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第9章 惨劇のレーヌ(後篇)

1.


 変身を叫んだ隼人の胸に押し当てた白水晶から、膨大な光が溢れ出す。

「ちっ! させるか!」

 レーヌはオーガをけしかけると、自身も白水晶を輝かせた。

 隼人は慌てずにいつもの動作で光をつかみ、右へマントのごとく振り払うと、その光にはたかれてオーガたちは仰向けに転倒してしまった!

 続いて発射されたレーヌの光線も、今度は左に振った光のマントで彼方へ弾き、隼人はマントの勢いのまま身体にそれを巻きつかせて、変身を完了した。

「ふん、やるね」と口元を歪めたレーヌを指差す。

「さあ、そのニヤけた面、叩き直してやる!」

 エンデュミオール・ブラックはまず、オーガの群れの右端にいる1体に向かって吶喊した。

 こちらを視認して雄叫びを上げるオーガに急速接近する。取り囲もうと動き始めた他のオーガたちを横目でちらりと確認して、ブラックは急停止した。

「プリズム・ウォール!」

 目前のオーガを含む5体とレーヌを光の壁で取り囲む!

「よし! まずは――」

 左に90度回転しながら、ブラックはラ・プラス フォールトを発動!

 気合とともに発した光線がレーヌの右側を守っていたオーガに命中し、爆散させた。続けてその隣に光線を打ち込もうとして、光壁の破壊される音を聞く。レーヌに破壊されたのだ。

 ブラックは素早く動いた。ダッシュで今度は群れの左端に向かって、ついでにスライスアローを乱射してレーヌの動きを抑えながら。

 今夜の戦闘プランは、『敵の分断』だ。

 1対13では勝ち目が無い。バルディオール・エペのような俊敏にして強靭な脚力も、自在に飛びまわれる翼も持っていない身としては、敵をできるだけ多くプリズム・ウォールで足止めして、そのあいだに残敵を攻撃して減らすしかない。

 このあいだ練習した自爆技、インフィニット・ダイナマイトを使う手もある。だが、できるだけレーヌに近づいて発動させるためにはオーガを減らさねばならないし、そもそも発動するかどうか不確かなスキルに頼らねばならない状況ではない。

 レーヌの光線スキルが発動する兆候を右目の隅に捉える。あれは、小型バリアスキルでは防げないだろう。

 プリズムウォールを発動! だが十分にエネルギーを溜められなかったため、3体しか囲めなかった。そして、反射的にブラックがしゃがむと。その頭があったあたりを光線が轟音を上げて通過し、慣性で残っていた後ろ髪の襟足が焦げる嫌な臭いがした。

 勢い余って前受け身で距離を取り、振り向きざまにラティウス光線を、今度は横薙ぎに放つ! 慌ててしゃがんだレーヌの黒髪も一部焦げ、ブラックを追いかけ始めていたオーガたちが次々に光線を浴びて悲鳴を上げた。

「女の命を焦がすなんて!」

「女の生命を奪ったくせに!」

 言い返されて、レーヌの口が歪む。

「はん! 女殺しはお前もだろ! 2人も殺しやがって!」

「あんたが3人目さ」と負けずに言い返しながら、ブラックは唐突に思う。

(利次も、生前は女扱いされて怒ってたのかな?)

 立ち直って襲い来るオーガたちにラディウス光線とヴェティカルギロチンをお見舞いしながら、徐々に光壁から離れる。どうせすぐにレーヌによって破壊されるのだから。

 だがレーヌは別の選択肢を選び、ブラックにはチャンスが来た。

 レーヌが両手を高々と天に向かって差し上げ、スキルを発動する。

「メルシィ デ・ラ・レーヌ」

「今だ!」

 ブラックは両腕を十文字に組んで、

「ラディウス光線!」

 スキル名も高らかに、レーヌの胴体に向かって発射した!

