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第三日 トロな休日~昼間~

 喫茶店を後にして、そのまま衣料品店を目指す。といっても僕には子供服を取り扱ってる店の心当たりが無いので、大通りをぶらつきながら探すことにした。

 すでに陽は昇りきっていて、昨晩の雨跡もほとんど残っていない。日陰に小さな水溜り、それすら掻き消そうと陽気を放っている。冬用のケープだから、暑いのだろう険しい顔をしているミシェルだが、やはり紙袋を大事そうに抱えてついてくる。昼食は必要無さそうだけど、早く服を一新したいところだ。

 大通りにあるからか、一面ガラス張りという珍しい衣料品店をすぐに見つけることが出来た。全面ガラス張りやガラス戸の様な厚手のガラスの製錬は、製錬所が限られてくる。その上、需要も少ないのでかなり高価なのだが、それを差し引くほど集客力があるのだろ。例えば、今の僕のような客に対して。

 蝶番ちょうつがいの具合が良いのか、想像より軽い動きでガラス戸を開け店内へと押し入る。

「いらっしゃぁいませー!」

 弾むような軽やかで澄んだ声が響く、見回せば、流行のファッションなのか店の制服なのか判別の付かない、給仕の格好を模したような派手で明るい暖色を織り交ぜた服装をした、僕と同年代くらいの若い女性店員。それとその格好に負けないくらい明るく、カラフルな壁紙が印象深く映りこむ。

 僕がこの店に入ったのはもちろん、外から子供服が見えたからだ。店員に軽くお辞儀をしてみせて、そそくさと子供服の見えた辺りにミシェルを引っ張っていく。

「これから、クエストに必要なミシェル=クロウの服を買うぞ。もちろん、ちゃんと着こなしてもらうからな?」

「おー、わかった!」

 思っていたより種類が多く、無地のポロシャツから装飾や刺繍の凝った革ジャケットまである。ふと横を見れば、上流階級の晩餐会について来る子供が来ていてもおかしくない豪華なドレスが掛けてあった。僕とミシェルだけで、これと決めるには難がありそうだ。

「お子様の服をお探しですかぁ~?」

 途方にくれそうだった僕に、救いの手が差し伸べられる。

「ええ、普段着を何着か。まず先に、何でもいいので一着」

「えぇ~っとぉ~、」

「女の子です」

 必要以上に間延びしたそれに答えを返すと、あっという間に上下揃えて持ってくる。ミシェルの顔立ちが男の子っぽいからじゃなく、多分服装のせいなんだろうと思う。実際、パン屋のオバサンは当てられたわけだし。

「よし、着替えてくるんだ、ミシェル=クロウ!」

 女性店員に案内されて試着室へ向かう。とりあえず、着替え終わったら出ておいで。とだけ言って一人で着替えさせる。

 しばらくすると試着室のカーテンを下から持ち上げて這い出てくるミシェル。出かける前に言った、ケープを着ておけという僕の指示を忠実に守っているのだろう、ケープを纏ったままの姿だった。そのケープを剥ぎ取った僕はずっこけそうになった。というのも、タータン柄の青いスカートと白いレースのシャツを着ているのだけど、シャツの向きが前後逆で、どうやって履いたのかスカートは裏地が思いっきり外側だった。

「ユ、ユニークな妹さんですね……」

 間延びした口調だったはずの店員がボソッとこぼす。マジ勘弁、と聞こえた気がするのは、忘れてしまおう。

「い、今直すんで!」

 なかなか離そうとしないパン入りの紙袋を預かっていたので、これを左で抱え上げ、右手でミシェルを引っこ抜いて持ち上げ、試着室へ入る。捻っているので痛みが走るが、そんなことは後回しだ。

「スカートが裏っ返し、シャツはこっちが前。こうして着るんだぞ」

 我ながらよく着せ直させるものと感心する余裕も無く、手早くミシェルの服装を整える。そして今の服の分だけお金を支払って、もう少し見ていきますと告げて、元の場所に戻る。面倒くさい客とでも思われたのだろう。それ以降、女性店員が話しかけて来ることは無かったが、結局は普段着四着、下着、軽めのコート、寝巻き、レインコートのお買い上げとなった。締めて六七二オレン(oren)の支払い、一人の客としては上々の支払いだろう。


