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OLFEED ~ギルド職員の仕事~  作者: 植木粘土
III.ギルド職員の真実
13/27

第八日 給料日の真実~先~

 いつものようにパンを買いに出ようとしたら、玄関扉の隙間に手紙が差し込んであった。

 封のされたその手紙にはこうあった。

『我が友リキット=インデルミッツへ

 聴聞委員の連中がすぐそこまで来ている。

 俺は今後お前の身に起こるだろう事を分かった上でリザリアを発つ。

 これは俺の我侭だ。許して欲しいとは言わない一生俺を恨んでくれて構わない。

 最後にお前という男を見込んで頼みがある。ミシェルとあの子の精霊を守って欲しい。

 レーデ=ファジア』

 相変わらずミシェルの事を心配してくれている。何度も念を押されなくてもミシェルの事はちゃんとみているつもりだ。あとは尋問を受けるという意味であったとしても、大袈裟な書き方だと思う程度だった。仮に、占いとかで僕の身に何かが起こると予言されても、言い知れない不安感しか得るものは無い訳だし。ともかく、手紙の内容からレーデがこの街にはもう居ないという事だけを知る。軽くではあったけど別れは既に告げてあったからこそ、その手紙は酷く後味が悪いものとなった。だからと言って今からどうすることも出来ないので、仕方なくその手紙をローブの中にしまう。


「今日も仲良しさんだねぇ?」

 ミシェルの手を引いて、パン屋につくなりオバサンに言われる。

「うん。リキットはミシェルのこと大好き!」

 そう言ったけど。昨日の今日と言うこともあって、気恥ずかしい。まぁ、ミシェルが嬉しそうにしているだけで十分だ。

 今日もまたミシェルに選ばせると、僕に何が食べたいかと聞いてくるのだ。僕がミシェルに聞くのを真似ているだけとも取れる。けど僕に気を使ってくれていると考えると、何だか心にじーんとくるものがある。勿論、僕の食べたいのはクロワッサンだけどね。


 一日振りにミシェルを連れて西ギルドにやってきた。頭の上には青白い小さな蛇の精霊を乗せている。勿論それを不振がって凝視する人も、振り返る人も居ない。精霊は普通には見えない存在だからだ。当然ネストさんもマルガも全く見えていない様子。

 挨拶を交わすと昨夜のマルガの奇行を責め立てる。ネストさんはやれやれと首を振って、仕方が無いと言い切ってしまう。マルガも昨日と同じように悪びれる事も無く、お喋りを始める。まだ知り合って日は浅いけど、いつも通りと思えるだけの居心地の良さがそこにはあった。

「みんな、今日は給料日だ。……マルガ、リキット。中をちゃんと確認してサインしろよ?」

 そう言うネストさんに、蝋で封のされた封筒を渡される。

「ありがとうございますぅ!」

「ありがとうございます!実は懐がすーすーしてた所だったんです」

 事実だ。昼までに貰えなかったら昼ご飯抜きになっていた所だった。中には小さな金貨が二枚と受取確認書という書き出し書類が入っていて、早速サインして書類をネストさんに渡す。ネストさんに雇われてる訳ではないけど、西ギルドの責任者はネストさんなのでそういう形になる。

「リキットさんて、貯蓄してないんですか?」

「してたけど、色々入用だったからね。……マルガは貯蓄してるの?」

「してて欲しいですか?」

 人差し指を口に付けて答えるマルガ。

「意外とちゃっかりしてそうだから、してるかと思ったんだけど……」

「今は色々調べたり、後学のために本をいっぱい買ってるので、リキットさんと同じお財布空っぽですよ。私達、気が合いますね!」

 貯蓄の有り無しは、別に気が合うとかではないと思う。

「ネストさんは豪快に使ってそう……」

「俺は貯金がどれくらいあるか知らんよ。……そういうのは全部嫁に任せてあるから」

「え。ネストさん結婚してるんですか!」

「言ってなかったっけ?」

「初耳ですよ」

「ふっふっふ、こう見えてネストさんの奥さん……」

「おい、マルガ!」

 なんて他愛ない話をしていると、あっと言う間に昼時になるのだった。ミシェルに何が食べたいかと聞けば、美味しいものと答えたので、今日は自分へのご褒美のつもりで昼食を取る事に決めた。


 程よくお腹も空いて、何を食べようかと考えながら、給料も貰ったことで上機嫌に銀行へ向かう。金貨を持ち歩くのはばつが悪い事になると思うので、両替と預金をしに行くところだ。

 しばらく歩くと、高級食材である魚のマークを掲げた店看板を見つける。そういえば、リザリアに来て以来、魚料理を食べていなかったなんて事を思い出したりして、今日は豪華に魚を食べることにした。

 銀行で用事を済ませて舞い戻ってきた魚料理専門店は、高級食材を扱うに相応しく全個室だった。室内は明るく綺麗で調度品や絵画が飾られていて、落ち着いた色彩を使ったゆったりと長居できる空間を演出していた。まるで、高級宿泊施設の一室をそのまま運んで来たみたいだ。

 メニューを開けば、魚貝類や甲殻類の名前を織り込んだ料理名がずらりと並んでいた。しかし、値段は書かれていない。魚料理は基本的に時価でしか売られない。それもこれも海に生息する魔甲烏賊の所為だ。

