星になったあなたへ
3月3日ひなまつりなぎなた大会
「メェンッ!!」
竹と金属がぶつかる甲高い音が広い体育館内に響きわたった。赤の旗が3本が一気に上がった。
「面あり!勝負あり!」
「亜唯…。」
「実…。」
少女2人は呆然と旗を見つめた。
『3月3日、第34回市民なぎなた大会。中学生演技競技、第1位、葵中学校、上原桃花、内藤慧龍。』
「はい!!」
ショートカットの少女と少年が大声で返事をした。
『第2位、葵中学校、成宮亜唯、七瀬実。』
「はい!!」
ポニーテールの小柄な少女と、シニヨンの長身の少女が大声で返事をした。
『第3位…』
『中学生団体戦、第1位、葵中学校、七瀬実、宮亜唯、上原桃花』
「はい!!」
少女3人が返事をした。
『第2位…』
ひなまつりなぎなた大会は葵中の圧勝で幕を閉じた。
「ねぇ、どうせだから写真撮ろうよ!」
シニヨンの少女が2人に言った。
「いいよ。」
小柄な少女が笑顔で言った。
「いいけど、中体連での方がいいんじゃない?」
ショートカットの少女が言った。
「どっちでも撮ればいいじゃん!優和、写真撮って!」
シニヨンの少女が、脚にギプスをした目のクリクリした小柄な少女に、デジカメを渡しながら言った。
「いきますよ。はい。」
ギプスをした少女がシャッターを押した。
『カシャ』
「私、桃花と亜唯と一緒に団体組めてよかった!」
シニヨンの少女が言った。
「中体連も組もうね!」
小柄な少女が言った。
「組めたらいいね。優勝カップにあたしら3人の名前、書かれたいし。」
ショートカットの少女がニヤリと笑いながら言った。
これが3人で撮った最後の写真になった。私と実と亜唯はいつも一緒だった。朝、パン屋前の交差点で会ってから、部活を終えてパン屋前の交差点で別れるまで。これからも、ずっと一緒にいられると信じてた。あの日がくるまでは…。もう少し、その日々を大事にしておけばよかった。当たり前が当たり前でなくなるのが、こんなにはやいなんて、思ってもいなかった。なぜ、あなたは私たちより先に逝ってしまったのだろう。しかも、誰にも告げずに…。その真実を知るのはもう少し先だと、あの時の私は知りませんでした。
私たち3人がいつも一緒におしゃべりしながら帰った桜並木の道は前と何にも変わらないよ。ただ、桜の木がピンクから緑に変わって、2人だけで歩いているぐらいかな。でもね、まだ私たちはあなたのいたまん中を空けて歩いてしまうから、はたから見たら、喧嘩してるように思われちゃうんだ。よく、あなたは私たちを追いかけて走って来たよね。カバンにつけたお揃いの鈴を鳴らしながら。今でもね、私はあなたが鳴らす鈴の音を探しています。でも、もう聞けないんだよね。だって、あなたはもういないんだもん。
私たち、葵中は自分で言うのもなんだけど、県内では1位2位を争うなぎなたの強豪校。なぎなたはまだまだマイナーな競技で知ってる人も多くない。現に私もよくは知らなかった。
なぎなたには剣道みたいに防具をつけて試合をする『試合競技』と、1本目から8本目まである決まったかたを披露して綺麗さを競う『演技競技』がある。歴代の先輩方は中体連、新人戦の団体戦と演技競技では毎年優勝していた。私たちの世代で伝統を終わらせないようにと毎日のように言われ続けてきた。今のところは大丈夫だと思っている。
葵中なぎなた部は私、上原桃花が部長。社会はとくに?苦手。短気だから、後輩には嫌われてる。
七瀬実が副部長。書道が得意でこの間は数学の先生に『七瀬は書道となぎなたどっちが好きなんだ?』って聞かれて困ってた。優しいやつだから、後輩はみんな、実を慕っている。
成宮亜唯は会計。普段は眼鏡をかけてる。身長は152㎝だから、よく私たちにチビってからかわれてる。か弱いからすぐに体調を壊す。でも、いつも笑顔でいてくれる。
1年生は7人いて、まず、相川ゆうひ(あいかわゆうひ)。スポーツ万能でちょっと生意気。1年生の中で一番小柄。てか、結城先生並みのチビ。周りを巻き込んで笑わせてくれるチームのムードメーカー。
五木優菜。学年一の秀才。東大を目指してるらしい。TVもNHKしか見ないらしいから、話題についていけなくてたまに途方にくれてる。天然ボケ。
笠井ひな(かさいひな)。たまにテンションが異常に高くなってうるさい。優菜のツッコミ担当。
加藤優和。ひなと一緒に騒ぐからうるさいし、すぐ悪ノリする。現に今、悪ノリが原因で骨折中。
田部美織。1年生の中では一番静かだけど、慧龍と付き合ってるらしい。油断ならないやつ。
星光里。明るくて勉強もスポーツもできる完璧人間。羨ましい。スターライトパレードを自分のパレードだって喜んでた。
内藤慧龍。唯一の男子で唯一の小学校からのなぎなた経験者。悪いやつじゃないけど、プレイボーイ過ぎるから私は無理。つーか、女の切れ目がなさすぎ!
