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第四日 キイな仕事~解決~

 街全体が赤く染まり、診療所もオレンジの炎で燃えているようだったけど、火事になっていたりはせずに、ただ夕日色に染まっていた。

 診療所の外から見る分には、レーデやデュライの姿も無く物静かだった。日常の風景のようにしか見えなかったけど、ここで無為に過ごしていても仕方が無いので中へ入る。

「すみません、もう休診の時間なんですが……?」

 昨日の医師兼受付の男性がそこにいた。何事も無いことはいい事なのだけど、何事も無さ過ぎて焦る。

「え、えっと。僕と同じギルド職員と、赤い髪の少年が来ませんでしたか?」

「さて? 今日は特に来診が多かったが、昨日の君以来には見なかったと思うね」

「ミシェル……本当にここなのか?」

「うん、南の遺跡? から出て来た人なら稼ぎになる物持ってるって言ってた!」

「私が? そんな事言ったかな。……まぁ儀式跡地からは、確かに強力な麻酔薬や、興奮剤が作れる素材が手に入るから、医者なら重宝するかもね」

 確か、ミシェルはデュライがお金になる物を持ってると教えられたんだったっけ。ミシェルがデュライのクエストアイテムを狙っていたのは、ここでそういう話を聞いた事による行動だった。だとすると、レーデと謎の人物、謎の人物とミシェルという繋がりが消えてしまう。

「ところで、湿布が入用だったかな? 今は急いでいるので診察は困るのだが……」

「あ、いえ。すみません。勘違いだったみたいです」

 言って、そそくさと退散する。


(先程の話だが、何処かでその様な話を耳にしたので、薬剤の素材が高額で売れるやもと、儂がミシェルに進言したかと存じる)

 パンサークローが姿を見せて、そう言う。

 待てよ、つまりこれってもしかして、完全に見当違いだったんじゃないか?

 レーデは一体何処に向かったんだろう? とりあえず、レーデとデュライの事を整理してみよう。

 とはいっても、レーデがそんな不正をしていたなんて全く知らなかったし。レーデとはよく一緒に飲んだり、互いの家で遊んだりしてるけど、それ以外でしかも偶発的に知り合ったという相手に辿り着くなんて、はっきり言って不可能だ。

 じゃあ、デュライの視点から考えてみよう。

 まず、デュライが自分の情報を流してる人間がギルド職員だと至った理由は簡単だ。それ以外に無いから。じゃあ、僕とレーデがあの場に居合わせたのに、僕ではなくレーデだと確信した理由はなんだろう?

 レーデとデュライの間に、接点があったかどうかは僕には分からない。逆に、僕とデュライはキューブ修理の開始の日に一緒に行動したという接点がある。その時、ミシェルに質問をしたのは僕だったし、デュライに対して協力的だったから、僕を選択肢から除外したと考えるのが自然だろうか。

 そういえば、ミシェルへの質問でデュライを狙っていたという回答を得た事で、デュライがその事に探りを入れた結果。レーデが連れて行かれ危険に遭っているのだとしたら、完全に僕のせいじゃないか?

 さっきの事で、ミシェルがデュライを狙っていた理由がほとんど偶然と判明した以上。レーデはミシェルの件では関与していないのだから。今レーデとデュライが向かってる先の相手は、デュライとは関係が無いかもしれないけど、デュライに襲われるかも知れない。レーデもそれに巻き込まれるかも。何にせよ止めないと! ……でも一体何処へ行けば?

 結局、思考は同じ所へ辿り着く。

 こうなったら、とにかく探し回るしかない。ヒントはレーデの言った奴は依頼人じゃないという言葉。逆を言えば依頼人以外の全員が容疑者。はっきり言って、果てしない作業になる事受けあいだ。もっとヒントを出してくれればと思う。でも、僕やミシェルが首を突っ込まないようにそうしたと取れなくも無い。歯痒さだけが残る。

 行き先を推測するのを止めて、物理的な考えで絞込む事にした。

 あの時、角を曲がって見えなくなったという高い方の可能性に賭けて、リザリア東側の街をパカパカで己の字のように疾走する。何かがあれば人だかりが出来ると考えて、可能な限り広範囲を捜索する。


 僕の借り家前を通る道で、見覚えのある人物がちょうど家の前に佇んでいる様が見えた。近寄って行けば、次第にはっきりとそれが探している人物である事がわかった。

「レーデ!」

「……リキット。……ミシェルは?」

 パカパカを降りる。ミシェルはずっと馬首に纏わり付いている

「うん、大丈夫みたい……レーデの方こそ」

「俺は大丈夫だ。ただ案内しただけだ」

「……その人は襲われなかったの?」

「ああ、彼の探していた人物ではなかったらしい」

「そっか、みんな無事で良かった」

「どこまで心配してるんだお前は。…………巻き込んで、本当に悪かった」

「いいんだ。そんなことより、ミシェルがカレーを楽しみにしてるんだ。一緒に食べよう」

「……ああ、そうだな。ありがとう」

 僕の笑顔はレーデに少しでも安心を与えられただろうか。言葉は不安を取り除けただろうか。わからない。

 家灯りが道をぽうっと照らす中、ミシェルを呼べば、パカパカも彼女の後ろからついて来る。


 お腹の空いた男2人でああだこうだと、ミシェルにカレーの作り方を伝授する。具が僕とレーデの好みの違いで、ちぐはぐな大きさになったり、炒めるのか煮込むのかでミシェルを困惑させたり、カレー粉の量や隠し味なんかでも言い合った。けどそれが今日は特別楽しかった。

