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Eden’s Gate Guardian's ‐エデンの守護者-  作者: Red/春日玲音


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第四話 検証

クマの足音が完全に聞こえなくなってからも、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。森の中には、さっきまでの騒ぎが嘘のように静けさが戻っている。風に揺れる枝の音と、自分の荒い呼吸だけがやけに大きく感じられた。


胸はまだ激しく上下している。心臓も、暴れるみたいに鳴り続けていた。


けれど時間が経つにつれて、少しずつ実感が追いついてくる。


クマは戻ってこない。


あの巨大な影も、低いうなり声も、もうどこにもない。


私はゆっくりと森の奥を見つめ、それから力が抜けたように大きく息を吐いた。


「……助かった」


声に出してみて、ようやく現実になった気がした。


その途端、足の力が抜けそうになり、慌てて近くの木に手をつく。膝が笑っている。今さらになって、全身の震えが止まらなくなってきた。


しばらくそのまま立っていたが、ふと鼻を突く臭いに顔をしかめた。


「……うわ」


忘れかけていたが、足元ではまだ黒い煙が細く立ちのぼり、あのとんでもない悪臭を放ち続けている。さっきクマを追い払った原因そのものだ。


私は顔をしかめながらそっと近づき、地面に落ちている黒い塊を覗き込んだ。爆弾の失敗作だったはずのそれは、さっきより少し縮んだようにも見えるが、見た目は相変わらずただの焦げた塊だ。


ただし、臭いだけは凶悪だった。


「これ……どうしよう」


このまま放っておくのも嫌だし、かといって触るのもためらわれる。けれど、少し考えたあと、私は意を決してポーチを開いた。


そっとつまみ上げる。


瞬間、鼻に突き刺さる臭いが一段と強くなり、思わず顔をしかめた。


「うっ……」


涙目になりながら、そのまま急いでポーチの中へ放り込む。


すると、不思議なことが起きた。


さっきまで周囲に広がっていた悪臭が、急に弱くなったのだ。


完全に消えたわけではないが、あれほど強烈だった臭いが、まるで布を一枚挟んだみたいに遠くなる。


「……あれ?」


私はポーチの口を覗き込む。


中には、さっきの黒い塊が確かに入っている。けれど、外に漂っていた臭いは、ほとんど感じられない。


ポーチを軽く振ってみても、やっぱり臭いは外に漏れてこなかった。


「……便利すぎない?」


思わずそんな言葉が口からこぼれる。


ゲームのインベントリみたいだ、とふと思った。現実なら絶対にこんなことは起きない。けれど、この世界ではどうやら普通に起きるらしい。


私はポーチの口を閉じると、もう一度だけ森の奥を振り返った。


クマが戻ってくる様子はない。


とはいえ、同じ場所にずっといるのも落ち着かなかった。私は大きく息を吸って気持ちを落ち着けると、今度はゆっくりと森の中を歩き出す。


さっきまで全力で逃げていたせいで、足がまだ少しふらつく。それでも、木々の間を慎重に進んでいくと、やがて地面の傾きがゆるやかに下り始めた。


そのまましばらく歩くと、遠くからさらさらとした音が聞こえてくる。


水の音だった。


枝をかき分けて進むと、視界が少しだけ開ける。


そこには、小さな川が流れていた。


透き通った水が石の間を縫うように流れ、太陽の光を反射してきらきらと光っている。森の中にぽっかりと空いた空間は、さっきまでの緊張が嘘みたいに穏やかな景色だった。


私は川の近くまで歩き、近くの石に腰を下ろす。


「はぁ……」


長い息が、自然とこぼれた。


両手で水をすくって顔にかけると、ひんやりとした冷たさが火照った肌に気持ちいい。ついでに喉も乾いていたので、少しだけ水を飲む。冷たい水が喉を通り、ようやく頭の中の熱が落ち着いていく。


