【最終話】明るい未来、のはず
「……ぜぇ……はぁ……」
「エリザベート、今日の運動のノルマは達成したかい?」
「……はい……陛下……」
ぜひゅー、ぜひゅー、ととんでもない息切れを起こしながら、エリザベートはよたよたと王宮の中庭に座り込んだ。
水、と呟けば王妃付きの侍女が慌てて走ってきて、水の入ったグラスをエリザベートに手渡す。中身をごくごくと飲み干して、エリザベートは大きく息を吐いた。
あの後、エルドウィンが色々なことについていくつか約束事をした。
まず一つ、王妃エリザベートのダイエットを行うこと。
次に、ルークとアルティナを結婚させる、かつ離婚は許さないから覚悟しておけ、ということ。
そして、聖女というくくりの中に『筆頭聖女』という役職を撤廃したうえで、聖女の選定条件も見直すこと。
「エリザベート、君、普段はこの時間におやつもりもり食べてたらしいけどダイエットしなくちゃいけないんだから、当面は何があろうともはおやつ禁止ね」
「……はい……」
ものすごくしょんぼりしているエリザベートだが、痩せるためには適度な運動と栄養の偏っていない食事が大事であることを、王宮医とエルドウィンから滾々と聞かされていた。
ついでに、ルークを甘やかすのをやめるように、ということをおまけで追加しておいたので、強制的にルークと離して暮らすことも義務付けておいたので、しばらくは馬鹿な考えを植え付けられずに済む、と国王周辺の人々は大変喜んでいた。
「ああそうだ、ついでにわたしはしばらく国外への視察とか行かないので、そのつもりでね」
「え?」
「君、しばらくわたしを含めた色んな人からの監視付きで生活してもらうことになるから、気を引き締めて覚悟しておいて。……オフィーリア嬢が色々と新しい下地を作ってくれていたから、この程度の罰で済んでいるんだよ」
「……うぐ」
結果として、自分が嫌っていた人間からこんなにも救われるなんて思っていなかったことが嬉しいやら、あんな奴に『ありがとう』と言わなければいけないだなんて、と悔しいというか憎らしいというか。
しかし、当の本人のオフィーリアは、既に王都にはいないしヴァルティス領にもいない。
「きちんとお礼を言わなければいけなかったのに、君もルークもアルティナも嫌がって逃げたから、まともにお礼すら言ってないっていう、人としてどうか、っていう状況なんだよねぇ~」
「いやあの、でも、それは」
『……い、……おい、おい豚!』
「って、誰が豚よ! 流れるように悪口言うんじゃなくってよ!」
遠慮なく言葉で突き刺してくるエルドウィンをどうにかしてかわそうと思っていたところで、聞こえてきたアルミュスティの声。
『いつまで休んでおるつもりじゃ! はよう色々済ませんと、一日の時間は有限じゃぞ』
「わ、分かっております!」
『分かっておるなら、早う動けや豚』
それじゃあな! と叫んだアルミュスティの声は、それ以降聞こえなくなった。
きっと、聖樹の中で叫んでいるんだろうな、とエルドウィンは思って、どすどすと王宮の中に歩いて行っているエリザベートの背中を見送ってから、ふと空を見上げる。
「……はぁ、今日も天気がいいなぁ……」
オフィーリアは今頃何しているのかなぁ、と呑気なことを少しだけ考えてから、よっこいせ、とエルドウィンもエリザベートの後を追いかけてから王宮内の自身の執務室へと歩いて行った。
「やること多すぎて、つい休憩に逃げちゃうなぁ」
「陛下ー、休憩終わりですかー?」
「終わり終わりー」
手をひらひらと歩いていくエルドウィンの後を追いかける側近は、ようやく仕事に戻ってくれる! と喜びつつ一緒に並んで歩いていった。
その光景が、いつしか当たり前になっていくんだろうなぁ……と、側近も、並んで歩くエルドウィンも思いながら時間は過ぎていく。
――なお、王宮がてんやわんやになっているものの、その頃のオフィーリアは草むしりを頑張っていた。
ぶちぶちと慣れた手つきでひっこ抜いていく中、オフィーリアの周りをふよふよと飛んでいるリューリュは、オフィーリアの手伝いをしているサルシャを見てジト目になっていた。
何してんだ、と言わんばかりにサルシャの方に飛んで行ってから嫌そうに問いかける。
『サルシャ、アンタ何で人型なのよ?』
『んえ、リューリュは人型ならないの~?』
『アタシが一番かわいいのは、このウサギのかたちなの!』
ふふん、と威張り散らしているリューリュの耳に手が伸びてきてわし、と捕まった。勿論掴んだ犯人はオフィーリア。ノールックで掴んでいるあたり、リューリュがここ最近よくさぼっていたんだろうことが垣間見える瞬間である。
『リア! 何すんの! 離して!』
「何さぼってるの、もー」
『アタシか弱いウサギだもん!』
「ウサギはそんなべらべら喋らないのよ。さぼるならあっち行ってぽこぽこ湧いてる害獣倒しておいで」
びちびちと暴れながら騒いでいるリューリュだが、雑草がみっしりと生えていて、尚且つたまにわいてくる害獣がいるという場所に、オフィーリアがぶん、と投げ飛ばした。
『ああああああああああああああああああ』
『飛んだねぇ』
「ねー」
『投げ飛ばした張本人!!』
ちょっと遠くの方で叫び声がしたと同時くらいに、ぼふん、と土煙が上がる。
「おぉ」
『あれリューリュかなぁ』
「多分ね」
クスクスと笑っているオフィーリアを見て、サルシャは嬉しそうに微笑んでから手を伸ばしてオフィーリアの頭を撫でる。