 意気揚々としていたレーヌの顔色が変わる。光の雨こそ放出に成功したものの、飛び退って無様に転倒してしまった。

「追い討ち――どころじゃないか」

 光雨が中途半端な量で完全治癒はならなかったものの、オーガたちはあるじの恩寵に勇んでブラックに集団攻撃を仕掛けてきたのだ。

 腰の後ろに装着した三段ロッドを引き抜く。展長させながら、ブラックは手近なオーガにロッドを叩きつけようとしたが、これは手で払われてしまった。囲まれるのはまずいと一旦跳躍して、距離を取る。

(残り11体とレーヌ、か……)

 三段ロッドを構え直して、ブラックは呼吸を整えた。


2.


 隼人が去ってどれほど経っただろうか――

「あかんやん!!」

 美紀の叫び声に、理佐はびくりと震えた。

 理佐はあの直後から、その場に崩れ落ちて抜け殻のようになってしまっていた。それを見下ろしながら、優菜たちもまた気が動転して、考えがまとまらない。

 隼人の援軍に向かうか。でも、理佐をこのままにはしておけないし。

 『レーヌ、いや長谷川が隼人に倒される。あるいは返り討ちにあう』という嫌な場面を見たくない。そういう心理が働いたのか、るいと二人して理佐を慰め、おろおろするばかり。そんな優菜の元に、美紀から電話がかかってきたのだ。

 事情を話したら、双子がタクシーまで使ってすっ飛んできた。浅間駅に帰り着いて隼人の携帯にかけたが、電源が切られていたから優菜にかけたのだ、と言う。

 美紀が理佐の腕をつかんだ。力の入らないそれを懸命に上へと引っ張る。

「早くせな! 行くで!」

「……どこへ?」と理佐の声は生気がない。

「なに言うてんの!」

 美紀はがなった。

「隼人君に謝りに行かな!」

「で、でも、もう……」

「早く謝らんと、取り返しがつかなくなるんやで?」

 美紀の眼は潤み、真剣そのもの。その瞳で理佐の顔をのぞき込み、厳かに告げる。

「土下座して、額を地面に叩きつけて謝るんやで」

「そ、そんなこと……」

「できないの? 隼人君のこと、好きなんやろ?」

 美紀の少し脇では、るいと真紀がヒソヒソやっている。

(ねーやん?)

(なに?)

(なんでこーゆーときは、ユニゾンしないの?)

 真紀は鼻で笑った。

(ウチはな、美紀のクローンちゃうの。現実的で冴えた女なの)

(現実的ってーと?)

(隼人君の禁忌に触れた女に慰めの言葉をかけるなんて無駄なことはせーへんのよ)

「後ろ! うるさい! 見てみーな理佐ちゃん泣いちゃったやないの!」

「と、取りあえず、隼人のところに行かなきゃ!」

 美紀の怒号に勢いを得て、優菜は焦った。

「あ、そーだ。レーヌと今ごろ戦ってるんだっけ?」

 るい、お前、素で忘れてたのか? 優菜は今ほどこの女をドツキたいと思ったことはない。

 それはあとのことにして、優菜は周りを素早く見回した。

「どしたん? 優菜ちゃん」

「変身できるところを探してるんだよ。変身して、屋根とかを伝って行ったほうが速いだろ?」

「えーでもー、こっからあの跡地までって――」

 るいがスマホで経路検索を始める。

「――国道を横切らなきゃだめじゃん。あの恰好で横断歩道、渡る?」

 真紀の質量操作系なら大跳躍で越えられるかもしれないが、"あの恰好"は、確かに衆目に曝すにはちょっとキツい。それでも、早く行かないと隼人が……優菜は焦る。

「うんうん、でやね、現実的な冴えた女のウチが――」

 真紀が胸を張ったとたん、彼女のスマホが着信音を奏でた。

「あ、もしもし、真紀です――はい、正門前でお願いします――はい、今から行きます。ほなまた」

 通話を終えて、また胸を張る。

「駅を出る前に、支部に車の手配をお願いしときました」

 褒めるのもそこそこに、優菜たちは正門の向こうで明滅しているハザードランプを目指して走った。


3.


