第一話 TRPGの集い
そのとき私は、本気で思った。
——体験型って、そういう意味じゃないよね?
目の前に広がっているのは、どう考えても文明とは仲良くしていない景色だった。
見渡す限りの木。木。木。
地面は落ち葉と湿った土で、靴の裏が少し沈む。空気はひんやりしていて、吸い込むと鼻の奥に森の匂いが広がる。
つまり、どう見ても山である。
そして私はそのど真ん中に立っていた。
「……いやいやいや」
思わず声が出た。
だって普通おかしいでしょう。ついさっきまで、私はちゃんと人間社会の中にいたはずなのだ。Wi-Fiもあったし、自販機もあったし、なによりアスファルトがあった。
なのに気がついたら森。
どういうワープなの。
ゲームでももう少し説明あるよ。
とりあえずポケットからスマホを取り出す。現代人の希望の光。文明の象徴。お願い、電波一本でもいいから入って。
画面を見る。
圏外。
「だよねぇ……」
うすうす気づいてはいた。ここまで見事な山奥でアンテナ立ってたら逆に怖い。
私は小さくため息をつきながら、数分前の出来事を思い出していた。
そもそもの原因は、あのメールだ。
『TRPGのテスター募集』
普段ならスルーしていたと思う。だって私はコミュ障だ。自慢じゃないけどかなり筋金入りのやつで、MMORPGをやっていても基本ソロ。フレンド欄は一桁。会話ログはイベント連絡がほとんど。つまり、必要最低限の社会性で生きている。
そんな私のところに来た不思議なメール。
送信者は運営の一人を名乗るエルフィーネさん。通称エルさん。
曰く、テストプレイヤー選ばれました!という事らしい。
普通に考えれば怪しい。むしろ怪しいしかない。
でも私は少しだけ興味を持ってしまった。
TRPG。名前は知っているけれど、やったことはないゲーム。
だって、私コミュ障だよ?
お店で、店員さんに声をかけられたら逃げ出すタイプだよ?
それなのに、GMがいて、みんなでワイワイとロールプレイするなんてm出来るわけないじゃん?
だけど……興味を持ってしまったのだ……そう、コミュ障のくせに。
でも人間って、たまに自分でもよく分からない行動をする生き物なのだ。
結果。
今・・・・・・山。
そして……
「ぐぉぉぉぉぉ……!!!」
クマ……まごうことなき熊……可愛くないリアルなヤツ。
「どうしてこうなったの……」
私は、走りながら、前方の空を見上げた。木の枝の隙間から、薄い光が差し込んでいる。
爽やかでのどかな景色だ。ハイキングだったら最高だったかもしれない。
……クマに追われていなければ。
思い出す。
あのペンションでGMを名乗る謎の声。
『体験型です!』
体験型。
なるほど。
確かに体験してる。
命の危機を。
「いやいやいや、違うでしょ普通」
思わずツッコミが口から漏れる。
TRPGって、普通はテーブル囲むやつじゃないの?サイコロ振るやつじゃないの?どうして山サバイバルが始まっているの?ってか、体験型のTRPGって何よっ!
クマとの距離、五メートルくらい。
近い。
近すぎる。
私が止まると、熊は静かにこちらを見ていた。黒い目がまっすぐ向けられていて、そこには怒りも優しさもない。ただ、そこにいる生き物を観察しているだけみたいな視線だった。
心臓が暴れる。
どくん。
どくん。
どくん。
頭の中の警報が ——逃げろと叫んでいるが……
「無理ーーーー!!」
私は叫んで再び走り出した。
作戦も冷静さも全部吹き飛んだ。ただ本能で足を動かす。枝が腕に当たり、葉が顔にかかる。それでも止まる気にはなれない。
だって後ろに熊がいる。
絶対いる。
振り向かなくても分かる。
でも人間は愚かだ。確認してしまう。
振り向いた。
いた。
追いかけてきてる。
「ちょっと待って待って待って!!」
待ってくれるわけがない。
私は人生で一番速く森を走った。
私は半泣きで全力疾走しながら、心の底から思った。
——TRPGって命懸けのゲームでしたっけ!?
・
・
・
荒い呼吸が喉を焼く。足はもつれ、肺は悲鳴を上げている。
それでも止まれば終わりだということだけはわかる。
だけど——
早さも、体力も、クマに敵うはずがない。
背後から聞こえる重たい足音が、じわじわと距離を詰めてくる。
どうしてこんなことに……。
逃げながら、私はここに至るまでのことを思い返していた。
◇
電車とバスを乗り継ぎ、最寄り駅からさらにバスで一時間。
ようやく辿り着いたのは、山奥の小さな停留所だった。
「……ここで間違いないよね?」
思わずつぶやくと、すぐ近くにいた男性が答えた。
「たぶんな」
同じバスに乗っていた人だ。
年のころは二十代前半くらいだろうか。
メガネのフレームを気取った仕草で持ち上げながら話す感じが、なんとなく気に入らない。
「えっと……あなたも参加者ですか?」
気の弱そうな少年が、ガタイのいい男に声をかけていた。
この肌寒い山の中で、タンクトップ一枚。
筋肉を見せつけるような体格。
……うん、どう見ても脳筋担当だ。
バスの乗客が次々と降りていく中、最後に残ったのは五人。
メガネの男。
脳筋。
気弱そうな少年。
そして——
「あぁ、よかったぁ。女の人がいてくれて」
明るい声が横からかかる。
「私は嬉野舞姫。あなたも参加者よね?」
「天塚静香……です」
答えながら、私は内心でうなだれていた。
やっぱり人と話すのは苦手だ。
「こんなところで立ち話もなんだろ」
メガネの男がそう言うと、さっさと目の前のペンションに入っていった。
仕方なく、私たちも後に続く。
ペンションの中に入ると、玄関に鍵が並べて置かれていた。
人数分。それぞれに名前のプレートが付いている。
どうやら個室の鍵らしい。
玄関の壁には紙が貼られていた。
『お部屋にておくつろぎください』
「一時間後に柊の間に集合って書いてあるな」
メガネの男が確認する。
「とりあえず各自部屋でいいだろ」
そう言うと、自分の鍵を取って二階へ消えていった。
残された私たちは顔を見合わせる。
そしてなんとなく、それぞれの鍵を手に取った。
正直なところ、荷物を置いて一息つきたかったのも事実だ。
部屋に入ると、テーブルの上に一枚のメモが置かれていた。
『ミッション1 キャラメイキングをせよ!
