第二日 ソトな仕事~困惑~
中央ギルドに着くと、自分が東ギルドの職員である事。キューブ故障によりソルバーを案内している事。盗難未遂に遭った事を伝えた。少年の要望により、犯人の尋問をするため、奥の部屋を借りることに成功した。
場所が変わっても異様な状況であることに変わりは無い。尋問が再び始まろうとしていたが、僕はこの子供の言葉を二言しか聞いていないのを思い出した。もしかしたら何も言わないんじゃないかと、少年に耳打ちをしたら、少年は、だろうな。と、さも当たり前に返した。なので、再び幼児虐待が始まらないように、僕から別の角度からアプローチすることにした。幸い、話は出来るようだから。しかしなんで僕がこんな目に、と思わずにはいられない。
子供は椅子に座っている。その対面の椅子に僕も腰を落として、質問を始める。
「君、名前はなんていうのかな?」
「……カラス」
「えーっとカラス君? 偽名かな?」
「……違う」
まぁ、いいけど。呼び名があればとりあえず、それでいいと思った。
今まで案内したらそれきりと考えていたために、少年の名前を未だに聞いていなかった。後ろに立っている少年にも尋ねる。
「そういえば、君の名前聞いてなかったね?」
「デュライだ」
「……彼はデュライ。僕はリキットって言うんだ、よろしくね。カラス君」
「……」
この部屋の空気は、外の一〇倍は重いと思った。
「ん~、カラス君の顔が良く見えないし、この部屋ちょっと暑いから、そのフード取ってもらえないかな?」
フードというよりは、ボロ切れを被っただけのようだが、そのボロ切れは大きく子供の全身をスッポリ覆い隠していた。それを頭の部分を両手で掴み引っ張り上げる様にして、脱ぎ去る。すると、これまたボロ切れで出来たような、元の色がよく分からない半ズボンと半袖のような物を纏っていた。髪はボサボサで、何箇所か変な束が出来ていた。薄い茶色の髪は、切ってはいる様で短い。顔は痩せこけていて、骸骨とまでは感じないが、子供とは思えない衰退感だ。
ちなみに、僕の服装はギルドの制服で白を基調としたローブの上に、黄色のケープ型飾りをつけたもので、青のラインが入っている。所属や地域なんかで色や装飾に差があるが、ギルド職員の制服はローブだ。髪型は前髪が短めに左右中の三方向へ流し分け。後ろはミディアムの長さ、癖っ毛で軽く波打ってる感じ。明るいとも暗いとも言えない中間的な茶色の髪。顔は別に悪くないと思ってる。
デュライは昨日と全く同じで汚れた黒い服装、天に向かって伸びる赤髪と、整った顔に白い肌。夜明けに廃墟を出たという言葉からも、昨日そのまま儀式場跡地へ向かって、昼頃に街に戻ったと推察できる。という事はつまり、寝ていないという事だ。
「いいね!そのケープ無いほうがカッコいいよ」
「……ん」
「カラスはどうしてデュライの布袋を取っていったのかな?」
「……売るから」
「取った布袋はどこに持って行くつもりだったのかな?」
「……お金くれる人のとこ」
「お金くれる人はどこにいるかな?」
「……」
「ん~じゃあ、お金くれる人はデュライの事を知ってる?」
「……」
「じゃあ、布袋に何が入ってると思ってたの?」
「……よく知らない」
「カラスがデュライの持ち物を狙ったのはどうして?」
「……コイツがお金になる物を、持ってるって教えてもらった」
どうも、答えてくれる質問とそうでない質問があるようで、まだはっきりとは言えないが、この子は嘘を吐かなさそうだということ。ある程度口封じをされているんじゃないかということが考えられる。クエスト品を売る相手についての質問に答えないだけではないか。などと考えていると、デュライが割って入ってくる。
「お前がアイテム売る相手と、俺の事を教えた奴は同一人物か?」
確かに、カラスの返答に含まれる情報が少ないせいか、取引相手と狙わせた者を結びつけるような事は何も言っていない。僕も先入観から同一人物と思い込みそうになっていたところだ。