3年生が引退した今は10人で活動している。
顧問は結城歩先生。身長148㎝の超小柄。専門は体育でなぎなたもめっちゃ強い。ロンドンオリンピック女子レスリング金メダリストの小原日登美に少し似ている。
「寒っ。」
ひなまつり大会翌日。
「亜唯。おはよう。」
「おはよう、桃花。3月なのに寒いね。」
「あれ?実は?いつも一緒に登校してるのに。」
「今日は休みだって。実、丈夫なのにね。」
「そうだね。」
実はいつも丈夫だから気にも止めなかった。でも、実はそれから1週間も学校に来なかった。
「おはよう。」
「実!1週間もどうしたの?」
「ただの風邪。熱が下がったらお腹と頭が痛くなって。」
「よかったぁ。」
実はいつものように明るく言った。その次の日から実は練習にも入って、いつも通りの日々が流れ始めた。でも、実がたまに哀しげな顔をするのが気になった。でも、とくに気に止めなかった。
そのまま、月日は流れ、卒業式が終わり、先輩方は卒業された。そして、春休みが始まった。
春休みは中体連に備えて基礎を一から学ぶことになった。
「足さばき、始め!」
工藤先生の声が道場に響く。足さばきとは、なぎなたに必要な足の動きを練習することで、深い踏み込みや、足の引き付けを速くするためにやっている。
「七瀬!後ろ足引きずるな!」
「はい!」
実が足さばきで注意されることは珍しかった。防具の稽古中も軽く足を引きずっているのが気になったけど、そこまで目立たなかったからなにも言わなかった。
そして、新年度が始まった。昇降口のところにクラス分けの一覧表が貼り出されていて、今年は私たち3人は同じA組だった。教室に行くと実と亜唯がすでに来ていた。
「桃花!」
「3人一緒なんて初めてだね。これから1年よろしく。」
「よろしく。」
その時、担任の森口らら先生が教室に入って来た。去年のNHKの堀北真希主演の朝ドラ『梅ちゃん先生』にちなんで、生徒からはららちゃん先生と呼ばれている。本人の前では言う人はいないけど。小柄だけど美人で担当は英語。実の1年の時からの担任の先生。
「みんな、席に着いて。」
1年の初日だから、席は出席番号順になってたから、実と亜唯は前後で一緒。私は端の自分の席に座った。1時間目はクラス役員を決めて、2時間目は部活動説明会。
全校生徒が体育館に集まって、各部活動の紹介をする。なぎなた部は毎年、リズムに合わせて振りをやったり演技をやったりする『リズムなぎなた』をやっている。1年生はこれに感動して毎回、たくさん見学に来てくれる。まっ、見学に来てから、どれだけ逃がさないかが勝負なんだけど。
今年は結城先生の自前の曲でアヴリル・ラヴィーンの『Girlfriend』でリズムなぎなたを披露する。『disappear』とか言ってるから、なぎなたで使って大丈夫少し不安だな。優和が部活の紹介をして、音楽が流れ始めた。
『Hi hi you you I don't……』
テンポが早めで2年生はついていくのがやっとみたい。振りが終わったら、打ち返し(振り上げて面、側面、側面、スネ、スネの5本の打突を連続で打つもの)をやって足さばきをやって、演技をやる。演技は2年生だけを出した。リズムにあってるから綺麗には見えてるからよかった。そして8の字で移動して最後にカノンをやる。カノンはみんなで一列や円形などの形になって振り返しで隣の人のなぎなたをパンパン打ってく。一番の見せ場。一部失敗したけど大きな失敗はなく終わった。
「あの失敗した時、ちょっと焦ったわぁ~。」
私が優菜にわざと言うと優菜が
「すみませ~~ん。」
と謝った。でも実が
「優菜、気にすんなって。そういう時もあるよ。」
と慰めていた。実は本当に優しい。周りの笑顔を一番に考えてくれてる。
「今日の昼休みは1年生教室前に集合ね。部員かき集めるよ。」
「はい。」
昼休みに1年生教室前にいくとテニス部やバドミントン部などが一年生をつかまえていた。
