愛される彼女と、愛されない彼女
『何じゃこの気持ち悪い肉塊は』
罵倒の台詞とともに、ゆらりと何かがティアラから出てくる。
一体なんだ、とその場の全員の視線がティアラから出てきたものに釘付けになるが、とてつもない口の悪さも気になる。
「肉塊、って」
「それはそうなんだけど、いやでも」
「的確すぎるだろう」
男性陣がぽそぽそと呟く。
普段ならば恐らく女性陣からフルボッコにされていること間違いなしだが、今は状況が状況だ。あと、アルティナは女性陣からすこぶる評判が悪い。悪すぎるくらいだった。
「そもそも、あれって何ですの?」
一人の女子生徒がはて、と首を傾げればその存在はくるりと全員の方を振り返る。
「え……」
めちゃくちゃ眉目秀麗な、女性にも見える、男性にも見えるその存在は、真顔でゆっくりとその場を見渡し、目的の人が居ないと分かるとティアラから出てきて床にだん、と両手をついた。
『我の愛しきオフィーリアがおらぬ!!』
そして出てきた名前に、ルークが『は!?』と叫んだ。
『どこじゃ! 愛しきオフィーリア! こんなブサイクなんぞどうでもええわ! そもそも何でティアラを外しておるー!! あれか、『私もう耐えられません、実家に帰ります』というやつか!?』
おんおんと泣き続けているその人、もとい神霊を見てオフィーリアの友人たちは必死に笑いを堪えている。
普段姿を見せた時、威厳に満ち溢れすぎるくらいのオーラを放っているというのに、オフィーリアが絡むとこうだ。どんだけオフィーリアのことが好きなんだろう、と思いつつすーはーと深呼吸をしたアイシャがすい、と神霊の近くまで歩いていった。
「神霊様」
『誰じゃ、くだらんこと言うと……って、おお、そなた我がオフィーリアの友ではないか』
「大変申し訳ございません、オフィーリアにつきまして……神霊様にお伝え申し上げねばならないことがあり、馳せ参じました」
『ほう?』
「そこにいる王太子殿下……あぁえっと、これから王太子殿下であることを継続できるかどうかはさておいて。王太子殿下と、先程ティアラをつけていたアルティナ嬢により、オフィーリアが筆頭聖女の座をおりることになりまして」
にこにこと微笑んだまま告げられた内容に、神霊の顔が硬直し、物凄く嫌そうに歪んで、とてつもない勢いで事の発端の二人を見るためにぐるん! と、顔をそちらに向けた。
「ひぃ!」
「あ、あわわ」
怯えている二人だが、神霊の迫力に怯えているのか、顔つきに怯えているのか定かではない。だがしかし、まずいことをやらかしてしまっている、という自覚はあるのだろう。
「わわわわ、わた、私、悪くないもん! 殿下がティアラをつけたら筆頭聖女だ、って!」
『…………んな簡単に聖女交代なんぞしてたまるか、この不細工肉ダルマ』
「へ」
『おお嫌だ、口を開くな豚。いやしかし、このようなことを言ってしまっては、豚肉に対して失礼じゃったわ。ともかく黙れ、人型肉ダルマめが』
「な、な……!?」
誰が! と憤慨しているアルティナだが、この場にいる生徒たちは思う。
いや、なんか凄い形相しているその人(?)の言う通りじゃん……と。
オブラートに包んで表現するならば、アルティナはとても女性らしくふっくらした体つきで、包容力がある、とでも言おうか。
まるで母親のようなそんな雰囲気もあるのだが、それはあくまでオブラートに包んだ場合であって、ストレートに言えば単なるデブ。
筋肉がしっかりついているかといえば、いいえ、一択。
何せ本人曰く、『ジャムの瓶の蓋が開けられないくらいに非力なんですぅ』ということらしい。『それ日常生活に支障出とるやんけ、ついとるの脂肪オンリーかよ』とオフィーリアは大層口悪く呟いたことがある。
ティアラの中で神霊が聞いていたかどうかは定かではないが、友人たち三人は盛大に吹き出し、しばらく会話ができないくらいには笑い転げていた。
『そも、ティアラの装着の有無で筆頭聖女を決めるアホがどこにおるんじゃ』
ズバリそれ! な指摘をした神霊は、アルティナからすっと視線を外し、ふよふよとアイシャのところに飛んでくる。
『して、我がオフィーリアはいずこ?』
「さぁ」
『へ?』
「そこの王太子殿下が、筆頭聖女の交代だー! と申して、……その」
『はよう言わんか!』
ぷりぷりと怒っている神霊に、にこ、と改めて微笑みかけたアイシャは、しれっとして爆弾を投下した。
