第二話 体験型??
「ギリギリだな」
部屋に入った瞬間、メガネの男が少し神経質そうに言った。
「ご……ごめん……なさい……」
とりあえず謝る。
……いや、間に合ってるじゃん。
何その言い方。
この陰険メガネ。
もちろん口には出さない。
私は分別のある大人だから。
「まぁまぁ、いいじゃないのよぉ」
甘ったるい声が場を和ませる。
「間に合ったんだから問題ないでしょ?」
そう言ってメガネをたしなめたのは、確か……嬉野さん。
「それより、みんな集まったんだから始めようぜ!」
筋肉が言う。声もテンションも無駄にデカい。
「始めようって……GMがいないよ?」
気弱そうな少年が周囲を見回す。
確かに……この部屋には五人しかいない。
「……そうだな」
メガネが腕を組む。
「GMが来るまで、とりあえず自己紹介でもしよう。キャラメイキングは終わっているんだろう?ステータスやスキルも開示して——」
「ちょっと待て」
筋肉が口を挟む。
「ステータスとかスキルってさ、生命線だろ?ここで簡単に見せるもんじゃないと思うぜ」
……ほう。
脳筋かと思ったけど、ちゃんと考えているらしい。
少しだけ見直した。
「ふむ……まぁ、それもそうだな」
メガネがうなずく。
「だが、職業くらいは共有しておいた方がいい。流れからすれば、僕たちはパーティを組むことになるだろう。その時にジョブを知らないのは危険だ」
筋肉も「それはそうだな」と同意した。
「では、言い出した僕からいこう」
メガネが姿勢を正す。
「黒野裕二だ。ジョブは弓使い。後衛だが火力はあるし、状況判断もできる。パーティの指揮は任せてくれて構わない」
そう言って軽く微笑む。
……なるほど。
最初にリーダー宣言とは、中々やるね。
「次は俺だな」
筋肉が胸を叩く。
「館日部健太。大楯使いだ!」
どん、と床が鳴る。
「考えるのは任せるが、みんなは俺の筋肉が守る!」
力こぶポーズ。
……うん。やっぱり脳筋だ。
「じゃ、次はボクかな」
気弱そうな少年が手を挙げる。
「上条蓮夜。ジョブは剣士」
少し困った顔をする。
「リーダーは……ボクに言われても困るから……任せます」
あっさり裕二を認めた。
「じゃあ次はわたしかなぁ?」
嬉野さんが手を合わせる。
「嬉野舞姫よぉ。ジョブは癒し手」
にこっと笑う。
「回復は任せて。でも戦えないから守ってねぇ?」
声も仕草も甘い。
男子三人の空気が一瞬で柔らかくなる。
……あぁ。これ知ってる。オタサーの姫ってやつ。
私は一人で納得して小さくうなずいた。
「ふむ」
裕二が状況を整理する。
「盾役、前衛、後衛、回復。バランスは悪くない」
そして私を見る。
「君が魔法使いなら完璧なんだがな?」
視線が集まる。
う……人の視線、苦手。
「わ、私……?」
喉が少し詰まる。
「天塚……静香……」
言葉が途切れる。
「ジョブは……調合師……」
部屋が静かになった。
全員の表情が止まる。
「……なんで生産職?」
蓮夜がぽつりと言う。
「足手まといだぜ」
健太が言う。
悪気ゼロの顔で。
……いや普通さ、本人の前で言う?まぁ、言いたいことはわかるけどね。
でも、生産職だからって戦えないわけじゃない。そりゃぁ、戦闘職より弱いのは事実だけど。
私だって悩んだよ?普通なら戦闘職。せめて支援、それが正解。
でも——
USOでの私のジョブはアルケミスト。
バリバリの生産職。スキルも全部生産特化。
今さら別のことをやれって言われても、無理。
「職業は自由だが……」
裕二が小さく言う。
「何を考えているんだ?完全に場違いだろ」
胸がチクッとする。
「生産職……ば、馬鹿に……しないで……」
「いや、馬鹿にしてるわけじゃない」
健太が肩をすくめる。
「でも足手まといは足手まといだろ?せめて邪魔はしないでくれよ」
……いるんだよね、こういう人。
昔みたいに一アカウントで何キャラも作れた時代じゃない。
今は一人一キャラ。
となると、生産職……特に上級生産者は、攻略に必要不可欠。
それなのに、NPCと同じ扱い。
TRPGなら、なおさら協力が大事なのに。
空気が悪くなる。
部屋の温度が下がった気がした。
その時だった。
館内放送が流れる。
『お待たせしました』
『ただいまからセッションを開始します』
健太と裕二が姿勢を正す。
私も小さく深呼吸した。
そして思う。
……協力プレイ……できる気がしないよぉ。
◇
館内放送では、長々と世界観の説明が続いていた。
正直、ちょっと長い。
でも不思議なことに、部屋の中で質問を口にすると、ちゃんと返事が返ってくる。
どこかにマイクでもあるのだろうか。
少なくとも、録音を流しているだけではないらしい。
そして説明が一通り終わったころ——
『では、あなた方への第二のミッションです』
少し間があった。
『森を抜けて、街を目指してください』
そこで放送は途切れた。
「どういうことだ?」
健太が眉をひそめる。
でも、その問いに答えられる人はいない。
次の瞬間だった。
ぐらり、と視界が揺れた。
立ちくらみのような感覚。
そして——
気づけば、森の中だった。
「は?」
誰かが間の抜けた声を出す。
当然、全員パニックになった。
しばらくしてようやく落ち着き、私たちは一つの結論にたどり着く。
とりあえず、森を抜けるしかない。
隊列は裕二が決めた。
先頭が健太。
その後ろに裕二と舞姫。
少し離れて蓮夜。
そして最後尾が——私。
普通なら、戦えない私と舞姫は真ん中。でも、どうやら私は戦力外扱いらしい。
……まぁいいけど。むしろ好都合。
最後尾なら、全員を観察できる。
私はこっそりスキルを使った。
「鑑定」
視界の前に、半透明のダイスが二つ現れる。
ころり、と転がる。
一定以上なら成功。
目の前にステータスが表示される。
……いや。待って。
これ、どう考えても現実じゃないよね?
