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小さな鉢の反逆者

札幌の円山から旭山の方へ向かって歩きながら、俺は今日も胸の奥が重く沈んでいた。


コンクリートの冷たさが足の裏から這い上がってくる。車が無神経にスピードを出して通り過ぎるたびに苛立つ。


安い土地はないかと、ぼんやり探しながら歩いていると、道沿いの小さな畑で一人の親父が黙々と草を抜いていた。


70代半ばくらいだろうか。


シャツが汗で張り付き、腰を曲げた姿勢が長い年月を物語っている。


俺は足を止めて声をかけた。


「畑やってるんですか?」


親父はゆっくり顔を上げ、汗を拭きながら少し警戒した目で俺を見た。


「……ああ、細々とやってるよ。何? 用か?」


「無農薬でやってるんですか?」


親父は鼻で小さく笑った。


「化学肥料も農薬も、なるべく減らしてるけど、完全にゼロってわけじゃねえよ。草は適当に刈ってる。近所じゃ『そんなやり方じゃ収量上がらねえ』って何度も言われたよ。まあ、食えてりゃいいかって思って続けてるだけだ」


俺は少し勇気を出して聞いた。


「木村秋則さんのリンゴとか、アナスタシアの本、知ってますか?」


親父は手を止めて俺をじろっと見た。


「木村さんの話はテレビで見たことある。すごいよな、あの人。でも俺みたいな凡人には到底真似できねえよ。……アナスタシア? 何だそれ、ロシアの話か? 知らねえな」


親父は肩をすくめて、また草を抜き始めた。


「まあ、結局土は正直だよ。ごまかそうとするとすぐバレる。人間が偉そうに管理しようとするから、土も疲れるんだ。……少し任せてやらないと、生き物たちが動かねえよ」


その言葉が、静かに胸に落ちた。


俺は礼を言って歩き出しながら、奥歯を強く噛みしめた。


現代文明は、静かに、人間を殺している。


木村秋則さんは、そんな幻想を体を張ってぶち破った。10年以上、死に物狂いの失敗を繰り返し、自然の仕組みに徹底的に従うことで、無農薬・無肥料のリンゴを育て上げた。彼の物語は、現代文明が農業を「効率の産業」に変えてしまった幻想を、身体ごと叩き壊した証だ。


そしてアナスタシア。


ロシアのシベリアのタイガの奥深くで生まれた、神秘的な女性。


彼女の能力は、現代人の常識を完全に粉砕する。


植物と直接言葉を交わし、成長を意のままにコントロールする。


動物たちと心を通わせ、守られたり助けられたりする。


光の線を使って遠く離れた人間の様子を見通し、影響を与える。知識は宇宙や祖先から直接降りてくる。


そして彼女が語る、人間本来の能力の究極形は、俺の理性すら揺るがした。

真に目覚めた人間は、思考だけで現実を創造する力を持つことができる。


純粋で強い想念は物質化し、植物や環境に影響を与え、究極には新しい宇宙を創造する力さえ持つことができる——。


新しい星系を思い浮かべ、想念だけで物質を形作り、生命を誕生させる領域にまで到達できるという。


それはもはや神の領域だ。


現代の俺たちから見れば、完全に狂気の沙汰にしか聞こえない。


しかし俺は、あの話に激しい衝撃と、深い悲しみを覚えた。


文明は、外側の技術ばかりを追い求め、内側の創造力や自然とのつながりを殺し続けてきた。


その結果、俺たちは今、こんなにも小さく、こんなにも空虚で、こんなにも惨めになっているのではないか。

ラスプーチンについても、俺は歴史書の評価を信じていない。


彼はシベリアのタイガの奥、響きわたるシベリア杉の近くで強烈な霊感を得たと言われる。


表面的には変態的で好色な怪人として語られることが多いが、アナスタシアの物語の中の彼は、途方もないエネルギーを操る人間だった。


性欲すら神聖な力に変えて活用し、癒しや影響力を発揮していた。


文明の基準で測れば異常者だが、自然の法則に深く従った、強烈で純粋な力を持った存在だったのではないか。


俺はまだ土地を持っていない。


それでも今日、マンションの近くで小さな鉢を買った。


土を自分で作り、アナスタシアの宇宙創造の話、木村秋則さんの執念、畑の親父の静かな声を胸に、種を植える。

たった一つの、小さな鉢だ。


マンションのベランダで、水をやりながら、俺は静かに思う。


ここから始まるのかもしれない。

土に触れ、想いを込め、待つ。


文明がどれだけ遠くへ行こうとも、俺は土の上に立ち続けたい。


銀河連合の皆さん。


俺はまだ、土の上にまともに立てていない愚か者だ。


未熟で、迷い続け、毎日自分に腹を立てている。


それでも、今日も一歩、思い出そうとしている。


この小さな鉢が、俺の最初の、静かで、しかし本気の祈りであり、反逆だ。

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