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Human×Demonic -蒼き精霊の契約者-  作者: 筋子おにぎり
第一章 解き放たれし成層圏
8/12

1-5 風迅雷駆のセレスティアルナイト

 さて、と。

 セルディアは高速回転する思考回路で今の状況を整理する。


 魔力を使うと青鬼種としての証である『角』が額と両肘に生え、髪の毛が伸びてしまう。

 衆人環視のギルド内。

 中には沢山の探求者(エクスプローラー)達とギルド役員がいる。

 ここで角を出せば、まず間違いなく誰かが目撃する事だろう。

 それゆえに、容易に魔力を使うことは出来ない。

 ただの人族ではない、ハーフ……それも魔族との半魔(ハーフ)だとバレれば、身の安全は保障されない。

 

(受付嬢さんは少しで良いって言ってたけれど……)


 セルディアの角は一瞬でポンッと生えてくるものではない。

 角、髪と共に徐々に生え、伸びてくる。

 だから目立つレベルまで生える前に施術してしまえばバレない可能性もある。

 チラリと視線だけでエストリカを見た。


(……、)


 呑気に酒場の方を眺め、物欲しそうに涎を垂らしている大精霊様。

 生憎、彼女は全く役に立ちそうも無い。

 エストリカの目にはウェイトレスが運んでいる料理しか映っていないようだ。

 冷や汗を流すセルディアなど見向きもしない。


 心の底から湧き上がる殴りたい欲を押さえ込みつつ、息を吐く。

 あまり長考していては受付嬢さんに不審がられる。

 ここで引くのも、むしろ変に思われるだろう。

 なら後はもう、バレない事を祈って一瞬で終わらせるしかない。


「ええい、ままよ!」


 覚悟を決めて【術印宝玉】に魔力を込めようとした――


 直後の出来事だった。



「おい、アレ、シグルーン=ランドグリーズじゃないか?」



 男の声。

 決して大きな声ではなかったが、それは不思議とギルドのフロア内に響き渡った。

 探求者(エクスプローラー)達だけでなく、ギルド役員までの視線が流れていくのを感じ取る。

 セルディア等に向けられていた視線さえ逸らされた。

 今なら額や肘から少しの突起が出てきた程度、気付かれないかもしれない。


(チャンス!)


