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OLFEED ~ギルド職員の仕事~  作者: 植木粘土
II.ハンターランク認定試験と日常?
12/27

第七日 合格と失格?~後編~

 ギルドの戸締りをしてパカパカを迎えに行き、大通りを西から東へ歩いて横断する。長く伸びた影も徐々に他の影に埋もれていく。大通りならではの魔光灯の明りで集客を狙う看板や文字。それらの明りで影が幾つも生み出されては消える。

 ネスティの話はデュライとの出会いから始まったが、長い付き合いではないらしく、言えない部分もあったのか断片的な部分もあって、すぐに終わった。

 話を要約すると、ある切っ掛けで出会って、ごたごたに巻き込まれつつマセルと知り合い、廃墟へ行きそこで離れ離れになったという事だった。本当に要約するとこれだけなのだから仕方が無い。もっとも、ネスティが一番多く語ったのは、デュライとマセルとの戦いや、デュライとモンスターとの戦いで一挙手一投足すら喋る勢いだったので、相槌で話を進ませるのに苦労した。マセルとモンスターの戦いにも触れたが、ハルバート一振りで豪快に叩き割るように倒したという説明だった。それは、ネスティ少年がデュライ少年に抱いている感情が、強さへのライバル心と身近な憧れの内在した物だという事を更に際立たせただけだった。


 僕とネスティはようやく噴水広場に差し掛かる。

 東西に伸びる大通りは唯一、南北を縦断する大通りによって道が曲げられていた。両者の通りが交わる交差点には中央にとても大きな噴水があり、その人工池には神話を彫刻された石像が立ち並んでいた。その巨大な池があるために、どちらの道からも真っ直ぐに進む事ができない。代りに時計回りに回るよう矢印を刻んだ表示が街灯や石台についていて、その円形地帯を回らせる工夫をしていた。この成果によってかこの街では自然と、馬車などは道の左寄りを走っている事が多い。大通りより幅のとられたあまりにも大きいロータリーの道は、露店スペースや馬の休憩処として主に利用されていて噴水もあり、広場という方が似つかわしかった。街を上空から見れば、十字を描く大通りにの中心地が円形に大きく開けていて、ど真ん中に石像が浮かび上がっている事だろう。

「お金を下ろしに銀行に寄るね」

 そう断ってロータリーの南側にあるエクセリア王国銀行リザリア中央支店へ向かう。パカパカの手綱を引いているとは言え、道の端を歩いているので時計回りにぐるぐると回る必要も無い。


 金銀銅貨であるが故に、大陸全土に流通する事ができた共通の貨幣価値としてのオレンだけど。それを仕掛けたのがエクセリア王国銀行だという説もある。少なくとも、設立から数百年経った今でも銀行としての機能を維持している事からも信頼性は高い。

 しかし、ギルドのキューブの利便性を知っている僕にとって、銀行は使い勝手が良いとまでは言えなかった。現にシステム上、銀行券なんて物を持って訪れ書類冊子で照会をされなくても、キューブのようにライセンスによる照会をした方が圧倒的に早く確実だと考えているからだ。もちろん、ギルドがキューブのシステムを提供するのも、それを銀行が導入するかも、それぞれの経営陣の判断だろう。そんな考え自体が夢幻なのかもしれない。ギルドが独占している技術を、他の事に置き換えて考えても仕方の無いのだけれど。

 とにかく、お金を下ろす為に銀行の中へ入った。

 銀行内は広く、高い天井からは魔光灯の光を反射して輝くシャンデリアが吊られている。見る限り敷地の半分ほど使った待ち合い側には、対向する窓口に合わせて、ソファの色で分けられていて黒と赤に二分されている。赤が硬貨の預金の預け入れと払い戻し、黒が融資や借り入れなどの相談や両替といったその他の雑事に対応する様に、三人掛けのソファ五列が綺麗に並んでいた。

 そんな訳で、当然赤いソファ側の番号札を取って、待ち合い席を見る。優に二百席を超えるだろう赤いソファ群には空きがあるものの、一脚に一人は座っていて三割ほど埋まっていた。その中に見覚えのある人物が居たので、そちらへ向かう。