 エンデュミオール・ブラックは、劣勢に立たされつつあった。

 こちらの戦法を把握したレーヌが、あえてオーガを二手に分け、ブラックを常に前後から挟み撃ちさせるように仕向けたのだ。もちろん自分の直衛として1体を常にはべらせておくことは忘れずに。

 奮戦して5体目のオーガを倒したものの、プリズムウォールの多用によってブラックの息は上がり始め、挟撃に対応できなくなりつつあった。身体にも手足にも、オーガによる傷が増えてきている。

 プリズムウォールをレーヌがいる側に向かって構築する。背後の3体と勝負だ。

 くるりと振り向いて、光をまとわせた三段ロッドを突き出す。手応えあって、オーガが1体悲鳴を上げた。もはや光線技はここぞという時にしか使えない。そして省エネスキルである三段ロッドによる近接戦闘が、徐々にブラックの手傷を増やし、貴重な体力を削っていく。

「ぐっ……!」

 突きが成功したことで生まれた隙に、オーガが脇から突進してきた。そのままぶちかましをかまされて、ぐらつく。むやみに振り回した三段ロッドの柄がバックブロー気味に当たり、そのオーガはたたらを踏んで後退した。そのあいだにもう1体と、先ほど突きを食らわせたオーガが襲い掛かってくる。

 三段ロッドが重い。だがインフィニティ・ブレイドの使用はさらに体力を消耗するだろう。

 光壁が破壊される音も聞こえてきた。そちらに眼を向ける余裕もなく、3体のオーガと命の削りあいをするブラックに、レーヌから嘲弄が届く。

「ふふふ、まだそんな無様な踊りを踊ってるのね。いいかげん、あきらめたら? 楽になるわよ」

 へっ、と口を曲げてつばを吐く。あるじに気を取られたオーガの1体を渾身の力でぶった斬って、ブラックはさらに笑った。

「ライフタイマーが鳴ってからが……本番だぜ……」

 こうなったら、やはりあのスキルをやるしかないのか。

 レーヌがブラックの減らず口に応えようと口を開きかけたその時、機先を制する声が頭上から降ってきた。

「とはいえ、ちょっと数が多すぎるわね」

 声の主は月を背にして、キャラクターショップの上に立っていた。それは奇しくもブラックが対バルディオール・ラクシャ戦で立った位置と同じであったが、姿形はまるで違う。

 ふくよかな長身に乗ったふっくらとした顔。その頭部を彩る髪色は月明かりでもはっきり分かるブラッディ・オレンジで、前頭部に傾けて被ったベレー帽の黒が引き締めている。

 髪と同じ色が複雑な文様で踊っている、白を基調とした上着とロングスカート。白いエナメル調のピンヒールを履いた足が、キャラクターショップの屋根を蹴る。

 くるりと前転しながら飛び降りて、ブラックの横に舞い降りた乱入者は、驚くべき行動に出た。至近のオーガも、3歩ほど離れた別個体も、流れるような動きで拳を叩き込んでレーヌのほうへ吹き飛ばしてしまったのだ!

