第?日 目を閉じれば~肝試しの夜~
肝試し会場を進むにつれ周囲は暗くなり、片手に持つ蝋燭の火が頼りだ。いくら管理されている墓地といえど、墓地は墓地。薄気味悪い。風が吹けばざわざわ葉の擦れる音、時折り、思い出したように虫が鳴く。鼓動が早まる。いつでも胃の中が逆流してしまいかねない、緊張感。別の組とも脅かし役とも遭遇もせず、孤立してしまったのも不安を掻き立てる。
今やファロと手を繋いで並列に歩いている。彼女はこの墓場においてに気丈にしている。別の参加者の影や物音が立つたびにビクリと背筋を伸ばし、大きく目を開いてそちらを凝視する。だけど悲鳴を上げたり、抱きついてきたりはしなかった。
教師の軽い姿勢、噂の信憑性、そんなの関係ない。甘く見ていた。これは想像以上に怖い。
進む先、大きな野外施設にありがちな屋根つきの休憩所がうっすら見える。
「あ、あれ。チェックポイントじゃないかな?」
自分の声が墓地に響けば、それまで口を閉ざしていたのだと実感させられる。
「え、ほんと?」
「ほら」
指差し示す僕の顔は、さぞ引きつった笑顔をしている事だろう。
椅子の上に火が灯された蝋燭。小さなケースに大量に[ン]と刻まれたピン留めバッジが入っていた。
チェックポイント近くには脅かし役がいるものだと思っていた。その方が脅かせるからと、でも逆だ。脅かし役がいないからこそ恐怖を誘う。誰とも遭遇しないで僕達はそこを後にした。
二つ目のチェックポイントも通過していたけれど、未だに誰とも会っていない。気配は時々感じるし、遠くから聞こえる悲鳴に人がいるのはわかる。でも遭遇しない。自分達だけが変な空間に迷い込んでしまった気になる。
「結構、怖いモンね。でも、ちょっと慣れてきたかも」
「そうだね。ちょっと甘く見てたよ」
なんて少しずつ会話も生まれて、でも恐怖心はやっぱりあって。むしろ増えていって。僕は周囲をキョロキョロと見回す。ファロは進む道の少し先を俯き加減にじっと見ている。
「わっ!!」
突然、大音量で耳に響いた。気が昇っていく、僕は姿勢を維持して硬直した。
「あっはははは! 何だその顔!」
聞き覚えのある笑い声。上りつめた脈拍は沸騰しそうだ。
「レーデ! 何すんの!? ほんっとビックリした!」
「……お友達?」
頭を腕で覆い丸くなっていたファロが不快感と安堵感を混ぜ合わせた声色で尋ねる。
「わりぃわりぃ。ほんとごめん! この通り!」
レーデは手を合わせて突き出し、頭を下げた。かと思えば。
「で、こっち彼女が、お前の彼女なのか?」
「違うっての! 彼女はファロ。くじ引きの相手だよ。……ファロごめんね、こっちはレーデ。知り合ったばかりなんだけど、こういう人みたい」
全く。なんていう登場の仕方をするんだ。僕はまだレーデの無法さを少しは知ってるからいいようなものの。初対面のファロが可哀想だよ。
「……ところで、貴方の相手の女の子は?」
「あーなんか怖さのあまり失神ちまって。先生に預けて、俺一人でぶらついてるんだよ」
「よく平気だね。結構怖くない?」
「墓だし、やっぱ気味悪ぃよ。でも、それだけだろ。チェックポイント全部回っちまったし、暇で暇で。……お前の彼女じゃないなら俺も一緒に行っていいか?」
僕達はその提案を受け入れた。
レーデが同行するようになってから、墓地全体の雰囲気が明るくなったように見える。雑談ばかりしているせいかファロの表情も明るい。レーデはどこにいても同じなんだなと思う。
全部を回ったレーデのバッジを見れば、文字は[ガンバロウ]になるみたいだ。
「でも何で、ガンバロウ?」
「恋に勉強にスポーツに、とにかく頑張ろうってことじゃないか」
それっぽい気がする。もうちょっと何かあったろうに。
「シー、静かに」
レーデが何かを見つけて言った。そして指でつつく振りで、そちらを見るように促す。
