直、失敗したと思ってるわ。あそこまで思い詰めてたなんて……今後のフロントスタッフ希望者の取り扱いも、考え直すつもりよ』

「私もです」

 それは、本心から出た言葉だった。

「一言の元に却下するのではなく、私の白水晶で、本人が納得するまで試させてあげればよかった……」

 本当に、悔いしか残らない。可奈は涙をこらえようとうつむいた。

『さあ、問題はこれからよ。おそらく敵は手駒を失ったことで、主力が乗り込んでくるわ』

 一瞬だけ愕然とし、そして気を引き締める。

 そう、これでENDクレジットが出たわけではないのだ。

「スタッフの心理的ケアを急ぎます」

『そうね。専門家にそちらへ行ってもらうわ』

 その専門家との面談日程を相談して、通話は終わりかけたのだが、

『可奈さん――』

 会長の声は続く。

『敵は、ニコラが来るわ』

「ニコラ? 伯爵ではなく?」

 ええ、とつぶやく会長の声には、何か言い知れぬ淀みが混じっている気がする。

『伯爵は、もう長くない。信頼できる筋からの情報よ』

 可奈の胸中に、言い知れない感情が湧いた。22年前に自分たちと死闘を繰り広げた男が、現世から退場しようとしている。最悪の置き土産を残して。

『敵の出方によっては、やはりこの・・・を誰かに託さざるを得ないわ。ニコラ相手には使えないけど』

 やはり――

「善処します」

 そう、絞り出さざるを得なかった。


6.


 千早は圭と、圭の部屋で酒を飲んでいた。

「やっぱ、だめだったね……」

 そう言いながらも、圭のため息にはほっとしたような雰囲気が感じ取れる。そのことに言及すると、圭ににらまれた。

「なんでいけないのさ? 隼人はあのサイコちゃんから解放される。サイコちゃんは自分でやらかしたからスッキリ踏ん切りがつく、くるみちゃんやなごみちゃんは小姑化しなくてすむ。ばっちりじゃん?」

「全然良くないよ!」

 圭の驚く顔にさらにむかつきを加速させて、千早はまくし立てた。

「真紀ちゃんからのメール、見せたでしょ? 『みんな、隼人君が水臭いって言ってる』って、まったく隼人のこと分かってない! るいちゃんはふざけたメールしかよこさないし、理佐ちゃんは自分勝手だし! 優菜ちゃんや美紀ちゃんも、見損なったよ! ほんとになんにも分かってない!」

「千早――」

 圭の憮然とした瞳は、本心だろう。

「なんで泣いてるの?」

 あんたには分からないよ、というセリフを飲み込んで、千早はそっぽを向いた。

 隼人は、全てを背負ったのだ。

 仲間を裏切り者として告発する役を。

 そして、その裏切り者を始末する役を。

 自分を裏切ったことを奇貨として、誰の手も血に染めさせることなく。

 いつもそうやって、自分独りで背負って、他人をかばって、傷ついて。

 理佐なら。

 彼とともに戦っている彼女なら、隼人が背負いがちな重荷を分け合ってくれると思ってた。

 千早が逃げた役を、やり遂げられる人だと勝手に思っていた。

 だが、違った。

 彼女は、ただひたすら自分を見てほしかったのだ。

 他人を見る気など、なかったのだ――

 千早は思う。たとえこの件が無かったとしても、早晩隼人と理佐は破局していただろう。

 ……隼人は、どこへ向かうのだろう。いつになったら、彼に安息が訪れるのだろう。

 千早の涙は、フローリングを濡らし続けた。


7.


