1-6 笑わせないでくれるかな
探求者登録は完了した。
しかし、支払った代償――もとい資金も多かった。
残る銀貨は一枚弱……というのも既に過去の話。
現在彼等は酒場の一角に腰を掛け、少し早めの昼食を取っていた。
残るは銅貨三〇枚程度。
もはや無いに等しい。
資金調達は最重要案件といっても過言ではないだろう。
「とはいったものの、あの『塔』に向かうのならそれなりの情報収集が必要になってくる訳だが」
「何も知らないまま迷宮に入って、予想外に敵が強くてあっさり死んじゃうって可能性もあるしねー」
「この時代の戦闘力水準が分からない以上、何かと注意して行動しないと痛い目を見るだろうね」
皿に盛られた料理を完食した二人は、息を吐きながら背凭れに寄りかかる。
ギルド内に入った直後よりも向けられる視線は少なくなった。
シグルーン=ランドグリーズが注意を引いたお陰だろう。
未だ向けられる視線も、美人名エストリカへの好奇的なものがほとんどだ。
セルディアはジョッキに注がれた冷たい水をちびちびと飲みながら、
「……で、例の『塔』についてだけれど。聞こえてくる話によると【天昇迷宮】って言うみたいだね」
「思ったとおり迷宮でしたってね。その名の通り天に昇る迷宮。何階層まであるのかは分からない。分かっているのは、一つの階層には四体の守護者と階層主の守護獣がいる事と、最前線が第四階層まで到達しているって事くらい」
「その最前線……第四階層の第四守護者をさっきのシグルーンって人が率いるクランが攻略した、と」
それら全てが、探求者が噂しているのを聞き耳立てて手に入れた情報である。
迷宮構造については、探求者がこぼす断片的な情報から勝手に推測したものだが、間違いは何処にもない。
「天辺まで何階層あるか分からないって事は、その最前線が全体の何割かっていうのも分からない」
「そうねー。攻略スピードが遅いだけかもしれないけれど、あの精霊術師の子でさえそれしか進んでいないって事は、迷宮内の魔物が外の魔物より強い可能性もある」
今までセルディアは様々な敵と戦ってきた。
魔性大陸に住まう魔物や、戦争をしにやってきた人族の戦士達。
加えて、魔族の王を殺すべく組まれた精鋭、勇者が率いる四人パーティ。
それらを越える敵がいるかもしれない。
「ここの探求者は主にあの迷宮で魔物を倒して生計を立てている。郷に入っては郷に従えって言うし。敵の強さがどうであれ、一先ず今日の午後から偵察も兼ねて潜ってみようか」
「案外、『迷宮を探索して金を求める』から探求者なのかもね」
「あるある」
笑いながら会話を交わし、早速受付嬢さんに色々質問しよう、と方針が定まった時だった。
ギルドの扉が開く音と同時に、再び探求者達がざわめき出す。
シグルーンの時とは明らかに違う。
存在そのものを嘲笑うかの様に湧き上がる囁き声に、何事かとセルディアは扉の方へ振り返り、
「……そういうことか」
ポツリと呟く。
扉の前には、彼と歳が同じくらいだろう一人の少女が立っていた。
この世界ではそう珍しくもない金髪ロングに碧眼。
黒・赤・白で彩られたミニスカートバトルドレス。
腰に巻かれた帯には一振りの剣が吊るしてある。
だが、そんな彼女の整った容姿よりも目立つものがあった。
いいや、生えていたと言うべきか。
「狐耳に狐の尾……あの子、半獣だね」
獣族と半獣を見分けるのは簡単だ。
この世界において、獣族は『動物をそのまま人型等身にした』姿を持っている。
対して半獣は人の姿に何かしら動物的特長が拭かされた形。
ようは、人の頭に猫の耳が生えていたり、人の身体に犬の尻尾が生えていたりする訳だ。
「へー。今の時代はハーフが堂々と街中を歩けるんだ」
「……いいや、そういう訳では無さそうだ」
セルディアは嫌な囁き声に眉を顰めながら言う。
表立って彼女を非難するような声は上がらない。
どちらかというと、関わりたくないという雰囲気を伺えた。
「どう考えても歓迎ってムードじゃない」
「ま、それはそうだけどさー。昔なんて、ハーフは町を歩くだけで石やらなにやらをぶつけられてたくらいだし。陰口なんてまだ良い方じゃない?」
「言われている当人はそんな前向きな考え方を出来ないものだよ」
確かにエストリカの言うとおり、町で普通の生活が出来るというのはかなりの進歩なのだろう。
昔と、比べれば。
だが今を生きている彼女のようなハーフにとって、昔がどうだったかなんて関係はないのだ。
昔に比べれば、なんて言葉は何の慰めにもなりはしない。
差別され、影で虐げられる日々は、間違いなく彼女の心を蝕んでいるだろう。
「……、」
どうやら少女は依頼の受注に来たらしい。
幾つもの依頼書が貼り付けられたボードの前で何かを選び、カウンターへと向かう。
決して好意的とはいえない表情の受付嬢と何言か会話した後、そのまま扉へ引き返す。
そんな彼女の背中に、声が掛けられた。
「よぉフレア、今日もせっせと探求者活動か?」
声の主は黒いインナーを纏う屈強な男だった。
横にはその仲間と思わしき二人組みが立っている。
三人で共通しているのは、少女を見下すそのニヤついた表情だった。
「……ノルベルト。ええ、そうよ。それじゃ」
対して、フレアと呼ばれた少女は短く素っ気無く応じ、すぐに立ち去ろうとする。
男――ノルベルトは、歩き出すフレアを見て不満げに眉を顰め、