その先には見知らぬ男女が寄り添っていた。服装から同じ修学旅行生だとわかる。よく見れば、女の方が男を抱き締めていて、男は面倒くさそうな顔をしながらゆっくりと足を動かしていた。
知り合いだから脅かしてくる。レーデはそう言い残して、墓影に消える。僕達はため息を漏らした。
しばらくして「わっ!!」という声と「キャー」と甲高い悲鳴が聞こえる。
男子学生は出てきたレーデを確認して、睨み付けた。
「てめぇ! レーデ、この野郎!」
男が振るった腕を、レーデは避けるまでもなかった。女の抱き付き具合が強まったようで、彼の身体はまるで自由が利かない。
「お前はぜんっぜん。面白くないなぁ」
理不尽なレーデの言い分である。両腕を後ろ頭に組んで、こちらへと引き返してくる。敢えて言おう。僕はもう一度、ため息を吐いた。
暗い紫の髪をした男子学生は、元々鋭い眼つきを更に細め。女子学生の頭をぽんぽん叩きながら、なだめている。彼らの周囲に僕達は集合していた。
「泣くなよ。ただのレーデじゃねぇか。うざくてキモイだけだろうが」
うーん。なだめているのか。
レーデもひたすら女子学生に詫びている。
「どけ! 邪魔だガキども!」
墓石の間を通る道を、こちらへ一直線に突っ走って来る二人組みの男女。黒っぽい服装にごわごわした大きな皮袋を担いだペアルックだ。
それほど広く無い道に僕達が集まっているのもお構い無しに、男が走り抜けようとするものだから、身体や皮袋がガツガツ当たる。バランスを崩して、足を広げて転倒を防ぐ。が、女が走り抜けようとしていた空間へ躍り出る形となって、正面衝突しそうになる。女は上手く身体を曲げて回避した。回避した先、紫髪の男子学生と泣いていた女子学生に突っ込み、巻き込んで倒れる。同時に硬そうな皮袋の中身が漏れ出す。
「何やってやがる!」
振り返る男が怒鳴る。
ジャラジャラカラカラと音を立て飛び散るそれは、加工された宝石の数々だった。
「あんたら……」
「待て! 泥棒!」
複数の人影が向かってくる。
「仕方がねぇ! お嬢ちゃん、人質になってもらおうか?」
戻って来た男がファロの首に腕を絡め強く引き絞る。彼女は男の腕から逃れようともがこうとするが、その瞬間。懐から短刀を抜き出し、意図させるようにチラつかせる。
「ファロ!」
ファロの首元に刃が添えられる。
「てめぇら! この!」
庇うように倒れていた男子学生が、宝石類を掻き集めようとしていた女に掴みかかる。すると上から殴られたように地面に叩きつけられる。何が起きたのかまるでわかっていない女子学生にナイフを突きつけ、立つように催促する泥棒女。
「動くんじゃないよ、ガキども」
地に伏せて短く呻く男子学生は腕を立てて立ち上がろうとしている。けれど身体が地面から離れる気配が全く無い。それを見ていたレーデは歯を食いしばり、拳を強く握った。泥棒は僕たちと追ってくる人影を同じ方向に見るように距離をとる。あっと言う間に女の子二人を人質にとられてしまった。
彼等を追っている人影が叫ぶ。
「墓園の出入り口は全て封鎖した! 大人しく投降するんだ!」
察するに、街の自警関係者だろう。
「そこのヒョロヒョロの茶髪、俺らの宝石を拾って持ってこい!」
僕を指名しているらしい。レーデは仕方ない従おうと、握る拳を緩めずに言った。僕は泥棒達の言うとおりに散らばった宝石を集める。泥棒女から投げられた皮袋に詰めて、持って行く。
青ざめた顔をしているファロを、僕は助けてやれないのか。僕に何ができる。女子学生が助けてと叫んで抵抗をする。けれど女に簡単に押さえ込まれてしまった。
「僕はリキット=インデルミッツだ。人質にするなら僕にすればいい」
「人質交換のつもりか?」
「……インデルミッツなんだよ。僕は」
「とっとと下がれ」
怪我をしても構わないといわんばかりに、女子学生の強く抗った。邪魔と思ったのか、女泥棒が彼女を僕に向かって蹴っ飛ばす。僕は思いっきり蹴飛ばされた女子学生の下敷きになって倒れた。