 アンヌの安息は、早朝に破られた。

 うやうやしく、いや、慇懃無礼に部屋へと押し入ってきたミシェルに告げられたのだ。

 アンヌとソフィーに対する逮捕拘束の断が下されたと。

「何を根拠にこのような不埒に及ぶのか!!」

 得たりと嗤うミシェルは、ご丁寧にも巻かれた一枚紙を広げると、読み上げ始めた。

「一、敵を殲滅すべく励むべきところ、それを怠り、あまつさえ敵と誼を通じたこと。

 一、鷹取家からの警告を考慮せず、鳥人体にて飛び回ったこと。

 一、命令を下す権威に服せず、蔑ろにしたこと。

 上記の咎をもって、アンヌ・ド・ヴァイユーを拘束し、一室にて蟄居の身とす。

         ヴァイユー家摂政 ニコラ・ド・ヴァイユー」

「言いがかりもはなはだしい! そもそも、何ゆえニコラ殿が摂政などと名乗られるのか!」

 また嗤うニコラの手先は、今度は文書のコピーを提示してきた。

 眺め見て、絶句する。父伯爵からニコラに全てを委任する文書であった。

「だとしても、言いがかりに違いはない!」

「往生際が悪うございますな」

 紙類をまとめてリシャールに手渡すと、ミシェルは今度は小ぶりな紙を取り出した。

「これを見ても、まだシラを切るおつもりで?」

 それは、L版の印画紙であった。そこに印刷されているのは、先日ラーメン屋で邂逅した敵と路上で会話している、アンヌとソフィーの姿だった。

 自分たちを尾行してきた者に写真を撮られたことを察して、アンヌは開き直った。

「これは偶然あやつらと同じ飲食店になっただけだ」

「2番目についてはどのように言いわけをされるおつもりで?」

 意味がさっぱり分からない。

「鷹取家からの警告とはなんだ? 私は知らんぞ?」

「またまたお戯れを。申し上げましたよ、私は」

 嘘だ。ミシェルの眼は、アンヌを陥れた快感に酔っている。

 もはや3番目の真偽など聞き質す気も起きず、アンヌは奥歯を噛みしめた。この小男が見せていたうやうやしい態度は、彼女を陥れるまでの仮面であったことにようやく気付いたのだ。

 ミシェルがアゴをしゃくると、下役たちがアンヌを取り囲んで、抑縛呪を掛け始めた。

「ベルゾーイは?」

「お嬢様の忠実な執事、のことですかな?」

 忠実な、に嫌味たっぷりのアクセントを被せて、ミシェルの大口はいよいよ受け月状に釣り上がる。

「我々が部屋に踏み込んだ時には、とっくに風を食らって逃げ去っていましたよ。しょせんは他所人、忠誠など期待できるものではありませんなぁ」

 お前が言うな。そう毒づいたつぶやきへのミシェルの反応を聞き流しつつ、アンヌは記憶を呼び起こす。

 先日、就寝間際の寝室に滑り込んできた執事は、無礼を詫びる間も惜しいように、アンヌに言付けを託したのだ。

 彼が想定した事態は、これだったのだろうか。ならば。

「ちょっと待て」

 幽閉先の部屋へと引き立てられていく――先ほどまでいた部屋は近日中に来たるニコラが使うらしい――時に、アンヌは一声発した。

「修理に出すようベルゾーイに渡してあった時計を回収させてくれないか?」

「無理ですな」

 とミシェルの返答はにべもないもの。だが、

「頼む。私が亡き母から高校卒業の時にもらった形見なのだ」

 と言えば、断れまい。

 案の定、ミシェルはベルゾーイの部屋に立ち寄らせてくれた。背後の下役たちに、アンヌがおかしな動きをしたらすぐに斬り捨てられるよう目配せをしながらではあったが。

 ゆっくりと、コレクションケースの中にかけられている時計たちを見定め、記憶に刻み込む。

「ありましたかな?」

「……無い」

 がっくりうなだれる――ふりをする。あれ・・が無い、ということは。

「くくくっ。おおかた逃走資金の足しにでもするつもりでしょう。ご心配なく。先ほど日本の警察にも通報しましたから。戻ってくるといいですな」

 気落ちしたまま、アンヌは小窓しかない部屋へと放り込まれた。ソフィーがどうなったかは、ついに教えてもらえなかったが、落ち込んでいる暇はない。

 体がなまらないようにしなければ。

 アンヌは抑縛呪で自由の効かない身体を押して、室内でできるトレーニングを早速始めた。疑われたら、いつか帰国してディアーブル討伐のお役に立ちたいからとでも言っておくか。

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