 そうして出来上がったカレーは、間違いなく僕達の渾身の一品だったが、味見などしていなかった。だから、ミシェルがそれを口に運ぶ様を僕達は固唾を呑んで見守っていた。

「んー! カレーうまーい」

 その言葉を聞いた僕達は、笑みを交わし、拳を突き合わせた。

 レーデは特に何も言わなかったし、僕も何も聞かなかった。いつでも会えるのだから、落ち着いた時にでも事情を話してくれればそれでいいと思った。ただ、一つだけ約束をして欲しくて切り出した。

「レーデ、僕は頼り甲斐がないかもしれない。でも、頼ってきて欲しいんだ。……親友だと思ってるから」

「……ああ」

「一つ、一つだけ。……私欲のために誰かを貶めるような事はしないって、約束して欲しい」

「……わかった、約束する。……お前と、ミシェルに誓おう」

 レーデは真っ直ぐに僕を見ていた。そして、今後ソルバーの情報を売ったりしないと、ここに誓いを立てた。


 朝早い家の灯りがぽつりぽつり消え始めた頃、レーデは大きく手を振って帰っていった。最後に見せた笑顔が、大丈夫だと伝えていたのだと僕は思った。このまま眠ってもいいくらいには夜が更けていけど、頭の中がもやもやしている。パンサーの話を聴かない事には、納得がいかなかった。

 レーデを見送ってそんな風に考えていたのは、扉を閉めようとするまでだった。家のドアを閉めようとしても、何かにぶつかって閉じ切らないのだ。

「よぉ?」

 扉と玄関の間に足を挟んでいた人物が声を掛ける。

「……デュライ」

 来た理由はおおよそ察していたが、このタイミングで現れるという事は、事前に僕の家を知っていたか、レーデが帰るのを待っていたかだ。事を荒立てるようなことをせずに、こうして底知れぬ恐怖を与えてくる。けれど、ミシェルとデュライを会わせたくない僕にとっては、ここで誤解を解いて終わらせられるのは好都合だった。

「来た理由はわかってる。ミシェルが言ってた、君を狙ったって話でしょう?」

「俺は締め上げてやっても構わんが……ガキから直接聞くのは無理そうなんでな」

 上位のハンターというのはこういう人種ばかりなのだろうか。だとしたら好きになれそうに無い。考えてみれば厄介事の種はみなデュライだった。それでも、これで終わりだと思えば、我慢も出来るというもの。

「あれは誤解だよ。……薬の素材が高値で取引出来ると聞いたミシェル……カラスが、儀式場跡から出て来た君を、君の持ち物を狙っただけ。……彼女はもう、盗みはしないし」

「……そうか」

 少し残念そうに答える。

「ところでお前、浮浪児を愛玩する趣味でもあるのか?」

 僕はデュライを強く睨み付けるが、彼は臆する事無く続ける。

「浮浪児ってのは、成り行きや不幸でそうなってるんじゃない。…………なるべくしてなってるんだ。浮浪者には浮浪者たる理由があるんだよ。……愛着なんて寄せてると足元掬われるぞ?」

「デュライ! それ以上の侮辱は許さないぞ!」

「純然たる事実ってヤツだ。……それに侮辱とは何だ。お前も浮浪児だったのか? とてもそうは見えないが?」

 そこへ異変に気付いたミシェルがやってくると、すぐにデュライを見つけて敵を見る目に変わり、右手にパンサークローが現れる。怒鳴ったのがまずかったか。

 一方、デュライは玄関の外で壁を背にしたまま、ミシェルの様子を伺っているだけだった。

「よぉ、ガキ。また凝りずに負けてみるか?」

「何しに来た!」

「……言っておくが、お前の敗因は予測や戦術がどうのって事じゃない。もっと根本的な……力、速度、体格の差だ。……今のお前じゃ、俺の剣を防ぐことしか選択肢がない。……避ける事も、止めきる事も出来ない」

 言って壁から距離を取る。剣を抜くのかと思いきやそのまま遠ざかっていくデュライ。

「せっかく面白い武器を持ってるんだ、余す事無く生かす事を考えるんだな……」

「どこへ行く!」

「……もう二度と会う事も無いだろ」

 赤髪の少年は振り返ることも無くそう言った。僕たちは彼を見送るでなく、その姿が見えなくなるまで見ていた。彼の姿を照らしていた家の灯りが消えたのと、視界から彼の姿が消えたのは同じ瞬間だった。


(パンサークロー、話がある)

(宜しい)

(二人きりで話せない?)