「やぁレーデ。昨日振り」

「おお、リキット。今日はやんちゃでもしたのか?」

 僕の服装を見て最初にそう言う辺りが、レーデっぽさ、良い所とでも言うのだろうか。一方のレーデは私服で、茶のカッターシャツと黒のスーツで大人っぽく感じる。

「認定試験の時に泥が付いちゃっただけだよ」

「へぇ、認定試験。……ちゃんと仕事してるんだな」

「してるよ! 失敬な」

 軽く笑いあって、レーデが先に話題を変えた。

「ところで、そちらは?」

「その試験の受験者の、ネスティ君」

「ネスティと言います。よろしくお願いします」

「リキットの友達の、レーデだ。よろしく」

 レーデが立って握手を求め、ネスティがそれに応じる。

「ところで、レーデもお金を下ろしに?」

「ああ。昨日の冗談じゃないが、旅仲間も目的地も決まったし、明日は旅の準備をして……それで、発とうと思ってな」

「また急だね?」

 本当に急な話だけど、それが怒りに変質する事は無く。今ならむしろ、頑張ってきて欲しいと素直に思う事ができる。

「思い立ったが吉日ってな。まぁ、仲間を無為に待たせる訳にもいかないし、ここで使わない分は路銀も増える事だしな」

 旅をして得たものがこうした判断の早さや、僕とは違う行動力にも影響しているのだろうと思うと、レーデが服装だけでなく内面も大人びて見える。

「旅と言うと、巡礼されているんですか?」

「いや、俺の場合ただの旅行趣味さ」

「素敵な趣味ですね。何処に行かれるんですか?」

 ネスティの事を冒険者だと思っていて、旅人なんて珍しくないというか、彼自身もそうだろうと一瞬思ったけど、どうも違うようで興味津々に聞いている。

「南の方を目指すのさ」

「またサリッサへ行くの?」

 レーデが学業を終えて、旅に出た時に聞いた目的地がサリッサだった。

「ん? ……そうか、そうだった。……お前が顔を真っ赤にさせて、食べた事も無い本場カレーの辛さを必死に説明する姿が滅茶苦茶おかしくて……それで、最初の目的地をサリッサに決めたんだったっけ」

「その理由、初耳なんですけど?」

 僕はわざと不貞腐れた声色にかえる。

「ははは、今でこそ言える真実ってやつだ。気にするな。……おっと、俺の番みたいだ」

 いつの間にか、レーデの番号が呼ばれていたみたいだ。番号札を持って窓口へ向かうレーデ。

 銀行機関というのはエクセリア王国銀行以外にオルフィード大陸には無い。お金の貸し借りとしての商いならあるけれど。そのためレーデに限らず、旅人は路銀を持ち歩く必要性があるのだ。

 いくら貨幣価値が同一でも国家間を跨いでの銀行経営なんて、一般人である僕からしても難しか存在しない事くらい分かる。そんな訳でエクセリアにしかない、唯一の銀行。その質なんてものは比べようが無い。けれど銀行は独特で堅牢な空気を持っていて、言い換えることが出来るなら金の牢獄という印象だ。待ち合い側と職場側の間にそびえる、窓口のついた格子の壁が理由だろう。その印象すらも信頼を勝ち得ている要因なのかも知れない。

 しばらくして、レーデが戻ってくる。

「じゃあ、俺はこれで準備をしてくるぜ」

 表情からも生き生きしているのが見て取れる。

「また会えると信じているから、さよならは言わないよ」

「次会う時までには、幹部職になってろよ?」

 ギルドの幹部職というのは、平の職員、管理職の上にある等級職で、各部門毎に一名から二名しかいない様な実質経営陣の事。どれ程先の事かは分からないけど、高いハードルである事は間違いない。僕からは、頑張るよとしか言えなかった。

 番号札から待ち時間に余裕があるのは分かっていたので、銀行の外まで見送りに出る。

 じゃあ、また。そう言って、互いに手を振って別れた。

「レーデ! 君にウィトフラウの導きがあらん事を!」

 神話の時代。神々の中に、ウィトフラウという女神がいて、迷い人や旅人に道を示し救う女神として崇められていた。ウィトフラウの導きの道を進む者には成功や無事が約束されると言う逸話だ。旅人との別れの際にこう言って送る。

 神話は宗教とは違って、生き方や救いを説くものでも無ければ、教えを別にする者に対しても平等。……というよりお伽話のような物だ。レーデは無宗教だと言ってたと思うけど。

「おう! お前こそ、アルプルドには気をつけろよ!」

 同じく神話には、アルプルドという女神が出てくる。アルプルドは悪魔を誘惑したり、悪魔の居る地を荒らしたりする女神で、決して悪い存在ではない。しかしそれが転じて、悪い誘惑を断つ事や家内安全を願う時に、言う言葉が、アルプルドに気をつけて。となった。