しばらくそうして休んでいると、さっきまでの出来事がゆっくりと思い返されてきた。


クマ。


爆弾。


ダイス。


そして——調合。


私は川の流れをぼんやりと眺めながら、さっき見た半透明のウィンドウを思い出す。


あれは間違いなく、スキルだった。


『簡易調合』。


素材を使ってアイテムを作る能力。そして、成功か失敗かを決めるダイス。


私は少し姿勢を正す。


「……ちょっと、整理しよう」


さっきは命がかかっていたから、とにかく押すしかなかった。けれど、落ち着いて考えてみれば、あの仕組みはちゃんと検証できるかもしれない。


ダイスは二つ。


赤と白の十面ダイス。


赤が十の位で、白が一の位。


成功条件は三十以上。


そこまで思い出したところで、私はポーチに手を入れる。中には、さっき回収した臭い塊と、まだいくつかの素材が残っているはずだった。


もしこのスキルが本当に使えるものなら——


きちんと仕組みを理解しておかないと、この先また同じ状況になったときに困る。


私は深く息を吸い、頭の中でさっきのウィンドウを思い浮かべながら、小さく呟いた。


「……とりあえず、もう一回やってみようかな」


川の流れをしばらく眺めているうちに、ようやく頭の中のざわつきが落ち着いてきた。

さっきまで命の危機に直面していたとは思えないほど、ここは静かだった。

水が石に当たってさらさらと流れる音だけが、森の中に穏やかに響いている。


私は膝の上に肘をつきながら、小さく息を吐いた。


「……さて」


助かったのはいい。けれど、さっきの出来事をそのままにしておくわけにはいかなかった。

あのクマから逃げ延びたのは、間違いなくあのスキルのおかげだ。

そして、あのダイスの仕組みを理解していないままだと、次に同じことが起きたときにどうにもならない。


私は姿勢を少し正すと、頭の中でさっきの半透明のウィンドウを思い浮かべる。


『スキル:簡易調合』


その文字を意識すると、すぐに視界の端にあのウィンドウが浮かび上がった。

やっぱり気のせいではなかったらしい。素材の一覧と、作成可能なアイテムが並んでいる。


私はまず、作成可能なアイテムの一覧を眺めた。

けれど、そこに表示されている項目は、さっき見たときよりもずっと少なかった。というより——


「……あれ?」


何もない。


正確には、ほとんどの項目が表示されていない。さっき爆弾を作ったときに見えていたアイテムも、今はリストに存在していなかった。

私は首をかしげながらポーチの中身を確認する。

残っている素材は、食材以外は、さっき回収したあの黒い塊と、いくつかの見慣れない素材だけだ。

どうやら爆弾の材料は、あのとき全部使い切ってしまったらしい。


「つまり……材料がないと何も作れない、と」


まあ、それは当然かもしれない。

私は立ち上がると、川のほうへ歩いていき、手を伸ばして水をすくった。

冷たい水が指の間からこぼれ落ちるのを見ながら、ふと思いつく。


「……水って、素材にならないのかな」


そう思いながらポーチを開き、水を汲むようなイメージをしてみる。

すると、思った通り、ウィンドウの素材一覧の中に新しい項目が追加された。


『水』


「おお……」


思わず小さく声が漏れる。

どうやら川の水も、ちゃんと素材として扱われるらしい。

私はそのまま川辺を見回し、近くに生えている草を適当に数本引き抜いた。

細長い葉の草や、小さな丸い葉の草など、種類もよく分からないままいくつか採集してみる。


それらをポーチに入れると、ウィンドウの表示が変わった。

作成可能なアイテムの欄に、新しい項目がいくつか追加されていた。


「……あ」


私は思わず身を乗り出す。

そこに表示されていたのは、


『劣化ポーション』

『中和剤』

『解毒薬』


という三つの名前だった。


「なるほど」


思わず納得の声が漏れる。

どうやら、さっき適当に摘んだ草は薬草の一種だったらしい。

見た目はただの雑草にしか見えないけれど、少なくともこのスキルの判定では「薬効あり」と認識されているようだ。


私は改めて草を見比べながら、小さく頷く。


「たぶん、種類の違いかな」


葉の形も微妙に違うし、匂いも少しだけ違う。

おそらくその組み合わせで、ポーションになったり解毒薬になったりするのだろう。

『鑑定』そのスキルを使ってみると、それぞれ『回復効果』『解毒効果』『薬効』などの効果が付与されている。因みに「素材ランク」というのもあり、D~Gランクとばらついていた。


