第一日 ヒマな仕事
海に囲まれた広大な大地、オルフィード大陸。
地図で見ればひし形を少し歪めたような大陸。東西南北にそれぞれ大国があり、大陸の中心にエクセリアという大国があった。
エクセリアの東端に位置する街、リザリア。ここにもオルフィード大陸全土に張り巡らされた仕事斡旋機関、ギルドがあった。
ギルドはありとあらゆる仕事を対価とともに引き受け、これをギルドに登録している者に受けた対価の一部を報酬に斡旋する。言わば、何でも屋の仲介業者である。
どんな仕事も仲介することから、傭兵の斡旋やアイテム探しに人探し、収穫の手伝いなどは当たり前。その組織ネットワークの大きさから情報の売買も行い、果てはならず者への宿の貸し出しもしていた。
ともすれば、犯罪者やならず者の巣窟のように誤解を受けそうだが、公共機関のような厳格さがそこにはあった。
その一つが、犯罪者に懸賞金を掛け公布するのもギルドの役割だった。もちろん懸賞金には国の公金や被害者遺族からの献金で賄われている。
ギルドは魔法通信システムという独自の技術を使っていて、斡旋業の補助や賞金首の照会に情報の販売も、この魔法通信の端末を使用させるほどの技術力をもっている。
ともかく、情報力という点において大国ですら並び立つ事が無いほどであった。
中央エクセリア国の東端、リザリア。
エクセリアと交易の最も多い、東の大国イーリアとの国境に程近い街。
両国の交易業者が頻繁に立ち寄るために宿と厩舎を提供する者が多く、繁華街が大きく夜にもなれば騒々しいほど賑わうが、昼にはせせこましく商隊が大通りを行き交う。
だがそれ以上に目立つのが町全体を覆い隠すように大きな防壁が囲んでいる事だ。また軍が駐留するための基地があり、防壁の効果も手伝ってか治安がよかった。
物流の中継点、商人たちが立ち寄り休息をする場所を求めるのだから、治安は良いに越した事はない。それでも日に入れ替わる人の数がこれだけ多い街で、治安が良いというのは珍しい。
もっとも治安のためのというよりも、東のイーリアへ睨みを利かせているという背景が強いのかもしれない。実際、軍備もそれなりに大きく、至る所でエクセリア軍人を見ることが出来る。
リザリアは商人のオアシスと呼ばれている。
リザリアのギルドには商人がよく訪れる。毎日違う商人が出入りする。
商隊の護衛を雇うことは、中継点であるリザリアでは滅多に無い。
この街で一番の顧客である商人が求めるようなサービスや道具は、専門店が立ち並んでいるから、ギルドで商人がする事といえば情報を売り買いしていくくらいだ。
魔法ネットワーク端末、台上の操作パネルの上部に位置する青い魔法立方体からキューブと呼んでいる。このキューブで商人が情報を閲覧する。
情報を売っている商人もたまに見かけるが、キューブを使った魔法通信で行うので、実際に僕たち、リザリア在中のギルド職員がする事はほとんどない。
今も何かの情報を売った商人風の男に銅貨を三枚渡したところだ。ハッキリ言って、暇だ。
「はぁーーーーーー」
銅貨を渡した商人が出て行ったのを確認して長く大きなため息を吐く。今ギルドには職員しか居ない。
「仕事しろよ、リキット」
すぐさま、このギルドで唯一の友達が皮肉った。
唯一と言っても、僕に友達が少ないわけじゃなく、ただ単にリザリア東ギルドには、僕と相棒のレーデしか職員が居ないだけだ。
「仕事って言っても、今みたいに情報代渡すか、キューブのお金を銀行に持ってくくらいしか、することないし」
顔を膨らませながら両肘をカウンターにつく。
「……まあ、確かにな」
苦笑いしながら、管理用キューブに先程の商人の情報代の受け渡しについて入力するレーデ。
管理用キューブというのは、仕事の登録や顧客・ギルドメンバーの照会、報酬の受け渡し状況なんかを閲覧入力するためのキューブで黄色い魔法立方体がついてるので、僕たちは単に黄色とか、黄キューブとか呼んでいる。僕たちのような末端の職員用のキューブだ。逆に、客用のキューブは青いので、青キューブと言う。