(構わぬが、今日はミシェルの精神疲労も激しい。明日でとは叶わぬか? お主が魔力を供給すると言うならば別であるが)

 精霊に魔力を供給するというのは分かる。ミシェルの精神疲労が関係しているというのはどういうことだろうか。そもそも、二人きりで話そうと思っていので、ミシェルは関係ないと思っていた。けど僕の考えと事情が違うのかもしれない。ともかく、話をしたかったので、魔力を供給すると承諾する。

 しばらくするとミシェルがパンサークローを外して僕に渡してくれる。それを手にした途端、眩暈を覚え、吐き気を催す。余裕無くトイレへ駆け込む。

(なにこれ……気持ち悪い)

(儂に魔力を供給する事で、精神的な負荷が掛かっておる……魔力とは精神から捻出する物だ。魔力を供給する事は、即ち精神力を与えるも同じ)

(ミシェルはいつもこんな感じなの?)

(お主は精神力も薄弱であるが、他にも相性が悪いと存ずる。……対話は出来ぬが儂の存在を消せば、精神力の消費を抑える事は可能)

(大丈夫、魔力ってマナの事ばかりだと思ってたけど、実際には違うんだね)

(マナとは魔気の総称、魔力とは人間や精霊の精神を媒介とした純度の高い魔気の事である。従って間違いでは無い)

(この会話をミシェルが話を聞くことは?)

(そうだの、お主からの念であれば伝わる事はない。儂の方からの問い掛けであれば、儂の念次第で一方だけ或いは、両方と話すことが出来る。無論、一定距離内である必要はあるが……一時、慎もう)

(じゃあ、まず君の事を聞かせて欲しい)

(身の上は話せぬ、容赦願いたい。そうだの……)

 身の上話以外、自分自身……パンサークローの特徴について話をしてくれた。仮名パンサークローは闇属性の精霊で、姿ではなく、存在の有無を切り替える事が出来るのだと言う。存在を消している状態の方が安定でき魔力の供給をほとんど受けずに居られるらしいが、念話などのあらゆる行為が出来なくなるとの事。

(ありがとう。……じゃあ、ミシェルとデュライが戦った時の詳しい話だけど)

(先程も言ったが、儂は存在の有無を自在に操れる。契約主の周囲であれば、瞬時の移動も可能。ただそれはミシェルの魔力消費が激しい故、それ以上に危険な時以外には行わない)

 つまり、ミシェルが壁にぶつかる前に、ふさふさの手袋部分をクッションにしたということだろうか。

(カラスと名付けたのは……?)

(儂の失敗である。ある時、まるでカラスの様だと申した。それ以後、カラスと名乗る様になってしまったのだ)

(じゃあ、パンサーもミシェルの本名は知らないってこと?)

(残念ながらその通りだ。従ってお主がミシェルという名を付けてくれた事には、非常に感謝しておる)

 気持ち悪さが先立ってあまり聞けなかったけど、ミシェルの精神力が強くなってきた事によって、具現化して戦闘や長い会話を出来るようになったのが割と最近らしいという事で、それ以前はここぞという時くらいしか具現化していなかったという事を教えてくれた。つまり、ミシェルがコミュニケーションを取る姿勢が薄いのもおそらくその所為と考えられた。

(くっ……最後に、僕が君と通じたって事は仮契約をしたってとっていいのかな?)

(異なる。お主にも儂にも契約に至るほどの大した利点及び欠点は生まれぬ。ミシェルの事を通じてお主を信じ、会話を望んだという程度。通じたという言葉が合う。仮に、契約に至ったとして、お主は闇属性の精霊と相性が悪い故、儂を存分には使えぬよ)

(えっと、ミシェルの方が僕より子供なのに? ……うっぷ)

(勘違いしないで貰いたい。心と精神力とは異なる。精神力は体力と似ておる、力の依存する部分が異なるが、心の持ち様で調子に差があるという共通点がある。……力の枯渇が死に至るというのも共通点であろう)

(ぐぅっ……もう限界だ)

(では戻るとしよう、この様な対話も偶には良いものだ)

 手に持った爪型武器が消えていった。

 それほど時間は経っていないはずなのに、僕は疲労困憊といって差し支えないほど、疲れてしまった。魔力を供給する事がこんなに大変なこととは思わなかった。

 トイレで用を一つ済ませ扉を開けると、そこにはミシェルがいた。

「大丈夫か、リキット?」

「ちょっと疲れちゃったけど、大丈夫だよ」

「ん」

「僕はもう休むよ。……ミシェル、一人で着替えて寝られるね?」

「おう!」

 弱っているのを隠すよう意識して、自分の部屋へと力強く歩く。部屋に入ると足取りも覚束ず、そのままベッドに倒れこむ様に身を投げ出した。ベッドの柔らかい肌心地を感じ、意識が遠くなっていった。


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