「ん?」
『リア、笑ってる』
「……うん」
『王宮ではあんなに目が死んでたのに』
「…………そうね」
ふ、とオフィーリアが雑草を抜く手を止めないまま、あの時のことを思い出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「というわけで、そこのアルミュスティ様には可能な限り聖樹にとどまっていただいてから、聖女たちの手助けをしていただきます」
『え~~~』
「聖樹伐採しましょうか」
『よーーーっし、我頑張るね!!!』
何だかんだ、結果として成仏も何もできない、現世に未練たらたらなこのアルミュスティは、聖樹との精神的なつながりがとてつもなく強い。
無理に成仏させようとしても、聖樹が枯れ果ててしまって結界に対しての影響がとても大きく出てしまうかもしれない、と分かってしまったために出したオフィーリアや他の聖女の結論が、アルミュスティをそのまま聖樹の中に置いておこう、というものであった。
万が一に備えて、というところでもあるのだが、アルミュスティ自身はとんでもなく力が強い。これは現在進行形で強いのだから、オフィーリア曰く『何かあったらあの人呼びつけたらいいんですよ』ということらしい。
それができるのはオフィーリアだけだろう、と誰かが言ったものの、オフィーリアがアルミュスティに対して『やりますよね? やってくれますよね? 力貸してくれますよね』とめちゃくちゃ脅しをかけたところ、泣きながらアルミュスティはこう答えたそうだ。
『力も貸すから嫌わないでオフィーリアぁぁぁぁぁぁ』と。
確かにかつての仲間にそっくりだったから、というところでオフィーリアを気に入っていたアルミュスティだったが今はそれ抜きにしてオフィーリアのことをとっても気に入っているのだ。
そんなオフィーリアの頼みであれば、脅しだろうが何だろうが言うこと聞きます! という何とも情けないような、よくわからない結論に、アルミュスティの中で至ってしまったらしい。
『しかしあれじゃぞ』
「立ち直り早いですねあなた」
『聖女の選定はどうする』
「アルミュスティ様は何もしないでください。えーっと、神官長様、ちょっとお願いがあるんですが」
「何ですかオフィーリア」
いきなり指名された神官長が、きょとんとした顔でオフィーリアを向いた。
神殿長はクソ極まりなかったが、神官長はとっても真面目で優しい人であるが、神殿長の尻拭いに頑張っている人だった。
とりあえず、この人をトップにしてしまえば良いんじゃないか、とオフィーリアの推薦があったり、それを聞いた国王が『良いと思うよ』とあっさりOKを出してくれたことにより、神官長ではあるものの神殿長にもなってしまったという、ここ最近の稀有な立場の人である。
「あのですね、お願いっていうのは」
「はいはい」
「ちょっとあの、聖魔力を判定するための道具的なものを作ってほしくて」
「はぁ」
「一週間くらいで」
「何て?」
思わず目を丸くしている神官長に、オフィーリアは親指をぐっと立てている。とっても良い笑顔で。
「オフィーリア?」
「はい」
「無茶ぶり、って知ってるかな」
「知ってます」
あっけらかんとしているオフィーリアの目の奥には、本気の光しかない。
やってくれますか、ではなく『やれよ』ということなのだろうな……と思った神官長は、苦い表情を浮かべてから、困ったようにオフィーリアを見ながら告げる。
「その代わり、わたしが作成させていただくので……その間の魔獣退治とかはお願いできますよね」
「え」
「ね?」
次はオフィーリアが『うぐ』と悲鳴を上げる番だった。
流石は神官長様……! とオフィーリアの後輩は目をキラキラさせている。オフィーリアと少しの間でも良いから、また仕事をしたい、と思っていたそうで、それを報告するときゃっきゃと喜んでいた、ということをエルザの家にやって来たオフィーリアが報告した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……まぁ、短期間だったけど色々決め事新しくしてきたから大丈夫なんじゃないかな」
『そうなの?』
「うん。駄目なら駄目で、向こうで決めてね、ってお願いしてきたから」
『王都のお屋敷には?』
「たまに行くよ。お父さまも、お母さまも、いつでも帰っておいで、って言ってくれてるし」
『そうかぁ』
良かった良かった、と笑っているサルシャを見て、オフィーリアも自然と頬が緩んでいる。
「やっと、私はやりたいことができるんだもん。お父さまやお母さまは色々応援してくれているし……頑張らなきゃ」
『無理はぁ、駄目だよ』
「……うん」
へら、と年相応に微笑んだオフィーリアは、こちらに飛んできていたリューリュの顔面をわし、と掴んでから抱き締める。
「んで、どうしたのリューリュは」
『もうあっち嫌ぁ!』
「こっちで雑草抜き手伝ってくれる?」
『……うん』
超小型の害獣退治がとっても面倒だ、と感じて飛んできたリューリュは、オフィーリアに甘えるようにぐりぐりと頭を摺り寄せてから、器用に雑草をほじくってからほいほいと捨てていく。
「(何だかんだで、結果オーライ、だなぁ)」
もう一度空を見上げたオフィーリアは、フ、と微笑んで作業を再開していく。
そんなオフィーリア、リューリュ、そしてサルシャに対してエルザがおやつを持ってきてくれるのは、あと少しだけ先のお話なのである。




