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Human×Demonic -蒼き精霊の契約者-  作者: 筋子おにぎり
第一章 解き放たれし成層圏
6/12

1-3 迷宮都市アイオス

 黒結橋から見えた、天空へと向かって昇る巨大な塔。

 それを一先ずの目的地に据えて歩き出した彼等は三日後、その塔の麓へと辿り着いた。



 ◆



 迷宮都市アイオス。

 円形に広がっていく住宅に、その縁を囲うように造られた高さ二〇メートル近くある城壁が特徴的だ。


 人口のおよそ六割以上を冒険者が占めていることもあり、魔法技術も発達。

 他の都市よりも幾分か進んだ文明を持っていた。


 何より大きいのは、街に出回る魔結晶(マナスフィア)が多い事だ。

 冒険者が多く、加えて街の中心には巨大な迷宮がある。


 必然、沢山の冒険者達は迷宮へと潜り、魔物を倒して魔結晶(マナスフィア)を入手する。

 それを売る事で、魔法技術の進歩に必要不可欠なマナが技術者の元へ大量に集まる。

 こうして技術が進んでいくのだ。


 セルディアが上坂唯として生きていた世界では、『電気』を用いて様々な道具を扱っていた。

 魔結晶(マナスフィア)に宿るマナは、その電気代わりのエネルギーとして役割を果たしているのだ。


「ディアの知る言葉で言うなら、『電池』みたいなものよ」


「そういうものか」


 セルディアはコートの内ポケットに入った魔結晶(マナスフィア)を弄びながら呟く。

 道中、魔物を倒して手に入れたものである。

 あまり早い内から持っていると邪魔くさいので、比較的目的地へと近づいてから収集したのだ。


「まあ、一日凌ぐ程度はあるんじゃないかな」


「足りなくて野宿、とかは勘弁して欲しいところだね……」


 巨大な城壁に囲まれたアイオスを外から眺め、満足した二人は早速街に繰り出していた。

 主に石材建築が立ち並ぶ住宅街。

 中でも何かしら特別なものだけが、目立つように木材を扱っていたりと意匠が凝らされていた。


 その大半が、術式によって作り出されたものである。


 術式――総称、魔術。

 コレを使えば、本来かなりの労力が必要な作業も容易に行える。


「ねえ、これら全てが術式で造られているんだよね? 建築術式だっけ。これ、俺も使えるようになったらもし野宿する事になっても小さな家とか建てれば快適なんじゃないの?」


「バカだねディアは。免許があるんだよ。あるにきまってるじゃん。えーと……土木作業員だっけ? そういう人達――資格を獲得できた人にしか術式が開示されていないの」


「言われてみればそうだね。誰も彼もが使えるよりも、そういう職を用意して管理した方が良いに決まっている」


「そういう事」


「……魔術、ねえ」


 日常的に使われる魔術。

 科学的な文明は劣っていても、それを丸まるカバーする魔法学がある。


 前の世界だと誰もが憧れる便利だったり格好良かったりする『魔法』が、この世界では常識的に存在していた。


「ホント、術式様々だよ」


「ねえディア。それはいいんだけどさ」


「なにさ?」


 すぐ側から聞こえる声に振り返る。

 視線の先では、エストリカが不服そうな顔でセルディアを見ていた。


「そんな寄り掛かられると歩きづらい」


「おかしいね。俺は結構楽なんだけれど」


「……殴るよ?」


「ごめんて」


 エストリカが握り拳を強調してきたので、渋々離れて自力で歩く。


「どうしたの」


「いやね……人が多すぎてさ」


 時刻は夕暮れ時。

 迷宮都市アイオスは赤い陽の光に照らされ薄暗くなっている。

 だが、街の中は時間なんて関係無いと溢れんばかりの人が行き交い賑わっていた。


「まあ、あっちじゃこんなに沢山人いなかったしね……」


「ぶっちゃけ【狂者】と戦う時、あの部下達を見ただけで多いなあって思ったくらいだし。うぅ……本格的に酔いそう……」


 セルディアは言いながら気持ち悪そうに口元を押さえる。

 エストリカは万が一吐かれた時側に居たくないのか、少し離れた位置で完全にスルー態勢を取っていた。


 薄情なヤツだ、なんてセルディアが思っていた、その時。


「……ん?」


 視線を周囲に巡らせたセルディアは、何かに気が付く。

 街にあるのは石材で出来た建物や街行く人々くらいだ。

 強いてあげるとすれば、少し前に見える広間に小さな噴水がある程度。

 ――そもそも、彼の視線が向かっているのは何も特別なものではない。

 街行く人々。

 その内の――女性!