体験型って、こういうこと?
私は歩きながら、順番にみんなのステータスを確認していく。
バランスは悪くない、そう思った瞬間。
ふらっ。
視界が揺れた。
……やば。スキル使いすぎた。
「おい!」
倒れそうになった私を、蓮夜が支えた。
「大丈夫!?」
「だ、大丈夫……ちょっと……」
「休憩しよう!」
蓮夜が叫ぶ。
「天塚が倒れそうだ!」
みんなが集まってくる。
「情けねぇなぁ」
健太が笑う。
「筋肉が泣いてるぞ!」
「ここで休憩すると予定が狂うのだが」
裕二が腕時計を見る。
「もう、二人ともひどいよぉ」
舞姫が口を尖らせる。
「せっかくだしご飯にしよ?」
「……まぁ舞姫がそう言うなら」
裕二が折れた。
「仕方ねぇな」
健太も座り込む。
……ちょろい。二人とも完全に舞姫に弱い。というか、さすがはオタサーの姫というべきか?
みんなはその場に座ると、携帯食料を取り出して食べ始める。
固形バー。水。……それだけ。
「食事……それだけ……?」
私は木にもたれながら聞いた。
「十分だろ?」
健太が答える。
「プロテインがあれば完璧だがな」
筋肉脳。
「わ、私……作るよ?」
私はポーチに手を入れる。
その瞬間、裕二が鼻で笑った。
「そんな大荷物、持ってきたのか?無駄だったな」
「む、無駄……じゃ……ない……」
「無駄だよ」
即答だった。
「今から作ってどれくらいかかる?」
「……30分……ぐらい……」
頭の中でメニューを組み立てながら答える。
すると裕二は肩をすくめた。
「ほら無駄だ」
固形バーをかじる。
「僕の計算では、この森は日暮れ前に抜けられる。休憩は三回。各十分。それ以上は時間の無駄だ」
そして言った。
「どうせ街で食事できる」
……普通なら。裕二の言うことが正しい。
でも。なんか引っかかる。
だって——部屋に置いてあった装備。
テント。
調理道具。
大量の食材。
まるで。「数日、森で生活します」っていう装備だった。
……嫌な予感。
私はポーチを指さす。
「マジック……ポーチ……」
持ってこなかったの?
「ぁん?」
健太が言う。
「そんな女みたいなもん持つかよ」
裕二も蓮夜も同じらしい。
私は舞姫を見る。
「それダサくない?」
と言われた。
……。
確かに可愛くはない。
でも。
見た目以上に入る魔法ポーチだよ?
私だけ?持ってきたの?
……これ……かなりまずくない?
すごく嫌な予感がする。
少し休むと、めまいは収まった。
再び歩き始める。
しばらくして、健太が退屈そうに言った。
「なぁ。TRPGって部屋でやるもんじゃねぇの?」
「だよねぇ、テーブルトークって言うくらいだし」
舞姫が笑う。
「リアルさ重視の新ジャンルとか?」
裕二が言う。
確かに。森を歩くのはそれっぽい。
「本当に冒険してる感じだよね」
蓮夜が笑う。
「でもそれだとテーブルの意味なくない?」
「体験の“T”じゃね?どうせならモンスターとか——」
止まれ。
健太が突然叫んだ。
前方に巨大な影。
「……クマ」
誰かがつぶやいた。
「おいおいおいマジかよ」
健太の声が震える。
「声でかい!」
蓮夜が慌てて止める。
「動くな」
裕二が低く言う。
「目を合わせるな」
私たちは木陰に身を隠す。
巨大なクマが倒木の周りを嗅いでいる。
近い。めちゃくちゃ近い。
「どうするの……」
舞姫が震える。
「今動いたら終わりだ」
裕二が言う。
「風下だ。匂いは届いてない」
クマが顔を上げた。
こっちを見る。
「やば……」
蓮夜が息を飲む。
数秒。
永遠みたいに長い時間。
そして……クマは興味を失ったように森の奥へ消えた。
「……行った?」
健太が言う。
「たぶん。……今のうちに下がるぞ」
私たちは静かに後退する。
「マジで死ぬかと思った」
健太が座り込む。
「リアルすぎるよ」
蓮夜も笑う。
「フラグ立てるからだ」
裕二が言う。
三人の間に笑いが生まれる。
その時。
「ひっ……きゃぁぁぁぁ!」
舞姫の悲鳴。
振り向くと。巨大な芋虫。
……20センチ。普通に無理。
「走れ!」
裕二が叫ぶ。
え?
次の瞬間。
ぐぉぉぉぉぉ!!
さっきのクマが戻ってきた。
私たちは全力で走る。
そして、突然の横から衝撃。
「えっ」
舞姫に突き飛ばされた。
地面に転ぶ。
痛い。
起き上がる前に、みんなが走り去っていく。
「天塚さん!」
蓮夜が振り返る。
助けてくれる——
そう思った。
遠くから裕二の声。
「囮にちょうどいい!」
蓮夜が一瞬だけ止まる。……そして。走り去った。
……そっか。
私は小さくうなずく。
人間だもんね。
自分が一番大事。
でも……それでも……。
「見捨てられちゃったかぁ……」
クマの足音が近づいてきた。




