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Eden’s Gate Guardian's ‐エデンの守護者-  作者: Red/春日玲音


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第七話 他のプレイヤーの事情 舞姫の場合

「えぇ~、こんなところで野宿するの?」


私は、わざと少し甘えた声を出す。


効果は抜群だった。

インテリ気取りの裕二と、脳筋バカの健太が、慌てて言い訳を始める。


蓮夜はというと、何を考えているのかわからない。

ただ、落ち込んでいる様子を見る限り――静香ちゃんを見捨てたことを悔やんでいるのだろう。


……もっとも。


彼女が転んだのは、自業自得ということになっている。


だから――

私が足を滑らせ、結果的に彼女を押して転ばせてしまったことは、絶対にバレないようにしないといけない。


「ねぇ、野宿するなら、テントとかないのぉ?」


私は裕二と健太に声をかける。


裕二は単純だ。

リーダーとして持ち上げて、「頼りにしてる」とでも言えばいい。

少し甘えるようにすれば、大抵は思い通りに誘導できる。


健太は、もっと単純。

ただし、少し厄介だ。


ああいう筋肉バカは、難しいことを考えない。

――というより、考える前に行動するタイプなのだ。


「ねぇ、野宿するなら、テントとかないのぉ?」


私がそう言うと、裕二がすぐに反応した。


「いや、その……テントはないけど、簡易シートならある。木の枝を使えば、雨くらいは防げると思う」


ほら、やっぱり。


少し困った顔をして、頼るように見つめればいい。

それだけで裕二は、すぐ「リーダー」として動き始める。


「すごい、裕二くん! さすが、ちゃんと考えてるんだね」


そう言って微笑むと、裕二は少し照れたように眼鏡を押し上げた。


単純。


健太はその横で、腕を組みながらうなずいている。


「じゃあ俺、木の枝集めてくるわ!」


案の定だ。

考えるより先に動くタイプ。こういうのは、適当に褒めておけば勝手に働く。


「健太くん、力持ちだもんね。お願いしてもいい?」


「任せろ!」


健太は勢いよく森の中へ入っていった。


……ちょろい。


私は内心で小さく笑う。


オタサーの姫だった頃と、何も変わらない。

男の子なんて、少し頼ってあげれば勝手に頑張る生き物だ。

裕二はシートを広げながら、地面の様子を確かめている。


「ここなら傾斜も少ないし、風も多少は防げると思う」


「すごーい、ほんと頼りになる」


私がそう言うと、裕二はさらに張り切り始めた。

蓮夜は、少し離れた場所に立ったまま、森の奥を見ている。

まだ静香ちゃんのことを考えているんだろう。


……でも、それは仕方ないよね。


私は焚き火の準備をしている裕二たちを見ながら、そっと息を吐く。

大丈夫。この三人をうまく動かせば、きっと無事に帰れる。


今までだって、そうしてきたんだから。


◇ ◇ ◇


大学に入ったばかりの頃の私は、本当にただ「友達ができたらいいな」くらいにしか思っていなかった。

講義の掲示板に貼ってあったサークル一覧をぼんやり眺めて、その中で目についたのがアニメ研究サークルだった。

もともとアニメやゲームは好きだったし、同じ趣味の人と話せたら楽しそうだと思っただけだ。


部室のドアを開けた瞬間、十人くらいの男子が一斉にこちらを見た。

思ったより人が多いことに少し驚いたけれど、それ以上に驚いたのは、彼らの反応だった。

誰かが慌てて立ち上がり、「え、えっと……見学ですか?」と声をかけてくる。

その声に釣られるように、他の人たちも一斉に動き出した。

椅子を引かれ、お茶を出され、好きなアニメを聞かれ、気づけば私は部室の真ん中に座らされていた。


女の子の新入部員は珍しかったらしい。

少し大げさなくらい歓迎されて、最初は戸惑ったけれど、嫌な気はしなかった。

むしろ、ちょっとだけくすぐったいような気分になった。


最初の頃の私は、本当に普通だったと思う。

おすすめされたアニメを一緒に見たり、ゲームを持ち寄って遊んだり、みんなでイベントに行く計画を立てたり。

オタク同士で好きなものの話をして、笑って、それだけで十分楽しかった。

ただ、ある日、ふと思いついて言った一言が、少しだけ空気を変えた。


「今度のイベント、行きたいんだけど……チケット取れなくてさ」