「……」
しかし、カラスはデュライを強く睨むだけで、答えを返そうとはしなかった。
「随分嫌われたな」
それはそうだろう。カラスの右腕には掴まれた後が真っ赤になってまだ残っている。下手したら痕が残るんじゃないだろうか。とは言え、その質問には一理あるので聞いておきたい所だ。
「コイツには教えないから、僕にだけ同じ人だったかどうか教えて欲しいな」
「……違う、別の人」
椅子から降り、僕のそばまで来ると、口に両手を添えて小さな声でそう耳打ちした。
「そっか」
子供は僕に心を開いてくれてるのか、そうでなく単純に根が素直なだけなのか、今までのところ悪印象を受けなかった。
「このガキ、どうするんだ?」
デュライは答えが早く知りたいのであろうか、カラスの処遇のことへと話を移す。
正直、カラスのこの後については、何も考えてはいなかった。例えば、無罪放免としたとして、カラスにとって何が変わるだろう。そのまま戻れば、いずれ餓死しそうだ。
だからといって、軍に引き渡す事が正しいとも思えない。軍が嫌いな訳でも、信用してない訳でもない。むしろ、好印象すら持っている。それでも、子供の処遇を組織に委ねてそれでお終いというのは、間違っている気がする。
じゃあ、僕に一体何が出来るのか。考えても何も浮かばない。
「よし、乗りかかった船だ。僕の家に来るかい?カラス」
僕がこんなにお節介焼きな人だったとは知らなかった。
「……ん?」
「三食昼寝付きの家事手伝いのクエストかな。もっとも、ご飯以外に報酬は出せないんだけどね」
「……ご飯食べれる?」
「もちろん。ただし、これはクエストだから。ちゃんと働いてもらうけどね」
「……クエスト? それ、する」
我ながら、なんて面倒なことをと思ったが。クエストを知らないというカラスの発言に、もしかしたら想像以上に、面倒を見なくても済むかも知れないと、淡い期待を抱くのだった。
カラスが僕にくっついて離れないので、体面的にデュライは耳打ちされた答えをハッキリと聞けずじまいでいた。けれど、僕も猛烈に刺さる視線を受け続ける気はない。中央ギルドの方々に適当な説明を終えると、すでに報酬を受け取っていたデュライと合流した。
中央ギルドを出た後、デュライにだけ分かる様に切り出す。
「デュライ、今回のクエストは、あの商人が目的の情報を持っていなくて、大変だったでしょう?」
「……ああ」
これで間違いなく伝わったはず。
以降は特に話す事も無く、大通りへと差し掛かかった。左へ曲がって、東ギルドの方へ向かおうとする。するとカラスにローブの裾を引っ張られる。カラスの方を見ると右を振り向く。それに促されるように、カラスの視線の先を見やると、デュライが反対方向へ歩いていってるではないか。
まぁ、親しくも無ければ、今後何かしらのお付き合いがあるわけでも無い。けど、カラスに教えられなければ、誘拐かと心配する要素もあるでしょうよ。いや、無いにしても、じゃあこれで位の挨拶はあって然るべきだと思う。
「デュライ、さようなら!」
苛立ちと諦めとちょっとした安堵とが、ない交ぜになった声で別れを告げた。少年が振り返ることは無かったが、ただ一度、腰に吊るした剣の柄に手を当てた。
デュライと別れ、東ギルドへ向かう間にカラスの生い立ちというか、過去について聞いてみた。物心ついた時にはもう、浮浪生活のような事をしていたという話だった。唯一、名前を付けた人物が浮浪児集団のリーダー的存在だった子に名付けられたらしい。そのグループは数名で、生死を別にして全員居なくなってしまったという。
リザリアは発展した街で、普通に暮らしている分には浮浪児を見かけたりしない。そのように浮浪児というのが少ないとは言っても、繁華街の大きさから望まれない子供が産まれるという事があるのだろう。娼婦がその子供を捨ててしまえば、カラスのような子が必然にうまれる。
今まで見ようともしてこなかった世界の話だ。いまさらに心が痛む。