 うめく間もなく事切れて塵と消滅していくオーガたちを、レーヌは嘆かなかった。

 自分が苦戦したオーガたちを瞬殺されたブラックも、そのさまを嘆かなかった。

 彼女たちは別のことに驚愕していたのだ。

「会長……!」

 そう、この緊迫の戦場に降り立ったのは、『あおぞら』の会長その人だった。ふわりと笑ったその容貌に少し不似合いな大人びた声が、形のいい唇から漏れる。

「直に会うのは、2人とも初めてね」

 今度はにっこりと、簡潔に。

「こんばんわ」

 この死戦の場にそぐわない明るく気が抜けるような挨拶にあっけに取られたのも束の間、レーヌがひねた笑いを始めた。

「ククククク、なによ今さら。あたしのこの力を見て、スカウトしに来たっての?」

「冗談は顔と脳味噌だけにして頂戴」

 会長は、にべもなかった。笑顔のまま、宣告がレーヌに突きつけられる。

「裏切り者を粛清しに来たのよ。できればブラックに――」

 ちらりとブラックを見て、視線を戻す。

「――ブラックにがんばってほしかったけど、仕方がないわね。身内の不始末は自分で処理する。それがうち……わたしの信条だもの」

 レーヌの顔が、怒りにどす黒く歪む。

「お前が死ね、デブ!」

「失敬ね、こんなにくびれてるのに。ふくよかと言ってほしいわ」

「んなことはいいから会長!」

 戦闘再開の気配を感じて、ブラックはウェストに両手を添えて強調している格好の会長を背にかばった。オーガたちが唸り声を上げながら動き始めているのだ。

「俺が食い止めますから、早く変身してください!」

「必要無いわ」

 それが、勢い込むブラックの気遣いに対する返答だった。

「だって、もうしてるもの」

 意外すぎる発言に振り向いたブラックに、会長はぺろりと小さく舌を出すと、ゆっくりとベレー帽を取った。前頭部に現れて月明かりを鈍く跳ね返す白水晶をブラックと、同じく驚愕に眼を見開くレーヌに示して。

「惑乱と厄災の戦士、エンデュミオール・カラミティ」

 厳かに、しかし明らかに不吉な名乗りを行うと、会長――カラミティはブラックを見た。

「ブラック、私にスキルを放ちなさい」

「え?! なんで――「いいから、早く」

 オーガの騒々しい足音と、意味不明の金切声を上げるレーヌのスキル発動の光を同時に知覚する。

「ああ、小さめのスキルにしてね」

 カラミティは周りを見て小さく笑う。

「一応ここ他所様の土地だから、建物の被害は最小限にしないと」

 よく分からないが、詳細を問いただす暇が無い。ブラックは急いで両腕を十字に組み合わせ、ラディウス光線をカラミティに向かって短く放った。そして反転し、オーガを迎え撃つ体制に入る。

 そのせいで、ブラックは見逃した。会長が自身にに向かってくる光線に、そっけなく片手をかざしただけであったことを。彼女の口が、スキル名を詠唱するためにわずかに開いたことを。

 次の瞬間、ブラックの全周を白い光が支配した。


4.


 帰宅渋滞のため、国道周辺を抜けるのに時間がかかってしまった。優菜はじりじりした焦りを吹き飛ばすように、ミニバンのスライドドアを勢いよく開けて外に飛び出た。

 隼人を助けに行かなきゃ。その気持ちが先走って、止まれない。だからつい大声になる。

「るい! どっち?」

「なんで怒ってるの? んーと、あっちだね」

「よし! 行くぞ!」

 ようやく降車し終わったみんなの驚く声を置き去りにして、走る。疾く、疾く。

 私は車で現地まで行くから、とういう永田の声も置き去り――にはならなかった。あっという間に、不思議そうな顔をした永田車に追い抜かれてしまう。

(ちくしょう、なんでこんなに遅いんだ、今日のあたし……このままじゃ……)