 遥か昔、神話が生まれた時代からずっとオルフィード大陸を囲む海には、魔甲烏賊という魔物が大量に生息している。魔甲烏賊は海へ出る船や人を襲い食べる習性があって、海へ出ることを許さない。海外には、他の大陸や島があるなどと記された古典などは、もはや伝説だ。そんな魔甲烏賊も何故か湖川には姿を現さない。その巨体の所為か、水質が合わないのかは定かではないが。そのお陰で川魚や海際で釣れる魚を食べることが出来る。とはいえ、その漁獲量たるや家畜の生産量に比べれば、雀の涙なのだ。

 僕は川海老の団子揚げ、赤鯛の炙り焼き、貝とキノコのホワイトソースパスタを注文する。

「コチョコチョ~!」

 手を叩いてミシェルは僕の頭にいる蛇の精霊を呼ぶ。パンサーと契約しているからかミシェルには蛇の精霊が見える。舌をペロペロと出す行動を見て、こちょこちょしているみたいという事で付けたらしい。ただ、小蛇はその名前も気に入ってないらしく、基本的に呼ばれても無視する。

 そういえば、今日はこれと言って何かをした訳でもないのに、すでに疲労感があった。これも精霊に魔力を供給している影響だろうか。そろそろ真剣に名前を考えた方がいいかもしれない。

 呼ばれても無視するものの、ミシェルと遊ぶのは楽しいらしく、結局料理が運ばれてくるまでじゃれ合っている。青白くちっちゃい体に真ん丸の目が印象的な蛇。こいつには何だか可愛らしい名前が言いと思っている。

「チッコメ……じゃ、名前じゃないし」

 と言うと、不思議と小蛇精霊がこちらに寄ってくる。どうやら良い所を突いているようだ。

「チコメコ……チコメコはどうだ?」

 分かんないだろうけど、コチョコチョの感じを少し被せてみた。すると、足も無いのにぴょんぴょんと跳ね上がり嬉しそうにその場でくるくると回りだす。

「よしチコメコで決まりだ」

 チコメコの頭を人差し指で撫でると、その指を伝ってスルスルと頭の上に戻ってくる。

「ん~、契約はまた後でね?」

 正直言って、契約には躊躇いが生まれていた。魔力の供給にもパンサーの時ほど苦痛を感じないし。パンサーとの話で僕にもチコメコにも利点があるのは分かったけど、本当にそこまでする必要があるのかと思ってしまい。どうしても踏み切れない。いや、契約をすることで得られる力……チコメコの力をどうしていいのか分からないというのと、それで力を得た僕が変わってしまうのが怖いというのが本心かもしれない。

 誰かに習ったっけ。力と言うものはちゃんとした覚悟を持って受け入れなければならないと。父さん、いや、兄さんだったかな。だけど本当に今の僕にその覚悟が出来ているのかと言ったら疑問だ。メリットだけを追い求めたら何か大切な物を失ってしまうかもしれないし。ともかく今はもう少し様子を見て、自分自身の気持ちをしっかりと確かめた方がいいと思う。


 薄い青と茶のエプロンドレスを着た女性が料理を運んできた。

 ほどよく揚げられた団子は、赤と緑と白の三色が透けて見える。口に含めばぷりぷりと海老の身が踊りだし、加え色に応じて辛味、野菜の甘み、ふっくら感を味わえる川海老の団子揚げ。

 網の焼き目のついた赤鯛の炙り焼きは、塩だけの味付けでじっくりと魚本来の味を堪能できる。淡白な味わいだけど、塩味で鯛の脂……旨みが口いっぱいに広がる。食欲をそそる、赤というのがまた艶やかだ。

 貝とキノコのホワイトソースパスタは本当に旨い。貝からでた出汁が全体に広がり、ホワイトソースがそれを包み込む優しい味だ。無駄な飾り気や味の無い、洗練し調和されたシンプルであるが故の深みを感じる。

 ミシェルも今までに無いほど、目をキラッキラさせて頬張っていた。僕の選択は大正解だったようだ。ただ一つを除いて。

「えぇ! 四九〇オレン!!」

 はっきり言おう。お金足りない。

 以前、食べた時は確か四人でこれくらいの値段じゃなかったか。ここ一年でまた価格が倍増している。漁獲制限や水辺のモンスターが無くなったりでもしたら、あっと言う間に幻の食材になるんじゃないだろうか。

「すみません。銀行でお金下ろしてくるのでちょっと待っててください」

 そう店員に言い四〇〇オレンしか手持ちの無かった僕は、ミシェルと手持ちのお金を残して、また銀行に向かうのだった。こういう時、ギルド職員のローブを着ていると信用されやすいので便利だ。もちろん、こんなこと初めてだけど。むしろ、ミシェルを説得する方が骨が折れた。


 箱型の中が見えない車両を牽引する馬車がゆっくりとこちらに近付いて来る。すれ違うことが出来る程には距離があり、馬車も歩くほどしか速度を出していないので、さほど気にせず進む。馬車は僕の目前まで来ると静に停車する。

 不審に思うが銀行へ急いでいる僕は、真横を通り過ぎようとする。と、勢いよく扉が開く。出てきたのは体躯のしっかりした男で、止まった馬車に乱暴に引っ張られ、押し入れられる。そのまま滑る様に馬車の床に転がって、引っ張った男に馬乗りにされ、目隠しをされた。状況を理解する暇も無く、太い布のような物を口にきつく巻かれる。

「んー! んー!!」

 叫ぼうとしても声が出ない。体を羽交い絞めにされたまま、どうしようもない不安と恐怖で心臓の鼓動が早まり、呼吸がうまく出来ず息が苦しい。馬車が走る音と外の喧騒だけが通り過ぎていくのが聞こえるだけで、男は一言も喋らなかった。誘拐されるのか、これから殺されてしまうのか、最悪な状況に陥った事だけは確かだった。

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