空は、そんな僕の心を表すように重く暗い雲が広がり始めていた。
休業中、他のギルドへお回り下さい。と手書きの紙切れの貼ってある東ギルドの扉を開けると、いつもの声が僕を迎えてくれる。
「遅いぞリキット、何やってたんだ?」
「ごめん、色々あって」
カラスを連れて入ると、当然の質問が飛んでくる。謝るのもそこそこに、ざっくりと事情を説明する。
「それでこの子を引き取るって言うのか、お前が?」
「うん、軍に引き渡すのは何か違うと思うんだ。それに、クエストである程度稼げるようになるまでの間だけだから」
「本気……なんだな?」
「うん」
「……わかった、俺に出来ることなら協力する」
レーデのそういう所、好きだよ。と言ったら、気持ち悪いこと言うな。と一笑されてしまったが、本当にそう思し、助かる。
「協力するにはするんだが……」
口を濁らせながら悲報を告げ出すレーデ。
「扉の張り紙見ただろう? ……持ってきた代替キューブが故障してるのか、マナに接続しても全く反応しないんだ。……ってことで、完全に修理が終わるまでの間、この東ギルドは休業。そしてリキットは西ギルドへ、俺は中央ギルドへ一時的な異動になった」
「えぇー!」
カウンター奥を見れば、修理をしている職員の一人と目が合い、すまなさそうに頭を下げられた。レーデの言葉を疑うわけではないが、本当らしい。
正直、西ギルドとか遠っ!! としか思わなかった。実際、東西のギルドが東西の門の近くに建てられていて、東ギルド近くに住まいを借りている僕は、ほぼ街を横断する事になる。遅い僕の足で大体一時間かかるかどうか位の距離だ。よし、馬を借りよう。
決まってしまった事は仕方が無い。けれど、やる事がいっぱい有る。明日は休もう、と心に誓うのであった。
「一応言っておくが、明日は休んでいいからな。……修理は原因究明を含めて一週間以上かかるらしいから、西側で部屋を借りるのも有りだ。今日はもう帰っていいぞ、後の段取りとかは俺がやっておくから」
僕の考えが見透かされたようで、ついで、欲しい情報ももたらされる。
「了解であります!」
疲れた時のハイテンションで応え。今日は本当に疲れ果てていたので、その言葉に甘えることにする。とはいえ、子連れで部屋を探すことや仕事中にカラスをどうするかを考えなければいけない。その辺の事は明日に回すとしても、とにかく今日はもう帰ろう。
カラスは大人しく黙ったまま修理作業を見ている。といっても、今のところ大人しく寡黙な様子しかみたことが無い。真剣に見ているそれは、修理作業というよりも、解体作業だった。やたら分解しているので、面白く映るのだろう。僕も興味は有るが、それ以上にもう寝たいという気持ちの方が圧倒的に大きい。
「カラス~、行くよ」
日も落ちかけ、色味を帯びてきた美しい西の空。家に向かう僕の後ろを、ちょこちょこと付いてくるその姿。それと対照に東から上空には黒い雲がどんと居座り、いつ降り始めてもおかしくない。優しい気持ちにどこか不安を抱えていた。
と、空が一瞬輝き、激しい落雷の音。途端に激しい雨が降り出した。
「降り出した。こっちだカラス、急ぐよ」
家についた頃にはビショ濡れで、カラスに至っては外でシャワーを浴びている様に、もう打たれ放題だった。家といっても、今朝会った遠い親戚から借りている一軒家で、一人暮らしで使うにはかなり広く、使ってない部屋の方が多い。
雨に打たれビショ濡れでする事など、決まっている。どうせ、カラスの髪も体も洗ってやろうとも思っていたし、ちょうどいい、まずは風呂。
この家には、ガスが供給される仕組みがある。設置されたガスのボンベを交換するという供給方法で、風呂と調理場とで火を簡単に起こす事が出来る。ちょっとした仕組みを導入すれば、シャワーも備え付けられるが、僕は風呂に浸かるのが好きなので、特に必要を感じない。
