厄介な依り代
「こんな古代魔術が存在したと、文献には記載がございました」
あくまで冷静に、丁寧な口調でエルザは続けていく。
「とある特別な樹を育て、それから取れる樹液を硬化させることでそれを『依り代』にできる。また、依り代として使用する場合においては、樹を育てるときに膨大な魔力を注ぎ続けなければいけない」
「魔力を……?」
「それも、特別な魔力。現在で言うところの『聖魔力』をね」
『あれ?』
それって、とリューリュとオフィーリアは顔を見合わせる。
「……聖女の力と、同じもの?」
「はいオフィーリア、正解」
エルザはにっこりと嬉しそうに微笑んだが、難しい顔のエルドウィンが元・大賢者とエルザを見比べてから口を開いた。
「……エルザ殿、といったか。どこからそんな情報を仕入れてきたんだ。我ら王家の人間でもここまで詳細なことを調べたことは……」
「恐れながら国王陛下、『調べようとしなかった』が正解ではございませんこと?」
「む」
「今当たり前にあることに、誰が、どうして、疑問を持てましょう」
今、こうなっていることはあくまで『当たり前』のことであり、今の『日常』である。
普段当たり前に過ごしていることに関しては、『何でこうなった』かを調べようとするわけもない。
「……確かに、疑問に感じたことはないな」
「陛下、あの……」
「エリザベート、君は聖女の在り方や日常を疑問に思ったことは?」
「ございませんわ」
ふる、とエリザベートは首を横に振る。
当たり前にあることを、わざわざ調べて引っ掻き回すようなことはしないし、そもそも疑問になんか思ったりもしない。
「今言われたことは、どう思う」
「どう……」
エリザベートは、ルークが絡まなければ、きちんと頭は良い。だからこそ国政を変わることができて、国王が不在の間という短期間ではあるが、国内が混乱状態に陥らなかったのだから。
そして、じっと考えたエリザベートは困惑気味に口を開いて言葉を続けた。
「……正直、信じがたくもあります。ですが、オフィーリア嬢の……ええと……」
「王妃殿下、エルザ、とお呼びくださいませ」
にこ、と人当たりの良さそうな微笑みを浮かべたエルザにつられ、エリザベートも微笑み返してから続けていく。
「ありがとう。エルザさんのお話を今、改めて考えてみますと……そもそも神霊様の在り方そのものがこう、根底からひっくり返されるような……」
「まぁ、王妃殿下にそんなにも言っていただけるだなんて。でもね、王妃殿下」
「?」
エルザは誇らしげにオフィーリアのところに歩いていって、オフィーリアの肩にそっと手を置いた。
「一番最初に疑問に思ってくれた、このオフィーリアがいるからこそ……色々と調べようかと動いただけでございます故」
「おばさまもそうだけど、サルシャの調査スキルもすごいのよ」
『えっへへ、うれし~』
エルザの魔獣であるサルシャは、戦闘能力はほとんどない。
魔獣の群れの中にほいっと放り込んだ場合、リューリュはケロッとしてその魔獣を全滅させるが、サルシャは死ぬ。ぼっこぼこにされて完敗どころか、存在そのものが危うくなってしまうレベル。
だがしかし、そんなサルシャにもとても強い点がある。
『情報収集』というスキルを持っていて、『こんな感じで調べてね』とお願いすればありとあらゆることを調査して資料にまとめてくれる。
人間が調べきれないことまで、サルシャにお願いすれば事細かに調べてくれたおかげで、エルザの元には詳細な情報がやってきて、とてもきちんと資料として成り立つ形でまとめられているから、国王夫妻にも提出できるほどのものが完成した、というわけである。
『いや~、調べ甲斐があったな~。なんかぁ、国の成り立ち含めて、めちゃくちゃ面白いんだもんねぇ~』
「サルシャは、難しければやりがいを感じる子だものね」
『えへへぇ、エルザの役に立てたの嬉し~。オフィーリアも喜んでくれて嬉し~。あとはぁ』