「盗人ども! 観念し――グァッ!」
人影達が近付いて来たかと思えば、彼らはその場で転倒してしまった。
「行くぞ。さぁ走れ! ……俺達がここから抜け出せたら解放してやろう。だからさっさと走れ! ガキ共てめぇらはついて来るんじゃねぇぞ、来たら殺す」
ファロの首を絞めながら、強要する男。
ファロは連れ去られた。僕はまるで相手にされなかった。
「どうしよう、ファロがさらわれちゃった!」
「……包囲しているらしいし、彼らに任せよう」
拳を握り締めたままのレーデは重い口を開いた。
「冗談じゃねぇ……コケにされたまま黙ってられるか!!」
泥棒達が居なくなってようやく立ち上がった男子学生が怒鳴る。
「俺だって彼女を助けたい。……でも、俺たちの手におえる相手じゃない」
「なんでそんな事が言える?」
僕も思った。レーデは彼らの何かを知り、押し止まっているんじゃないか。
「彼らは…………魔法使いだ」
「え?」
なんて突拍子の無い告白だろう。ここは魔法の国ヴィダスではあるけれど、それは無いと思った。しかし、男子学生の方には心当たりがあるらしく、黙して右手を肩に当てる。そのまま首を傾けて目を閉じ、右手の指で肩肉を揉むように押す。しばらくして目を開けた。
「……怖気付いたのなら、そいつを見てろ。万に一つも勝ち目が無くても俺は行くぜ」
レーデに座り込んでしまった女子学生を任せて、男子学生は泥棒が消えていった暗闇へと駆け出した。
「……僕も行くよ」
バランスを崩さなかったら、もっと上手く交渉できたら、あるいは殴りつけていたら、ファロを連れ去られることは無かったんじゃないか。責任感だろうが、罪悪感だろうが、僕を突き動かす。
本当に魔法使いだと言っても相手も人間。だとしたら、ファロを助ける方法が何かしら方法があるはずだ。僕は男子学生の後を追う。
レーデは何も言わず俯いた。
ファロを連れた泥棒達は程なくして見つかった。公道の続く出入り口の一つ、その手前でファロの首元に短刀を突きつけていた。街の治安部隊が道を塞いでいて、その数は徐々に増えつつあった。
「あと、どれ位いける?」
泥棒男が気遣うように言う。泥棒のうち女は体力が無いようで、疲労の色が見えていた。相手が弱っていると見ても人質が居ることで、迂闊に手が出せずにいた。
僕は誰より早く彼らに近付く。手を伸ばせば届きそうな距離へと。
「来たら殺すと言ったろう!」
男が苛立ちを隠さず、言い放つ。
「僕は、リキット=インデルミッツ。エクセリア王国筆頭学術指南役ソリット=インデルミッツが嫡男、リキット=インデルミッツだ!」
立つのも精一杯の震える足。それでも僕は声を張り上げた。
「ファラを、彼女を今すぐ解放しろ。そうしたら、インデルミッツの名において貴方達の要求を受けよう」
「どこぞのご子息か知らんが、俺達の要求は一つ。この場からの脱出だ。……ここはエクセリアじゃないんだぜ? お前に奴らを従わせられるのか?」
そう、出来る訳無い。庇護の無い場所で、家名はこんなにも無力。僕はただの学生。言葉は単なる妄言。でも、それでいい。
男はこちらを向き、疲労した女が周囲を警戒していた。近付く僕の動向を見守っていた治安部隊は、その間も合図を送り合う。僕の決死の思いで間を溜めた台詞に気を取られた泥棒達に対して、今が好機とばかりに治安部隊が飛び掛る。
「大丈夫。もう少しだけ、お願い!」
泥棒女の声が悲しげに響いた。一斉に飛び掛ったはずの治安部隊の面々が、一人また一人と苦悶の顔を残して、地面に転がり落ちる。魔法を使ったんだ。レーデの忠告通りかもしれない。大の大人がこうも簡単にやられてしまうのに、学生の僕達に彼らは止められるはずがない。
「――今だ!!」
男子学生の叫びと共に、泥棒男がグゥァッ! と声を張り上げる。ファロを避け、僕は男の懐に両手を当てた。一世一代の大博打だ。