お風呂を沸かしている間、外の雨シャワーを浴びていても風邪を引くだけ。なので一度、身体を拭いて着替える事にする。風呂が沸くまでの間、簡単な服装でいい。と思えど、子供服など持っておらず、タオルを巻くだけでいいかとカラスを呼ぶ。カラスは大人しく素直に言う事を聞くので、とても楽だ。
そうして、ボロ雑巾のように汚れた服を脱がし、身体を拭き出すと、色々わかってくる。
細く骨と皮だけでできてるような細い腕には、デュライに掴まれた跡が赤黒くなり始めていた。全身細身だが、お腹は少し膨らみを帯びている。 もっとも、お腹がちょっと出ているというか、丸みがあるというだけで、子供にすれば当然の姿だろう。
それに、はと胸と言うのか、胸も僅かに膨らんでいる。胴体と四肢とのアンバランスさに少し衝撃を受ける。
そして、股間に男の大事な物が……無いと。まぁ、薄々とは気付いていたんです。確認が出来たってことで良しとしよう。
大まかに身体を拭いた後、タオルを巻きつけピンで留める。僕も同じように雫をポタポタと落とすローブを脱ぎ捨て、身体を拭いて、軽く着込む。まだ、風呂が沸くまで時間もあるので、今の時期には全く必要のない、暖炉に薪をくべ火をつける。その後、濡れたカラスの服を洗濯する。そんな事をしていると、風呂のお湯がいい湯加減になっていた。
レーデにも言われたことだけど、この先、この子の名前がカラスというのは、些か問題がある。女の子だとも分かったことだし、余計カラスというのは無い。本人の意思もあるけど、早めに決めた方がいいだろう。
綺麗に身体を洗ってやった後、風呂に浸かりながらぼんやりそんなことを考えていた。この子の髪を洗うと蜂蜜のような綺麗な金髪で、それで連想したのか、幼い時分に初恋の金髪の綺麗な女の子の事を思い出していた。
「ミシェル……」
つい、その名を声に出していた。
「ねぇ、カラスって言う今の名前だと、これから色々問題があるんだ。……君は人間なんだし、違う名前がいいと思うんだ。……ミシェルって呼んじゃダメかな?」
「……ん」
「ミシェルって名前でいいって事かな?」
「……パンサーが付けてくれた名前じゃなきゃヤダ!」
パンサーというのは、リーダーだった子の事。きっと他の子も動物の名前だったに違いない。
「じゃあ、クロウかな。……カラスってのはクロウと言われる動物なんだ」
「クロウ?」
「そう、君はクロウ」
「……クロウ!」
どうやら気に入ったらしい。カラスと呼ぶのだけは避けられそうだが、問題はここから。女の子に自分の名前を烏と名乗らせるのは居た堪れない。
「そうだなぁ、パンサーが付けてくれた名前ってことは、家族の名前でしょ? だったらファミリーネームって言って、普通に名乗る名前とは別の、家族名なんだ。……例えば、僕の名前はリキット=インデルミッツっていって、リキットは僕個人の名前。インデルミッツが家族の名前っていう風に二つあるんだ」
「……それで、君の事をミシェル=クロウと呼びたいんだけど、ダメかな? ってこと」
「……クロウ?」
「そう、ミシェル=クロウ」
「クロウ! クロウ!」
当分の間は慣れないだろうから、フルネームで呼び続けることにしよう。ミシェルと呼んでも無視されそうだし。
風呂の温度も下がって、子供のミシェルでも入浴する事が苦ではなかったようだ。しかし騙してしまった後ろめたさと、ファーストネームの方を全く気にしていない悲しさと、一応の体裁を取り繕うことに成功した安堵感。さらには、どうしようもない疲れと眠気が入り混じって、風呂から上がらずに居られなかった。
ミシェル=クロウの身体を拭くと、風呂に入る前と同じように、軽くタオルを巻きつけピンで留める。僕は寝巻きに着替える。
暖炉前に干したローブとボロ布は全く乾いていない。暖まった室温とぱちぱちと爆ぜる薪の音が居心地を良くする。この部屋で寝ることに決めた。というか、寝室まで行けそうに無い。
ミシェルにソファをあてがい寝るように促した後、肘掛け椅子に座る。ミシェルを眺めて、服も買わないとなどと考えてるうちに、いつの間にか眠りについていた。