 優菜の勢いは、追いついてきたみんなに止められた。

「優菜ちゃん、愛しの隼人君を早く助けに行きたい気持ちは分かるけどやね――」

「なんだよ!」

「変身が先ちゃう?」

 優菜の赤面は、急な運動のせいにあらず。慌てて白水晶を取り出して、変身に都合のよい場所を探す優菜の耳に、双子の会話が届く。

「"愛しの"を否定せーへんかったね」

「そりゃもう、理佐ちゃんの自爆であたしのターン! やもん、ここでキバらにゃどこですんねんな」

「もしもし? ミキマキちゃん?」

 るいが笑い始めた。相変わらず緊張感が無い。

「この状況で味方を1名戦闘不能にするのはやめていただけませんかね?」

 理佐が地に沈んでいるのを無視して、優菜は適切な暗がりまで走って飛び込むと、エンデュミオール・ルージュに変身を遂げた。ばらばらとやってくる仲間たちも変身するのを辛抱強く待って、るい――エンデュミオール・アクアに詰め寄る。

「どっち?!」

 ルージュは、アクアの返答を待つ必要は無くなった。

 パッ、と閃光が走る。それはルージュたちのいる暗がりを取り巻いただけでなく、道路も、家々も白く染めた。

 反射的に身をかがめた彼女たちに続いて襲ってきたのは、瞬時の白から覇権を取り戻した夜の黒ではなく、爆発の轟音だった。音の波が木々や窓ガラスを揺らし、鼓膜もビリビリさせる。

 耳を塞ぎながら暗がりから顔をのぞかせたイエローがわななく。

「なんやの、あの雲……!」

 その震え声に釣られて暗がりから出たルージュは見た。

 彼方に立ち上る、赤白色の火柱を。それに吹き上げられ、やがて頂上付近でキノコ状に形を為す爆煙を。

「隼人……!」

 外に出てきて火柱を眺める近在の人々の目に構わず、ルージュは疾走した。



 どれだけ疾走と屋根伝いの跳躍を繰り返しただろうか。

 目的地である廃墟は半壊していた。尋常ではない高熱に曝されたと思しきがれきの中を縫って、ルージュは走る。

「ブラック! ブラック! どこだ!」

 やや遅れて追いついてきた仲間とともにたどり着いた中央広場の光景に、ルージュたちは言葉を失った。

 目の前にいる人物は3名。

 一人はエンデュミオール・ブラック。肩で息をしながら、やってきたルージュたちを見つけたようだ。先ほどの爆発による被害を免れた様子にルージュはほっとしたが、その表情は明るくない。

 その向こうでアスファルトに膝を突いているのは、バルディオール・レーヌだ。新参の敵を発見して立ち上がろうとしたが、足に力が入らずまた崩れ折れてしまう。

 そして、ブラッディ・オレンジの髪色の女性。彼女もレーヌとほぼ同時にルージュたちを知覚したようだ。振り向いたその顔を見て、ルージュは彼女が会長であることに気付いた。

「遅かったわね」

 一言だけ述べてにっと笑うと、会長はレーヌに向き直った。

「とっさにバリアを張ったにしては、なかなかやるじゃない」

 会長の言葉はさておいて、ブラックの安否を気遣って走り寄ったルージュは、ブラックの惨状を見て愕然とした。腕にも、胸にも、脚にも、多数の傷がある。もはや治癒する体力も残っていないのだろうか。

「イエロー――」

 黙ってうなずいて、イエローはブラックを治癒した。全快して礼を述べたブラックの表情は、しかし緩まなかった。

「さ、決着を付けよう」

 それがレーヌに向けられた言葉であるのを知って顔を振り向けたルージュは、短く叫んで口に手を当てた。

 近づいてみて、初めて見えるものがある。見たくない、見るべきではなかったものまで。

 レーヌは総身を焼かれていた。黒髪は全て失ったわけではないものの短く縮れ、コスチュームも焦げている。おそらくむき出しの肌の部分は火傷を負っているのだろう。顔はさすがにかばったと見えるが、月明かりの下でも痛々しさが見て取れた。