「お、おォォォおおお!? 綺麗な女の人がいっぱ――ッ!?」


「はいはい嬉しいのは分かったけど街中でうるさいし恥ずかしいからちょっと黙れ」


 エストリカから全力の平手打ちを後頭部に食らい、言葉半ばで前のめりに倒れそうになる。

 だが、その程度で彼は止まらない。

 コホンと一つ咳払いをした後落ち着いた声音で、


「いや、これは、やばいね。やっぱり異世界レベルたっか……ッ! なんだこれ、街行く女の子みんな美女美少女じゃないかどうしてすぐに気が付かなかった? 俺の眼が曇っていたのか?」


 尚もセルディアは血走った目を巡らせる。


「なんだなんだよなんですかあのエロい装備。くびれのラインが丸分かりだし、ていうか布より露出の方が割合高そうだし。なにより下乳。下乳超はみ出てる」


 確かに彼の言うとおり、すれ違う女性は皆美しい容姿を兼ね備えていた。

 整った顔立ちに、スラリとした体型。


 ブロンドカラーやシルバーカラー、中には赤など、色鮮やかで綺麗な髪色を持つ者もいる。

 なんと言うか、日本の町を歩いていれば明らかに眼を惹く様な姿をした人がほとんどだった。


 誰もが美男美女。無論平凡な顔立ちの者もいるにはいるが、圧倒的に少ない。


 セルディアが真剣な眼差しを向けていた下乳美女は、ヘソ出しタンクトップにジャケットという簡易な服装であったが、どうやら冒険者らしい。


 腰に吊られた一振りの剣がそれを物語っている。


「――83-58-84」


「やめんか」


 溜息交じりの声と同時に繰り出されるエストリカの平手打ちPart2。


「えー、なんでかな。――そこに巨乳があるんだよ?」


「はいはい巨乳ならここにもあるでしょー」


 心の底から呆れたような、残念がるような声音で言うと、彼女は自分の豊満なバストを両腕で寄せて強調する。


 突き出された谷間を見てセルディアは微かに赤面するが、次いでバツが悪そうな表情を浮かべ、


「いや、その……エストはなんていうか」


「なんていうか、なによ?」


「……ううん、なんでもないよ」


「そう」


 短いやり取りの後に生まれる沈黙。

 エストリカはその沈黙の中、居心地悪そうに身を捩って言う。


「……ほんと、いつか幸せにしてよね」


「……ああ」


 叩かれた後頭部を手でさすりながら前を見たセルディアは一言応じると、エストリカを伴って再び歩みを再開した。



   ◇



「まず最初に向かうのはギルド? 買取屋?」


「確か魔結晶(マナスフィア)はギルドでも買取屋でも換金出来たはず。ていうか、厳密に言えば買取屋もギルドの支部なんだけど。まあ、近い方で良いんじゃない?」


「となると……近い方は、その支部の方だね」


 件の噴水がある広間。そこに設置されたベンチに腰を下ろしていた二人は簡単な方針を立てる。

 『人族語』で書かれた道案内の小さな看板を見ながら、


「それにしても、母さんから『人族語』を教わってよかったよ、本当に」


「……そうねー。あたしとしては言葉なんて共通で良いじゃんって感じ。でも、それは人族側が凄い嫌がったみたいだし」


「魔族と同じ言語を使うなんて嫌だ、か。(ゆい)としての世界だと国ごとに言語があったりしたけれど、圧倒的に共通な方が楽だよね」


 英語の授業や大学で選択したイタリア語などの勉強を思い出し、苦虫を噛み潰した様な顔をしながら、


「まあ、人族はそもそも魔族に配慮するつもりが無いみたいだし、両方使えなきゃいけない場面は滅多に無いんだろうさ」


 だからこそ。

 彼の両親が寄り添えた事は奇跡に近いのだろう。


 人族と魔族の夫婦。

 過去に前例があるかもしれないが、少なくともその絶対数は多くないはずだ。


 ともあれ、会話の雲行きが怪しい。