「おいおいちょっと待てよ。話の途中で帰ろうとするのは流石にマナーがなってねえんじゃねえか?」
「……はぁ、なにかしら。私、仲間を待たせているの」
引き止められた彼女は立ち止まり、面倒くさげに振る返りながらそう応じた。
「同じ半獣のお仲間さんのことか? まあ、忌み子は忌み子同士仲良くひっそり生きるのが順当だよなあ」
「嫌味を言うために引き止めたんなら、早く済ませて欲しいんだけど」
向けられる明確な悪意に堪える様子は見受けられない。
あくまで素っ気無く、真正面から受け流す。
ノルベルトに向けるその表情は何処までいっても『無』で、感情のカケラも感じ取れない。
あるいは。
悪意をぶつけてくる相手に、あえて表情を押し殺しているだけなのかもしれないが。
その様子が気に食わなかったのか、ノルベルトは眉を顰めた後で笑い、
「――お前、今必死に金を稼いでいるらしいなぁ?」
「……っ」
フレアの表情が一瞬歪むのをセルディアは見逃さなかった。
彼の目付きが、身に纏う雰囲気が、鋭いものへと変化していくのをエストリカは感じ取った。
尚も二人の会話の応酬は続く。
「なんでも、潰れそうな孤児院に回しているんだって?」
「それが、どうかしたのかしら。アンタには関係ないことでしょ」
「ハーフのガキしかいない孤児院だもんなぁ。そりゃあ、協力を仰いだところで受けてくれる奴がいるわけないだろ?」
「つっ……」
歯を食いしばり、フレアは悔しげにノルベルトを睨みつける。
潰れそうな孤児院の体制を立て直すために、金を稼いで寄付している。
もしかしたら、彼女はその孤児院に何かとお世話になっているのかもしれない。
そこで育ったとしてもおかしくはない。
だから、その孤児院が潰れるのは認めたくなかった。
でも、力が足りなかった。
きっと現状は厳しいのだろう。
追い詰められ、どうしようもなくなって、自分がどういう立場かを理解した上で誰かに頼るしかなかった。
結果は、ノルベルトが言った通りのものになった。
忌み子である彼女の頼み、ましてや忌み子が暮らす孤児院の支援だ。
手伝う人なんてそうそういるわけが無い。
困って、苦しんで、でもどうしようもなくて。
自分達で何とかするしか方法がなくて――
「いくら実力があったとしても、ハーフってだけで俺たちに劣ってるんだよ。残念だったなぁ。お前はこのまま誰の協力も得られず、孤児院も潰れて、何も果たせず終わ
「なら、俺が手伝うよ」
――だから、セルディアが手を差し伸べる理由としては、十分だった。
ノルベルトが喋っている途中で、いつの間にか二人の間に割り込んだセルディアは、微笑を浮かべながらそう言った。
「え……?」
様子を伺っていた観衆が固まる。
言われた当の本人など「何を言っているの?」とばかりに目を見開き、口を開けて呆けていた。
エストリカは額に手を当ててやれやれと肩を竦めている。
その心中を知ってかしらでか、セルディアは軽い調子で告げる。
「とはいえ、俺もまだ知らない事ばかりだから色々と教えて欲しいんだけどね」
言うが早いか、彼はフレアの身体を抱き寄せて彼女ごと右に一歩ズレた。
理由は単純。
ブンッ! と。
セルディアが立っていた場所に拳が振りぬかれる。
避けなければ、セルディアの後頭部はノルベルトによって殴り飛ばされていただろう。
気配でそれを察知していたセルディアは、抱えていたフレアを離して振り返る。
「いきなり殴りかかるなんて粗野が過ぎるのではないかな」
「おいテメェ。人の会話に横から割り込んできた分際で何を抜かしやがる」
「会話? 笑わせないでくれるかな」
ハッ、と。鼻で笑いそうな様子で言う。
「さっきのはお前の一方的な罵倒ではないか。それに、彼女は終始嫌そうにしていたし」
「……ッ!」
返って来たのは言葉ではなかった。
最速最短で抜かれた大剣が真上から振り下ろされる。
迫り来る大剣を見据えたセルディアも、二振りの【霊剣】を抜刀。
それを交差させ、大剣の斬撃を受け止めた。
ガッギィィィン!! という甲高い音が炸裂する。強い衝撃により火花が飛び散る。
二つが拮抗する様を眺めていた者達は驚きに目を剥いていた。
無理も無い話だろう。
普段の行動はセルディアの指摘通り粗野な部分が多いノルベルトだが、こと戦闘に至っては凡人の域を超えている。
そんな彼の攻撃を、探求者になったばかりの少年が難なく受け止めたのだ。
「なんだよアイツ……」「今日探求者登録したばっかりの奴だよな?」「なら潜在能力もまだ初期値だろうし」「『術援』使った様子も見えなかったよな?」「魔術無しでノルベルトと渡り合ってんのかよ……」
ざわつきだす観衆の声を耳にして、力比べを続けるセルディアは心中で溜息をつく。
(あーあ……思わず介入してしまったけど、これは悪手だったかなあ……。あそこは見逃して、ギルドを出てから声を掛ければよかった)
今の状況を鑑みれば、間違いなくそれが最適解だっただろう。
それでも、セルディアは。
女の子が悪意ある言葉をぶつけられて傷つくのを、みすみす見逃す事が出来る様なメンタルは持ち合わせていなかった。
今更後悔しても仕方ない。
そう割り切って、どう落としどころをつけるか、とセルディアが悩んでいるところに、救いの手が差し伸べられた。
「一体何をしているんですか?」
その声は、二階へと続く階段の方から聞こえてきた。