「え?! てことはこの地面の黒いのって……」

「そう――」と解説口調の会長は楽しそう。

「かつてオーガだった消し炭よ」

 焼けただれた広場の舗装タイルに小さな山を為す消し炭の数は4つ。ルージュはめまいに襲われた。想像を絶する高火力だ。先ほどのキノコ雲まで形成した火柱の結果だった。

 ブラックが胸の前で両手を合わせる。白水晶が光を生み出し、やがて増大したそれを、ブラックは両手を左右に広げることで大きく伸ばした。

「! ブラック、ダメ!」

「そ、そうよ!」とようやくブランシュが声を出した。

「あれは、長谷川さんなんでしょ? 駄目よ!」

「そう――」

 ブラックはレーヌをにらんだまま吐き捨てた。静かに、有無を言わさぬ口調で。

「裏切者だ」

 その言葉に殴られ、それでも止める言葉を探すルージュたちに、レーヌの罵声が襲いかかった。

「はっ! ここで……まで、良い子ぶりっこかよ! 大変だな……男にアピール……アピールか!」

「長谷川さん……なんでそんなこと……」

 ブランシュの頬を涙がつたう。

 なおも立ち上がろうともがきながら、苦痛に顔まで歪ませながら、レーヌは毒を吐き続ける。

「な……仲間だと……思ってるのか……こん……な、あたしを……」

「そうですよ、仲間です!」

 ルージュの我慢も限界に達した。流れ始めた涙もぬぐおうとせず、呼びかける。

「一緒に戦ったじゃないですか! 一緒に……買い物だって……」

「……ありがとう……」

 ついにうつむいて、ぼそりとつぶやいたレーヌ。ルージュは涙をぬぐうと振り向いて、

「イエロー、治癒して」

 なぜ、イエローは、グリーンとアクアまで首を振るの?

「嘘だよ! けっ! 甘い甘い……く……仲間なんて……誰がお前らみたいな……オス臭っさい泥人形に――」

「もう黙れ」

 スキルの発動を取り止めて静観していたブラックが一声発して、また白水晶の光を増幅させる。

「ブラック! やめて!」

 ブランシュが叫んでブラックの腕を押さえようとするが、今の彼女ではを止められるはずもなく。

 ラ・プラス フォールトの光の束が、L字に組まれた腕から発射された。光の束は狙い過たずレーヌを貫き、絶叫がほとばしる。

 地に伏せてうずくまり、耳を硬く塞いだブランシュ。

 目を閉じ、首を横に振り続けるアクア。その仕草は現実の否定か、はたまた『やれやれ』なのか。

 厳しく、しかし哀しみのこもった目つきで断末魔を見すえるイエローとグリーン、そして会長。ルージュにとっては心を掻き毟られるような絶命の叫びにも、眉一つ動かさない。

 ブラックも同様に、レーヌの黒水晶が砕け散るさまを見つめていた。わずかに、唇を噛み締める音が聞こえたのは、ルージュの願望なのかもしれない。

 そして、そんな仲間たちを見ることで現実から目を背けて。ルージュは泣いた。一体誰に向けた涙か、分からないまま。ルージュは、優菜はそんな理詰めで生きてはいないのだから。

「じゃ、俺、帰るわ」

 歩き出す時少しよろめきながら、差し伸べたルージュの手に首を振って、ブラックは中央広場の彼方にある駐輪場へと向かった。

「支部には行かないの?」

 と聞くアクアに背中を向けたまま、手を上げて振っている。

 その歩みは途中で止まった。仰向けに倒れた長谷川の遺体を少しだけ見つめ、かがみこむ。

 まだ何かする気なのか。もうやめてと走り寄ろうとしたルージュの両腕が優しくつかまれる。イエローとグリーンが何も言わず微かに首を振って、見守るよう促してくる。

 ブラックは片膝を突き、遺体の顔に手を添えて、見開いたまま絶命した長谷川のまぶたを閉じさせていた。

 やがて立ち上がり、大きくため息を一つつくと、ブラックは建物の影に消えていく。

 いつの間にか吹き始めた風が髪を揺さぶるなか、ルージュは星空を見上げて、また哭き始めた。

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