「ヤバいよ!早く1年生、つかまえよ!」
亜唯が焦って言った。
「亜唯、ちょっと落ち着きなよ。」
実が亜唯をなだめた。
「あっ。光里だ。1年生つかまえてる。」
光里の方に行くと1年生が少し困っているようだった。
「お願い。なぎなた部に来て!」
「すみません。私はテニス部に…。」
「そ、そうだよね。ごめんね。」
光里が残念そうに言った。
「あの!」
2人の1年生が教室から出てきた。1人はウェーブがかかったショートカットで1人はツインテールで少しつり目。
「なぎなた部ってどこで活動してるんですか?」
光里が口を開きかけたが私と実が我慢できずに邪魔をした。
「テニスコートの横の道場だよ。」
「名前聞いていい?」
「私は田川梨那です。」
「高梨みほです。」
放課後に梨那ちゃんとみほちゃんはちゃんと来てくれた。私、個人の意見だけど、手応えはあった。1年生が帰ってから防具の稽古をした。1年生に防具を見せると入部人数が著しく減るから見せないようにしていた。最後の方に試合稽古をやった。
奇数だったから、私は余ってしまった。だから、壁際で見ていると
「面!」
ゆうひが実に面を決めたのが見えた。
「実!面危ないよ!ゆうひ!いいとこ!」
と私が叫んだ。防具の稽古が終わって防具を外していると、
「七瀬!」
と結城先生が実を呼んだ。実は最近、なんかおかしかった。元気がないみたいだし、打突が明らかに遅く、鈍くなった。
「七瀬、最近、どうした。さっきの試合だって、後輩に面決められてたし。怪我でもしてるのか?」
「いいえ。違います。」
実がキッパリと言った。
「そうなら、こう言うのも何だけど気が抜けてるんじゃないのか?中体連も近いのに。七瀬は3年の自覚が少なすぎる。いつまでも2年気分でいるな。」
「…すみませんでした。」
実が頭を下げた。その時の実の表情は見えなかった。
その翌日から実が学校を休んだ。ららちゃん先生は実が風邪だと言っていた。だけど、実は1ヶ月以上こなかった。クラスに2人は不登校がいるから実も不登校だとみんなが思っていた。でも、私は実は絶対不登校にはならないと思ってる。うちの学校はイジメもないから、不登校の人は大抵、『めんどくさい』とかそんな理由で来ない。実は不登校の人のことを『人生なめてるでしょ。』と言って本当に嫌っていた。だけど、だんだん、実がいない学校生活が普通になっていった。結城先生も実のことを気にしていないみたいだった。
そのうちに5月の後半に入って、優和のギプスがとれた。1年生は梨那とみほしか入ってくれなかったけど、楽しく部活ができているから嬉しい。2人とも実のことを覚えてるかは分からない。『なぎなた部は11人』が普通になってしまった。実際、実は部活動結成の時に学校にいなかったから、事実上、入部してないし。実のことを話すことすらなくなっていった。
「お疲れ。」
「さよなら。」
部活が終わり亜唯と一緒に帰る。暑くなり始めたからブレザーを脱いでいたからブラウスの胸ポケットにケータイを入れた。
「おなかすいた。」
「やっぱり部活帰りはおなかすくよね。」
話しているとケータイがなった。亜唯のケータイも同時になった。
「実からだ!」
1ヶ月以上メールをしていなかったから驚いた。
「…。なに?これ?」
メールには
『ありがとう』
とだけ書かれていた。絵文字も顔文字もなかった。実はいつも、しつこいくらい絵文字も顔文字も使うのに。亜唯にも全く同じメールが届いていた。
「変なメール。」
そのまま、よく考えもせずに家に帰った。あの時、実の家に行っていれば、何か変わったわけでもない。でも、行っておけばよかった…。実に会いたかった…。
次の日、学校に行くと実の机の上に花瓶が乗っていた。私は思わずドアのところに立ちすくんでしまった。
「なに?これ?」
亜唯もその後来て、私と同じ反応をしていた。
