家族に届いた知らせ
「おっ?」
「閣下、どうなさいましたか」
「リューリュから伝言鳥がやってきたんだが」
「……へ?」
オフィーリアの父であるジェイドは、王宮にて上級文官として働いている。
娘が筆頭聖女として王太子の婚約者になっているのだから、と『娘の活躍を近くで支えられれば』と思い、王宮での勤務を決意したのだが、国王はなるべく親子を接触させないように必死になっていた。
結果、ジェイドはとんでもなく激務になってしまったことで、領地に帰る時期もまばらとなってしまった始末。
「えーっと、何だって?」
伝言鳥に魔力を注ぎ込めば、空中にとても可愛らしい文字がふわふわと浮き上がってくる。
「……ええ……?」
内容を読んだジェイド、そして彼の補佐官はあんぐりと口を開けた。
「オフィーリア嬢が……」
「筆頭聖女を解任された!?!?!?」
叫んだ二人の元に、どたばたと慌てて複数人の部下がやってくる。
彼らはヴァルティス家から、ジェイドが連れてきた人たちで皆文官資格を持っている。
「ジェイド様、何事ですか!」
あまりにも叫び声が大きかったのだろう、どったんばったんと駆け込んできた面々も、空中にある文字を見てあんぐりと揃って口を開けてしまった。
「お嬢様が……?」
「あれ? でも筆頭聖女を解任された、ってことは王太子殿下の婚約者でもなくなった、ということでは?」
冷静に告げる部下の言葉に『それだ……!』とジェイドはハッとして部下たちと顔を見合わせる。
「……俺、辞めるか、文官職。できるけど嫌いなんだよな」
「もともと領地経営したい、って言ってませんでした? 今って奥様が領地経営してくれてますけど……」
「っていうか、ジェイド様が領地に帰ったら、ここの穴って誰が埋めるんです?」
「知らん。そもそも、ここに来る経緯も陛下は知ってるんだからどうにかするだろ。娘はここにいないんだし、残る理由もないからな」
しれっと言い放ったジェイドは、どことなくスッキリした顔をしている。
だが、ハッと思いだした全員がまたもや顔を見合わせ、ジェイドは慌てて魔力で文字をせっせと書いて、オフィーリアに飛んでいくようにと鳥の形を生成して窓から放った。
「それにしてもリューリュ……俺がここにいる、って忘れてたのかな……オフィーリアも……」
「いやあの、お嬢様って、ジェイド様がここにいること自体覚えてますかね? だいぶ長い間会ってないでしょう?」
「あ」
呟くも、鳥は既にリューリュのところへと飛ばしてしまった。慌ててジェイドは妻であるカトレアへと別の鳥を飛ばした。
「……ひとまず、これで安心だな!」
「安心ですかね?」
「奥様ブチ切れ案件にならん?」
「いや、キレるとは思うけど……別の意味での修羅場になるって、マジで」
こそこそと話している部下たちには気付かず、ジェイドはいそいそと退職に関しての書類の準備を始めている。
行動としては正解なのだが、オフィーリアの行動力のすごさとジェイドの行動がかみ合っていないため、ヴァルティス領に戻った時、ほぼ確定で妻であるカトレアから雷を落とされることになるだろう。
「旦那様と奥様……できることとやれることが真逆なせいで、苦労してるもんなぁ……」
うんうん、と頷いている部下たちは、自分たちもさっさとここから出ていくようにしないと、と揃って決意してからジェイドの部屋から出ていく。
国王の気が付かないところで、まさか官吏が減っていくことになるのだが、彼らが早々に荷物をまとめて退職届を提出するまでに、あと数日――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あらぁ?」
一方その頃、ヴァルティス家。
オフィーリアの実家でもあり、ジェイドが戻って領地経営をしたいとごねているまさにその場所で、カトレアはジェイドからの伝文を読んでいた。
「……あら、まぁ」
最初は可愛らしい声だったけれど、すぐさまドスのきいた低い声へ。
カトレアはゆらりと立ち上がって、使用人を呼びつけるための鈴をちりりん、と鳴らした。
「奥様どうされ…………って、奥様、お怒りをお静めくださいませ!!!!」
「可愛い可愛いオフィーリアちゃんが、筆頭聖女の任を一方的に解かれただなんて、許せるわけないでしょうが!!」
「でも奥様ぁ」
おっとりした口調で、カトレア専属のメイドであるレイシアがはいはい、と手を挙げる。
「何!」
「お嬢様が帰ってくる、つまりは王太子妃候補も強制解除なのでは?」
「…………」
それはそうだな、とカトレアはすぐさま思い直し、にへ、と笑う。
子供がいるにも関わらず、見た目はどうやってもまだまだ二十代に見られるほどに若々しいカトレアが、とんでもなく表情を緩めて笑うのは、ここだけ。
特に娘のオフィーリアを溺愛しており、筆頭聖女になってしまった娘が王都に行かなければいけない、となった時に『文官資格をもっているから!』と手を挙げたものの、ヴァルティス家の執事長から一言、こう言われてしまった。
『奥様、文官に向いていないのでここで領地経営してくださいませ。旦那様、貴方が文官資格をもう少し上げてから王宮へどうぞ』
……とまぁ、何とも冷静な判断により、現在に至っている。
オフィーリアは知らないし、娘に対しては『パパ、オフィーリアが大好きだからついてっちゃうぞ!』と娘馬鹿っぷりを発揮したところ、若干引きつつも了承してくれたのだが、あくまでオフィーリアが筆頭聖女である間のみなのだ。
そういう契約をしているが、果たしてあの王家は覚えているのかいないのか。
「オフィーリアちゃんは今飛んで帰ってきている、ってことだし……そうね、どうせすぐなんだからまずはお茶会の準備でもしておきましょうね」
「かしこまりました、奥様ぁ」
「あと、オフィーリアちゃん専属のあの子にも連絡なさい」
「……え~……あの猛獣……?」
猛獣、という別名で呼ばれているオフィーリア専属メイド、もといエルマはオフィーリアが産まれた時からの専属として色んな意味でオフィーリアを溺愛しているのだ。
なお、そんなエルマを制御できるのはオフィーリアのみ。
筆頭聖女となってしまってからは、ものすごくしょんぼりしてしまい『お嬢様についていけないなら……庭園の手入れ係になります』と、見ているこちらが凹んでしまいそうなほどに落ち込んでしまったのだ。
オフィーリアへの並々ならぬ愛情を庭園の花たちに注いだ結果、とんでもなく素晴らしい庭園になっており、領地の名物となってしまっているヴァルティス家庭園。
一部を一般開放しているために、噂はとんでもなく広がっているが、エルマは気付いていない。
「あと、エルマに連絡するのはオフィーリアちゃんがちゃんと帰ってきてからにしてちょうだいね。怖いから」
「はぁい」
そんな会話をしている中、着々とオフィーリアはヴァルティス領に近付いている。
――到着まで、おおよそ三十分である。