私は川の水をもう一度眺めながら、ぽつりと呟く。


「『水』と『薬草?』で『薬』ができるのね」


そこまで分かると、逆に色々試してみたくなってくる。


「じゃぁ……」


私はその場で立ち上がり、周囲を見回した。川辺には石が転がっているし、少し離れた場所には折れた枝や落ち葉もたくさんある。試しに近くの石をいくつか拾い、さらに乾いた木の枝を折ってポーチに入れてみた。


ついでに、木の根元に生えていた小さなキノコも目に入る。少し迷ったが、とりあえずそれも採ってポーチの中に入れてみた。

すると、すぐにウィンドウの表示が変化する。

作成可能なアイテムのリストが、一気に増えていた。


私は思わず目を見開く。

そこに並んでいたのは……、


毒薬

石斧

石のナイフ

石の槍

木の矢

石の矢


さっきまでとは明らかに種類が違う。

今度は薬だけじゃなく、武器らしきものまで表示されていた。


「……へぇ」


私は少し感心しながら、そのリストを眺める。


どうやら素材の組み合わせによって、作れるものの種類が大きく変わるらしい。

石と木があれば武器、薬草と水があれば薬。そういう仕組みなのだろう。


ただ——一つだけ、気になることがあった。


リストの中で、実際に選択できそうなのは毒薬だけだった。他の項目はすべて文字が薄く、グレー表示になっている。

試しに指で触れてみても、反応はない。


「……あれ?」


私は眉をひそめる。


石斧も、石のナイフも、石の槍も、名前は表示されているのに選択ができない。まるで条件を満たしていないアイテムみたいだった。


素材は、たぶん足りているはずだ。石もあるし、木の枝もある。

それなのに、作れない。

私は腕を組みながら、ウィンドウをじっと見つめた。


「うーん……」


どういう仕組みなんだろう。

素材以外にも、何か条件があるのかもしれない。

スキルレベルなのか、知識なのか、それとも別の何かか。


しばらく考えてみたが、今のところは答えが出そうになかった。

私は小さく首をかしげながら、もう一度リストを見直す。

その中で、唯一選択できそうな項目——毒薬の文字が、静かに光っていた。


「……うーん、どういうことなんだろうね?」


私は川辺の石に座ったまま、しばらくウィンドウを眺めていたが、結局のところ一番手っ取り早いのは試してみることだろうと思い直した。考えているだけでは仕組みは分からない。素材はそれなりに集まっているし、危険な状況でもない今のうちに検証しておいたほうがいい。


そう思い、まずは一番簡単そうな劣化ポーションを選択してみる。


ウィンドウに触れた瞬間、さっきと同じように空中に二つのダイスが現れた。ただし今度のダイスは、爆弾を作ろうとしたときとは少し違っている。色はどちらも白で、特に区別はないようだった。


「……あれ?」


私は小さく首をかしげる。

赤と白ではない。白いダイスが二つだ。

ダイスはくるくると回転しながらゆっくり落ち、やがて地面に触れて転がった。

止まった数字を確認すると、三と四で合計は七。ウィンドウの表示が一瞬だけ光り、ポーチの中に小さな瓶が現れる。


劣化ポーション


どうやら成功らしい。


「なるほど……」


私はそのまま、同じ調合を何度か繰り返してみる。素材の草はまだ周囲にいくらでも生えているし、水も川から汲めばいい。草を摘み、水を汲み、調合をする。ダイスが転がり、成功したり、たまに失敗したりする。


そんな作業を何度か繰り返しているうちに、だんだんと分かってくることがあった。


まず、調合に使われるダイスは基本的に十面ダイス二個らしい。ただし、さっきの爆弾のときとは違い、今のダイスはどちらも同じ扱いで、単純に合計値が判定に使われているようだった。


つまり、普通の足し算だ。


そして成功条件は、作るものによって違う。


ポーション系のものはだいたい四から六以上くらいが多い。実際に何度か振ってみた体感だと、成功率は七割くらいだろうか。たまに失敗はするが、そこまで厳しい判定ではない。