「ららちゃん先生が置き忘れたんだよね。」
「そうだよね。」
できるだけ不幸なことを考えないようにしていた。だけど、ららちゃん先生が教室に入って来た時の顔を見て、私たちが想像していた不幸なことが現実だと知った。
ショートホームルームが始まり、ららちゃん先生が話し始めた。
「実さんが昨日亡くなりました。実さんから最低限の人にしか言わないようにお願いされていたので皆さんには言いませんでした。」
そこから、ららちゃん先生の話しは長くなった。実は3月に末期の脳腫瘍で余命宣告をされていたらしい。亜唯は先生の話しを聞きながら泣いていた。私は涙も出てこなかった。実が死ぬはずがない。信じられなかった。1時間目の授業は英語だったからかもしれないけど、全く耳に入ってこなかった。
1時間目の休み時間に亜唯と話した。
「亜唯、実が死ぬはずがないよ。私は信じられない。今日の放課後、実の家に行こう。」
「うん…。」
昼休みに体育館横の職員室に行った。亜唯と一緒に教官室に入った。結城先生は自分の机に座っていた。結構、綺麗な顔つきなのに、目が死んでいるようだった。
「結城先生。」
「あっ、なに?」
「あの、今日の部活、私と亜唯は休みます。」
「…わかった。」
いつもなら理由聞くはずなのに、今日はなにも聞かれなかった。
「なぎなた部全員に今日の部活は休みだって伝えて。」
結城先生がボソッ言った。
「はい。」
昼休みが半分以上残っていたから、2年生に伝えに行った。
2ーCの教室には4人いるはずなのに、ゆうひと優和しかいなかった。だけど、探しに行く元気もなかったから2人にほかの2年にも伝えてもらうことにして話した。
「今日の部活は休みだから。」
「えっ?なんでですか?」
2人が実のことを知らないことを忘れていた。自分の口から話すのは一層辛かった。それを察してくれたのか、亜唯が代わりに話してくれた。
「死んだの…。実が…。」
「えっ!?」
すべてがあっと言う間に過ぎ去った…。授業が終わり、実の家に行った。前に遊びに来た時となにも変わっていなかった。実が元気よくドアから飛び出してきそうだった。実のお母さんが客間に案内してくれた。その時私たちは、実が元気よくドアから飛び出してくることなんかもう一生こないことがようやくわかった。なくなってしまった…。
実は今までに見たことがないほど安らかな顔だった。まるで眠っているようだった。亜唯がその場に泣き崩れた。私は立ったまま泣いた。どれぐらいの時間泣いたか分からない。涙も枯れてしまった。そのうちに実のお母さんが誰かを連れてきた。
「こちらです。」
「お手数おかけしました。」
1、2年生が全員入って来た。
「みんな…。」
「先輩…。」
私と亜唯は1、2年に場所をあけた。実を見てみんな声を失っているようだった。ほとんどの2年生が泣き出した。1年生2人はどうしていいか分からないみたいだけど、ショックを受けているのは見ていてわかった。
「梨那、みほ、実だよ。」
亜唯が言った。
「できれば…、生きてる間にお会いしたかったです。なぎなたのこともいろいろ教えていただきたかったです。」
梨那がボソッと言った。それからみほが言った。
「実は私、実先輩にお会いしたことあるんです。同じ書道教室だったんです。優しい先輩でした。」
それからしばらくして、また実のお母さんがだれかを連れてきた。
結城先生とららちゃん先生だった。2人とも黒のスーツを着ていた。
「結城先生、らら…、森本先生…。」
「お前ら来てたの?」
「はい。」
実のお母さんが言った。
「皆さん、お茶が入ったので居間にどうぞ。」
「ありがとうございます。」
続々と立ち上がる。最後の方で私と亜唯も立ち上がった。出て行こうとした時に結城先生とららちゃん先生の方を見たら、泣いていた。ららちゃん先生が泣くならまだ分かるけど、結城先生が泣くなんて思わなかった。先生は私たちに聞こえないように、声を押し殺して泣いていた。その時、先生がボソッっと呟いた。
