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Eden’s Gate Guardian's ‐エデンの守護者-  作者: Red/春日玲音


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第五話 他のプレイヤーの事情 裕二の場合

……クソっ。僕は悪くないっ!


裕二は息を荒げながら森の中を必死に走っていた。背後から迫ってくるクマの気配に追われ、枝や草を踏みしめながらひたすら前へと逃げる。肺が焼けるように熱く、足は重い。それでも止まれば終わりだと本能が叫んでいた。


「ハァ、ハァ、ハァ……もう……大丈夫なんじゃないか?」


すぐ前を走っていた健太が、ようやく足を止めて振り返る。息を整えながら周囲を見渡すその表情には、恐怖と疲労が色濃く滲んでいた。


「あ、あぁ……そうだな」


裕二も足を止め、荒い呼吸のまま辺りを見回す。いつの間にかかなりの距離を走ってきたようで、先ほどまで背後に感じていたクマの気配はもう感じられない。胸の奥にこびりついていた緊張が、ようやく少しだけ緩んだ。


「はぁ……はぁ……なんなのよぉっ! もう帰るぅっ!」


舞姫が泣きながら叫び、ほとんど半狂乱になっている。顔は涙でぐしゃぐしゃで、肩は小刻みに震えていた。そんな彼女の背を軽く叩きながら、健太が困ったように声をかける。


「落ち着けって……もう大丈夫だから」


そのやり取りを横目に見ながら、裕二は息を整えた。だが次の瞬間、背後から突き刺さるような視線を感じる。


「はぁ……はぁ……天塚さんが……」


荒い呼吸の合間に呟いた連夜は、明らかに裕二を睨んでいた。怒りと憎しみが混ざったような目だった。


「なんだ? 文句があるなら、なんでお前はここにいる?」


裕二が冷たく言い放つと、連夜はぐっと唸り声を漏らし、悔しそうに顔を伏せる。言い返したいのに言葉が出てこない――そんな様子だった。


……そうだよ。お前らは、俺の言うことに従っていればいいんだ。


裕二は内心でそう吐き捨てながら、ふと数日前の出来事を思い出していた。


◇ ◇ ◇


それは、VRMMO《USO》の中で、超難度と言われているフィールドボス――アレグレッサーを討伐しに行った時のことだった。


目的はただ一つ。アレグレッサーのレアドロップである『星の雫』を手に入れること。パーティにいたヒーラーの女の子がそれを欲しがっていたからだ。もちろん表向きは協力のためだが、本音は違う。プレゼントして好感度を上げたいという下心があった。


だが、メンバーの反応は猛反対だった。


アレグレッサーには特殊なデスペナルティが設定されている。もし敗北すれば、通常よりも遥かに重いペナルティを受けるのだ。メンバーの多くは転生覚醒職が目前に迫っており、ここで特殊デスペナを受ければその条件達成が遠のく。慎重になるのも無理はない。


しかし裕二は説得した。勝てば莫大な経験値が入り、転生覚醒職の条件を満たすこともできる、と。何度も説明し、攻略情報をまとめ、ようやく討伐作戦は実行に移された。


最初は何の問題もなかった。


当たり前だ、と裕二は思う。いくつもの攻略サイトを巡り、情報を整理し、戦術を組み上げたのはこの自分なのだから。


僕の言う通りに動けば、アレグレッサーなんて大した相手じゃない。


実際、戦闘は順調だった。タンクのタクミが確実にヘイトを維持し、アタッカーたちが安定してダメージを与えていく。作戦通りの流れだった。


だが――アレグレッサーのHPが残り30%を切った時、それは起きた。


『タクミっ! 残り30%を切った! 攻撃パターンが変わるぞ!』


『おう、覚えてる! 任せとけ!』


アレグレッサーの挙動が変化しても、タクミは落ち着いて対応し、ヘイトを維持している。


……さすがだな。


そう思った裕二は、大技を使う準備に入った。ここで一気に削れば勝利は確実になる。そう確信したその時だった。


『新しい敵!……トレインだわっ!』


ヒーラーのエミが叫ぶ。


遠くから大量のモンスターがこちらへ向かってきている。誰かがモンスターを引き連れて逃げてきた――いわゆるトレインだ。


『くっ……!』


パーティに動揺が走る。


『落ち着け! まずはアレグレッサーを――』


裕二は瞬時に状況を分析した。トレインされたモンスターの数と種類を見れば、アレグレッサーを先に倒しても十分間に合う。多少の被害は出るかもしれないが、一人や二人なら蘇生アイテムでどうとでもなる。