「まあ……このくらいなら、普通に使えるかな」


私はそう呟きながら、次に中和剤や解毒薬も作ってみる。どれも似たような成功率で、ダイスの結果が条件を超えれば問題なく完成する。


ただ、同じ調合を何度も繰り返しているうちに、少し変化が起きていることに気づいた。

最初のころより、成功する回数が明らかに増えているのだ。


「……あれ?」


私は首をかしげながら、もう一度ポーションの調合を試す。

ダイスが転がり、結果は二と二で四……成功。


もう一度。……一と二で三……失敗?……と思ったが、ウィンドウは普通に成功を表示した。


「え?」


私は思わずダイスを見直す。

最初のころは、五以上くらいが成功だったはずだ。それなのに、今は三でも成功している。

何度か続けて試してみると、どうやら成功条件が少しずつ下がっているようだった。

つまり、同じ調合を繰り返すほど、成功率が上がっている。


「……レベル?」


そんな言葉が頭に浮かぶ。

ゲームみたいだ、と思ったが、そういえば、「体験型」のTRPGのテスターに参加しているのだったと思いだす。つまり、これはゲーム……の割には、さっきの熊、命の危険を感じたんだけどね。


さらにしばらく調合を繰り返していると、別の変化も起きた。

ウィンドウのリストの中で、さっきまでグレー表示だったアイテムの一部が、普通の文字に変わっていたのだ。


「……あ」


私は思わず身を乗り出す。

その中にあったのは、


木の矢

石の矢


という二つのアイテムだった。


試しに選択してみると、今度はちゃんと反応する。素材としては木の枝や石を少し使うだけらしく、条件もそれほど高くない。

ダイスが転がり、合計値が成功条件の十二を超えると、ポーチの中に矢が一本追加される。


「作れるようになってる……」


どうやら、調合を繰り返すことでスキルのレベルのようなものが上がり、作れるアイテムが増えるらしい。逆に言えば、素材があってもレベルが足りなければ作れない、ということでもある。

私は川辺にしゃがみ込みながら、小さく頷いた。


「だいたい分かってきたかも」


そう呟きながら、頭の中でこれまでの検証結果を整理していく。


まず一つ。


素材があれば調合はできる。

ただし、それだけでは足りない。

作るものによって、ダイスの成功値が違う。

簡単なものほど成功条件は低く、難しいものほど高くなる。


そして——


同じ調合を繰り返すと成功率が上がる。

おそらくスキルの熟練度のようなものが存在しているのだろう。さっきまで七割くらいだった成功率が、今ではかなり安定している。

最初に作ったポーションに関しては、もうほとんど失敗しなくなっていた。


「今だと……」


私は試しにもう一度ポーションを調合してみる。

ダイスが転がる。


結果は——二と三。合計五。


もちろん成功。

もしこれが一と一だったとしても、おそらく成功しただろう。今の成功条件はかなり下がっている。


「……もうファンブル以外は成功って感じかな」


そう呟いたところで、ふとダイスのことを思い出す。

実は何度も振っているうちに、少し気になる結果もあったのだ。

十面ダイスは0から9までの数字が出る。つまり最大値は九だ。

普通に考えれば、九と九が一番いい結果になりそうなものだが——実際には違っていた。


一度だけ、9と9が出たことがある。

そのときウィンドウに表示されたのは、成功ではなかった。


『ファンブル』


という文字だった。

素材はきれいさっぱり消え、しかも調合は完全な失敗扱いになった。

逆に、もう一つの特殊な結果もある。


それは——0と0。

そのときはウィンドウが強く光り、


『クリティカル』


という表示が出た。


完成したポーションの質も、明らかに普通より良かった。

私は川の流れを眺めながら、小さく息を吐いた。


「まとめると……」


私は指を折りながら、静かに呟く。


素材があれば調合はできる。

作るものによって成功値は違う。

同じ調合を繰り返すと成功率が上がる。

レベルが足りないと、素材があっても作れない。

素材のランクによって、完成品の質や種類が変わる。


そして最後に——


「九と九はファンブル。ゼロとゼロはクリティカル……ね」


川の水は相変わらず静かに流れている。

けれど私は、その流れを眺めながら、少しだけ口角を上げた。


「……これ、思ってたより面白いかも」


元々、この手の作業が好きで、生産系をやっていたのだ。


私は時間を忘れ、手当たり次第に素材を集めては、調合を繰り返すのだった。

ご意見、ご感想等お待ちしております。

良ければブクマ、評価などしていただければ、モチベに繋がりますのでぜひお願いします。

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