「七瀬、ごめんな…。病気のことを知らなかったとはいえ、あんなことを言って……。大分つらかったよな…。」
ららちゃん先生もボソッと言った。
「実さん。お疲れさま。大変だったでしょ。辛かったでしょ。怖かったでしょ。もう、苦しまなくてすむからね…。I've never forgot you.」
こんな光景見たくなかったし、見ても行けなかったと思う。私が結城先生が泣いたのを見たのはあれが最初で最後だった。
実のお葬式は翌日とその翌日に行われた。私たちも学校を休んで参列した。親族に加えて、小学校の同級生に小学校、幼稚園の先生。なぎなた関連の先生方。本当に沢山の人が参列していた。告別式が終わってもまだ、分からないことがあった。なぜ、実はみんなに病気のことを伝えなかったのか…。
実の告別式が終わって数日後。
「亜唯先輩、桃花先輩は?」
「今日も休み。具合が悪いんじゃないのかな…。多分…。」
亜唯が呟いた。
「いきなり、寂しくなっちゃったね…。太陽と月をいっぺんになくしたみたい。」
私は部屋着のまま3日間ぐらいずっとベッドの上に横になっていた。実がなぜ、病気のことを伝えてくれなかったのか、ずっと考えていた。でも、国語2の私にわかるはずがない。国語5の亜唯でも分からないと思う。実は私たちのことが嫌いだったのだろうか…。私たちのことを信頼していなかったのだろうか…。実にもう一度会えたら、何かしらわかるかもしれない…。でも…、もう会えない…。会えないんだよな…。会えなーー……。
気がついたら、大きな桜の木の下に立っていた。桜は満開で花びらが降っていた。幹のところには…実が立っていた。白いワンピースを着て、いつもより大人びていたけど、たしかに実だった。実は私に少しずつ近づいてきて、手をスッと伸ばした。私の顔を見て、微笑んだが、すぐに少し悲しげな表情をした。そして、なにもしないで、なにも語らないでどんどん遠くに歩いて行ってしまった。追いかけようとしても体が動かなかった。私は必死に叫んだ。
『実!!実!!』
気がついたら、外が明るくなっていた。寝ていた…。夢おちだった。時計を見ると朝の6時をさしていた。
「今日は学校に行くか…。」
久し振りに制服の袖に腕を通した。髪を整えようと鏡の前に立つと、クマがくっきりついた自分の顔があった。
「頑張れ、桃花。」
私は鏡の中の自分を励ました。
学校に行くと亜唯がもう着ていた。
「桃花…!おはよう。」
「おはよう。」
授業はすぐに終わった感じがした。実の机が空いているのが見えて、すごく辛かった。
放課後はすぐに部活に行った。袴に着替えていたら1、2年生が続々と入って来た。
「桃花先輩!」
私を見てみんな驚いているようだった。
「さっさと部活始めるよ。」
「あっ、はい。」
みんなが着替え終わったころケータイのバイブがなった。
「誰のバイブ?校内ではケータイの使用は……私のケータイだ。」
「私にも。」
「うちにもきてる。」
「ひなのにもきてるよ。」
「あたしのにも…。差出人は…。」
みんなのケータイにメールがきていた。でも、一番の驚きは差出人が実だったことだった。
「うそ!実からだ。なんで?ちょっと怖いんですけど。」
実からのメールは結構長かった。
『拝啓、なぎなた部のみんなへ。
皆さん、お元気ですか?このメールが届いたということは私は1週間ぐらい前に死んだということですね。今、手が言うことを聞かなくて、このメッセージをメールで送ることをお許しください。多分、私が病気のことを言わなかったことにみんなは、怒ってると思います。
