第十話 静香の選択
あなたは岐路に立たされています。現在、仲間とはぐれたあなたが取るべき行動は三つ。
・はぐれた仲間を見つけるため、アテもなく森の中を彷徨う。
・このまま南に進み、当初の目的だった街へ向かう。
・助けが来るのを信じて、この場で待機。
ほかに取りたい行動があれば申告してください。
ポーンというシグナル音とともに聞こえてきた謎の声。
「もといたペンションに戻るというのは?」
申告しろと言われたので、私は思いついたことをそのまま口に出してみた。
しかし返ってきたのは、淡々とした声だった。
『無理です。あなた達はすでにエデンズガーデンに居ます。元の世界に帰るにはすべてのミッションをクリアする必要があります』
……あ、うん。
そういう設定なのね。
妙に納得しながら、私は別の質問をしてみる。
「町までどれくらいかかるの?」
けれど返事はない。
その後もいくつか思いつくままに質問を投げてみたが、どれにも答えは返ってこなかった。どうやら最初に提示された三択以外については、説明してくれる気はないらしい。
「まぁ、三択と言っても、実質は、街へ行くの一択なんだよね」
私は小さく呟いた。
声に出して考えるのは、一人で過ごすことの多い私の癖だ。
独り言なら流暢に話せるのに、いざ人を目の前にすると声が出なくなる。
どうにかしたいとは思っているけれど、もしどうにか出来る性格なら、そもそも今までボッチなんてやっていない。
そんな自嘲めいた思考を脇に置きながら、私は改めて提示された三つの選択肢を頭の中で並べ直した。
まず、助けを待つというのは論外だ。
私を囮にして逃げたアイツらが、わざわざ戻ってきて助けてくれるなんて思えない。
同じ理由で、仲間を探して森を彷徨うというのも却下だ。
彼らのために命を張る義理なんて、私にはない。
となれば残るのは、南に進んで街へ向かうという選択だけ。
そう決めたはいいのだけれど――
「……南ってどっちよ?」
空を見上げても、月も星も見えない。
周囲は深い闇に包まれていて、わずかに辺りが見えるのは、ところどころに生えている苔がぼんやりと光を放っているからだった。
私はその苔に向かって「鑑識」を発動する。
『ヒカリゴケ
日中の光を蓄えて夜に発光する。その光に誘われてきた虫を捕食する。
また大型の獣はこの光を嫌い近づかないため、ヒカリゴケの生息地は比較的安全に野営ができると言われている。
毒性あり、食に不適』
なるほどねぇ。
表示された説明を眺めながら、私は妙なところに感心していた。
……日本にも、こんな不思議な植物があるんだなぁ、なんて……いやいや、ないでしょ?ってことはここはゲーム世界?異世界?……どっちでも同じかなぁ。
とはいえ、ここが比較的安全に野営できる場所だというのはありがたい情報だった。
私は少しだけ周囲を見回してから、小さく頷く。
「よし。どうせ真っ暗で歩けるわけじゃないしね」
そう決めると、比較的地面が平らな場所を選んでテントを張る。
テントを張りながら、ろくな道具を持ち出さなかったという彼らのことをふと思い出す。
裕二は、陽が暮れる前には街につくとか言ってたけど……。
もし、まだ森の中にいるとしたら、夜はどうするんだろうね?
なんてことを思う。
男の子たちは外で寝るのは構わないとしても、あの舞姫さんは嫌がるんじゃないだろうか?
「まぁ、今更関係ないよね」
余計な思考を振り払い、テントから少し離れた場所に石を組んで簡単なかまどを作り、周囲に落ちている枝を拾い集めて火を起こす。
火は、マジックポーチの中に入っていた、妙な形のチャッ〇マ〇を使ったら、驚くほど簡単に着いた。
かまどの上に鍋を置き、水を入れる。
「うーん、水は少し大事に使わないといけないかなぁ。」
ポーチの中に入っていたポリタンクに、川で汲んだ水を入れてきたけど、ポリタンクは2リットルサイズが3つ。
川から離れたら、次はいつ補充できるかわからない。とりあえず朝になったら、使った分を補充しようと考えながら、湯が沸くまでのあいだに、持ってきた野菜をざくざくと大きめに切り、ぐらぐらと沸き始めた鍋の中へ次々と放り込んでいく。
そこで私は、ふと手を止めた。
「あ~……そう言えば調味料も出汁もなかったっけ?」
煮込み始めてから、その事実に気づいたのだ。
こんなことなら、焼き料理にしておけばよかった。
肌寒い夜の森の中で、温かいスープが飲みたいと思ったのが間違いだったらしい。
「ん~……あ、そうだ」
私はマジックポーチから、自分の私物が入った旅行鞄を取り出す。
もともとTRPGの集まりが終わったあと、近くを少し観光する予定だったのだ。
私は旅行に行くとき、必ずパックご飯と調味料を持ち歩く癖がある。
というのも、これまでの経験上、なぜか妙なトラブルに巻き込まれることが多いからだ。
この前なんて、ゲリラ豪雨のせいで新幹線が止まり、車内に十六時間も閉じ込められたことがある。
そんなとき、持っていたパックご飯に塩を振っておにぎりにして食べたのだけれど……周りの視線が、ものすごく痛かった。
とはいえ、コミュ障の私が見知らぬ人に声をかけて食べ物を分けるなんて、ハードルが高すぎる。
だから、独り占めしているように見えても仕方ないのだ。
そんなことが何度もあった結果、私はいつもご飯と調味料、それから水を少し多めに持ち歩くようになった。今回はプチ旅行のつもりだったので鞄の空きも多く、その分だけ余計に詰め込んでいたのが幸いした。
もっとも、無限にあるわけではない。
私はお味噌をほんの少しだけ鍋に入れると、袋を丁寧にしまった。
「まぁ、これだけでもないよりはマシでしょ」
その代わり、時間をかけてじっくりと煮込む。
そうして出来上がった「味噌風味の野菜のごった煮」は、思っていたよりずっと美味しく感じられた。
少し量が多かったけれど、残った分は朝食にすればいい。
手持ちの食材は、切り詰めれば1週間は食べていける。森の中でなにか見つければ、その分日持ちするだろう。
お水は……まぁ、ある分がなくなる前に、川を見つけるなり、街にたどり着くなりすればいいか。
そう考えて、私は火を見つめながらゆっくりと食事を終えた。
そして翌日。
テントや道具を片付けた私は、南を目指して歩き始めた――はずだったのだけれど。
そのとき、私はうっかり忘れていた。
自分のとても重要な特技のことを。
私の特技。
それは――方向音痴である。
いつでもどこでも、気づけば知らない道を歩いている。
我ながら筋金入りの方向音痴だ。
とはいえ、ひたすら迷うくせに、なぜか最後には目的地へたどり着いていることが多い。
だから今まで、あまり深く気にしたことはなかったのだけれど。
……その結果が、これである。
南へ向かって歩いていたはずなのに、気づけば私は森のさらに奥深くを彷徨っていた。
つまり私の「街へ向かう」という一択は、結局のところ――
「森の中を彷徨う」
という選択肢と、何ひとつ変わらなかったのである。
……うん。
まぁ、今さらだよね。