 どちらの女神も噴水に飾られた石像として彫刻されている。この別れを彩るように、噴射される水の勢いがいつもより強くなった気がした。


「買い物にまで付き合わせちゃってごめんね」

 いうものの最後の目当て、装飾品を扱う店を残すのみだった。露店のアクセサリーを幾つか見たけれど、これといった物が無かったからだ。プレゼントするからには、単純な細工過ぎず豪奢感の無い物がいい。その上で、思い出になるような印象的な物。ちょっと考えすぎだろうかと思うけど、ミシェルの頑張りに対するご褒美なので、僕が妥協するのはおかしいという考えの方が強い。選び出すとちょっと面白くなってきたというのが本音かも。

「僕は全然構いません。プレゼントはじっくり決めた方が良いと思います」

 そう答えるネスティに買った食材の半分を持たせているのが、なんとも気まずい。もちろん断ったのだけど、ご馳走になるし筋力も付くしと色々理由をつけて持った。彼は案外頑固なのかもしれないなと思う。

 最後に入った店の壁は白地に塗った壁に黒のラインで大きな菱形をいくつも描いていた。端に桃色の大きな花が青と白の花瓶に生けられていて飾り気の少ない印象を受ける。代りに、ガラスケースの被された陳列台の中には様々な彩りで輝く宝石や貴金属が存在を主張していた。

「いらっしゃぁいませー!」

 弾むような軽やかで澄んだ声が響く。腰の部分が引き締まった赤いデザインベストと黒のタイトスカートで、体のラインを強調した女性従業員がショーケースの奥に立っていた。以前に衣服店で見た顔だった。

「以前、衣料品店で働いてませんでしたっけ?」

「はい、働いてました~。私に会いに来るなら、今度からこちらへ来て下さいね?」

 スタイルも良く看板娘というのに申し分無いからこそ、そう言うのも有りなのかもしれない。歩合制で給料が良くなるなら、より一層だろう。

「どうしてこちらに?」

 つい、聞いてしまう。

「こっちの方がお給金がいいからですとも!」

 キッパリと答える。予想通りの回答がなぜか僕に安堵感を与える。

 さて、接客で付き添ってくれるのはありがたいのだけど、今回においてはどうしても自分で選んで決めたくて断った。

 店内を一巡して気になった物が一つ、人差し指と親指で作った輪の大きさほどの銀のコイン型ペンダントだ。ペンダントの中には鳥が立体に彫られていて、足でハート型にカットされた赤い宝石を掴んでいた。中古らしく銀はひどく黒ずんでいて、見ようによってはカラスに見える。ただし、銀製品であるのと赤い宝石が鮮やかなルビーであるために、中古なのに異様に高額。銀行で下ろした額を足すとギリギリ足りるほど、明日が給料日でなかったら買えない。聞けば、つい先日値下げしたばかりだという。運命的な巡り合わせ。このペンダントもミシェルの下へ行きたいと言っているように感じた。

「ありがとぉございましたぁ~」

 女性店員の好意で小さなハートリングを連続させたネックレスをおまけして貰った。


「ただいま!」

 惨事になっている可能性を考え、ネスティを外に待たせている。

 ミシェルはどうしていただろう。ぱっと見、今朝より綺麗になっているので掃除をしたようだけど。居間からミシェルが走ってくる。

「リキットおかえりー! ……元気してるか? リキットの娼婦するぞ!」

「……はい???」

 ミシェルの発想は僕の想像の遥か彼方を行っていた。しばらく唸って考える。

「もしかして、僕の居ない間に誰か来た?」

「うん。ゴザショウが来た!」

 ゴザショウって誰。……ッ全くわかんない。誰かは来たのは確かなようだけど。

「じゃあ、パンサーと何か話した?」

「うん。ゴザショウの言ってる事分かんなかったから。……パンサーに聞いたらダメ?」

 悲しそうに顔を歪めるミシェル。

「そうじゃなくて、パンサーの事を見られなかったか心配なんだよ」

「ゴザショウ帰ってから出したよ!」

「偉かったね、ミシェル」

 そう言って頭を撫で回す。懸命な主張過ぎて僕が罪悪感を感じる。

「パンサーと話をさせてくれる?」

「うん!」

 この間の失敗を繰り返すつもりはないから、パンサーを持つつもりは毛頭無い。ミシェルの話から考えれば、魔力が残っているはずだし。

 何も無いミシェルの右手周辺が歪んで、ゆっくりとその形を成していく。

(パンサー、どういう事だい?)