私は、市民大会翌日、あの1週間ぐらい休んだ時です。私は頭痛で病院へ行き、精密検査を受けました。私の脳の中には悪性の腫瘍ができていました。しかも、かなり末期の状態でした。医者から宣告された余命は2ヶ月。もしかしたらもっと短いかもと言われました。本当にショックでした。3日間は泣き続けました。でも、残りの命をどう使おうか考えたら、残り少ない命なんだから普通に、格好良く、笑顔で使いたいと思いました。それで、私はみんなに病気のことを言わないとを決意しました。みんなに普通に接して欲しかったし、できるだけ迷惑をかけたくなかったからね。学校内でも知ってたのは校長先生と保健の先生とららちゃん先生ぐらいだったと思います。結城先生も知らなかったと思います。ま、知らせないでと私からお願いしたんだけどねww でも、そのおかげで私の望んでいた『普通』の生活がおくれました。みんなと一緒に部活して、先生に怒られて、笑って。ただそう生きてるだけで泣けてきました。でも、本当に嬉しかったし、満ち足りた日々でした。ひなまつり大会の演技で優勝できなかったのがちょっと心残りだけど。でも、1ヶ月もたったら体が思うように動かなくなりました。それで、先生に怒られた翌日、新年度が始まった次の日から、学校を休むことにしました。先生に怒られたのが理由ではありません。新年度の初日ぐらい学校に行きたかったし、3年になりたかったから。大会もなかったし。それで、半月は病院にいました。でも、それ以降は家にいました。暇だったから、このメールをずっと書いていました。朝、起きる度にこのメールの送信予約を1日ずつ遅らせました。私が死んでから1週間後ぐらいにみんなに届くように。私のこの決断が正しい決断だったのかどうかは今になっても分かりません。でも、後悔はしていません。これだけは確かです。これは私の最後のわがままだと思ってください。みんなと部活ができて本当に楽しかった。中体連頑張ってね。みんなと一緒に中体連という場に立てないことが残念です。
おばあちゃんから聞いたんだけど、人は死んだら、星になるんだって。本当かどうか分からないけど、いつでもいい。思い出したら、夜、空を見上げてください。星が瞬いたら私だと思ってください。私はみんなを見守る1等星になりたいんだ。あと、私の防具となぎなたは学校に寄付するから使ってね。
ゆうひ、ゆうひの笑顔が部の要だよ。しかめっ面はダメ。
優菜、勉強ばっかりしすぎて体壊さないようにね。
ひな、にぎやかなのは結構、でも騒ぎすぎちゃだめだよ。
優和、悪ノリもほどほどにね。体を大切に。美織、自分に自信を持って。公衆の面前でイチャイチャしないでね。
光里、個性的な2年生をまとめられるのは光里だけだよ。光里の包容力、期待してる。
慧龍、モテるのは良いけど、女に手出すのもほどほどにね。二股すんなよ。
梨那ちゃん、みほちゃん。2人と色んなことしたかったぁ。なぎなたについても教えたかったし、たくさんしたいことあったのに。ちょっと悔しいなぁ。2人仲良く、絆を大切にね。
結城先生、先生のこと信じてます。みんなを全国に連れていってくれるって。あと、早く結婚してください。
桃花、無理に良い部長になろうとしなくていいんだよ。桃花は桃花。自分を信じて、仲間を信じて。桃花を信じてる。
亜唯、体を大切にね。無理することと頑張ることは違うから。色々いじってごめんね。
みんな、私をなぎなた部の一員にしてくれて本当にありがとうございました。これは本当に最後のお願いです。私を卒業するまでなぎなた部でいさせてください。私はみんなが大好きです。さようなら。お元気で。
前を見てまっすぐ突き進んで!! 敬具。
3年A組 なぎなた部副部長 七瀬 実 』
「実…。かっこよすぎるよ…。ずるいよ…。」
「実…。」
「実先輩…。」
私たちはそれから泣き続けた。みんなで泣けるだけ泣いた。それからは心がすっきりして晴れ晴れした気持ちだった。
中体連1週間前の日の昼休み、職員室。
「結城先生。」
「上原、何だ?」
「あの、中体連のことなんですけど…。」
「あっ、選手宣誓の内容考えといてね。あと、優勝カップ返還は成宮と一緒にやって。」