そんなに深い意味はなかった。取れたらいいな、くらいの軽い愚痴だったのに、部室にいた三人がほとんど同時に声を上げた。


「俺、余ってるよ」

「いや、俺も取ってる!」

「舞姫ちゃんと行くなら俺が譲る!」


一瞬、何が起きたのかわからなくて、思わず笑ってしまった。

別に誰かと取り合いになるような話じゃないのに、三人とも妙に真剣な顔をしている。


「えー、どうしよ。みんな優しいね」


少し困ったように笑うと、三人はさらに必死になった。

誰が一緒に行くかで言い合いが始まりそうな勢いだった。その様子を見て、私は初めて気づいた。


私が少し困った顔をするだけで、この人たちはこんなに頑張るんだ。


それからは、ほんの少しだけ試してみることが増えた。

「レポート大変なんだよね」と言えば、誰かがノートを貸してくれる。

「このフィギュアかわいいよね」と言えば、誰かがショップを調べてくれる。

「徹夜でゲームしたいな」と言えば、次の週末には部室に何人も集まるようになった。


最初は本当に軽い冗談みたいなものだった。

頼むつもりもなかったことまで、勝手に誰かが動いてくれる。

それが少し面白くて、つい甘える言葉が増えていった。


やがて、サークルの中の空気が少しずつ変わっていった。


「舞姫ちゃん、次のイベント誰と行くの?」

「俺が一番仲いいよな?」

「いや最近は俺の方が話してるだろ」


そんな会話が、冗談みたいに交わされるようになった。

最初は笑って聞いていたけれど、だんだんと彼らの声に妙な熱が混じり始める。

ゲーム会で隣の席を取り合ったり、帰り道でさりげなく隣を歩こうとしたり、ちょっとしたことで空気がピリピリすることも増えていった。

それを見て、私はふと、思ってしまった。


面白いな、と。


「えー、そんなことで喧嘩しないでよ」


そう言って笑うと、彼らは慌てて言い争いをやめる。

でも、その後も誰が一番舞姫に近いのか、誰が一番頼りにされているのか、そんな競争は続いていった。


気づけば、サークルの雰囲気は大きく変わっていた。

アニメやゲームの話をしていたはずの部室が、いつの間にか私を中心に回る場所になっていた。

私が誰と話すか、誰と帰るか、そんな些細なことが話題になり、時にはそれで険悪な空気になることもあった。


ある日、先輩が呆れたように私を見て言った。


「舞姫さ、お前……サークルクラッシャーだな」


その言葉を聞いたとき、私は意味がよくわからなくて、家に帰ってからスマホで調べた。

サークルクラッシャー。女が原因でサークルの人間関係を壊してしまう存在。

画面に出てきた説明を読みながら、私は思わず笑ってしまった。


だって、壊そうなんて思ったことは一度もなかったからだ。

ただ少し甘えて、ちょっと頼って、困った顔をしてみせただけ。

それだけで男たちが勝手に競い合い、勝手に関係をこじらせていく。


私は何もしていない。

ただ、ほんの少し笑ってあげただけなのに。


それなのに、みんな必死になって、私のために動こうとする。

その様子を見ていると、まるで世界が自分のために回っているみたいで、少しだけ気分がよかった。


そして気づいたときには、私はもう、男たちの視線と期待を当たり前のように受け取るようになっていた。

誰を近くに置いて、誰を少し遠ざけるか。

それを考えることさえ、いつの間にか楽しみになっていたのだ。



サークルの空気が少しずつ変わっていった頃、私はもう、その変化にほとんど罪悪感を感じなくなっていた。

むしろ、どこまでうまくやれるのか、試してみたいと思うようになっていた。


きっかけは、文化祭の準備だった。


その年、サークルは展示とミニ上映会をやることになっていて、部室でも毎日のように打ち合わせが開かれていた。

ポスターを作る人、機材を借りる人、上映作品を選ぶ人。

それぞれが役割を持って動いていたけれど、中心にいたのは三人だった。


サークル長の高橋先輩。

真面目で、サークルをちゃんとまとめようとしている人。


機材担当の中村くん。

無口だけど、パソコンや機材のことになると頼りになる。


それから、私と一番よく話していた佐藤くん。


三人とも、最初は普通に仲が良かったはずだった。

でも、いつの間にか、少しずつバランスが崩れていた。

ある日の打ち合わせのあと、佐藤くんが私に言った。


「舞姫ちゃん、文化祭の日さ、一緒に回らない?」