 パンサークローは具現化しなくてもミシェルの周囲で起こった事は周知しており、僕の言いたい事も分かっているはずだ。

(申し開きの余地も無い。お主を訪ねて来た不遜極まりない女が、ミシェルの事を性的奴隷と罵ったのだが……その意に程よい言葉を知らぬ故)

 そんな都合のいい言葉、僕も知らない。

(誤魔化すとか、嘘を吐くとかあったでしょう?)

(儂の性質に合わぬ上、ミシェルに対して嘘は吐けぬ)

 契約を結ぶと魔力の供給を受ける代わりに、精霊側にも制約があるわけだろうか。

(……というか何で娼婦?)

(立場が多少違えど、する事は同じであろう……娼婦の意には、男を慰めて元気にすると伝えた。お主の力で何とか誤魔化して貰えぬだろうか?)

(……そりゃまあ、何とかするけどさ。…………ところで、ゴザショウって何者なの?)

(ふむ。数度しか話さなかったが、語尾に、御座いましょう。と言う不快な女だ)

 御座いましょう……ゴザイマショウ……ゴザショウ……なるほど。

 しかし、ミシェルに毒突いたのは、家主の僕を含めて侮辱したも同然だ。許すまじ、ゴザショウ!

(ところで、外に妙な気配があるのだが?)

(ああ忘れてしまう所だった……ネスティと言って、Cランクハンターになったばかりの少年で、とても良い子だよ)

(儂の感じるのとは異なると存ずるが……)

(他に何か居るって事?)

(敵意は感じぬ故、気に留める事も無かろう)

 気になるって……。というか、気配や敵意まで分かるっていうのは、パンサークローは結構便利なんじゃないかと僕は思う。

 とりあえず、ミシェルに娼婦と言わすのを止めさせたい。

「ミシェル、パンサーしまっていいよ」

 すーっとミシェルの右手から消えるパンサークロー。

「ミシェル、いいかい。娼婦って言うのは、お金を貰って身体を売る人なんだ。……ミシェルは僕にお金を貰ってないし、身体を売ってはいないだろう?」

 人差し指を立ててゆっくり力説する。

「ん~~、クエストしてる!」

「そう! ミシェルは僕のソルバーだ。……それに娼婦とかっていう言葉は、人を悲しくさせるんだ。……例えば、僕はミシェルの事なんて嫌いだ! ……ってい」

「リキット、嫌い……?」

 ミシェルは目を潤ませて口をへの字に曲げた。今にも泣き出しそうだ。

「違う、違うよ。僕はミシェルの事好きだよ」

 時すでに遅く、ミシェルの目から涙がこぼれ落ちる。

「んっ……うっ……ほん……と?」

「うん本当。ミシェルが大好きだよ」

 膝をついて抱き寄せ、背を撫ぜながら。ミシェルが落ち着くまで、ずっと。


 ……しばらくして、ミシェルが泣き止む。ローブの肩口は涙と鼻水を吸ってぐっしょりだ。

 プレゼント用に包装していない物をポケットから取り出して、ミシェルに見せる。

「これはミシェルの事を好きな証、僕からのプレゼント」

 ペンダントには既にネックレスを通してある。

「……何これ?」

「ミシェルに似合うと思って、選んだんだ。……これをすればミシェルはきっともっと可愛くなるよ」

 首に掛けてやると、ミシェルはそれを眺めたり、揉んだり、顔に当てたり、噛んだりした。

 横道に逸れてしまったけど、ちゃんと納得してもらわないといけない事がある。

「……娼婦とかって言葉はさっきみたいに人を悲しくさせるから、絶対に使っちゃダメだよ?」

「うん。わかった。……じゃあ、ゴザショウは嫌なヤツ?」

「そうだね、デュライよりも嫌な奴だね」


「お待たせ、さぁ中へ入って」

「お邪魔します」

 手持ち無沙汰になって、パカパカを撫でていたらしいネスティを招き入れる。僕のローブの異常に気が付いて怪訝な顔をするも、何も聞かない。

 パンサーの言っていた気配というのが気になって見回ったけど、何も居ない。仕方が無いので、玄関の戸を閉めようとすると、向かい隣の一軒家の端から水色の束ねられた髪がひらりと舞い踊る。慌てた手つきでそれを回収する手、その袖は僕のと同じ物。……十中八九、マルガだ。