「はい。先生。」
「何?」
「中体連の入退場だけでいいんで実の遺影を持って出たいんです。」
「七瀬の遺影を?」
「はい。先生にもあの、実からのメール届きましたよね?あのメールの最後に書いてあった『私を卒業するまでなぎなた部でいさせてください。』っていう願いのを叶えてあげたいんです。お願いします。」
先生が少し考え込んだ。
「…。やりたいようにやりな。」
「ありがとうございます。」
私は結城先生に一礼して素早く外にでた。
「亜唯!OKだって。」
「やったね。」
亜唯もすごく喜んだ。窓ガラスごしに結城先生が見えた。去年の中体連でみんなで撮った記念写真を眺めていた。何か話しているようだけど聞こえなかった。まっ、いいか。
「七瀬…。おまえは幸せだな。あんなに想ってくれる友達がいて。」
中体連の朝に実の家に行った。実に線香をあげてお母さんから遺影を受け取った。
「実の分も頑張ってきてね。実は桃花ちゃんと亜唯ちゃんみたいな友達がいて幸せね。」
「ありがとうございます。頑張ってきます。」
中体連の間は、体の中からじんわりと暖かいものが感じられた。コートの中では孤独って、先生は言ってたけど、私たちは違う。私たちには実がいる。
『選手宣誓。葵中学校、上原桃花選手。』
「はい!」
「宣誓。私たち、選手一同は、日頃のお稽古の成果を十分に発揮し、亡き友人の想いと共に、精一杯、競技することを誓います。平成25年、6月4日。選手代表、葵中学校なぎなた部主将、上原桃花。」
中体連はあっと言う間に終わってしまった。葵中生は全員、持ってるものを全て出しきった。実の思いも全て出しきった。
まだ6月だから、大会が終わっても空は明るかった。学校の近くの山に小さい規模だったけど天文台があったから夜にみんなで集まることになった。その日は快晴。山の上だから町灯りが遮断されて空がすごく綺麗に見えた。
「あっ!今あの星が瞬いた。」
「あれも。あっ!流れ星!」
「瞬いた星って言っても多すぎるよね。」
「だね。でも、本当に綺麗。天の川をこんなに綺麗に見たのはじめてかも。」
亜唯が言った。
「織姫星が瞬いたよ。実ももう少しヒント残してくれればよかったのに。」
「よーしっ!みんな、耳塞いで。」
亜唯はそう言って、大きく息を吸い、いきなり叫んだ。
「実ぃぃっっ!!ありがとぉぉっっ!!」
「亜唯、こんなに大きい声出るんだね。」
部員全員で耳を塞ぎながら笑った。
「成宮、何叫んでるんだ。近所迷惑だろ。」
結城先生が笑いながら怒った。先生の笑顔、始めてみたかも。
「叫んだらすっきりしました。」
亜唯はそう言って笑った。じゃあ、私も叫ぶか。私、声だけには自信あるから、みんな鼓膜破らないようにちゃんと塞いでよ。
「実ぃっっ!!ありがとぉぉっっ!!」
『拝啓、七瀬実様。そっちはどうですか?こっちはまぁまぁです。今日、中体連がありました。演技では私と慧龍が優勝で、亜唯はひなと演技を組んで2位、あと美織とゆうひが3位。団体戦はAチーム(私、亜唯、慧龍)が優勝でBチーム(美織、ゆうひ、光里)が3位。個人戦では今年から男子個人ができて、慧龍が優勝、女子個人では優勝はできなかったけど私が2位で亜唯が3位になったよ。亜唯も驚いてた。みんないつも以上の力が発揮できた。これも、全部実のおかげだよ。
私ね、実際、実がいなくてすごく寂しい。でも、実が私たちに言ってくれた言葉でまた、元の私たちに戻ることができたんだ。実。私たちはもう過去は振り返らない。未来に向かってどんな困難があってもまっすぐ突き進んで見せる。でも、実のことは絶対に忘れないよ。永遠にね。実は私たちにとって、唯一無二の存在だから。実、見守ってね。ありがとう。本当に、本当に。敬具。
追伸、結城先生!婚約したみたい!しかも長身のイケメンと!今では三鷹先生だよ!
追追伸、実、元気してますか?』