 心の中で叫び、即座に【術印宝玉】へと魔力を注ぎ込む。

 体内で練成された魔力が掌を伝って宝玉へと流れていくのを感じとる。


 同時に『角』が生える直前の独特な感覚が額と肘に表れた。

 その一切を無視し、彼は一気に魔力を流し込んで術式を展開させる。


「――おっ」


 角の先が映え始めた。

 【術印宝玉】に魔力を送っていた右手の甲に紫色の魔方陣が浮かび上がる。

 一度大きく広がったライトパープルの円陣は直後に掌サイズへと戻り、手の甲へと浸透していく。


 何度か経験した術式が刻まれる感覚。

 そう思った時にはもう、紫色の光は跡形も無く消え去っていた。


 【秘巧の刻印】の施術に成功したらしい。

 一見何も無かったように見えるが、しっかりと術式が刻まれた感覚が残っている。

 魔力の供給をやめて額を抑えた。


 手の平に触れるのは僅かな感触のみ。

 コレに気がつくのはセルディアの事をかなり注視していた者くらいだろう。

 そして今、ここにそんな人はいなかったはずで……、


「ッ!?」


 ――背後から真っ直ぐに向けられる視線を感じて思わず身震いした。

 受付カウンターはギルドに入って真正面の位置にある。

 現に今、セルディア等はそのカウンターの前で施術を行っていた。

 その、背後ということは、つまり……。

 ゆっくりと振り返り、ギルドの入り口(、、、、、、、)へ視線を巡らせる。


「――、」


 立っていたのは見目麗しい銀髪の美女だった。

 棲んだ碧眼に整った顔立ち。

 珠の様に艶やかな肌と桜色の唇。

 非の付け所が無い、『美しさ』そのものを体現したかのような女性。

 身に纏うのは銀を基調とし、碧色の模様が描かれたバトルコート。

 局所に攻撃から身を守るプレートが取り付けられ、動きやすいように布の量も最低限まで減らされた代物。

 一目見ただけで、戦いに身を置く者だと分かる風貌だった。


 シグルーン=ランドグリーズ。

 顔も分からない誰かが言った人の名前は、おそらく彼女のものなのだろう。

 現に今も、ギルド内の探求者(エクスプローラー)達は彼女を見てざわめき立っている。


 そんな注目の的である彼女が、一直線にセルディアを見据えていた。


(なんで、あの人はずっとこっちを見ているんだ……っ?)


 まさか、角が生えるところを見られていたのか? と最悪な可能性が脳裏に浮かび上がる。

 シグルーン=ランドグリーズの立ち位置からだと、セルディアの額を見ることは出来ない。

 だが、肘に伸びる角はどうだろうか?

 目撃されていたとしてもおかしくはない。

 冷や汗が、頬を伝った。


(バレた!? 角を見られた!!!? でもだとしたら、どうしてあの人は何も言わないんだ!!!???)


 もしセルディアが魔族だという事を知ったのなら、すぐにでも周りの探求者(エクスプローラー)達にその事を伝え、真偽をハッキリさせた後で殺そうとしてもおかしくは無い。


 しかし彼女はそれをしない。動こうとも知らせようともしない。


 何故?

 本当はバレていない?

 気まぐれで見逃されている?

 じゃあそれはどうしてだ?


 様々な想像・疑念が掻き立てられる中、視線の先で銀髪の美女――シグルーン=ランドグリーズの瞳が動いた。

 思わず、その視線を追ってしまう。


「……、」


 彼女が見ていたのは、セルディアの隣に立つエストリカだった。

 正確には、見つめ合っている相手、というべきか。

 勿論、ラブロマンスが始まる訳でも互いが互いを好きだと気が付くわけでもない。

 ただ二人は、静かにお互いを見据えあっていた。

 短い時間がとても長く感じられる。

 顎から冷や汗が落ち、耐え切れずに視線をシグルーンへと戻す。

 そして、


「――ふ」


 端正な顔立ちに微笑が浮かぶのが見えた。

 身構え、焦り、発生し得る最悪のケースを想定する。

 いつ襲われてもいいよう、魔力は練成せずに術式だけ演算しておく。


 だがシグルーンは、突然襲い掛かってくることも、探求者(エクスプローラー)達にセルディアが魔族かもしれないと伝える事もしなかった。


 何もせず、近くのギルド員と一言二言会話をしてから二階へ続く階段を上っていく。


(なん……だ……? バレた訳じゃないのか……?)


 緊張により息を荒げ、思考に耽っていたセルディアを現実に呼び戻したのは受付嬢さんの声だった。


「――さま。お客様!」


「ふぁ、はいっ!?」


「無事に【秘巧の刻印】を施術したようですね」


 突然掛けられた声に驚くセルディアに受付嬢さんは微笑むと、【術印宝玉】を片付けてから、


「では心の中で【展開(オープン)】と念じてみてください。そうすれば、視界に魔力で書かれた【潜在能力表(ステータス)】が表れるはずです」


 あまりにもゲームチックな言葉を聞いたからか、スッと混乱した頭が冷えていく。

 ステータスとかいう言葉については、ファンタジーだから何でもありって事で良いやと割り切り、言われたとおりに念じてみる。

 すると突然空中に紫色の光が現れ、それが人族語を象って言った。



 セルディア=レイアサルト 男 17歳

 筋力 LV0/0 敏捷 LV0/0 器用 LV0/0 俊敏 LV0/0 魔力 LV0/0



「……これが」


「はい。今おそらく視界に映っていらっしゃるのが、あなたの【潜在能力表(ステータス)】です」


 どうやら【潜在能力表(ステータス)】は自分にしか見えないらしい。

 受付嬢さんは空中を見るセルディアの目を見ながら、


潜在能力(ポテンシャル)には五種類あって、『カテゴリ』『レベル』『熟練度』に分かれています。熟練度の最大値は『999』で、全員共通です。違うのはLVの最大値ですね」