ちら、とサルシャは元・大賢者に視線をやって、ニタ、と邪悪な笑みを浮かべる。
『エルザとオフィーリアを困らせる馬鹿を~、懲らしめられそうでめっちゃ嬉し~』
『(人畜無害そうな顔してからにコイツ!)』
決して、サルシャは単なるお人よしではない。あくまで魔獣であり、エルザにとても懐いていることや、エルザがオフィーリアをとても大事にしているからこそ、サルシャは惜しみなく力を貸してくれている。
今回はオフィーリアがとても困っていることをエルザが伝えると、『よっしゃその害悪お化けつ~ぶそ』と結構本気を出したサルシャが徹底的に調べ倒して、今に繋がっている。
『その樹液ってね~、聖魔力た~っぷりなんだよ。だからぁ、人の魂を固定させることもできちゃうんだよねぇ。ねぇねぇ合ってるぅ?』
サルシャはとても愉しそうに笑いながら元・大賢者に問いかける。うぐ、と言葉に詰まっている元・大賢者はどうやってこの場を切り抜けるかを考えているが、サルシャの調べた内容は本当のことばかり。
国を思う心が強いとはいえ、根底にあるのは『元の仲間と同じ魂を持っている人に会って、一方的に懐かしんでから過去に浸りたいだけ』という身勝手なもの。
「……私ね、神霊様のことを最初は本当に尊敬していたんです。だからこそ、気付いてしまったんですよ」
どうするか、と考えていた元・大賢者は、少しだけ寂しそうにしているオフィーリアを慌てて見る。
リューリュがオフィーリアを慰めるように、前足でオフィーリアの頬をふにふにと触っている。落ち込まないで、と言っているようで微笑ましいが、寂しげな表情が次の瞬間一転した。
「でもね、おかしいな、って思ったんです。だってそうでしょう? 人のことを古の勇者様ご一行のお仲間様の名前で呼ぶんですもの」
『あ』
やっべ、と呟いた元・大賢者は己のうっかりの失言に口を塞いだものの、時すでに遅すぎる。
「誰と勘違いしてんだ、って思って色々調べたんですよ~。そうしたらあらびっくり、じゃないですか。でもまぁ、何か事情があるんだろうな、って落ち着いてみたんですけど……ちょっと冷めた目で見てみれば、依怙贔屓しかされてないっていうことが丸わかりなんですもの」
『いやあの』
「失言は誰にでもありますけどね」
『オフィーリア』
「人の名前を、聖樹の間でどんだけ間違えまくっているんですか、って気にかけたらめちゃくちゃ気になり始めちゃいまして」
『あぐ』
あまりのオフィーリアの顔の凶悪さに怯えたリューリュが、じたじたと暴れてオフィーリアの腕の中から脱出して慌ててカトレアのところにすっ飛んで行った。
「はいリューリュちゃん、いらっしゃい」
『ちょっとあのオフィーリア怖くて』
よしよしとリューリュの頭をカトレアは撫でてやり、娘の様子や言葉から『そりゃ怒るわ……』と納得したカトレアはすす、と後ろに下がってエルドウィンに耳打ちする。
「陛下、オフィーリアがちょっと爆発しそうなのでわたくしらの後ろに」
「う、うむ」
「王妃殿下もお下がりくださいませ」
「は?」
「ちょっと消し炭になるかもしれませんが、それでいいならそこで居て下さい」
「ひえっ……!」
訝し気な顔をしたエリザベートだが、ジェイドの悪気のない笑顔と言葉に慌てて移動した。
「まぁ、この依り代破壊しちゃえば何でも解決しそうなので」
『待ってくれオフィーリア!』
「やりますか」
『それを破壊されては、我はここにとどまることが!』
「さっさと成仏しろって言ってんですよ、クソめんどくさい悪霊モドキがーーー!!」
オフィーリアが魔石を床に転がして、思いきりそれを踏みつけた。……だがしかし、びくともしていない様子にオフィーリアが魔法攻撃をぶっ放しても、変化がない。
「……あれ?」
『まぁ、うっかり我も慌ててしもうたが壊せるもんなら壊してみよ。できるものならな』
「ほう」
それは挑戦か、とオフィーリアの魔力がぶわ、と膨れ上がった。
「なら、やってやりましょうとも」