少し照れたような顔だった。

私は少しだけ考えるふりをしてから、笑った。


「うーん……でも、その日忙しいかも」


「そっか……」


しょんぼりした顔を見ると、ついからかいたくなる。


「でも、終わったあとならいいよ?」


そう言うと、佐藤くんの顔がぱっと明るくなった。

それだけのことだった。

ただ、その会話を、偶然、中村くんが聞いていた。

次の日、部室で作業しているときだった。中村くんが、珍しく私に話しかけてきた。


「舞姫さん、文化祭の日、時間ある?」


私は顔を上げて、少し首を傾げる。


「どうして?」


「……よかったら、展示見て回ろうと思って」


普段あまり感情を出さない人が、少しだけ緊張した声で言うのが、なんだか新鮮だった。

だから私は、また少しだけ考えるふりをした。


「うーん……どうしよっかな」


少し間を置いてから、笑う。


「空いてたら、いいよ」


それを聞いた中村くんは、ほんの少しだけ安心したような顔をした。

でも、その日の夕方、今度は高橋先輩が声をかけてきた。


「舞姫、文化祭の当日なんだけどさ」


「はい?」


「展示の説明、舞姫がやってくれないか? 女の子がいた方が雰囲気いいし」


「えー、私でいいんですか?」


「むしろ頼みたい」


そう言われると、悪い気はしない。


「じゃあ……頑張ります」


私がそう答えると、高橋先輩は満足そうにうなずいた。

その時点で、私はもう気づいていた。

文化祭の日、三人とも、私と一緒に過ごすつもりでいる。

普通なら、誰かに断るべきだったのかもしれない。

でも私は、何も言わなかった。

どうなるのか、少し見てみたかったからだ。


文化祭当日、展示スペースは思ったより人が来ていて、私は説明をしながらあちこち動き回っていた。

すると途中で、佐藤くんがやってきた。


「舞姫ちゃん、もう終わりそう?」


「もうちょっとかな」


「じゃあ、終わるまで待ってる」


そのやり取りを、少し離れた場所で中村くんが見ていた。

さらに、その二人を、高橋先輩も見ていた。

空気が少しだけ重くなるのを、私はちゃんと感じていた。

でも、気づかないふりをした。

展示が終わったあと、三人が同時に私のところに来た。


「舞姫ちゃん、回ろう」

「舞姫さん、時間ある?」

「舞姫、少し話いいか」


一瞬、三人とも言葉を止めた。

それから、視線がぶつかる。


「……どういうこと?」と佐藤くんが言う。


「俺が先に約束してた」と中村くんが言う。


「いや、舞姫はサークルの仕事があるって話だったはずだ」と高橋先輩が言う。


三人の声が、少しずつ強くなっていく。

周りにいたサークルの人たちも、ざわざわし始めていた。

私はその真ん中に立ちながら、少し困った顔をして言った。


「え、ちょっと……みんな落ち着いてよ」


でも、その言葉はほとんど意味がなかった。


「舞姫ちゃん、誰と約束してるの?」

「はっきりさせた方がいい」

「舞姫、お前どういうつもりだ」


責めるような視線が一斉に向く。


その瞬間、私はやっと少しだけ焦った。

こんなに大きくなるとは思っていなかった。

ただ、ちょっと面白いかもしれないと思っただけなのに。


結局、その場は険悪な空気のまま解散になった。

三人は互いに口もきかなくなり、文化祭の後片付けもほとんど会話がないまま終わった。


それからしばらくして、サークルは目に見えて人が来なくなった。

誰かが来なくなり、また誰かが辞めていき、気づけば部室は前よりずっと静かになっていた。

ある日、廊下で高橋先輩にすれ違ったとき、先輩は少し疲れた顔で言った。


「舞姫……お前さ、ほんとにサークルクラッシャーだったな。お前のせいだ。」


その言葉を聞いたとき、私は何も言えなかった。

ただ、胸の奥で、ほんの少しだけ思っていた。

こんなことになるなんて、最初は思っていなかった。


でも、同時に。


男たちが私のことで言い争って、関係が壊れていくあの瞬間を、私は確かに少しだけ――面白いと思ってしまっていたのだ。


高橋先輩の言葉は、思っていたよりも重く胸に残った。

呆れたような声だった。怒鳴られたわけでもないし、責め立てられたわけでもない。

ただ、もう疲れたと言うように、少しだけ力の抜けた声でそう言われただけだった。

それなのに、胸の奥がきゅっと締めつけられるような気がした。


「……そんなつもりじゃ」


言いかけて、うまく言葉が続かなかった。