「ん。やっぱり、商人じゃなくてハンターだったか」
入力をしていたレーデが、黄色の管理キューブを見ながら言った。
商人とかハンターというのは、ギルドメンバー。つまりギルドに登録した斡旋を受ける人の、系統の事で、斡旋を受ける際に重要な要素の一つ。
外では、自分はハンターだとか、商人ギルド所属だとか、言うみたい。
だけど、実際にはギルド組織は一つで、それぞれの系統の許可されたランクまでの仕事しか斡旋されない。
「別に珍しくも面白くもないよ~」
格別リザリアでは人目を引き付ける為の商人の格好の方が、修道士や冒険者を装うより、よほど目立たないため、そうしている人もいる。
仮にハンター系統のギルドメンバーだったとしても、情報の売買のためだけに最低のハンターランクを得て、クエストを受けず商いをしている人も多い。商人系統のライセンス取得には所在地が必要だから。
設立当初ギルドがエクセリア王国立地図製作委員会と呼ばれていた頃。オルフィード大陸の地図製作のついでに未開地の開拓余地を測ったり、魔窟への進入といった探索を主とする作業を一般から募集していた事を起源としている。ハンターと言うのもこの頃の名残だ。
そこで仕事の引き受けと紹介が十分な事業になるという商機が大きかったことから、クエストの引き受けと紹介を事業として独立させる結果となった。
名を新たにギルドとした上、本懐であった地図製作を国から引き継ぐ事で準公的機関という立場を確立した。
魔法通信の研究開発に非常に力を入れ、独自の通信システムを瞬く間に作り上げた。
半世紀前には、術者同士の思念会話のようなものを魔法通信と呼んでいた。今では、魔力を原動力としたデータ通信の事をいう。
ギルドが準公的機関という立場とネットワークを柔軟に利用して、他の追随を許さないほど巨大な組織に急成長したのは事実だ。だからこそ僕は、ギルド職員になったことをステータスだと確信できる。
しばらく、沈黙が続いたので目を閉じていると。
「ああ……。また止まった」
そう、四日ほど前から黄キューブが止まって反応しなくなるのだ。
といっても一〇分ほど置けば、また普通に動くようになるので、暇なギルドには大した影響は無かった。でも一応、メンテナンスを要請している。
ギルドの特殊技術だから、専門員がやってくるのに結構時間がかかる。その上、青キューブや魔法通信には異常が無いために、後回しにされてるのかも知れない。
「また? 暇なのに、更に…… 暇にぃなった~」
わざと最後ゆっくりと伸ばして言う。黄色キューブは暇な時、クエストやギルドメンバーの情報を閲覧するという大事な暇つぶしに使えるのだった。まぁ、良識ある使い方ではないかな。
「リキットお前、だらけ過ぎだぞ」
怒気も無く、先輩風を吹かされる。まぁ、確かに一つ年上で、一〇ヶ月先輩だけど。
「とは言っても仕事が無いし」
それでもレーデに対して敬語を使わないのは、ギルド職員になる前からの知り合いだからだ。
エクセリアでは幼少時、少年時の教育を経て社会へ出るのが普通だ。けれど僕の家は割と裕福で、更に上の教育を受けられた。そうして入った学院、エクセリア王国立経済学院で知り合った。
レーデは一年留年していて、最初はそうとは知らなかったから、そのままズルズルと敬語を使わず話していた。
彼も相手の口調を気にしない気さくな性格で、年上と知った後で改めて敬語を使ってたら、逆に皮肉の一つでも言われていただろう。
学院を卒業した後、僕は更に上の経済研究学院に入って、一生安泰と言われるギルド職員になったという訳。
一方、レーデは学院卒業後。研究学院に入る金もないし商隊に入って世界を見て回ると言って、僕とは違う道を進んだ。