「マルガー! もう仲間はずれにしないから出ておいでー!」

 聞こえるように叫ぶと、少し躊躇した振りをしてマルガが出てくる。ミシェルの事もあって、マルガが着く前に、彼女を理由にして、ネスティにデュライの話を禁止と伝える。お互いに元々それ程話す種も無かったため、デュライの件は一通り話し終えている。ネスティが不愉快になる様な点を除いて。

「えへへ、ばれちゃいました? ……自信有ったんですけどぉ」

 舌を出して笑うマルガ。


 マルガは料理が不得手という事で、ネスティの話し相手になる。ミシェルは料理を手伝うのにこなれてきた感じがある。そんな訳で今日は本気で僕の腕を存分に振るって、我ながら素敵と思う料理の数々を作り上げた。

 野菜や肉と溶いた米粉を混ぜ合わせた物を軽く薄焼きにして、それの裏を焼く時に二枚重ねて間に卵を落として焼いた、お好み焼き。珍しく豚の小腸が手に入ったので、これを刻んでしっかり湯でて、彩り豊かな野菜類と一緒にピリ辛に炒め卵黄を乗せた、ピリ辛もつ野菜炒め。余った卵白と牛乳を合わせて蒸しあげて、その上にトマトとパセリをあしらった、白卵蒸し。自慢したくなるような見事な霜降り模様の一枚肉を塩胡椒だけで焼き上げ、皿にワインを使った甘めのとろみのあるソースと、茹でたコーンにグロッコリーを添えた、ステーキ。余った野菜でサラダも作った。

 品数多く振舞おうと思って買った食材たちも、一人増えれば適当な量になるものである。

 辛口審査員のミシェルにも受けが良く、当然といえば当然の結果として、高評価を得た。これが僕の実力ですよ。料理の腕は、学生時代に僕の料理をけちょんけちょんに言われて以来、その人物を見返したくて、ずっと磨き続けてきた。今では料理にはかなりの自信がある。

 クエストの話題より、料理の話題の方が多かったのが非常に気持ち良かった。

 マルガにアルコールをあまり飲ませない様に気を付けていたのだけど、陽気に振舞っていた。もっとも、いつも陽気なのだが。

「私は決めましたぁ。リキットさんを嫁に貰っちゃいます!」

「本日は話し相手どころかご馳走にまでなり、本当にありがとう御座いました。マルガさんの家と泊まってる宿は西側にあるんで、責任を持って送って行きますので。ではまた明日、お会いしましょう」

 爽やかな笑顔で酔っ払いを引き連れていくネスティ。

「こちらこそ、楽しかったよ。また明日」

 明日、例のクエストを受けにネスティがまたギルドを訪れる。どうも同行者の筋肉大男のマセルの用事がまだ掛かるらしく、短期的なクエストを受けて暇を潰すという事らしい。

 別れを告げて、手を振ってそれぞれの帰路につく。


 見えなくなったら、ミシェルに家に入ろうと促す。

(先程の気配がまだあるのだが)

 そうパンサーの方から声を掛けてきたのには驚いた。ミシェルの右手には具現化したパンサークローが装着されていた。

(気配って、マルガじゃなくて?)

(人間ではない。魔物か精霊かそういった類のものだ……徐々に弱まっておる。このままでは消滅しかねない)

 敵意は感じないらしいし、消滅っていうのは穏やかじゃない。仕方無く、パンサーに気配のする場所を教えてもらってそこを探す。ミシェルも一緒になって探してくれる。

(居ないじゃないか、パンサー)

(動いてはおらぬ、よく捜索せよ。……まさか儂がお主にこんな嘘を吐いておるとでも? それに何の利点があろうか)

 確かに。でも、何もいない。

(……すまぬ、失念しておった。精霊であるならば、お主には見えなんだ)

 思い出したように非を認めるパンサーだったが、虫を探すように態勢を落としていた僕は、それを見つけた。

 それは排水路で見つけた小さな青白い蛇だったが、昼間とは打って変わってピクリとも動かず横たわっていた。

(動かないんですけど。もしかして死んでる?)

(それは無い。精霊のようだが……どこか部屋へ持って行ってはくれぬか?)

 動かない蛇を拾って、庭から居間へ戻る。


 テーブルの上に蛇を置くと、椅子に座ったミシェルがパンサークローを小蛇に触れさせる。どれくらいそうしていただろうか。軽く片付けておいた食器や調理器具を全部洗い終わってしまった。僕も座ってそれを見ていると、小蛇がピクリと動き、何事も無かったように身を起こした。

(何をしたの?)