先輩はそれ以上何も言わず、私の横を通り過ぎようとする。

その背中を見た瞬間、急に不安になった。

胸の奥に溜まっていたものが、一気に溢れそうになる。


「待ってください……」


声が震えていた。

先輩が振り返る。


「私、そんなつもりじゃ……」


言いながら、視界がぼやけていく。

涙が勝手に溢れてきて、止めようとしても止まらなかった。

自分でも、どうしてこんなに泣いているのかわからなかった。

ただ、否定してほしかったのかもしれない。


サークルクラッシャーなんかじゃない、と。


でも、高橋先輩は少し困ったような顔をするだけだった。


「舞姫……」


何か言いかけた、その時だった。


「舞姫ちゃん!」


廊下の向こうから声がした。振り向くと、佐藤くんが駆け寄ってくる。その後ろから、中村くんも歩いてきていた。

二人は、私が泣いているのを見るなり顔色を変えた。


「どうしたの? 誰かに何か言われたの?」


佐藤くんが心配そうに聞く。その視線が、すぐに高橋先輩へ向いた。


「……先輩?」


その一言だけで、空気が張り詰めた。

高橋先輩は小さくため息をつく。


「別に。ちょっと話してただけだ」


「泣かせるような話ですか?」


中村くんの声は静かだったけれど、明らかに怒っていた。


「お前ら……」


高橋先輩が眉をひそめる。


「舞姫が困ってるの、わかってるだろ」


「困らせてるのはどっちですか」


二人の間に、ピリピリした空気が流れる。


「そもそもさ」


佐藤くんが苛立った声を出した。


「舞姫ちゃんのことで先輩が口出すの、おかしくないですか?」


「は?」


高橋先輩の顔が一瞬で険しくなる。


「お前らが勝手に舞姫を取り合ってるから、サークルがおかしくなってんだろ」


「それ、先輩も同じじゃないですか」


中村くんが言った。

その一言で、完全に空気が壊れた。


「……どういう意味だ」


「文化祭のとき、舞姫さんと回るつもりだったんですよね」


「お前だってそうだったろうが」


「だから言ってるんです」


声がだんだん大きくなっていく。

私はその真ん中に立ったまま、何も言えなかった。

止めなきゃいけないのに、声が出なかった。


「いい加減にしろよ!」


とうとう佐藤くんが叫んだ。


「舞姫ちゃん困らせてるのは先輩たちだろ!」


「ふざけるな。舞姫を一番振り回してるのはお前だ」


言い合いは、もう止まらなかった。

廊下にいた他のサークルメンバーも集まってきて、ざわざわと騒ぎが広がる。

誰かが間に入ろうとして、誰かがそれを止めて、結局その場はめちゃくちゃになった。


その日を境に、サークルはほとんど機能しなくなった。


誰かが来なくなり、誰かが辞めていき、残った人たちもぎこちないまま顔を合わせるだけになった。

部室の空気は重くて、以前のように集まる人はいなくなった。

そして、いつの間にかサークルは、自然消滅みたいに終わっていた。

高橋先輩とも、佐藤くんとも、中村くんとも、それきり会うことはなかった。


最初の頃は、少しだけ後ろめたい気持ちもあった。

でも……大学にはサークルがいくつもある。

ゲームサークル、映像研究会、漫画研究会、同人サークル。

似たような場所はいくらでもあった。


新しいサークルに顔を出すと、最初はだいたい同じだった。


「見学ですか?」

「女の子の部員、珍しいんですよ」

「よかったら今度イベント行きません?」


同じような視線。

同じような期待。


そして、少しだけ甘えて、少しだけ頼って、少しだけ笑ってあげると、やっぱり同じことが起きた。


男たちが競い始める。

誰が一番舞姫と仲がいいのか。

誰が一番舞姫に近いのか。

小さな嫉妬が生まれて、関係がぎくしゃくして、気づけばサークルの空気が壊れていく。


その様子を、私は少し離れたところから眺めていた。


そして、ふと口元がゆるむ。

まただ。

また同じことが起きている。

胸の奥で、小さく笑う。


だって私は、何もしていない。

ただ少し甘えて、少し笑っているだけ。

それなのに、みんな勝手に壊れていく。


――本当に、人って面白い。

ご意見、ご感想等お待ちしております。

良ければブクマ、評価などしていただければ、モチベに繋がりますのでぜひお願いします。

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