結果的に、同じギルドの二人しか常駐しない、僕の初めての職場。ここリザリア東ギルドで再会する事になったのだから、世間は狭いと思えてしまう。
「そういえば、お前エリートコースだっけ?」
妬みも羨ましさも感じない世間話のような口調で尋ねてくるレーデ。
「……さぁ?」
ギルド内を見回した後、両手を軽く上げ答える。
「はははっ、本当にわからなくなるな」
「他人事だと思って」
愉快そうに笑うレーデを余所目に、両手を頬に付け目を閉じる。今度は口をへの字に曲げて。
本当は、二年の間に複数のギルドに赴任した後、試験があってそれに合格すれば晴れてエリートコース確定。となる筈なんだけど、こういう仕事の少ないギルドに配属されている現状。これは暗に試験勉強しろと言われているようで、逆にやる気が起きない。
仮に、嫌味な上司や性格の悪い同僚のいる配属先で仕事に忙殺されることを考える。友人と仕事の少ない今の配属先というのは、比べるべくも無く良環境なのは間違いない。むしろ、かなりの優待遇なんじゃないかと思う。
そんなことを考えていると、来客を知らせるドアベルがカラカラと鳴った。
いつものように一瞥し、軽くお辞儀をしようとしたが、出来なかった。
明らかにこの街の雰囲気とそぐわないその少年の姿が、何気ない一連の仕草を躊躇させてしまったのだ。
軍製品のような機能重視でどこか重苦しい印象を与える、黒を基調とした制服のような服装は、袖口から先が千切れて無くなっており、泥の乾いた跡もある。ほとんど黒一色なのにやたら汚れを感じさせるほどボロボロの状態だった。
その服装とは対照的に顔立ちは幼さを残しながらも整っており、何より白い肌に、燃える様に天に向かって伸びる赤い髪が印象的で何かの美術作品かと思わせた。年の頃は一五くらいだろうか。
その綺麗な印象を与える汚らしい少年は、こなれたように青キューブを操作し始める。
そのいつも通りの光景に自分が飲まれていた事に気が付く。同時に、少年が腰から伸びて地に着きそうなほど大きな剣を帯剣している事にも気付いた。完全に雰囲気に飲まれていたらしい。
リザリアでは滅多にお目にかかれないだろうが、遺跡や魔窟に程近いギルドならばよくある光景なのではないか。などと、勝手なイメージをして現実に戻った僕は、レーデの方を見やる。
レーデもまた僕の方へ向きなおそうとしていた。お互いの視線が交わる。レーデの顔が呆けている様に感じた。それがひどく滑稽で、思わず吹き出しそうになり、慌てて両手で口を押さえた。
レーデはレーデで僕の行動が可笑しかったのかクスクスと笑い始める。
にやけた顔をさせたままレーデが、いつの間にか直っていた黄キューブで閲覧者の情報をすぐさま表示させる。僕もそれを見ようと横から覗くと、表示された情報に一際興味をそそられるものがあった。
そこにはハンターランクCとあった。
ランクは資格系統にもよって三~四段階あるが、ハンター資格のランクはAから六種類ある。
ハンターの仕事が、他の系統に当てはまらない仕事……何でも屋のような仕事が多いからだ。単純に仕事の数も、登録者の数も最も多い。
最低のFランクは正直、誰でもなれる。報酬こそ少ないが、主婦だろうが浮浪者だろうが、誰でもやれるような仕事だ。従って、商人ライセンスを得られない人もハンターライセンスを得て情報売買したりする。
その中で、この少年は既にCランクハンターだって事。Cランクともなると、要人とまでいかないまでも旅の護衛や、規模にもよるが賊退治なんていう、実力者向けの危険クエストも含まれるランクだ。
こんな子どもがとも邪推がよぎってしまうが、汚れきった服装もクエストの勲章かのように、見る目が変わってしまう。
ひとしきり青キューブを眺めていた少年は、さもつまらなさそうな顔を一瞬浮かべ、思案する素振りをみせる。
どうやら気に入るクエストが無かった様だ。残ったクエストも数少なく、誰もやりたがらない様な内容か、怪しさが伺えるようなクエストだったと思う。