そう判断し、裕二はアレグレッサー優先の指示を出した。


――だが。


『馬鹿ッ! タクミ! お前がヘイトを取る相手が違うだろっ!』


信じられないことに、タクミはアレグレッサーのヘイトを放棄し、トレインされたモンスターのヘイトを集め始めたのだ。


当然、ヘイトを失ったアレグレッサーの攻撃は、高DPSを叩き出していた裕二と双剣使いへ向かう。


次の瞬間、巨大なブレスが薙ぎ払う。


裕二たちは瀕死の重傷を負った。


……それでも、まだ立て直せる。


裕二は即座に次の手を考えた。


『エミっ! 僕に回復と支援を!』


タクミにはアレグレッサーとモンスターのヘイトが集中している。エミが裕二を回復している間にタクミのHPはゼロになるだろう。だが、それで問題はない。


タクミが倒れればヘイトは分散する。そこで裕二が持つ蘇生アイテム『女神の奇跡』を使えばいい。蘇生したタクミが再びアレグレッサーのヘイトを取り、その間にアタッカーを回復させる。そして三人でリミットブレイクを叩き込めば、残りHPは削り切れる。


勝利の道筋は、すでに頭の中に出来上がっていた。


だから――僕の言う通りにすれば勝てた戦いだった。


なのに。


『女神の息吹!』


エミが叫び、神聖な光が広がる。


HP完全回復、デバフ完全解除の大回復魔法――それは、タクミに使われていた。


『なぜだ……』


裕二の呟きが漏れる。


次の瞬間、アレグレッサーの攻撃が裕二へ向かう。瀕死のHPでは耐えられるはずもない。エミの回復が間に合うかもしれない――そんな淡い希望が頭をよぎるが、女神の息吹はクールタイムが長い。


こんな状況で使うべきスキルじゃない。


わずかな奇跡を願う暇もなく、裕二のHPはゼロになった。


その後の展開は、見るまでもなかった。


大回復魔法を使ったエミはヘイトを集め、次の攻撃であっさりと倒れる。トレインされたモンスターに囲まれたアタッカーたちも、ヒーラーの支援がないまま奮戦するが、数の暴力には抗えない。


そして最後に残ったタンクのタクミ一人では、どうすることもできなかった。


結果は――パーティ全滅だった。


死に戻りした後、当然ながら空気は最悪だった。


アレグレッサーのデスペナルティは重い。レベル2ダウンに加え、48時間のステータス半減の呪い。そしてランダムでアイテムロスト。


双剣士は愛用の武器を失った。レイドボスのレアドロップで、限界まで強化された逸品。相場価格は30G以上、そもそも市場にほとんど出回らない超レア装備だ。


彼が嘆くのは理解できる。だが、それを僕のせいにするのはおかしいだろう?


皆が裕二を責め立てる中、裕二はそう思っていた。


敗因は、エミが僕を回復しなかったことだ。


僕が生きていれば『女神の奇跡』を使えた。戦闘不能になればアイテムは使えない。最後に残るべきだったのは僕だったんだ。


さらに言えば、タクミがアレグレッサーのヘイトを切ったことがそもそもの原因だ。


『あそこで俺がヘイトを取らなければ、あのモンスターたちは後衛を襲っていたんだぞ!』


タクミが怒鳴る。


『別に放っておけばよかったんだよ! 一人や二人倒れても、僕が生きていれば立て直せたんだ!』


『お前はいつもそうだ! 自分さえ良ければいいのかよ!』


『当たり前だ! 僕はリーダーだぞ!』


裕二は叫んだ。


『僕が倒れたら指揮を執る者がいなくなる! 現に、お前らはあんな雑魚にも勝てなかったじゃないか!』


自分は正しいことを言った――裕二はそう確信していた。


だが、その言葉は理解されるどころか、完全な決裂を生んだ。


そしてその日、裕二はギルドを追い出された。


エルと名乗る運営関係者からメールが届いたのは――そんな時だった。


◇ ◇ ◇


項垂れる蓮夜を一瞥し、裕二は小さく舌打ちをしたあと視線を逸らした。そして、これから自分たちがどうするべきかを頭の中で整理し始める。クマから逃げ延びたとはいえ、ここが安全だという保証はどこにもない。森の中は静まり返っているが、それがかえって不気味だった。