「???」


「"熟練度が500でLV6"の人もいれば、"熟練度500でLV4"の人もいる、という事です。熟練度"1"の『大きさ』が人それぞれ違うから起こる現象ですね」


「……ああ、そりゃあ、ポテンシャルには個人差がありますもんね」


 あくまで、個人個人に備わっていた隠れた力を引き出すだけ。

 いくら魔術でも、『力の絶対数』を増やす事は出来ないらしい。

 一時的に自身の力を底上げする術式は、術援(スペルエンチャント)に存在しているが。


「はい。今は0になっていますが、経験を積む事でその数値が増えていき、LVが変わるようになっています。ですが、あくまでそれは潜在能力(ポテンシャル)。貴方の力の全てを示すものではありません。高いLVになったからといって、自分の実力を見誤らないように」


「分かりました。色々と教えていただいて、ありがとうございます」


「いいえ、これも仕事ですから」


 彼女は微笑みながらそう言った。


「では最後に、お名前と年齢の方を教えてください」


 一枚の紙とペンを取り出し、受付嬢さんはセルディアの方を見る。


「セルディア=レイアサルト、17歳です」


「かしこまりました。……はい、これで探求者(エクスプローラー)登録完了です。お疲れ様でした」


「ありがとうございます」


 礼をする受付嬢さんに会釈を返したセルディアは、隣でボーっとするエストリカに声を掛けた。


「エスト。……ちょっとこっち来て」


「んー?」


 いつも通りの気が抜けた返事を聞きつつ、エストリカの手を引っ張って壁際に寄る。

 俗に言う『壁ドン』に近い態勢を取ったセルディアは、小さな声で尋ねた。


「エスト、さっきのあの人……シグルーンさん? 彼女の事を知っているの?」


「いや、知らないよ?」


「え?」


「ただあの子……精霊術師みたいだったから」


 エストリカはシグルーンが上っていった階段を見ながら、


「勿論契約対象はあたしみたいな【大精霊】ではない、普通の精霊。属性は風と雷の二種類。かなりの親和性を持ってたから、実力は相当なものね」


 精霊。

 属性を持ったマナで身体を構成した生命体だ。

 とはいえ、エストリカのような【大精霊】みたいに明瞭な人格を持っている訳ではないが。


 属性は火・水・風・雷・地の五種類。

 精霊との親和性が高い人は珍しく、ましてや二属性もの精霊と親和性を持つシグルーンは、特異な体質と言えよう。 


「じゃあ、もしかしてあの人がこっちを見ていたのは……?」


「大方、精霊にあたしの事を【大精霊】だって聞いたか、自分で気が付いたんでしょうね。勿論、ディアがあたしの契約者だってことも」


 契約といってもそれほど大仰なものではない。

 人間と精霊がそれぞれ盟約をつくり、お互いが納得する事が出来れば契約が完了する。


 セルディアとエストリカに関しては二人とも特に盟約をつくらず、形だけの契約を結んでいた。

 契約なんて必要ないというのが彼らの本音である。


 そして、エストリカが【大精霊】だと気が付いた件。

 彼女は普段、自分の【大精霊】という身分を隠蔽して過ごしている。

 その上でエストリカの事に気が付いたということは、シグルーンは相当の手練なのだと伺えた。


「でも……そうか。だからあの人は……僕が半魔(ハーフ)だという事に気が付いたわけではなかったのか」


 あの反応を見る限り、そう考えるのが妥当だろう。

 安心したセルディアは、壁によしかかって大きく溜息をついた。



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