「嬉々としてここから立ち去りまして……王宮にダッシュで向かって、王宮に置いてあるであろうオフィーリアの荷物を引き上げているかもしれませんし……」
『どこの、って?』
「ですから王宮の、オフィーリアのお部屋の」
『いやまぁそりゃ引き上げるじゃろ。我のオフィーリア、抜け目ないもん』
「ですからね、王宮に仮に先に行っているとして、荷物を引き上げたら……。オフィーリアですよ?」
ねぇ、と念を押されてしまい、ハッとした顔になる神霊。
というか一体どんな仕組みでこの神霊がティアラに存在しているのか、ということや、何でオフィーリアを驚くほど気に入っているんだ、ということを聞きたい一同だったものの、わっと頭を抱えて空中で絶望顔を披露している。
『いかん……我のオフィーリア、ヴァルティス家に帰ってしまう……』
「それでも良いとは思うんですよ、リアにとっては実家が一番落ち着くでしょうし……あと」
『まだ何かあるのか!?』
「リア、聖女じゃなくなったらおばさまのところに行きたい、って」
『エルザの!?』
「まぁ、ご存じで?」
のほほんとした様子で神霊とやりとりをしているアイシャに、会場の生徒はざわついている。
あれだけ荒ぶっていた神霊がすっかり落ち着きを取り戻しているし、アイシャの口のうまさと神霊の扱いのうまさを見て、クローチェもデイジーも感心している。
「すごいよねぇ、アイシャ」
「さすがに神霊様相手に、あそこまで平然として会話が出来ているのもある意味一つの才能、っていうか」
「聞こえていてよー、クローチェ」
「うげ」
『そんなことよりも、じゃ。本当に筆頭聖女の交代をするのか? 本当に良いんじゃな?』
ぱんぱん、と神霊が手を打ち鳴らしてルークに問えば、ルークはぶんぶんと首を縦に振った。
ほう、と小さく呟いた神霊は凶悪な笑みを浮かべ、アルティナの方にすい、と飛んでいき、手をかざして治癒魔法をかける。
治癒魔法がきいてきたアルティナからは『ううん』と唸り声のようなものが聞こえる。さっきは傷の痛みもどこへやら、という感じで叫んでいたが、痛いものは痛いだろう。そして治癒魔法が完了したあと、改めて顔を上げたアルティナの視界に入ったのは、空中に浮かんでいる神霊の姿。
「ひええええええええ!!!!!! おばけ!!」
『黙らんかい肉ダルマ』
顔を見た途端大声で悲鳴をあげたアルティナを見て、イラっとしたらしい神霊は遠慮なく手を振り上げてすぱん!と頬を殴った。
「いったぁい!! 何するんですか!? 私は、ルーク様の恋人なんですよ!? 筆頭聖女になるから、王太子妃になる女ですよ!?」
フガフガと鼻息荒く叫びながら言い放つも、神霊はとてもめんどくさそうにはぁ、と溜息を吐いてからアルティナの頭に乗っていたティアラを奪い去る。
「ちょ、ちょっとぉ!!」
『我の許可なしに、筆頭聖女になぞなれんわ。ボケが』
「口悪い!!」
ぎゃんぎゃんと喚いているアルティナを冷めきった目で見ながら、神霊は淡々と告げる。
それに、今この状況になってもなお、『どうやったら筆頭聖女になれるのか』ということの本質を聞かないあたり、アルティナは『ティアラを継承さえすれば筆頭聖女になれる』と信じ切っている。
確かに、条件としては『ティアラの継承』ではあるのだが、継承するための条件があることに、全く気が付いていない。
『できるんじゃろう? 筆頭聖女の役割を、貴様、果たせるんじゃろうな?』
「当たり前です!」
『……言うたな?』
「はい!」
自信満々に、フン! とまた鼻息荒く言い切ってから、アルティナはドヤ顔を披露する。
そんな彼女を見て、神霊はアルティナの頭にティアラを乗せた。そして、ティアラの中央にある宝石に、己の力をゆっくりと流し込んでいった。
「ああ……これで…………」
やっと、筆頭聖女に! そう思ったアルティナだったが、ぐ、と口元を押さえた。
「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
悲鳴というよりは、絶叫が響いた。
まるで咆哮のような声に、ルークも会場の生徒たちも、ぎょっと目を丸くした。そんな中で神霊はまた、ニィとまたあくどい笑みを浮かべていた。
『ほうれ、できると言ったんじゃから耐えてみせよ。我に愛されぬ貴様は、その試験をクリアせん限りは筆頭聖女になぞなれんぞ』
ケラケラと笑っている神霊を見て、生徒たちはぞっとした。
こんなものに、元・筆頭聖女は愛されていた、というのか……と皆揃って震えあがったらしい。