基本的に、リザリアは行商が休息に立ち寄る場所で、行商途中の商隊ばかり。リザリア発の商隊も計画的に護衛を雇うならば、定期間雇う相手をギルドを介さず決めている事だろう。
少年が面倒臭そうに立ち上がり僕たちの居る方へ近寄る。
「クエストを受ける」
ただそれだけをカウンター越しに言う。随分と無愛想な子供だと思うが、ソルバー無しにクエストは達成しない。
故に代金を払う依頼者と同等と考え、ソルバーと依頼者を巧く取り持つのが僕たちの仕事。ってことで、営業スマイルで応対する。
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
言って黄キューブを操作して、少年が登録したクエストを照会する。
「……こちらのクエストでよろしいですか?」
黄キューブの反対面にクエスト情報を表示させて、事務的な確認をする。それとは別に本当にこのクエストでいいのかという疑問の意味を込めて語尾が強まる。
そのクエストには覚えがあった。事件というほどの事はなく、そういう事もあるのだと、働き始めたばかりの僕が憶えるには十分のトラブルがあったクエストだ。
その時は、新人なりにも精一杯対応したのだけど、怒鳴られながら詰め寄られた。その記憶は、今思い返してもイライラしてくる。まあ、生活が掛かってるのだから必死になるのも当たり前というもの。
しかし、それ一回きりではなく以前にも同じことがあったと、今はギルド本部勤務の先輩に教えてもらった。どう考えても、依頼を果たせなかったのが原因。だけど問題の潜伏しているクエストなのは間違いない。
「ああ」
その生返事に、このクエストでなければ感じなかっただろう、不快感というか苛立ちを覚える。この少年ソルバーに忠告をする事にした。
「こちらの薬素材収拾クエストなんですが。素材アイテムが盗難に遭ったり、狙われる事がありますので、お気をつけください」
「……」
無視。
「あ、あの。聞いてますか? このクエストの素材アイテムは」
「だから何だ? 盗まれる奴が間抜けなだけだろう……」
つい、その通り。と口を滑らせそうになりつつ、少し気分が晴れた気がした。
「早くしてくれないか?」
「すみません。では、登録しましたので、アイテム収拾頑張ってください」
「……」
青キューブで、クエストの受諾と情報を確認すると、やはり無言で出て行ってしまう。本当に無愛想だ。
レーデが少年を目で追いながら、呆けているように見えた。
「どうかしたの、レーデ?」
「いや、なんでもない……あんな子どもが儀式場跡地に行くんだから、世も末だと思ってな」
リザリアから南に程近い場所に、邪教集団が何かの儀式に使っていたらしい廃墟がある。そこは負のマナが漂っているらしく、普通ではお目にかかれないモンスターと植物の巣となっていた。その中に薬の素材となる植物が生息している。
「でもあの子もCランクハンターなんだし。大丈夫でしょ」
「……そうだな、それでもモンスターが怖いって思うんじゃないのか? ってな」
「そうかな? さっきの子供の場合、モンスター相手に眼を付けてそうだけど」
「……だといいんだが」
切れの悪い物言いに何だか心配になってくる。
「レーデって子供好きだった?」
「ん? どうかな……。嫌いではなかったが」
「子供が欲しいなら、まず彼女を作らないと! 大雑把でがさつなレーデには、細かいところに気の利く娘がいいと思うよ」
「……お前こそどうなんだ、彼女作る気ないのか?」
「あ、あるよ」
自分で振っておいてなんだけど、この話題はダメだ。誰の得にもならない。
「お前は頼りなさそうなところがあるから、引っ張っていってくれる姐御肌な人がいいと思うぞ」
「う、うん」
痛いところを突かれ、たじたじと返事をしながら、レーデに笑顔が戻っていくのが感じられたので、今日のところは良しとしよう。