 オレン(oren)というのはオルフィードにおける通貨単位の事で、金銀銅の三種の硬貨を使って取引を行うのが主流だ。地域や流通なんかによっても差はあるが、リザリアでは、手のひら大のただの麦粉パン一個が一オレンに相当する。

 金銀銅の順に価値が高い。厳密に言えば、サイズや形状の違いで価値が違い、それぞれ金貨三種、銀貨四種、銅貨四種あって基本的に円形硬貨で、価値と重量が比例する。そのため、大きい物は直径もそうだが厚みも増す。

 円形銅貨は真鍮製だが、銅貨の一番小さな物にベル型の物がある。それだけ銅にアルミニウムを混ぜたもので、特別にピースオブオレンと呼ばれている。採算が合わない為と考えられるが、基本的にピースオブオレンは滅多に市場には出回らない。従って、一オレン単位で取引するのが売買における暗黙のルールといえる。

 価値的に銅貨と銀貨が主に流通している。金貨は価値が非常に高く、特に大きいサイズの物を持ち歩く者はそうそういない。何月分も給料をそっくり持ち歩くようなものだからだ。


「ありがとぉございましたぁ~」

 女性店員の口調も戻っていたが、それを現金なものと思うのは余りに早計だろう。世話にもなっているので、僕も礼を言うと一際可愛らしい笑顔を見せてくれた。

 想像以上の出費に、僕の財布は一瞬でくたびれ果ててしまう。

 先の事もあって、ミシェルの金銭感覚が僕らと違うのでは。それがミシェルを悲しませる事にならないか、ちょっと心配していた。支払い台の客側の縁が、台上より出っ張って高く作られており、その構造を利用して見えないようにお金を払った。無論、子供に支払いを見せないようにそうなっている訳ではなく、仕立ての作業台として使っているのだろう。その証拠に生地が傷まないよう出っ張った縁は丸く削られていて、先端には樹脂が固まっている。

 もっとも出っ張ったその縁に、痛みの引いてきた右手をぶつけて、激痛に顔を歪める事になった訳だけど。

 店を出る際には、女性店員が間延びした口調で同じ事を言った。挨拶自体は特別な事ではないのだけど、驚いたのはそれに対して、ミシェルが、ありがとー。と返したことだった。僕の真似だろうか、それでもいい傾向にあるのは確かだろう。


 綺麗に畳まれ収納されているといっても流石に両手が塞がるもので、僕は子供服一式入りの大きい紙袋を、ミシェルはパンの紙袋を抱えて家に戻ってきた。

 何度もぶつけている右手はそろそろ限界が来そうだ。普通、薬局の隣には病院があり、併設されている事もしばしば。もはや、それらはセットと考えて間違いが無いほどだ。小さな診療所にでも行けば、診察してくれた医師が顔を出すような感覚だ。医療費よりも薬の値段の方が圧倒的に安いため、薬局の方が繁盛するのだろう。もっとも、医者も薬もピンきりなので、それがどうのこうのとは全く言えない。

 何はともあれ、まず医者に行こうと思ったのだけど。財布がすっからかんのまま行くわけにもいかない。銀行に行くのもありだけど、今は家の金庫で補充すれば十分だろう。

 ミシェルの部屋も決まっていないので、子供服の入った紙袋は居間に置きっ放しにしたまま、お金も補充し外へ出ようとするも、ミシェルがパンの紙袋を持ったままだった。

「ミシェル=クロウ、パンは置いていこう」

「ヤダ」

「……誰も取ったりしないし、家の中なら持ち歩くよりも安全なんだ。何せ、パンが潰れないから、美味しいままだよ?」

 僕はこれっぽっちも美味しいとは思っていないけど。すると、紙袋の中身を覗く

「ん……わかった、置いてく」

 あれだけ大事そうに抱えてれば、どう考えても潰れるよね。ミシェルはパンを置いて行く決心したものの、名残惜しそうな顔をして、家が見えなくなるまで振り返ったりしていた。といっても、角をすぐ曲がったのでそれほど長い間じゃない。


