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アンブレラ

作者: エイミカ。

『アンブレラ』=傘。

 雨から身を守ってくれる、優しい『アンブレラ』の話。

 こないだ私は、二本壊しました。

『アンブレラ』と出会ったのは、雨が降っていたときのことだった。


 何本もの骨のある黒い武骨な傘をさして、雨に濡れた私の前に、彼は現れた。


「やぁ、お嬢さん。こんなところで立ち止まっていてどうしたのですか? 雨に濡れてしまいますよ?」


そう言って、恭しく頭を下げる『アンブレラ』。

ピッシリと閉じられた傘のごとく細長い彼の体が真っ直ぐ90度折り曲げられる様は、いつ見ても折れてしまうのではないのかとヒヤヒヤさせられる。

 それは、風の強い雨の日に、傘が裏返ってしまわないかと緊張してしまうそれとよく似ていた。


「うっさい。アンタには関係ないでしょ」

「おやおや、駄目ですよ? そんな汚い言葉を使っては。あなたのその木苺のような小さくて愛くるしい口には、似合いません」


 目を細めて笑いながら、『アンブレラ』が私に自身の傘を差し出す。私はそれに多少戸惑いつつも、「いらない」とその傘を突っぱねる。


「駄目です。濡れてしまいます」

「もう濡れてる。傘なんて意味ない」


「だからいらない」と、私は『アンブレラ』に言う。

 けど、そんな私に、『アンブレラ』は困ったように笑った。


「いいえ、いいえ。だからこそ、傘は必要です。これ以上、アナタのその頬を雨で濡らさぬよう、傘は必要なのです」


 スッと、優しく撫でるように、『アンブレラ』が私の頬に触れた。傘の骨のように長く固い彼の指が、たくさんの悲しみの雨を降らす、私の雨雲(目)に触れる。


「私は『アンブレラ』。『アンブレラ』は、アナタを守る為にいます。アナタの身体を、心を、冷やすその雨をこれ以上アナタに当てさせない為に、私はいるのです」

「そんなの出来っこない」


『アンブレラ』の言葉に、更に雨が強まる。「なぜです?」と『アンブレラ』が首をかしげる。

『アンブレラ』は私を守る為にいる。冷たい雨から守る為に。

 けれど、その雨を降らしているのは私だ。

 どうしようもなく悲しくなったとき、

 どうしようもなく虚しくなったとき、

 どうしようもなく笑えなくなったとき、

 そんなとき、私は雨を降らす。

 きっとこの雨は止まない。ずっと降り続ける。私の身体は既にそんな雨に濡れてしまっている。守られようが守られまいが、私の体はびしょ濡れなのだ。

 だから、傘の使い方がわからない。それに頼る方法がわからない。


「なら、いっそうのこと、この傘をお使いください」


『アンブレラ』が、私の手に傘を握らせて来た。「いらないって言ってるじゃん」と顔を顰める私に、『アンブレラ』が優しく私の手を包み込みがら口を開いた。


「お嬢さん。どうして雨が雨なのか知っていますか?」

「知らないわよ。雨は雨じゃない」


 私の言葉に、『アンブレラ』は静かに首を横に振った。


「人は天候に名前をつけました。人は空に名前をつけました。それは、天候が一つじゃないから。空の姿が一つじゃないから。雨もそうなのです。雨も、雨ではないことがあるから、雨と名付けられました。雨は、降るから雨ではないのです。雨は、晴れるから雨なのです」

「晴れるから雨……?」


『アンブレラ』が、私の言葉に「えぇ」と頷いた。


「だから、人は傘をさすのです。いつかやってくる晴れ間を信じて、あのとき見た青空を信じて、その身を守り続けるのです。それは決して悪いことではありません。守っていいのです。その為に頼ってもいいのです。その為に『アンブレラ』はいます。ときには、悲しみの雨に当たることも必要でしょう。痛みを知って、学ぶこともあるでしょう。けれど、痛みを知ることと、傷つくことは別です」


『アンブレラ』の手が私から離れる。気付けば、私の手はしっかりと傘を握りしめていた。ポタポタと、黒い傘の上に、雨粒が当たる音が私の耳に届く。


「さぁ、これでもう、アナタに雨は当たらない。安心して歩きなさい、お嬢さん。足元は泥濘でいっぱいですが、そこには雨が育てた美しい花々がアナタの行く道を見守ってくれています。上は重苦しい雲の姿ばかりですが、だからこそいつか差し込む日の光は輝かしいものとしてアナタの目に映ることでしょう」


 トンッと、私の背中が押された。数歩、私の足が前に動く。ピシャリと、足元で小さく水が跳ねた。


「私は『アンブレラ』。アナタを雨から守る者。アナタがまたその身を雨に濡らすことがあれば、いくらでも傘を差し上げましょう。でも、忘れないで。傘はアナタを守ると同時に、青空からもアナタを隠してしまう。日が差し込んだそのときは、傘を捨てなさい」


 晴れ間に傘は、必要ないのだから。


『アンブレラ』、と私は彼の名を呼びながら振り向いた。が、そこに『アンブレラ』の姿は既になかった。

 代わりに一つ、大きな水たまりがそこには出来ていた。


 泥濘に足を取られぬように気を付けて、水たまりを覗き込む。大きな傘を持った、私の姿が映り込んだ。武骨な男ものの傘は、私の体には少々大きすぎて不恰好だった。

 私は踵を返した。そうして、『アンブレラ』に背を押された方へと歩き出す。雨はまだ降っていた。けれど、歩こうと思えた。


 晴れ間が来る保障はどこにもないけれど、不似合いなこの傘があれば、歩き出す為には充分な気がした。



――END

 どうも。勝哉です。シリーズものの1を昨日出しましたが、とりあえずそれとは別に短編を書いてみました。

 ちょっと諸事情で、女の子っぽい話も書くかもしれないねってことで、練習しようと思ったのですが、ぜんっぜんそんな感じしません。なんですか、木苺って。私実物見たことナイネ。ヘビイチゴならアルネ。

 前書きでも書きましたが、傘を二本(普通の傘と折り畳み)折るという事件を発生させました。そのとき、傘の偉大さに気付きました。無くしてからわかる大事なものとは、こういうことだと学びました。ネタのきっかけはそこからですね。

 今回も、ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。またお付き合い頂ければ……出来ればシリーズものの方でもお付き合い頂ければ、もっと幸いです。


 ありがとうございました。

 

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