(同じ精霊同士、見殺しにするのは目覚めが悪い故、魔力を分け与えたまでの事。しかし根本的な解決にはならぬ……リキット、お主はこの精霊と契約するか否かを決めねばならん)

 パンサーの言うには、小蛇精霊はその小さな姿に相応する脆弱さながら、僕に助けられた恩義だけで中央広場からずっと追って来てマナの枯渇によって瀕死になったらしい。それも、僕と契約したがっているという事だ。

(契約については、僕は全然構わないんだけど。色々分からない事だらけで聞きたい事だらけだ。先にそっちを聞きたいんだけど?)

(良かろう。儂に答えられる事なら何でも聞くがよい)

 僕が気になったこととその回答を整理する。

 第一に僕が小蛇精霊を見れる事については、正確には分からないという。推測なら相性がとても良いとか、何か因果関係があるとか、分からない以上考えるだけ無駄だそうだ。

 第二に契約といのは、精霊に生存できる以上の魔力を与える代わりに使役できるという、ミシェルとパンサーの関係で分かっていた事と同じような回答で肩透かしを食らった。新たに分かった事といえば、使役と言っても強制的なものではなく共生関係の様なもので、契約はどちらからでも解除できるという事。精霊の成長によっては、必要な魔力も増減するという事。

 第三に小蛇精霊とは、パンサーと僕の様に通じていない訳ではなく、小蛇精霊が言葉を覚えていないだけという事らしい。契約が成立すれば、互いに伝えたい事が分かるという。

 重複した質問を何度かしたけど、まとめるとこんな感じだろう。

 他にパンサーが補足的に説明してくれた事も少しある。例えば、前に僕の持つ魔力は少ないと言っていたけど、小蛇精霊の必要とする魔力は今の僕でも十分補えるという事。そして、魔力を与える生活を続ければ自然と、僕の持つ魔力の量は基本的には増えるらしいという事。

 話を経た僕の感想は、契約というのは一緒に暮らそう的な話だって事だ。そう考えると家族が増えるという感覚で、僕とミシェルとパンサーと小蛇の一家。……妙な取り合わせだけど、とても楽しそうだと思った。そんな訳で、契約に対して乗り気になる僕。

(それで、契約って具体的にどうすればいいの。武器に宿すの?)

(精霊としての性質が不明な以上、道具に宿すかは後で考えるべきだ。道具に宿すと難点が生じる……例えば、離れると魔力供給が出来なくなり、そのまま契約が解除される事もある)

 迂闊に道具に宿して、どこかに忘れただけで終わっちゃうのは嫌だな。

(そやつには名が無い、まずは名を付ける事だ。次に、誓いを立て、お主の胸……心の臓に押し込むがよい)

 名前……名前か。ミシェルの時といい、こう立て続けに名付け親になるとはね。改めて、名付けろと言われても何も思い浮かばないものだ。ミシェルは恥ずかしながら、僕の初恋の人の名前だ。蛇の、しかも精霊の名前なんて何にすればいいか分かる訳無い。ここは縁起のいい名前を。

「よし、お前の名前は……ラッキーだ!」

 青白い蛇は真っ赤な舌をチロチロと出す。続けて契約をしようと掬うように両手を出すが、小蛇はそれから勢いよく逃げるのだった。

(その名は嫌だとの事、真剣に名を考えるべきだ)

「う……ごめんなさい」

 確かに、今のは酷かった。反省。

(名が決まるまで、そやつを肌身離さず側に置く事だ。契約者として与えるよりは、消費する魔力は数倍は多かろうが、今のお主なら何とか成ろう。……儂は戻る)

 そう言い残して消えるパンサークロー。……ん、ちょっと待った。今変なこと言わなかったか。契約者はそれ以外の者より消費する魔力が数倍も多い。……逆を言えば、契約者じゃない方が魔力を使うって事だ。以前に味わったあの気持ち悪さも酷い疲労も、それが原因なんじゃないのか。仕方が無かったとは言え、何というか背筋にひたすら寒気を感じる。


 その後も小蛇精霊の名前を色々考えては言ってみたが、逃げられるばかりで合格点を得ることが出来なかった。

 ラッキー、ハッピー、ナイス、グッディ、ソフトブルー、スネー君。……精霊の感覚なんて分からないけど、これで良い筈もないよね。

 今日はミシェルがやたらと引っ付いてきたので、それ以上考えることは出来なかった。風呂も一緒に入ったし、何処に行くにも付いて来た。当然そのまま一緒のベッドで寝る事になった。

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