報酬:クラスチェンジ
BP10 SP10』
メモの横にはキャラクターシートとサイコロ。
「なるほどねぇ。もう始まってるってわけか」
TRPGにおいて、キャラクターは自分の分身だ。
これがなければ話は始まらない。
むしろキャラメイキングこそ本番、という人もいるくらいだ。
「とりあえず世界観を確認して……」
集合まで一時間。時間は多くない。
私はルールブックを開いた。
舞台は「エデンズ・ガーデン」。
その中でも最大の大陸、アーガスト。
世界観は王道。
剣と魔法のファンタジーだ。
アーガストには三つの大国がある。
アルフ共和国。
ヘブン王国。
ミッズガルズ帝国。
さらに北には「暗黒地帯」と呼ばれる地域があり、そこには魔王が封印されているという。
魔族たちは今も復活を企んでいるらしい。
……まぁ、よくある設定だ。
問題は——
私たちが何をするのか、まだ知らされていないこと。
なのに先にキャラメイキング。
つまり……一番重要だという事。
この先何があるかもわからない。他のプレイヤーがどうするつもりかも相談できない。
他人をあてにして、自分が出来ることを貫くのか?
逆に、他人がどういう状態でも、サポートできるようにするのか?
そもそも、他人に頼らず、一人で何でもこなすビルドにするのか?
私はジョブ一覧の紙を見る。
一番上には「ノービス」。
最初は全員これらしい。
そこから枝分かれしている。
戦闘職。
生産職。
戦闘職には四つ。
戦士
魔法使い
盗賊
癒し手
さらに戦士は装備によって分岐する。
剣なら剣士。弓なら弓使い。
そしてその先には——
二次職。
ソードマスター。
剣豪。
騎士。
……なるほど。
ここでようやく、報酬の意味がわかった。
クラスチェンジ。
つまり。
まずノービスでキャラを作る。
そのあと職業を決める仕組みだ。
最初から選ばせてくれてもいいと思うけど……。
まぁ、こだわりなんだろう。
時計を見る。
「うぅ、もう二十分も経ってる」
急がないと。
キャラクターシートを見る。
名前欄にはすでに書かれていた。
天塚静香
変更不可。
……本名でやれってこと?
職業欄は空白。
これはクラスチェンジ後だろう。
次にステータス。
HP
MP
STR
INT
DEX
SPD
LUK
そして横には。
1D
2D
TRPGを知らない人には馴染みがないけど、これはサイコロの数だ。
Dはダイス。つまりサイコロ。特に指定がなければ六面ダイスで、横の数字はサイコロの数を表している。
私は試しに振ってみた。
コロコロ——
「4」
まぁ、真ん中だよね。
そう思った瞬間、キャラクターシートのHP欄に数字が浮かび上がった。
40
「嘘っ、もう始まってるの!?」
HPは、1D ×10
つまり、今の4×10で、40。
「うぅ……ズルはできないってことね」
私は覚悟を決めて、サイコロを振り続けた。
ダイスの神様に祈りながら。
高い目出ろ。
高い目出ろ。
そして完成したステータスはこうなった。
HP 40
MP 120
STR 8
INT 10
DEX 12
SPD 9
LUK 12
ATK 10
DEF 6
……悪くない。
六面ダイスにしては、むしろ良い方だ。
そう思った瞬間……館内放送が流れた。
『ミッションクリアおめでとうございます。
成功報酬を付与します。
クラスチェンジが可能です』
テーブルを見る。
職業一覧の紙が光っている。
一次職の部分。
つまり——ここから選べ、ということ。
時計を見ると、集合まで残り十五分。
「急がないと……」
私は一覧を見つめる。
少しだけ悩み、そして、目的の職業に触れた。
光が走る。
キャラクターシートに職業が刻まれる。
同時に解放された。
BPとSPの文字と数字
ステータス強化に振るか、スキル取得をするか……時間が足りない、悩む暇はない。
それでも、私はぎりぎりまで悩み続け、慌てて「柊の間」へ向かうのだった。
TRPGを知っている世代って、どれくらいいるのでしょうか?
今やろうとしても、集まって……というのは中々難しいと思うのですが、逆にスマホとか使ってオンラインでやってるところもあるので、昔よりは敷居が下がったのでしょうかねぇ?
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