 風が吹く度に、スカートを気にするミシェル。初めて履いた、かどうかはわからないけど。それはパンツが見えることを気にしているのではなく、妙な涼しさと重量感の変わった感覚、気持ち悪さがあるからだろう。僕も初めてスカートをはいた時にそう感じたから。言っておくけど、学院時代のちょっとした馬鹿騒ぎの余興でやっただけで、女装趣味ではない。ともかく、服装には不安は無くなった。

 ミシェルはおもちゃやら露店の品物に気を取られず、僕に懸命についてくるので、迷子になる心配だけは無さそうだ。けれど、行動自体はまだ心配な所がある。あまり言葉も発しないが、どれくらいの教養があるかも不明なままだ。

 どうせFランクハンタークエストなんてコミュニケーションが取れれば、ミシェルぐらいの子供にだって難なくこなせる筈だから、その辺りが結局重要になってくる。などと考えていると、東ギルドにも程近い診療所に到着する。

「今日はどうなさいましたか?」

 診療所らしく5人位座れそうな待ち合い用の長椅子が一脚置いてあるだけで、小奇麗にされている。調度品と時計にどうしても目が行く作りは、計画的なものではなくて、単純に何もなく殺風景な所為だろう。受け付けには、若い男性が真っ直ぐに立っており、白衣を羽織っていた。これといった特徴も無い、清潔感を全身から放っているようだった。

「手を痛めてしまったので、診て貰えますか?」

「では、奥の診察室へどうぞ」

 診察室へ入ると、誰もおらず受け付けの男が入ってきて、

「では、座って。腕を見せて下さい」

 言いながら丸椅子に座る。医者と受付が同一人物ときたか、世の中色んな人がいるものだ。右腕を差し出して、どうして痛めたかの説明を要求された。僕は早く治したいという想いが先行しているので、正直に椅子から落ちて挟んだと話す。医師にちらりと顔を見られ、それが今更に恥ずかしさを誘う。

 しばらく、手を捻ったり押したりして、痛みの状態を聞かれてとを続けていたが、終始ミシェルは僕のローブを掴み続けていた。医師が怖かったからか、僕を心配してくれての行動かは不明だけど。大丈夫。と笑顔で言っても、そのままだった。

「捻挫です。湿布を貼って安静にしておいてください。明日、明後日になったら腫れるかもしれませんが、その時は温めるように心がけてください」

「はい、わかりました。湿布もお願いします」

 やっぱり、診察してもらって良かったと思う。確かな診断もそうだが、アドバイスもありがたく思える。ほんの数分、診て貰っただけで五〇オレンと高い出費ではあるが。

 その場で診察料と湿布代を払う。処方薬というのはその場で調剤して貰うか、薬局で買うかだ。今回は湿布なので持って来て貰えばそれで済む。手間をわざわざ増やす必要はないし、薬局に入ったらこの医師が出てきたなら、笑い転げてしまいかねない。いやむしろ、尊敬してしまうかも。


 さて、次は何をするんだっけ?

「忘れてた!」

 つい口を突いて出てくる言葉。それもそうだ、明日からどうするか決めてすらいない。西の空はまだ明るく、太陽もしっかり見える。けど影はしっかりと伸びており、ずんぶん長くなってきていた。

 ここから西ギルド周辺まで行って、部屋を探すのはほぼ不可能。ミシェルを連れた状態では片道1時間以上掛かるだろうから。日が落ちる頃から親身に部屋を紹介してくれる場所があるとは到底思えない。

 消去法でいけば、馬を探すことになる。厩舎自体はリザリアには多いため、いくつか見たことはあるが、貸し出せる馬がいるかどうかは別問題。けれど、そちらの方がよほど確率が高いと思われる。

 食べ物を入れろと叫び鳴る腹を制して、覚えのある厩舎へと急ぐのであった。

表・硬貨値段

<金貨>

 大サイズの金貨=5000oren

 中サイズの金貨=2000oren

 小サイズの金貨=1000oren

<銀貨>

 大サイズの銀貨=200oren

 中サイズの銀貨=100oren

 小サイズの銀貨=50oren

 穴あきの一番小さい銀貨=20oren

<銅貨>

 大サイズの銅貨=10oren

 中サイズの銅貨=5oren

 穴あきの小サイズの銅貨=1oren

 ベル型の小さい銅貨=0.1oren

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