色んな後始末
キラキラと消えていった元・大賢者……もといアルミュスティが消えて行って少しして。
「……消えた……?」
「これで……一件落着?」
もしかしたらオフィーリアが魔石を大爆発させるんじゃないか、とめちゃくちゃ警戒していたカトレアとジェイドは、消えていったアルミュスティの姿を見送っていた。
完全に消えていったのを確認しきったところで、警戒をようやくといたものの、あんなにあっさり消滅していくものなのだろうか、と訝しんでしまう。
「多分、大丈夫だと思うんだけど……」
オフィーリア自身も困惑しているようだが、実際、今は既にアルミュスティは消えている。だから『もういない』という認識で問題ないとは考えているが何かあるかもしれない、と危惧するのは当たり前のこと。
「……消えた……?」
しん、とする空間の中で、ぽつりと呟かれた言葉に誰も答えない。
ああ、これで本当にきちんと聖女に関するあれこれは終わったんだ、と役人たちがわっと盛り上がったが、オフィーリアがすっと手を挙げた。
「喜ぶのはその辺で」
「……え?」
「何でですか!」
「正式には、終わっておりません」
オフィーリアの凛とした声に、喜んでいた役人たちはぐっと言葉に詰まった。あの神霊……もとい元・大賢者であるアルミュスティの怨念とも言えるべきような存在だって消えたのに、と思っていると、全員の頭の中に声が響いた。
『オフィーリア!! お前やらかしてくれたのう!!』
「まぁ」
やっぱりね、とエルザは苦笑いを浮かべている。まるでこうなることまできちんと理解できていたかのようなオフィーリアに視線をやったエルザは、困ったように言葉を紡いだ。
「オフィーリア、きちんと皆さまにご説明して」
「あはは、すみません。依り代を壊しただけなので、表に出てこれなくなったんですよあの人」
『呑気に言うでないわーーーー!!』
「え、呑気にもなるでしょう。今後の聖女の役割がめちゃくちゃ変わってくるから、こちらには良いことづくめなのに」
『こっちは大変なんじゃが!?』
「えー?」
にこ、と微笑んだオフィーリアが、しれっとした様子で続けていく。
「今まで自分の依怙贔屓のせいで、蓋開けてみたらそもそもの聖女っていうシステムそのものがめちゃくちゃになってたんですけど、ご自覚がないと」
『いやあの』
「かつての仲間の魂がどうとかいうなら、そこから見守りつつ力貸してくださいね」
『ちょっと待って』
「そも、この仕組み作ったの誰ですか」
『……我、です……』
声がめちゃくちゃしょんぼりしている。
物凄く、しょんぼりしている。
恐らくあの神々しいアルミュスティが今までのように姿を見せていたとしたならば、きっとちょこんと正座をしていたことに違いないだろう。あと、耳があればめちゃくちゃしょんぼりして、へにょりと垂れていただろうし、尻尾も力なく垂れていたことだろう。
「あえてこう言わせていただきますけどね、神霊様」
『はい』
「筆頭聖女、っていうのはあくまで『あなたが察知したかつての仲間のような魂の輝きを持っているとか、それに近しい人』っていうことでよろしいです?」
『はい……』
「んじゃ、それをそこから観察できるなら筆頭聖女っていう役割は今後も必要ですか?」
『いやあの、できたら継続してくれれば……』
「必 要 で す か ?」
『……必要ないです』
うわぁ、とまた誰かが呟いたような気がする。
オフィーリアは今まで、こんなにもしゃっきりはっきり会話していなかった。あくまで必要最低限。だから、こんなにも言葉を発している様子を見ていなかった役人たちが、ぽかんとしているのだ。
「……筆頭聖女様、あんなにはきはきしてたのか……」
「何か、イメージ違うよな」
「……しかし今までは一体どうして……」
はて、と首を傾げている役人たちを見たヴァルティス家夫妻は、ぎぎぎ、と揃って国王夫妻を見た。
「え」
「な、なんですの」
ぎく、と表情を強張らせている国王夫妻を見たヴァルティス家夫妻は、わざと聞こえるように『はあぁ』と溜息を吐いた。
「ほらね、やっぱりこうなった」
「本当ですわ、そもそもうちのオフィーリアは本来こういう子だというのに……どれだけ業務を押し付けて拘束していたら無口になるというのかしら……ねえ?」
「う……っ」