 人族の街で無闇にこのような会話はしないべきだ。

 セルディアはベンチから立ち上がり、エストリカに手を差し出す。


「よし。さっさと換金して何か美味しいものを食べよう」


「ん」


 手を握り返される感触を覚え、それを手前に引っ張り上げる。

 周りからしてみれば、一見仲の良い兄妹に見えたりしているかもしれない。


 なにせ、髪の色も眼の色も共に酷似している。

 勘違いされてもおかしくはなかった。

 ……まあ、エストリカはそれを不本意だと言うかもしれないが。


 道案内に従い、買取屋――もといギルド支部に到着。

 コートのあらゆるポケットに詰め込んだ魔結晶(マナスフィア)を取り出し、カウンターに並べる。


 それを店員が受け取り、専用の法具で内包されたマナの量を鑑定する。

 込められたマナの量で売値が変わってくるのだ。


 そして強力な魔物ほど、魔結晶(マナスフィア)に秘められるマナの量は増えていく。

 影響をしたマナの量=魔物の脅威度=マナの内包量となるのである。


 一通り鑑定されて差し出されたのは銀貨一八枚だった。


「……ん。これ、通貨の換算ってどうなっているの?」


「銅貨一〇〇枚で銀貨一枚、銀貨一〇〇枚で金貨一枚、金貨十枚で白金貨一枚だね」


「なるほどね」


 ボソリと呟いて、銀貨数枚を手に取り弄ぶ。


「じゃあ何か食べようか」


「だねー。……ああ、でもその前に宿とって置いた方がいいんじゃない? 後回しにして部屋が無くなるのも嫌だし、お金足りなくなったりでもしたら街で野宿だよ」


「それは確かに嫌だね……よし。初日くらい寝床も贅沢したいけど、先の事も考えるならここは一つ我慢しようか」


「ベッドがあるだけマシよー」


 流石大都市と言うべきか、宿の数はかなり多いようだ。

 道行く人に尋ねたりしながらなるべく安い宿を見つけ出す。

 周囲と変わらぬ石材建築だが、赤色の布やら何やらで装飾されて目立つようになっていた。


 鈴の付いたドアを引き、心地良い音を聞きながら中へと入る。

 二人に気が付いたカウンターの受付嬢がお辞儀をしながら言った。


「いらっしゃいませ。ようこそ赤花亭へ。本日はどのようなプランをお望みでしょうか?」


「えーと……一人部屋を二つ」


「ちょっと待ったディア」


 隣から掛けられた静止の声にセルディアは肩を竦めた。


「こっちは二人なんだけど、一番安く付くプランってなにかな?」


「は、はい。お二人様ですと、ダブルの部屋が一番安いですね」


「じゃそれで」


「か、かしこまりました」


 勢いに押されてどもる受付嬢さん。

 セルディアは心の中で謝りつつ、先払いらしいのでプラン料金を支払う。

 ちなみにダブル部屋は一泊銀貨二枚だった。


「翌日の朝食はお出ししますが、今夜の食事はプラン外ですのでお客様の方で済ませてください。それで派部屋にご案内いたします」


 連れられたのは二階の一室だった。

 中に入れば、二人寝ても狭くないくらいのベッドと、その他備え付けの設備諸々が目に入った。


「ごゆっくり」


 礼をする受付嬢さんに会釈を返し、部屋の中へと振り返る。

 視線の先では、今まさにエストリカがベッドに飛び込もうとしていた。


「やっほーい!」


「はしゃぐのは良いけれど、まずは外に何か食べに行こうね。外も暗くなってきたし」


「えー。なんかもうご飯とかどうでもよくなっちゃったー。あたしこのまま寝ちゃいたい」


「……、」


 結局、セルディアは宿の近くで販売されていたサンドイッチを買って食べ、夜を明かすことになった。

 それでもまあ、そのサンドイッチは涙が出そうになるくらい懐かしくて、美味しかった。



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