「ねぇ……もう帰ろうよ。こんなの、おかしいよ……」


舞姫がガタガタと震えながら声を上げる。泣きそうな顔で周囲を見回しており、今にも崩れ落ちそうだった。


「そ……」


裕二がその言葉に頷こうとした、その時だった。

突然、どこからともなく声が響く。


『あなたたちは岐路に立たされています。現在、仲間とはぐれたあなた達が取るべき行動は三つ。

 ・はぐれた仲間を見つけるため、来た道を引き返す。

 ・このまま南に進み、当初の目的だった街へ向かう。

 ・アテもなく、森の中を彷徨う。

 ほかに取りたい行動があれば申告してください。』


機械のように淡々とした声だった。感情も抑揚も感じられない、ただ事実だけを読み上げるような声。

そして、その声はそれだけを告げると、まるで最初から存在しなかったかのように唐突に途絶えた。


「なんだよっ! もうやめだっ! 俺たちを帰してくれっ!」


健太が苛立ったように叫ぶ。だが当然のように返事はない。森は静まり返ったままだった。

さらに叫び、地面を蹴りつけて暴れようとする健太を、裕二がすぐに止める。


「よせっ!」


「なんだよっ! 邪魔するのかっ!」


健太が睨みつける。


「そうじゃない。むやみやたらと暴れても、無駄なエネルギーを使うだけだ」


裕二は冷静な声で言った。


「それに、お前がそんな風に騒いだら……さっきの熊みたいな獣が寄ってくるかもしれないぞ?」


その言葉に、健太はぴたりと動きを止める。先ほどの恐怖が脳裏に蘇ったのだろう。悔しそうに歯を食いしばりながらも、それ以上は何も言わず黙り込んだ。


しばらく沈黙が流れる。

その中で、蓮夜がぽつりと口を開いた。


「天塚さんを……探しに……」


「戻ってどうする?」


言い終える前に、裕二が遮った。


「今から戻ったって、二次遭難するだけだろ?」


「だけどっ!」


蓮夜は顔を上げる。目には強い焦りが浮かんでいた。


「……まだ天塚さんは無事で、ボクたちの助けを待っているかもしれないじゃないかっ!」


その必死な声に、裕二は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに冷たい視線を向けた。


「僕たちが戻ったとして、助けられるのか?」


裕二はそう言いながら、蓮夜の腰を指さす。

そこには木刀が差してあった。


「その武器を持ってるくせに、さっきは一緒になって逃げ出しただろ?」


「くっ……」


蓮夜は言葉を失う。唇をぎゅっと噛みしめ、俯いたまま何も言えなくなった。

そんな彼を見て、裕二は小さく溜息をついた。


「……恥じることはない。僕だって同じだ」


裕二は自分の手にある木の弓へ視線を落とす。

粗末な弓だった。これでクマと戦えるかと問われれば、答えは明らかだ。


「こんなんでクマに勝てる気がしなかった」


静かにそう呟く。


「あの時の最適解は、逃げることだったんだ。天塚さんには悪いが……あそこで転んだ彼女が悪い」


その言葉に、舞姫が一瞬だけ視線を逸らした。誰にも気づかれないほど、ほんの一瞬だった。彼女の顔色は青白くなっていたが、誰も舞姫の様子を気にしてはいなかった。

やがて沈黙を破るように、健太が口を開く。


「それで、どうするんだ?」


「決まってるだろ」


裕二は即座に答えた。


「街に向かうんだ」


当てもなく森を彷徨うなど論外だ。だが南へ進めば街に着くという情報があるなら、そこを目指すべきだろう。

天塚のことが気にならないわけではないが、今から戻ってどうにかなる状況ではない。

それなら街へ行き、人を集めて捜索してもらった方が結果としていい。

裕二がそう説明すると、三人は顔を見合わせたあと、ゆっくりと頷いた。


「とは言うものの……こんな状況じゃ南がどっちかなんて分からないぞ?」


健太が辺りを見回しながら言う。森は暗く、方向感覚など完全に失われていた。


「そうだな」


裕二も頷く。


「ここは朝まで待って、陽が昇ってから動いた方がいい」


「えぇ~……こんなところで野宿するの?」


舞姫が不安そうに声を上げる。

だが裕二は淡々と答えた。


「何も見えない夜の森を彷徨うか?」


その一言で、舞姫はそれ以上何も言えなくなる。唇を噛み、俯いて黙り込んだ。

重たい空気が流れ始めた、その時だった。


「とりあえず、なんか食おうぜ」


健太がわざと明るい声で言う。


「腹減ってたら余計に頭回らねぇしさ」


その言葉は、微妙になりかけた空気を払うには十分だった。


「……そうだな」


裕二も頷く。

それぞれが荷物から固形携帯食を取り出す。味気ない栄養食の塊を口に運びながら、四人は無言で咀嚼する。

夜の森は相変わらず静かだった。だが、その静けさの中に潜む不安を、誰も言葉にはしなかった。

ご意見、ご感想等お待ちしております。

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