エルドウィンがぐっと黙り込んでしまうが、それを見逃すカトレアではない。
「ねぇ陛下、オフィーリアへの業務配分ってどうなっておりましたの? 主に、この王宮内での」
「それは……」
エルドウィンの視線がすっとエリザベートに向かう。
「国王不在の間は、エリザベートに……」
「いやあの、ええっと」
「ああ、そうでしたわ」
にこ、と迫力マシマシの笑顔で、カトレアはエリザベートに微笑みかけた。
「王妃殿下は我が娘が大層気に食わないそうで、色々と申し付けてくださってたそうですわね。こっそり届いたオフィーリアからの手紙に色々と書いてありました」
「だ、だって王太子妃なんだから」
「明らかなキャパオーバー、っていう感じもしますけど。そこのべぇべぇ泣いている王太子殿下の仕事まで、我が子可愛さ、オフィーリア憎しで押し付けておりませんでしたこと?」
びし、とエリザベートの顔が強張った。
その通りだから何も言えないどころか、これではルークが無能だと証明しているようなものだ。しかし王太子をルークから変更させるだなんて、正妃としてのプライドが決して許しはしなかった。だから、業務をオフィーリアにさせれば解決する、そう思ったからやっていた。
「……まぁ、うちの子が聖女システムそのものを崩壊させたことで、改めてどういう役割分担にするのかはそちらでお話いただく必要があるかとは存じますが、そもそもですね」
「な、何よ! まだ何かあるの!?」
「金掴ませたら無関係な人間をほいほい神殿に招き入れる馬鹿を管理出来ていない神殿側も、何も気付いていない王家サイドも、問題ありませんかね?」
カトレアの言葉をもらい受けるように続けたジェイドの言葉に、エルドウィンもエリザベートも、何も言えなくなってしまった。
今回の一件は、結果としてアルティナたちが勝手にヴァルティス家に対してライバル心を持っていたから、良い感じに国の駄目なところも洗い出す結果となったわけだが、まさかこんなにも芋づる式にあれこれ出てくると思っていなかったのだ。
これに一番ダメージを受けているのは、ジェイドでもカトレアでもなく、エルドウィン。
こんなにも最悪な事態を招いてしまうだなんて、考えすらしなかった。エリザベートのことを丸っと信頼していたからこそ、任せていた。だが、エリザベートの真意を全く見抜こうとはしていなかったことに対するツケが、今、どっと押し寄せてきてしまったのだから。
「……エリザベート、君さぁ……もっと外交に出向いたらどうだい?」
「は!? い、いえでも陛下、わたくしは……」
「痩せたら荷物の量も減るだろう?」
「…………」
女性の気持ちをどこかに吹き飛ばさんばかりに真実を容赦なく突きつけたエルドウィンに、悪気なんか一切ない。
エリザベートの遠出には馬車も、使用人も、荷物も、何もかも多く必要だ。
荷物がかさばっている=ドレスが小さくなればそもそもかさが減る、ということなので出した結論が『痩せろ』である。
もうちょっと早く言ってやれよ……と宰相が離れたところで呟いているが、それをさっと拾ったアルミュスティの声が無常にも広間にでかでかと響いてしまった。
『そこな王妃がデブなせいで、息子もデブ専になって、アルティナとかいう肉ダルマに惚れたんじゃから、母として、王妃としてきっちり責任取れや』
「あ、ちょっと神霊様」
『本当のことじゃろうが、我、悪くない』
きっと聖樹のところでそっぽを向いているんだろうなぁ……とオフィーリアは思い、溜息を吐いた。
「陛下、僭越ながら……。これより先の国の守りについては、各方面の有識者を集めて話し合う必要があるかと存じます。元・筆頭聖女として参加させていただきますし、アルミュスティ様のことに関しては、きっと私がかじ取りをした方が良いかとは思います。でも、ひとつだけ」
「何だね」
だいぶこの子、強かったんだなぁ……とエルドウィンが思っていると、オフィーリアは笑顔で告げた。
「殿下のお選びになった方は、言葉通りの聖女モドキなので、そちらに関する責任は私にはございませんので、どうぞそちらのみで! 片付けてくださいませ!」
はっきりきっぱり言われた内容に、エルドウィンも、エリザベートもがっくりと項垂れ、『分かった』という返事しかできなかったのだった。




